2021年2月18日木曜日

【高論卓説】リブラのその後 2021年2月 

 

【高論卓説】フジサンケイ・ビジネスアイ

リブラのその後 2021年2月 

米会員制交流サイト(SNS)大手のフェイスブックは2019年6月、世界で通用するデジタル通貨「リブラ」の構想を発表した。世界中の貧しくて銀行を利用できないような階層にも、スマートフォンさえあれば安価な金融サービスを提供できるという趣旨で、これは「金融包摂」とも呼ばれた。

しかし、フェイスブックは世界会員数27億人を誇る巨大プラットフォーマーである。これには既存の金融業界だけではなく、通貨発行権を握る各国の中央銀行や、マネーロンダリング(資金洗浄)や不法送金を取り締まる規制当局からも強烈な反発を受けることになった。

 それから約1年半が経過して、世界が新型コロナウイルス禍で忙殺される昨年12月、今回はあまり話題にならなかったがリブラの名称を「Diem(ディエム)」に変更した。リブラは主要通貨バスケットによる実物資産を裏付けとした全く新しい通貨単位だったが、今度は米ドルを裏付けとしたディエムドルを発行する計画だという。


 名前の変更は通貨の覇権を奪取するというイメージを拭い去り、もっと地道なスタートラインに立つためのものである。リブラは規模を縮小して再スタートとなったが、当初の発表そのものが投げかけた波紋は大きかった。


 特に通貨発行益(シニョリッジ)や貨幣発行量の調節などによる金融政策に影響する懸念があった中銀では、自身によるデジタル通貨(CBDC)開発が加速することになった。


 1月27日公表の国際決済銀行(BIS)の各国中銀に対するCBDCへの取り組みを問う調査では、19年に42%だった実証研究段階への進展は20年には60%へと一気に高まっている。だが、全体の60%は、近い将来におけるCBDC発行の可能性は低いと回答している。実証研究に入っているが、具体的な発行は考えていないのが大勢なのである。


 日本銀行も現時点でCBDCを発行する具体的な計画はないが、決済システム全体の安定性と効率性を確保する観点から準備だけはしておくという姿勢である。


 調査からは、先進国に比べて金融インフラが脆弱な新興国ほど、金融包摂の観点からCBDC発行に積極的であることも読み取れた。


 一方、中国はリブラの発表に最も敏感に反応した国である。既に深センなどでCBDCを使った電子決済の実証実験を行い、北京、天津、香港、マカオなどにエリアを拡大させている。これは来年2月開催の北京冬季五輪に向けてデジタル人民元を発行する計画の一部である。


 デジタル人民元の開発を加速させていることと、「一帯一路」構想下で対中経済依存度が高い諸国に影響を及ぼすことを踏まえると、一時はデジタル人民元による世界通貨覇権への懸念が日本を含む西側諸国に広がった。


 中国は技術的には世界に先行している。しかしながら、中国が資本規制を続けていること、また人民元のレートがいまだ中国人民銀行が管理し続けていることなどから、世界の大きな決済資金は容易に人民元には向かわないだろう。


 皮肉なことに人民元の通貨覇権への道筋が見えるのは、中国がその強権的な対外姿勢を崩したときではないだろうか。


板谷敏彦

2021年1月21日木曜日

【高論卓説】キスカ島撤退作戦と新型コロナ対策

 キスカ島撤退作戦と新型コロナ対策

2021.1.14 06:00

 ■統計データに基づく学者の知見生かせ

1965(昭和40)年封切りの三船敏郎主演、東宝オールキャスト『太平洋奇跡の作戦 キスカ』をご存じだろうか。旧日本海軍の作戦の中でも珍しく大成功をおさめたキスカ島撤退作戦を映画化したものだ。軍事オタクの間では今でも大人気で、比較的史実に忠実に製作された傑作映画である。


