2020年5月12日火曜日

【高論卓説】リブラ進展・デジタル人民元はテストへ


リブラ進展・デジタル人民元はテストへ 新型コロナの裏で始まった通貨戦争 
2020.5.11 

 米フェイスブックは昨年6月に全く新しいデジタル通貨リブラの構想を発表した。主要5カ国の通貨バスケットからなる資産をベースに、どの政府からも規制を受けない全く新しい通貨を目指したが、各国政府や中央銀行からの反発は予想よりも厳しいものだった。現実的に計画は頓挫していたといってよいだろう。(板谷敏彦)

 4月16日、運営団体であるリブラ協会はそのデジタル通貨計画の改訂版「リブラ2.0」の白書を発表した。

 大きな変更点は、当初の単一の新通貨を立ち上げるという壮大な話から、ドルやユーロ、円など既存の個別の通貨を裏付け資産とする単一通貨デジタルコインをそれぞれ発行する計画に変更されたことである。

 一方でデジタルコインが発行されない通貨を使用する国々に対しては「デジタル合成」されたリブラコインも発行するとしているが、これは目玉ではない。

 既存の通貨をベースとする以上、以前の計画で各国中央銀行が懸念していた既存通貨の安定性や、通貨発行益の行方などの懸念は取り除かれたことになる。

 またリブラは誰もが運営に参加できる非中央集権方式による各国規制当局の圏外での運営を目指していたが断念することになった。

 これによって改正されたリブラ2.0には、検閲されにくい特徴を示す「耐検閲性」がなくなり魅力が半減し、ありきたりな「ペイパル」のような既存の決済システムに成り下がったという意見もみられる。

しかし全世界で27億人のユーザーを抱えるプラットフォーマーが決済システムの手段を持つことは決して軽視できないと筆者は考える。

 むしろ当初のどの国からも規制を受けない民間の通貨という発想が理想型ではあったが大風呂敷過ぎたのだろう。

 さて、この発表の翌17日のことだ。偶然かどうか中国人民銀行(中央銀行)は深セン、蘇州、雄安、成都においてデジタル通貨・電子決済、「デジタル人民元」のテストを実施すると発表した。

中国は2014年に中央銀行デジタル通貨(CBDC)の可能性を研究するためのタスクフォースを発足させて、17年には中国人民銀行が中国4大銀行およびその他有力金融機関にシステム設計への協力を求めていたほど、もともとCBDCに積極的だった。

 ところが昨年のリブラ構想発表以来、リブラによる通貨覇権の可能性に一番鋭く反応したのが中国だった。なにしろリブラの通貨バスケットには人民元が入っていなかったのだ。そのためにCBDCの開発は加速されたと考えられている。

 米国はCBDCのドルに関心が薄く、リブラを政官民そろってたたいたようなところがあった。しかし昨年11月にハーバード大で行われた「北朝鮮がデジタル人民元を介して某国から核燃料を購入してミサイルを発射」というようなシミュレーション会議を通じて現在のドル決済システム「SWIFT」の脆弱(ぜいじゃく)性を認識すると、デジタル通貨問題が引き起こす国家安全保障上の問題点にも注意が向けられるようになった。

 リブラが提供する27億人をカバーするプラットフォームは、米国が発行するかもしれないデジタル・ドルに対しても有用なツールとなるであろう。新型コロナの影響を受ける貿易構造の変化や国際関係、その出口はまだまだ見えないが、裏では通貨をめぐる静かな戦いが始まっている。


2020年2月26日水曜日

【高論卓説】デジタル通貨の行方 


デジタル通貨の行方 世界4勢力形成、覇権どこが握るか
2020.2.26 05:00

 サウジアラビアの首都リヤドで行われていた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が23日に閉幕した。今回はデジタル通貨に関する議論が期待されたが、時節柄、新型コロナウイルスの感染拡大による経済活動への影響が主な議題になった。

 一方で今年の1月21日、「中央銀行デジタル通貨(CBDC)の活用可能性の評価に関する知見を共有するためのグループ」が発足した。メンバーはカナダ銀行、イングランド銀行、日本銀行、欧州中央銀行、スウェーデン・リクスバンク、スイス国民銀行、国際決済銀行である。

