2019年8月23日金曜日

【高論卓説】リブラ 実用に適し“金融包摂”への道近く

リブラ 実用に適し“金融包摂”への道近く

2カ月前、米フェイスブック(FB)は2020年に独自の仮想通貨「リブラ」をスタートさせると発表した。同社はリブラを扱うために新会社「カリブラ」を設立、同様にマスターカードや米ビザ、米ペイパルなどの決済大手、米ウーバー・テクノロジーズ、スウェーデンのスポティファイなど数十社のメンバーとともに、仮想通貨リブラを監督する独立組織「リブラ・アソシエーション」をスイスに設立した。 今後も希望する企業は条件をクリアすれば参加することが可能である。新通貨リブラはFBの専有物ではなく、同社はリブラを扱う参加企業の一つとして行動するというのである。

 リブラのミッションは「数十億人の人に単純な通貨と金融インフラを提供することである」と明記してある。こうした状況を世界銀行の定義では「金融包摂」と呼ぶ。
 世界を見渡せば17億人の人間が既存の金融システムの外側に置かれている。言い換えれば銀行口座も開設できないでいる。海外へ出稼ぎに出て本国に送金しようにも、口座がないためにその送金手数料は平均で約7%も取られてしまうのが現実なのだ。

 しかし、そのうち10億人の人間は銀行口座がなくともスマートフォンを持ち、5億人はインターネットを利用できる環境にある。であるならば、「お金も情報なのだからメッセージのように送金できるはずだ」というのがFBの創始者、ザッカーバーグ氏の頭の中にはあるのだろう。テクノロジーの発達はたかが送金に7%ものコストを要求しない。リブラのユーザーはスマホで極めて低額なコストで本国の家族にお金を送ることができるようになる。もちろん、対象者は途上国だけではない。米国内でも格差拡大で銀行口座すら開けない貧困層は数多いのだ。

リブラもブロックチェーン技術によって取引記録の透明性と公共性は担保される。しかしビットコインなどの仮想通貨との根本的な違いは、リブラには米ドルなど主要通貨の銀行預金や短期国債などを組み込んだ通貨バスケットの裏付けが存在するということだ。このためリブラは価値変動が少なく実用に適した通貨ということになる。

 さて、理念も技術もこれほど良いことずくめのリブラなのに、FBはリブラ発表の後、議会と中央銀行とそしてメディアの非難と懸念の嵐に包まれてしまった。最近も個人データ流出事件を起こしたFBはプライバシー保護について信頼に足るか。巨大プラットフォーマーであるFBに寡占による弊害の懸念はないか。マネーロンダリングが横行するのではないか。不安定な国の通貨は駆逐されてしまうのではないか。新しい通貨は各国の金融の安定性について脅威となるのではないか。

 これら確かな指摘も多いが、実はどれも現在の通貨システムにも当てはまることばかりである。また、リブラはテクノロジーで既存の金融業務の一部を大胆に省略化できる。その他にも非効率につけこんだ既得権益者には脅威となるだろう。

 先進7カ国(G7)中央銀行の作業部会は10月にリブラに対する所見の最終報告を出すことになっている。当面はさまざまな規制処置などに時間を取られ、リブラは予定通りに開始することは難しそうだ。リブラ登場の発表に刺激されて各国中央銀行も貨幣のデジタル化を加速している。いずれ水は高いところから低い場所へと流れる。リブラの基本的な理念と基盤となるテクノロジーが間違っていない以上、リブラの登場は金融史上の一つの大きな画期となるだろう。


2019年6月27日木曜日

【高論卓説】現代貨幣理論と左傾化 注目すべきは米大統領選


現代貨幣理論と左傾化 注目すべきは米大統領選
2019.6.27 05:00

 お金がないなら刷ればよい。「独自の不換(金銀と交換できない)通貨を持ち、公的債務(国債)の大半が自国通貨建てで、かつ為替が変動相場制をとる主権国家(つまり米国、英国や日本)は決して財政破綻しない」。ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授らが主張する現代貨幣理論(MMT:Modern Monetary Theory)の中の最も注目されるポイントである。