 キスカ島は寒いアリューシャン列島にある。42年6月にミッドウェー作戦の支作戦として遂行されたアッツ島攻略作戦によってアッツ島とともに日本軍が占領した島だ。


 その後アッツ島はさしたる活動もないままに43年5月に米軍の侵攻によって玉砕。キスカ島も米軍制空権下に補給もままならず、その軍事的存在意義を喪失した。約5200人の将兵は餓死か玉砕を待つばかりとなったが、ここに撤退作戦が挙行されることになった。これがキスカ島撤退作戦である。


 潜水艦による作戦では量的に不足で、同方面の第5艦隊水雷戦隊(駆逐艦主体)の海上艦艇による輸送作戦と決したが、島は既に米軍の制空権下にあり、米海軍の有力艦艇が警戒する中での作戦となる。作戦のポイントは夏にアリューシャン列島に発生しやすい霧の存在である。米軍の攻撃をかわすためには霧の中で隠密理に撤退作戦を遂行せねばならない。



 映画で名優、児玉清は中央気象台付属気象技術官養成所(現気象大学)出身の海軍予備仕官、竹永少尉を演じる。竹永少尉は各方面からありとあらゆる入手可能なデータを集めて霧の発生予測精度を上げた。海水温と大気温の差などを条件に北千島に霧が発生した2日後に90%の確率でキスカに霧が発生するというところまで突き止めた。


 ところが戦果を上げたい気持ちのはやる兵科の将校たちから「霧は発生すると言え」と迫られる。しかし霧は科学的な条件がそろわなければ発生しないのである。


 水雷戦隊の司令官、三船敏郎演じる木村昌福少将はエリート提督ではなかったが、現場をよく知る兵から評判の良い指揮官だった。彼には中央の海軍軍令部の参謀たちからも早く出撃しろとの督促がくる。木村は相手にしなかった。なぜなら作戦の目的は勇ましい姿勢を見せることではなく、キスカの兵員を救助することにあるからだ。


 そして竹永少尉がようやく霧の発生を予測するとこう言った。「学者の言うことを信じよう」。かくして水雷戦隊が出撃するとキスカ島は霧に包まれ、奇跡と呼ばれる救出作戦は大成功となったのだ。



 現在の新型コロナウイルス禍の先行きは残念ながらキスカの霧同様はっきりしたことは分からない。コロナ対策では経済を止めるなという圧力が存在する。また東京五輪開催への日程もあるだろう。それらは政治家だけではなく国民にとっても重要なものに違いない。しかし一方で対策の目的はコロナ禍から国民を救うことにあることを忘れてはならない。


 昨年春先に「8割おじさん」で有名になった理論疫学者の西浦博・京大教授はアカデミックな統計データを用いて、東京都の感染者数を十分に減少させるには、2020年の緊急事態宣言と同等のレベルの効果を想定しても2月末までかかると意見している。


 小規模な規制は戦力の逐次投入と同様に効果は薄く資源を浪費する。もう少し学者の言うことを聞いてはどうだろうか。


板谷敏彦

2020年10月13日火曜日

【高論卓説】仮想通貨「リブラ」のその後 


 仮想通貨「リブラ」のその後 動き鈍いが世界各国で研究活発化

2020.10.13 05:00

今年1月の経済産業省の資料「キャッシュレスの現状及び意義」によると、主要先進国のキャッシュレス決済比率は40~60%だが日本は約20%台なのだそうだ。また現金の流通残高の対名目GDP(国内総生産)比率も約20%で、これも世界の中で突出して高い。つまり日本人は他国に比べて現金が大好きだということになる。



 そんな日本もコロナ禍以降のATM(現金自動預払機)の使用頻度は激減している。外出が減りネットでクレジットカードを使った購入が増えたのであれば当然のことだろう。ただし高額紙幣の比率は増えていて現金そのものの量は減っていないようだ。日本は金利がほぼないに等しいから銀行に預金するインセンティブが少ないのも大きな理由だろう。


 昨年来、米フェイスブックが世界に向けて提案している仮想デジタル通貨の「リブラ」。「金融包摂」すなわち「世界の貧しい人たちにも安価な金融サービスを」という高邁(こうまん)な思想とともに、フェイスブックが持つ膨大なユーザー数がもたらす通貨そのものに対する影響力から大きな反響を呼んだ。