 これはどうした動きなのか、ここでデジタル通貨をめぐるこれまでの経過についていったん整理をしておこう。

 昨年の6月に米フェイスブック(FB)がデジタル通貨リブラの概要を発表して以降、それまで動きが鈍かった主要国でも、にわかにデジタル通貨に関する議論が活発化した。
 FBのデジタル通貨開発の理念の中核は「金融包摂」であった。途上国の貧しい人々や、米国など先進国においても貧困から銀行口座を開設できない人たちが大勢いる。しかしこうした人たちもスマートフォンなら持っている。であれば近年発達したデジタル技術の成果を使って国境のない新しいデジタル通貨リブラを作れば、こうした阻害されてきた人たちも最新技術の恩恵を受けることができる、具体的に高かった送金手数料などから解放されるだろうというものだった。

 しかしながら、これに対する反発は予想以上に大きなものだった。まず民間の会社が独占的でクロスボーダーな通貨を独占してよいものだろうかという問題があった。金融包摂はお題目で収益の追求があるに違いない。またFBはリブラ発表の直前に大規模な個人情報漏洩(ろうえい)の問題を起こしていたことも指摘された。

 各国中央銀行から見れば、リブラは現在独自通貨で行われている金融政策の有効性の問題やシニョリッジと呼ばれる通貨発行益、マネーロンダリング(資金洗浄)に利用されやすいなどの問題があった。

 米国にすれば現在ドルが覇権通貨として世界に流通しているわけで、そのメリットは計りしれない。ましてや米国経済はかつての全盛期ほど世界経済に占める割合が高いわけではない。そうした覇権通貨ドルの地位を脅かすような存在は排除されるべきなのだ。
 また安価な外貨送金など、既存のドルを扱う米国の銀行業界からみればリブラなどは既得権益の侵害である。こうしたわけで当初はリブラを「皆で無視する」のが最良の選択だった。

 しかし、こうした中で中国がこれを機に一気にデジタル人民元を普及させる動きを示した。拡大する中国の世界経済に占める影響力、一帯一路圏内での経済的支配力などを考慮すると、今度はリブラではなくデジタル人民元普及が持つ安全保障上の問題が懸念されることになったのだ。

 またトランプ政権によるアメリカ・ファースト政策は、英国、欧州連合(EU)、日本など旧西側主要国にすれば、依存し過ぎるといつハシゴを外されるのか分からないリスキーなものに映る。これは通貨問題においてもいつまでもドル覇権に依存する危険性を考慮せねばならないことを意味した。

 かくしてリブラ、米国、中国、その他主要国の4つのグループ勢力が形成されることになったのである。デジタル通貨リブラが投げかけた波紋は、依然広がり続けており目が離せない。 
                 ◇
作家・板谷敏彦