 現実に日本は先進国では異常なほどの対GDP比国家債務残高を持ちながら、インフレもなければ一向に金利が上昇しないMMTの実例として紹介されることもある。今は、上記ケルトン教授の7月来日が決まりさらに注目が集まっているところだ。

 もともとは1980年代に米国レーガン政権、英国サッチャー政権、日本では中曽根政権が緊縮財政や国営企業の民営化など新自由主義的な政策を取ったことから、ケインズの時代に見られたような国家の公共事業による雇用保障政策は採用されなくなり、雇用は個々人の能力に依存するようになったことに発端がある。いわゆる自己責任時代の到来である。しかしその結果一部の富める者はさらに富み、大多数の貧しき者は貧しいままに放置された。

 金融関係者は誰も驚かなかったが、最近の日本での「老後2000万円問題」に対する過剰な反応は、現代社会はもはや政府が「ゆりかごから墓場」まで保証してくれないことを改めて世間に認知させた。そこにはご自身で資産運用をして老後に備えよと書いてあったのだ。


 自己責任の根本原因は財源の問題に行きつく。社会保障費によって政府債務は膨張し、将来の財政破綻を避けるべく消費増税も決行するのであって、国にはもはや社会保障に回すお金はないのだ。

 しかしそこでMMTはお金がないのであれば刷ればよいではないかと主張する。緊縮財政はやめなさいと。福祉国家実現の立場から、本来はかつてケインズの理論に従ってそうしたように、政府支出によって雇用対策を施し社会保障を充実させ、拡大してしまった格差解消に努めるべきであるという立場をとる。

 かつてのリフレ派の主張と重なる部分もあって誤解している人もいるが、理論の支持者は本場米国では民主党大統領候補のバーニー・サンダース上院議員のような左派であり社会主義寄りの政治家たちである。来日するケルトン教授はサンダース議員の政策顧問でもあるのだ。

 日本では、自民党が数年前からMMT勉強会を開き研究しているようである。

 一方で社会保障を増税無しで充実せよ、とは日本では一部期間を除く長い間、政策責任がない野党のお決まりの主張であったが、ここに来てそれが一定の理論的根拠を得たことになる。反自民の勢力も、MMTを支持する議員を認定する薔薇(ばら)マークキャンペーンを展開している。薔薇マークのバラはバラまきのバラである。ポピュリズムとフリーランチ政策の合体は、従来の日本にない意外な政治勢力を誕生させるかもしれない。


 金融市場への影響だが、MMT的な政策の実現には越えるべきハードルも多く、当面この件は静観の状態である。

 だが米国は日本以上に格差が大きく、社会保障は粗末である。前回の米国大統領選挙では予想外のトランプ大統領が徐々に勢力を伸ばして最終的に選出されたように、バーニー・サンダース候補が広く支持を集めていく状況は十分に考えられる。何しろ財源が要らないそうだから、何でも公約できるのだ。


2019年3月14日木曜日

【高論卓説】ファーウェイ排除問題に思う


高論卓説】ファーウェイ排除問題に思う 浮かび上がる法治システムの差
2019.3.12 09:05

今から100年前の第一次世界大戦、ドイツによるベルギー侵攻で戦争は始まった。無抵抗でフランスへの通過を認めるだろうとのドイツ側の思惑にもかかわらず、ベルギーは果敢にドイツの攻撃を受けてたった。しかし、すぐに大半の国土は占領され、その過酷な占領政策は世界へ報道されることになった。もしドイツが戦争に勝つと世界はどうなるのか、各国は理解した。(作家・板谷敏彦)

 中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)は7日、同社と米連邦機関との取引を制限する米国の国防権限法(NDAA)の一部が米国の憲法に違反しているとして米連邦政府を相手に訴えを起こした。正当な権利である。

 2019年度版NDAAでは具体的にファーウェイと中興通訊(ZTE)を名指しして、米政府は19年8月から両社の製品を使わないこと、20年8月から両社の製品を使用する企業との取引を打ち切ると明言している。

 このNDAAは昨年8月14日に可決した翌年度の国防予算の大枠を決めるもので、故ジョン・マケイン議員が中心となって作成し超党派で議決されたものである。共和党でも民主党でもなく、ましてやトランプ米大統領の貿易戦争の取引材料として思いつきで決まったものではない。