 だが発表から1年以上が経過した現在、リブラの進捗(しんちょく)は緩慢で、リブラそのものよりも、リブラという巨大な石が水面に投げ落とされたことによって広がった波紋の方がむしろ注目されていると言ったほうがいいだろう。



 リブラは通貨主権を持つ国家や中央銀行の激しい反発を招いた。マネーロンダリングの温床となるとの指摘もあったが、それは他通貨でも同様の技術上の問題であろう。むしろこれはシニョリッジ(通貨発行益)の問題やリブラ普及後の金融政策の有効性の問題などからで、まさに主権の侵害問題である。


 そして、その結果として昨年来中央銀行デジタル通貨(CBDC)の開発が各国で加速することになった。欧州連合(EU)は9月にリブラを念頭においたデジタル通貨の規制案を公表した。


 これによると、通貨の発行体はEUに拠点を置き、欧州銀行監督局(EBA)から直接監督される必要があるので、スイスに拠点を置く予定のリブラは根本から計画の再考を余儀なくされることになる。


 一方で既存の銀行業界からは、米JPモルガンのJPMコインのように複数の国の貨幣を背景にした独自の暗号資産(仮想通貨)の実用化を進める動きもあるが、これは業界内の競争者の協力を得られるかがポイントになるだろう。



 以前からデジタル人民元の導入を研究していた中国のリブラに対する反応は特に際立った。中国人民銀行(中央銀行)は5月に河北省の雄安新区や、2022年に予定されている北京冬季五輪の会場などの5カ所でデジタル人民元の実証実験を進めていることを公表した。


 通貨覇権の争いという側面から西側のデジタル人民元に対する警戒は強いが、人民元そのものの自由化が制限されている以上、主要通貨に対する当面の脅威は大きくないだろう。


 現金が大好きな日本はどうか、7月に閣議決定された20年度の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」中で、いよいよ中央銀行デジタル通貨(CDBC)について言及があった。


 具体的には「中央銀行デジタル通貨については、日本銀行において技術的な検証を狙いとした実証実験を行うなど、各国と連携しつつ検討を行う」と一文が入っただけではあるが、リブラの波紋への対応は加速している。


2020年9月15日火曜日

【高論卓説】国際金融市場での日本終戦はいつだったのか

  外債の全額返済決め信用向上 国際金融の日本終戦はいつだったのか

2020.8.18 


8月の終戦の日が近づくと、金融分野では戦前に発行された外貨建て日本国債がよく話題になる。1897年、日本は日清戦争の賠償金を元手に金本位制を採用した。日本政府が発行する紙幣はいつでも金と交換が可能で、金の価値を媒介にして各国通貨と固定為替レートを持つことになった。当時先進国のほとんどは金本位制を採用しており、これによって日本も先進国に一歩近づいたと理解された。(板谷敏彦)


金本位制の採用は為替レートの固定化によって貿易が促進されるとともに、海外からの資金調達の道を開いた。金本位制維持は財政的な信用そのものでもあった。1904年に始まる日露戦争では、日本は外貨建て公債を発行し、戦費約18億円のうち7億円分(政府手取りベース)を海外からの借金で賄ったことは有名である。


その後世界は金本位制から管理相場制へと移行したが、日本は関東大震災の震災復興債、電力債や東京市債など外資を積極的に導入した。ところが第二次世界大戦がその連続性を断ち切ることになった。当時の債券には債券本体に利払い用のクーポンがついていた。このクーポンを債券本体から切り取って各国に設定してある財務代理人の銀行に持ち込めば現金に換えてくれる手法だった。


 日本公債の場合、米ニューヨーク、ロンドンとも横浜正金銀行が財務代理人だったので、開戦とともに閉店、利払いは停止された。デフォルトの一種である。日本公債の一部には中立国スイス・チューリッヒでクーポンが支払われるものあり、戦争中も支払いが継続された。


 戦争が終わると、といっても終戦の日は1945年8月15日だが、連合国との法的な戦争状態の終了は52年4月28日のサンフランシスコ平和条約の効力発生日になる。“国際金融の終戦”はこの時である。