2020年1月6日月曜日

【高論卓説】一帯一路とデジタル人民元 中国、通貨圏拡大の可能性高める

【高論卓説】一帯一路とデジタル人民元 中国、通貨圏拡大の可能性高める

私が初めて米国に赴任した1980年代、小切手を持って銀行に現金を引き出しに行くと、東京銀行のNY支店でさえ、窓口には長い列ができていて、自分の順番が来ると「ネクスト(次の人)」と呼ばれた。お世辞にも丁寧だとは言えない客扱い、日本の行き届いた窓口サービスになれた身には、驚きばかりだった。第1に小切手は非効率だと感じた。
一方で米国では「葬式の代金はモルガン銀行のチェック(小切手)で支払いたい」というあこがれの願望がある。モルガンでは60年代でも10万ドル、今だと1億円以上の当座預金(金利がつかない預金)がないと口座が開けないと言われていた。当時の金利が3%だとして毎年300万円を支払えばモルガンの小切手が使えたことになる。
こういう顧客は、列に並ばされて「ネクスト」にはならない。応接室で担当の今でいえばFP(ファイナンシャルプランナー)にいろいろとお金の相談に乗ってもらうことになる。
 翻って現代、コンピューターと通信技術の発達によって、こと入出金や送金に関する限りモルガンの応接室を訪ねることも、長い列に並ぶ必要もなくなった。しかしその分、銀行も人件費や経費だってかからないはずであり、さまざまな手数料はもっと安くならなければいけない。もっと突き詰めれば、本当に送金者と受け手の間に常に銀行が介在する必要があるのだろうかということになる。
 前置きが随分長くなったが、これが米フェイスブックの暗号資産(仮想通貨)「リブラ」が引き起こした騒動のプリミティブ(根源的)な疑問点である。金持ちの国、米国でさえ信用が足りなくて銀行口座を開設できない人は多い。こういう人たちは、受け取った小切手を現金化したりお金を送金したりするときに高い手数料を支払わされている。米国ですらこの状況なのに、発展途上国では銀行店舗のインフラさえないところも多いのだ。
 だが多くの人がスマートフォンは持っている。スマホがあれば世界中の誰にでもメッセージは送信可能である。であれば、貨幣を電子化して、スマホにインストールされたお財布アプリに入金できるようにすれば、銀行を介在させないでも、あたかもメッセージを送るように貨幣を送ったり受け取ったりできるようになるのではないか。
 そしてその通貨の真偽はブロック・チェーンなどの新しい技術が低コストで担保すればよい。リブラを提案した米フェイスブックの真意は分からないが、これこそがリブラの一連の騒動が覚醒させたテクノロジーと金融の関係である。

 中国がデジタル人民元を準備している。「米ドルとの覇権通貨戦争か」と騒ぐ向きもあるが、これはもっと地道な動きである。第二次世界大戦末期、ブレトンウッズ会議で米ドルの覇権が確定したが、あの頃は世界中で米国だけが皆が欲しいものを売っていたのだ。だから皆がドルを欲した。
 資本の自由化が進まず、国内経済に問題を抱える人民元がいきなり覇権通貨になることなどはないだろう。しかし「一帯一路」を展開する中国は地域の国の欲しい商品を提供できる。デジタル人民元の使用コストを低く抑えれば、銀行がなくても、その商品とともに人民元は次第に浸透してゆく可能性が高い。徐々に通貨圏を拡大していくのではないか。
それよりもむしろデジタル通貨を実践していく段階で蓄積されるノウハウの方が貴重なものになるだろう。



2019年10月17日木曜日

【高論卓説】「リブラ」の脅威と中国


「リブラ」の脅威と中国 国際通貨覇権をめぐる争い 
2019.10.17 08:30

 貧しくて銀行口座を持てないUNBANKな人たちにもスマートフォンを通じて簡単で安価な金融サービスを提供したい。高尚な理念を表看板に登場した米フェイスブックが主導するデジタル通貨リブラ。規制当局や既得権益者からの反発は強く、米国では金融当局が通貨発行主体となるリブラ協会に参画すると意向を表明した企業に対して法令順守体制の確認などを非公式に要請したようである。

 そうした圧力のせいなのかどうか、米国のインターネット決済大手のペイパルは4日、リブラ協会への参加を見送ると発表した。ペイパルはリブラ協会の創設メンバー28社のうちの1社だった。同様に協会の創設メンバーであるビザ、マスターカードなども参加を見合わせるという。リブラの前途は容易ではない。

一方でリブラ発表の刺激を受けて、イングランド銀行のマーク・カーニー総裁は、多くの国の支持の下、ドルと人民元を含む信頼できる通貨バスケット「合成の覇権通貨」の議論を提唱している。

 トランプ米大統領が「アメリカ・ファースト」を唱え世界の面倒はもう見ないという。また統計数値からも米国経済が突出した時代は終わったのだから、いつまでもドルに過剰に異存する状態は再考の余地があるというのだ。通貨のデジタル化はよい機会であると考える。

 既存のドルがあり、そこに民間デジタル通貨リブラが登場、これに対して主要通貨バスケットによる新しいデジタル覇権通貨をと議論は複雑化しているが、ここにきてその動向が際だってきたのが中国だ。