 ではなぜ昨年8月の法案が今頃ぶり返されるのだろうか。

 もともとファーウェイは売り上げの2分の1が輸出だが、米市場抜きで急成長してきたので、米国だけの問題であれば直接的な影響は大きくなかった。
ところが昨年10月のペンス米副大統領の「対中政策演説」を皮切りに米国は攻勢を強め、11月にはウォールストリート・ジャーナル紙が「米政府がファーウェイ製品の使用中止を同盟国に要請している」と報道するに至った。これは特に次世代通信技術である5G(第5世代)のインフラ部分の設備についてである。

 当初は諜報活動で協調するファイブ・アイズ(米、英、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)に加えて日本、ドイツも同調するかにみえた。

 ところが英国の通信傍受機関傘下の国家サイバーセキュリティーセンターは「複雑性が増す5G網であってもファーウェイのリスクは技術的に抑制できる」との結論を出した。要所だけ使用を避ければ問題はないとの見解である。これを受けてドイツもファーウェイ排除の態度を保留、ニュージーランドも完全排除には同意していない。

 一方で英国王立防衛安全保障研究会はこれに対して、ファーウェイによる英国5G参入容認は「無責任」であるとして、中国に対してはロシアと同等の警戒レベルでの対処を求めている。

 米のサイバーセキュリティー企業、クラウドストライクによると昨年は米企業と世界の通信網に対する中国のサイバー攻撃が増加している。状況証拠はそこにある。しかしファーウェイの5Gインフラ導入に伴う危険性の具体的な証拠はない。

 スノーデン事件では米CIA(中央情報局)が同盟国に対して遠慮なくスパイ活動をしていたことが暴露された。ならば中国がファーウェイの5Gインフラを使ってスパイ活動をしたとしても大同小異ではないかという向きもある。
しかしこれはつまり、どうせいつか力負けして支配下に入ってしまうとしたら、どちらの国の体制の方がよいかというプリミティブな問題に行き着くだろう。米国政府を米国の憲法違反だと米国内で堂々と訴える中国企業。この反対は現実的ではない。今回の訴えはかえって問題の本質を浮かび上がらせたのではないだろうか。


板谷敏彦

2019年2月12日火曜日

【高論卓説】経済成長よりも安全保障


ビジネスアイ2019年1月22日号
経済成長よりも安全保障
株式市場はしばらく揺さぶられる。

1月17日(木曜日)のNY株式市場の場中、米政府が対中国関税の一部廃止もしくは全廃を考えているという観測が市場に流れた。するとその日低迷していた株式市場はこの情報に反応して大きく切り返した。 今月末の30日から米中閣僚会議が予定されている。NY市場ではそれまでの間、この手の思惑が交錯することになる。

一方中国側では、全国人民代表大会(国会に相当)常務委員会によって外資企業への違法な干渉を制限する外商投資法が検討中で、これも異例な早さで審議され閣僚会議への手土産になるのではと市場では考えられている。米中どちらも一歩も引かぬという頑な姿勢を保ちながらも双方供に歩み寄る材料も準備されている。貿易の縮小はどちらにとっても両刃の剣、できるだけ避けたい。

では、米中閣僚会議で世界経済を巻き込む米中貿易問題が解決へと向かうのかといえば、そうはいかない。なぜならば米中貿易問題の根本は安全保障上の問題であり、米国側が意識する中国による覇権交代の危機にあるからだ。

IoT(モノのインターネット)の基盤となる高速通信の5G(第5代移動通信システム)技術。これはウェアラブル端末や自動車の自動運転実用化などの高速で大量の情報量を必要とする技術革新の基礎となる通信技術である。この5Gのインフラをどの国の製品が支配するのかは経済成長とともに国家安全保障上の重要な問題である。

今回中国企業ファーウェイ創業者の娘でCFOの孟晩舟(メン・ワンツォウ)がアメリカ政府の依頼によってイラン輸出関連の疑惑でカナダ政府に逮捕されて一躍有名になった。この事件は象徴的である。