 この時、日本は公職追放が解除された元蔵相、津島寿一を代表とする外債処理代表団をニューヨークに送りこんだ。中断していた戦前の外債を全額返済するための再開交渉である。この交渉時の対象外債のリストが残されている。英ポンド建て債券13銘柄、米ドル建て14銘柄、仏フラン債が1銘柄、日本円換算合計約1670億円だった。古い外債では金本位制採用後間もなくの1899年発行の第1回四分利債なども延長されて残っていた。「日露戦争の借金は1980年代までユダヤに支払わされた」とよくユダヤ陰謀論で持ち出される日露戦争時の外債は、現実には既に返済が終了してリストに入ってはいない。


この時の日本政府の基本方針は、敗戦国としての同情による減額を要請せずに、棚上げ期間の約10年をなかったものとして、そのまま今から継続してきっちりと返済するというものだった。これは戦後復興資金獲得のために日本政府の財政的な信用を維持しておきたいという考えが基礎になっており、当時の内外のメディアを探ると、為替の支払い条件でもめたフランス以外では、日本は高い評価をもらっている。


 さて、日本はいつまで戦前発行された外債の元利返済をしていたのだろうか。もめたフラン債が85年で完済された。


 一方で最も古い1899年発行のポンド建て第1回四分利債は津島のこの時の交渉で満期を1963年にまで延長したが、その後満期時に借換債が発行されて、結局最後の返済は日本がバブルに踊る88年の6月のことだった。満期90年近い債券となったのだ。借金は払わされたのではなく、日本の財務的な信用を高めるために日本政府によって積極的に支払われたのである。




2020年6月19日金曜日

【高論卓説】コロナ禍で加速するデジタル通貨 

【高論卓説】コロナ禍で加速するデジタル通貨 

新型コロナウイルス感染症の流行によって、通貨のデジタル化が身近に感じられるようになった。スーパーマーケットに行けば、レジの店員は手袋を装着し、お金は直接手渡しせずにトレイの上に一旦置いてから受け取るようになった。

 さらにレジではクレジットカード決済の機械が目立つようになった。以前は、程度の差こそあれ、カードの使用にはサインや暗証番号の入力を求める店が多かったが、最近は少額決済ではカードを差し込むだけの形態が増えてきた。カードの抜き差しも顧客が自身で行い、レジの店員との接触は完全に排除されようとしている。正確な統計はないが現金での支払いはかなり減ってきた印象を受ける。

 この間、世界では米フェイスブックが推し進めるリブラをはじめとするデジタル化された「ステーブルコイン(価格が安定した仮想通貨)」の実用化も確実に進捗(しんちょく)しつつある。

 リブラは昨年の計画発表時に各方面から猛反対を受けたこともあり、今年4月には、以前の全く新しい通貨リブラの創設から、とりあえずは各国の単一通貨のデジタル版へと実質上のスペックダウンを発表した。

 ただし複数通貨で構成されるバスケットも健在で、それは「米ドル、ユーロ、英ポンド、シンガポール・ドル」の4通貨で構成されるとあり、日本円はなぜか入っていない
 リブラ協会のホームページによると協会の構成メンバーには日本企業が入っておらず、シンガポールの政府系ファンド、テマセクが新たにメンバーに入っている。

 リブラは年内にスタートしたいとしている。世界で27億人のユーザーを持つフェイスブックが動き出したときに日本円がデジタル化で出遅れないか、携帯電話のガラパゴス化の記憶もあり少し心配なところだ。


 中国では民間ではなく中国人民銀行が深セン、蘇州、雄安、成都の4都市で中央銀行デジタル通貨(CBDC)のデジタル人民元の試験運用を先行しており、将来的に2022年の冬季オリンピック会場において試験運用を行うと明言している。
 中国では既にアリペイやテンセントが提供するウィーチャットペイなど民間のデジタル通貨が一気に普及した経緯があった。人民銀行はこれら既存のデジタル通貨に対して「網聯」と呼ばれる統一された決済機関を設立し、必ず銀行と情報をやり取りすることで集中管理しデジタル人民元との併存を図る。中国のCBDCは中央銀行があり既存の銀行も残る二層方式というやり方で、既に方向性が固まり実行するのみの状況にある。