 中国は、「リブラは決済システムと国家通貨に対して脅威となる」ときちんと正面から認識して、デジタル人民元発行計画を加速している。むしろリブラが震源となった今回の通貨のデジタル化騒動を奇貨として捉えて、欧米にはない強権的な統治制度とその卓越したテクノロジーを駆使して、人民元をより強い通貨にしようとしている。

 中国では既にアリペイやウィーチャットなどの決済が普及、これらは最終的にあくまで銀行口座の中で決済されるが、中国人民銀行が発行しようとしているデジタル人民元は銀行口座に依存せずに決済されることになる。まさに現金の交換と同じで、個々のスマホあるいは口座に収納されるデジタルな現金を発行しようとしているのだ。

 これであれば中国国内に限らず、発展途上国などに住むUNBANKな人たちにも利用が可能である。「一帯一路」の工事現場で働く途上国の人たちが稼いだ人民元建ての賃金は、スマホさえあれば安価に故郷の家族に送金できるようになる。デジタル人民元は底辺から国際決済通貨としての主要な地位を築き上げていく可能性を秘めている。

 この機能は同時にデジタル人民元がマネーロンダリングなど犯罪の温床になる可能性も否定できないが、先行して普及した通貨がそうした問題を率先して解決していくことになるだろう。

 現在、世界の投機も含めた外為取引の88%、世界貿易決済の40%はドル建てだが、かつて28%を誇った米国の世界貿易シェアはグローバリゼーションの進展によって現在わずか8.8%しかない。今では中国が世界最大の貿易国なのだ。貿易の門戸を閉ざす米国、いつまでもドルの覇権が続くわけでもないであろう。

 リブラ騒動の陰で、米中貿易戦争だけではなく、通貨の覇権競争も既に始まっているのだ。


2019年8月23日金曜日

【高論卓説】リブラ 実用に適し“金融包摂”への道近く

リブラ 実用に適し“金融包摂”への道近く

2カ月前、米フェイスブック(FB)は2020年に独自の仮想通貨「リブラ」をスタートさせると発表した。同社はリブラを扱うために新会社「カリブラ」を設立、同様にマスターカードや米ビザ、米ペイパルなどの決済大手、米ウーバー・テクノロジーズ、スウェーデンのスポティファイなど数十社のメンバーとともに、仮想通貨リブラを監督する独立組織「リブラ・アソシエーション」をスイスに設立した。 今後も希望する企業は条件をクリアすれば参加することが可能である。新通貨リブラはFBの専有物ではなく、同社はリブラを扱う参加企業の一つとして行動するというのである。

 リブラのミッションは「数十億人の人に単純な通貨と金融インフラを提供することである」と明記してある。こうした状況を世界銀行の定義では「金融包摂」と呼ぶ。
 世界を見渡せば17億人の人間が既存の金融システムの外側に置かれている。言い換えれば銀行口座も開設できないでいる。海外へ出稼ぎに出て本国に送金しようにも、口座がないためにその送金手数料は平均で約7%も取られてしまうのが現実なのだ。

 しかし、そのうち10億人の人間は銀行口座がなくともスマートフォンを持ち、5億人はインターネットを利用できる環境にある。であるならば、「お金も情報なのだからメッセージのように送金できるはずだ」というのがFBの創始者、ザッカーバーグ氏の頭の中にはあるのだろう。テクノロジーの発達はたかが送金に7%ものコストを要求しない。リブラのユーザーはスマホで極めて低額なコストで本国の家族にお金を送ることができるようになる。もちろん、対象者は途上国だけではない。米国内でも格差拡大で銀行口座すら開けない貧困層は数多いのだ。

リブラもブロックチェーン技術によって取引記録の透明性と公共性は担保される。しかしビットコインなどの仮想通貨との根本的な違いは、リブラには米ドルなど主要通貨の銀行預金や短期国債などを組み込んだ通貨バスケットの裏付けが存在するということだ。このためリブラは価値変動が少なく実用に適した通貨ということになる。