ファーウェイ社は5G技術では現在最も技術的優位な位置にある会社だと考えられている。しかしその一方で中国政府や軍と一体化しているとも見られ、スパイ疑惑がつきまとう。
米国は2012年の下院情報特別委員会の報告書で同社を「安全保障上の脅威」として認定して以降、実質上通信インフラから同社を閉め出しているが、今度は同盟国にも呼びかけた。確たる証拠こそ示されていないがシステムを利用したスパイ活動疑惑があるというのだ。英国、日本、オーストラリア、ニュージーランド、それにドイツも米国に追随することを決めた。

こうして米国を中心とする西側がファーウェイを閉め出そうとする中、中国が友好国との範囲の中で優位にある5G技術を駆使して通信インフラを安価に素早く普及させれば、両者の経済成長や技術革新に大きな差が出て西側が劣後するのではないかと懸念する声も聞こえる。しかしそうした理由で米国がファーウェイの5Gインフラの展開を受け入れることはない。西側諸国が同社を採用しないことによってIoTの主役である豊富なモノとのアクセスは制限され同社の技術革新を遅らせるだろう。

現状では米国の政策上の優先順位は明らかで、①に安全保障、②に経済成長である。従って中国との貿易問題は常に安全保障に劣後するのであって、安全保障を脅かさない範囲の中での妥協点が模索され続けることになる。株式市場にとって理想的な自由貿易は実現しない一方で、当面は壊滅的な状況も起こりそうにない。

(作家 板谷敏彦)



2018年11月28日水曜日

【高論卓説】米副大統領の「対中政策演説」


【高論卓説】米副大統領の「対中政策演説」 武力伴わない実質的な宣戦布告
2018.11.27

今から100年前の1918(大正7)年11月は、ドイツとアメリカの間に休戦協定が結ばれて4年余り続いた第一次世界大戦が終結した月である。第一次世界大戦の開戦原因は一様ではないが、その主因の一つに、当時の覇権国家イギリスに対して、後発工業国であるドイツが経済、軍事面で迫りつつあったことが挙げられる。「ツキュディデスの罠(わな)」と呼ばれる覇権交代期の緊張である。

 英独両国は20世紀初頭の戦略兵器である戦艦の建艦競争に入り、当時海軍大臣だったチャーチルは「イギリスにとって海軍は必需品だが、ドイツにはぜいたく品である」と演説しドイツ皇帝やドイツ民衆をおおいに刺激した。

 両国は経済的に相互依存がとても強かったので、財界人や知識人はまさか戦争になるとは考えていなかった。ところがオーストリア皇帝の暗殺事件が複雑に組み合った同盟関係という歯車を回転させて、やがて世界を巻き込む戦争へと落とし込んだのである。

 その当時の米国と中国の関係は第1の時代と呼ばれる。列強諸国が中国を利権で切り刻んだ時代だが、当時のアメリカは門戸開放政策をもって列強に加わらず、その後も共同でファシズム(日本のこと)と戦った時代だ。

 またこれに続く第2の時代とは、中国が共産化して以降の米ソ対立の冷戦時代のことで、米中は関係を絶ったのである。去る10月4日、ペンス米副大統領はハドソン研究所で「対中政策演説」という挑発的な演説をし、その後のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)をはじめとするアジア歴訪でも同じことを繰り返し述べている。

 アメリカは1978年の中国による市場開放政策以降、いつの日か中国も経済的に豊かになれば、民主主義が広まって、アメリカを中心とする西欧社会と同じような価値観を持ち始めるに違いないと静かに見守ってきた。しかしペンス副大統領はこうした米中関係における第3の時代は終わりだと明言したのだ。

 中国は今年の3月これまで2期10年だった国家主席の任期を撤廃し、独裁国家へ転換したかのようである。

 また「一帯一路」政策は債務を利用した途上国への植民地的抑圧のように見えるし、アメリカから見ればむしろ中国はこうあってほしいと考える台湾の外交的孤立を推進し、民主主義的側面では宗教弾圧が加速しているとみている。

 経済面では共産党の影響力は次第に企業へと浸透し国家資本主義の様相を強め、関税、為替操作、外国企業の技術の強制移転、知的財産の盗用、任意の産業補助金などやりたい放題であると指摘した。