 日本国内では、CBDCなどのデジタル通貨の決済インフラの実現を目指すための検討会が発足した。みずほ銀行や三菱UFJ銀行、三井住友銀行のほか、われわれになじみ深いSuica(スイカ)のJR東日本やNTTグループ、セブン&アイ・ホールディングスなどが参加する。協力会社にはアクセンチュアとシグマクシス、オブザーバーとして日本銀行や財務省、金融庁などが加わる。

 リブラや中国のCBDCも含めたステーブルコイン実用化はコロナ禍による人と人との接触回避の傾向もあり加速しそうだ。だがドルや人民元のように通貨覇権の競争下にない日本円の立ち位置でいうならば僅差のタイムレースをしているわけでもない。使われるものであることが一番大事だ。ユーザーにとって利便性の高いフレンドリーなステーブルコインの実用化が望まれる。

2020年5月12日火曜日

【高論卓説】リブラ進展・デジタル人民元はテストへ


リブラ進展・デジタル人民元はテストへ 新型コロナの裏で始まった通貨戦争 
2020.5.11 

 米フェイスブックは昨年6月に全く新しいデジタル通貨リブラの構想を発表した。主要5カ国の通貨バスケットからなる資産をベースに、どの政府からも規制を受けない全く新しい通貨を目指したが、各国政府や中央銀行からの反発は予想よりも厳しいものだった。現実的に計画は頓挫していたといってよいだろう。(板谷敏彦)

 4月16日、運営団体であるリブラ協会はそのデジタル通貨計画の改訂版「リブラ2.0」の白書を発表した。

 大きな変更点は、当初の単一の新通貨を立ち上げるという壮大な話から、ドルやユーロ、円など既存の個別の通貨を裏付け資産とする単一通貨デジタルコインをそれぞれ発行する計画に変更されたことである。

 一方でデジタルコインが発行されない通貨を使用する国々に対しては「デジタル合成」されたリブラコインも発行するとしているが、これは目玉ではない。

 既存の通貨をベースとする以上、以前の計画で各国中央銀行が懸念していた既存通貨の安定性や、通貨発行益の行方などの懸念は取り除かれたことになる。

 またリブラは誰もが運営に参加できる非中央集権方式による各国規制当局の圏外での運営を目指していたが断念することになった。

 これによって改正されたリブラ2.0には、検閲されにくい特徴を示す「耐検閲性」がなくなり魅力が半減し、ありきたりな「ペイパル」のような既存の決済システムに成り下がったという意見もみられる。

しかし全世界で27億人のユーザーを抱えるプラットフォーマーが決済システムの手段を持つことは決して軽視できないと筆者は考える。

 むしろ当初のどの国からも規制を受けない民間の通貨という発想が理想型ではあったが大風呂敷過ぎたのだろう。

 さて、この発表の翌17日のことだ。偶然かどうか中国人民銀行(中央銀行)は深セン、蘇州、雄安、成都においてデジタル通貨・電子決済、「デジタル人民元」のテストを実施すると発表した。

中国は2014年に中央銀行デジタル通貨(CBDC)の可能性を研究するためのタスクフォースを発足させて、17年には中国人民銀行が中国4大銀行およびその他有力金融機関にシステム設計への協力を求めていたほど、もともとCBDCに積極的だった。

 ところが昨年のリブラ構想発表以来、リブラによる通貨覇権の可能性に一番鋭く反応したのが中国だった。なにしろリブラの通貨バスケットには人民元が入っていなかったのだ。そのためにCBDCの開発は加速されたと考えられている。