 さて、理念も技術もこれほど良いことずくめのリブラなのに、FBはリブラ発表の後、議会と中央銀行とそしてメディアの非難と懸念の嵐に包まれてしまった。最近も個人データ流出事件を起こしたFBはプライバシー保護について信頼に足るか。巨大プラットフォーマーであるFBに寡占による弊害の懸念はないか。マネーロンダリングが横行するのではないか。不安定な国の通貨は駆逐されてしまうのではないか。新しい通貨は各国の金融の安定性について脅威となるのではないか。

 これら確かな指摘も多いが、実はどれも現在の通貨システムにも当てはまることばかりである。また、リブラはテクノロジーで既存の金融業務の一部を大胆に省略化できる。その他にも非効率につけこんだ既得権益者には脅威となるだろう。

 先進7カ国(G7)中央銀行の作業部会は10月にリブラに対する所見の最終報告を出すことになっている。当面はさまざまな規制処置などに時間を取られ、リブラは予定通りに開始することは難しそうだ。リブラ登場の発表に刺激されて各国中央銀行も貨幣のデジタル化を加速している。いずれ水は高いところから低い場所へと流れる。リブラの基本的な理念と基盤となるテクノロジーが間違っていない以上、リブラの登場は金融史上の一つの大きな画期となるだろう。


2019年6月27日木曜日

【高論卓説】現代貨幣理論と左傾化 注目すべきは米大統領選


現代貨幣理論と左傾化 注目すべきは米大統領選
2019.6.27 05:00

 お金がないなら刷ればよい。「独自の不換(金銀と交換できない)通貨を持ち、公的債務(国債)の大半が自国通貨建てで、かつ為替が変動相場制をとる主権国家(つまり米国、英国や日本)は決して財政破綻しない」。ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授らが主張する現代貨幣理論(MMT:Modern Monetary Theory)の中の最も注目されるポイントである。


 現実に日本は先進国では異常なほどの対GDP比国家債務残高を持ちながら、インフレもなければ一向に金利が上昇しないMMTの実例として紹介されることもある。今は、上記ケルトン教授の7月来日が決まりさらに注目が集まっているところだ。

 もともとは1980年代に米国レーガン政権、英国サッチャー政権、日本では中曽根政権が緊縮財政や国営企業の民営化など新自由主義的な政策を取ったことから、ケインズの時代に見られたような国家の公共事業による雇用保障政策は採用されなくなり、雇用は個々人の能力に依存するようになったことに発端がある。いわゆる自己責任時代の到来である。しかしその結果一部の富める者はさらに富み、大多数の貧しき者は貧しいままに放置された。

 金融関係者は誰も驚かなかったが、最近の日本での「老後2000万円問題」に対する過剰な反応は、現代社会はもはや政府が「ゆりかごから墓場」まで保証してくれないことを改めて世間に認知させた。そこにはご自身で資産運用をして老後に備えよと書いてあったのだ。


 自己責任の根本原因は財源の問題に行きつく。社会保障費によって政府債務は膨張し、将来の財政破綻を避けるべく消費増税も決行するのであって、国にはもはや社会保障に回すお金はないのだ。

 しかしそこでMMTはお金がないのであれば刷ればよいではないかと主張する。緊縮財政はやめなさいと。福祉国家実現の立場から、本来はかつてケインズの理論に従ってそうしたように、政府支出によって雇用対策を施し社会保障を充実させ、拡大してしまった格差解消に努めるべきであるという立場をとる。

 かつてのリフレ派の主張と重なる部分もあって誤解している人もいるが、理論の支持者は本場米国では民主党大統領候補のバーニー・サンダース上院議員のような左派であり社会主義寄りの政治家たちである。来日するケルトン教授はサンダース議員の政策顧問でもあるのだ。

 日本では、自民党が数年前からMMT勉強会を開き研究しているようである。

 一方で社会保障を増税無しで充実せよ、とは日本では一部期間を除く長い間、政策責任がない野党のお決まりの主張であったが、ここに来てそれが一定の理論的根拠を得たことになる。反自民の勢力も、MMTを支持する議員を認定する薔薇(ばら)マークキャンペーンを展開している。薔薇マークのバラはバラまきのバラである。ポピュリズムとフリーランチ政策の合体は、従来の日本にない意外な政治勢力を誕生させるかもしれない。