 ペンス副大統領は共和党の中でも対中強硬派だが、この演説の中身は専門領域が広く挙党態勢で練り上げられたものであって、トランプ大統領特有のブラフではなく、アメリカの意志だと理解されている。

 この月末にはG20(20カ国・地域)首脳会議があり、習近平国家主席とトランプ大統領の会談が予想されている。幸い現代では第一次世界大戦のように両国が武力行使をしてもろくな結果にならないことは広く理解されている。

 そのためにこの予想される覇権交代期を楽観視する向きもある。しかしペンス演説が示すものは、アメリカは公平な交易さえすれば覇権交代などを起こらないと考えているのであって、アメリカの譲歩の水準はひどく下がっていることに注意が必要だ。この演説は武力を伴わないだけで現代社会における実質的な宣戦布告なのである。

板谷敏彦

2018年10月11日木曜日

【高論卓説】AIを極端に恐れる必要ない


【高論卓説】AIを極端に恐れる必要ない ヒトに及ばず、何ができるか見極め大事 2018.10.11 フジサンケイ・ビジネスアイ 


自動車王ヘンリーフォードが、ライン生産方式を導入して、当時既に大人気だったT型フォードを大量生産したのは第一次世界大戦の直前だった。これによってライン導入前には12.5時間かかっていた1台当たりの製造時間は2.6時間まで短縮されて、フォードは自動車の販売価格を劇的に下げることができた。省力化はできたのだが、安価になった車は倍々ゲームで売れるから人手はいくらあっても足りない。

 フォードは2ドルだった自動車工の日給を一気に5ドルにまで上げて労働力を集めた。日給5ドルというのは従業員でもT型フォードが買えるようにとフォードが考えた水準だった。フォードの従業員が車を買えないようでは大衆に売れるわけがないからだ。かくして自動車は大衆化しアメリカでは世界に先駆けてモータリゼーションが始まった。自動車工の賃金は皮肉にも合理化によって上がったのだ。

 フォード没後のフォード社の経営を担った孫のヘンリーフォードII世もオートメーションに積極的な経営者だった。ある日、これも戦後のアメリカの労働組合(UAW)を担ったウォルター・ルーサーを連れてフォードの最新工場を案内しているときに、フォードII世はルーサーをからかった。新工場では相当な合理化が見込めそうだったからだ。

 「ルーサー、君はどうやってこうした機械から組合費を徴収するつもりかね?(組合ももう終わりだな)」

 すると、T型フォードの逸話を知っていたルーサーはこう切り返した。

 「ヘンリー、君はどうやってこの機械たちにフォードを買わせるつもりかね?」

 AI(人工知能)はやがて人類の能力を凌駕(りょうが)して自律的に進化を始めるという「シンギュラリティ」が話題になっている。チェスや将棋、囲碁の世界でもAIが人間に勝つようになった。駅で切符をチェックしてはさみを入れていた駅員は既に自動改札機に取って代わった。今後はそうしたルーチン的な職業に限らず、意思決定が伴うような仕事でも、医者、弁護士、会計士などの仕事の一部でさえもAIは人の仕事を奪っていくだろう。これからはよほど準備しておかないと万人に仕事が行き渡らない世の中がやってくるというものだ。
しかし、AIが登場する、はるか以前からメカニカルな機械による合理化は進んでおり、単純労働者は次第に駆逐された。先進国では産業従事者の構成比は歴史的に農業から工業、サービス業主体へと変遷してきたわけで、なくなる仕事もあれば新しく創出される仕事もある。昭和30年代のサラリーマンにシステムエンジニアやネイルサロンという仕事は想像ができなかっただろう。

 物理生物学者の松田雄馬氏によると、現状ではAIが人間の持つ生物としての知能並みの知性を得る可能性も、その糸口さえも見つかっていないのだそうだ。従ってAIの漠然としたイメージにおびえるよりも、AIによって具体的に何ができて何ができないのか、現実の自分たちの仕事を見つめ直すことが大切なのではないだろうか。



2018年9月4日火曜日

『金融の世界史』中国語版発売


拙著『金融の世界史』(新潮選書)の中国語版がいよいよ発売されることになりました。中国語圏の皆様に読んでいただけることは本当にうれしく思います。