 米国はCBDCのドルに関心が薄く、リブラを政官民そろってたたいたようなところがあった。しかし昨年11月にハーバード大で行われた「北朝鮮がデジタル人民元を介して某国から核燃料を購入してミサイルを発射」というようなシミュレーション会議を通じて現在のドル決済システム「SWIFT」の脆弱(ぜいじゃく)性を認識すると、デジタル通貨問題が引き起こす国家安全保障上の問題点にも注意が向けられるようになった。

 リブラが提供する27億人をカバーするプラットフォームは、米国が発行するかもしれないデジタル・ドルに対しても有用なツールとなるであろう。新型コロナの影響を受ける貿易構造の変化や国際関係、その出口はまだまだ見えないが、裏では通貨をめぐる静かな戦いが始まっている。


2020年2月26日水曜日

【高論卓説】デジタル通貨の行方 


デジタル通貨の行方 世界4勢力形成、覇権どこが握るか
2020.2.26 05:00

 サウジアラビアの首都リヤドで行われていた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が23日に閉幕した。今回はデジタル通貨に関する議論が期待されたが、時節柄、新型コロナウイルスの感染拡大による経済活動への影響が主な議題になった。

 一方で今年の1月21日、「中央銀行デジタル通貨(CBDC)の活用可能性の評価に関する知見を共有するためのグループ」が発足した。メンバーはカナダ銀行、イングランド銀行、日本銀行、欧州中央銀行、スウェーデン・リクスバンク、スイス国民銀行、国際決済銀行である。

 これはどうした動きなのか、ここでデジタル通貨をめぐるこれまでの経過についていったん整理をしておこう。

 昨年の6月に米フェイスブック(FB)がデジタル通貨リブラの概要を発表して以降、それまで動きが鈍かった主要国でも、にわかにデジタル通貨に関する議論が活発化した。
 FBのデジタル通貨開発の理念の中核は「金融包摂」であった。途上国の貧しい人々や、米国など先進国においても貧困から銀行口座を開設できない人たちが大勢いる。しかしこうした人たちもスマートフォンなら持っている。であれば近年発達したデジタル技術の成果を使って国境のない新しいデジタル通貨リブラを作れば、こうした阻害されてきた人たちも最新技術の恩恵を受けることができる、具体的に高かった送金手数料などから解放されるだろうというものだった。

 しかしながら、これに対する反発は予想以上に大きなものだった。まず民間の会社が独占的でクロスボーダーな通貨を独占してよいものだろうかという問題があった。金融包摂はお題目で収益の追求があるに違いない。またFBはリブラ発表の直前に大規模な個人情報漏洩(ろうえい)の問題を起こしていたことも指摘された。

 各国中央銀行から見れば、リブラは現在独自通貨で行われている金融政策の有効性の問題やシニョリッジと呼ばれる通貨発行益、マネーロンダリング(資金洗浄)に利用されやすいなどの問題があった。

 米国にすれば現在ドルが覇権通貨として世界に流通しているわけで、そのメリットは計りしれない。ましてや米国経済はかつての全盛期ほど世界経済に占める割合が高いわけではない。そうした覇権通貨ドルの地位を脅かすような存在は排除されるべきなのだ。
 また安価な外貨送金など、既存のドルを扱う米国の銀行業界からみればリブラなどは既得権益の侵害である。こうしたわけで当初はリブラを「皆で無視する」のが最良の選択だった。

 しかし、こうした中で中国がこれを機に一気にデジタル人民元を普及させる動きを示した。拡大する中国の世界経済に占める影響力、一帯一路圏内での経済的支配力などを考慮すると、今度はリブラではなくデジタル人民元普及が持つ安全保障上の問題が懸念されることになったのだ。

 またトランプ政権によるアメリカ・ファースト政策は、英国、欧州連合(EU)、日本など旧西側主要国にすれば、依存し過ぎるといつハシゴを外されるのか分からないリスキーなものに映る。これは通貨問題においてもいつまでもドル覇権に依存する危険性を考慮せねばならないことを意味した。

 かくしてリブラ、米国、中国、その他主要国の4つのグループ勢力が形成されることになったのである。デジタル通貨リブラが投げかけた波紋は、依然広がり続けており目が離せない。 
                 ◇
作家・板谷敏彦