 金融市場への影響だが、MMT的な政策の実現には越えるべきハードルも多く、当面この件は静観の状態である。

 だが米国は日本以上に格差が大きく、社会保障は粗末である。前回の米国大統領選挙では予想外のトランプ大統領が徐々に勢力を伸ばして最終的に選出されたように、バーニー・サンダース候補が広く支持を集めていく状況は十分に考えられる。何しろ財源が要らないそうだから、何でも公約できるのだ。


2019年3月14日木曜日

【高論卓説】ファーウェイ排除問題に思う


高論卓説】ファーウェイ排除問題に思う 浮かび上がる法治システムの差
2019.3.12 09:05

今から100年前の第一次世界大戦、ドイツによるベルギー侵攻で戦争は始まった。無抵抗でフランスへの通過を認めるだろうとのドイツ側の思惑にもかかわらず、ベルギーは果敢にドイツの攻撃を受けてたった。しかし、すぐに大半の国土は占領され、その過酷な占領政策は世界へ報道されることになった。もしドイツが戦争に勝つと世界はどうなるのか、各国は理解した。(作家・板谷敏彦)

 中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)は7日、同社と米連邦機関との取引を制限する米国の国防権限法(NDAA)の一部が米国の憲法に違反しているとして米連邦政府を相手に訴えを起こした。正当な権利である。

 2019年度版NDAAでは具体的にファーウェイと中興通訊(ZTE)を名指しして、米政府は19年8月から両社の製品を使わないこと、20年8月から両社の製品を使用する企業との取引を打ち切ると明言している。

 このNDAAは昨年8月14日に可決した翌年度の国防予算の大枠を決めるもので、故ジョン・マケイン議員が中心となって作成し超党派で議決されたものである。共和党でも民主党でもなく、ましてやトランプ米大統領の貿易戦争の取引材料として思いつきで決まったものではない。

 ではなぜ昨年8月の法案が今頃ぶり返されるのだろうか。

 もともとファーウェイは売り上げの2分の1が輸出だが、米市場抜きで急成長してきたので、米国だけの問題であれば直接的な影響は大きくなかった。
ところが昨年10月のペンス米副大統領の「対中政策演説」を皮切りに米国は攻勢を強め、11月にはウォールストリート・ジャーナル紙が「米政府がファーウェイ製品の使用中止を同盟国に要請している」と報道するに至った。これは特に次世代通信技術である5G(第5世代)のインフラ部分の設備についてである。

 当初は諜報活動で協調するファイブ・アイズ(米、英、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)に加えて日本、ドイツも同調するかにみえた。

 ところが英国の通信傍受機関傘下の国家サイバーセキュリティーセンターは「複雑性が増す5G網であってもファーウェイのリスクは技術的に抑制できる」との結論を出した。要所だけ使用を避ければ問題はないとの見解である。これを受けてドイツもファーウェイ排除の態度を保留、ニュージーランドも完全排除には同意していない。

 一方で英国王立防衛安全保障研究会はこれに対して、ファーウェイによる英国5G参入容認は「無責任」であるとして、中国に対してはロシアと同等の警戒レベルでの対処を求めている。

 米のサイバーセキュリティー企業、クラウドストライクによると昨年は米企業と世界の通信網に対する中国のサイバー攻撃が増加している。状況証拠はそこにある。しかしファーウェイの5Gインフラ導入に伴う危険性の具体的な証拠はない。

 スノーデン事件では米CIA(中央情報局)が同盟国に対して遠慮なくスパイ活動をしていたことが暴露された。ならば中国がファーウェイの5Gインフラを使ってスパイ活動をしたとしても大同小異ではないかという向きもある。
しかしこれはつまり、どうせいつか力負けして支配下に入ってしまうとしたら、どちらの国の体制の方がよいかというプリミティブな問題に行き着くだろう。米国政府を米国の憲法違反だと米国内で堂々と訴える中国企業。この反対は現実的ではない。今回の訴えはかえって問題の本質を浮かび上がらせたのではないだろうか。


板谷敏彦