2018年6月28日木曜日

【高論卓説】サッカー日本代表と今の若者たちにみる 経済牽引への新たな息吹の期待


高論卓説】サッカー日本代表と今の若者たちにみる 経済牽引への新たな息吹の期待

サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会が開催されている。6月7日付の世界ランキングで日本は61位だが、初戦で16位のコロンビアを倒す大金星を挙げた。この45位差の下克上は今大会最大である。月曜日未明の日本の2試合目では、フィジカルの面で圧倒的優位に見える27位のセネガルを相手に引き分けに持ち込んだ。これも偉業である。(作家・板谷敏彦)

 私世代の古い記憶では、確か日本は世界ランク20位ほどにいたと思っていたのだが、いつのまにか順位を落として61位になっていたという感覚が強い。わが国が世界で61番目とは、もろもろの理屈抜きで寂しい順位なのだ。今でこそ日本はW杯で話題沸騰だが、大会前は期待も低く盛り上がりを欠いていた。

 スポーツなどできなくても頭が良くて、もうかっていればいいさ、と経済にまつわる世界順位を改めて眺めてみると、サッカーにおける順位と似たようなことが起きている。昔、ジャパン・アズ・ナンバーワンと経済面ですごかった日本が、それほどでもなくなっていることに気づかされる。

 その国の経済の規模を計るGDP(国内総生産)こそ中国に抜かれながらも、いまだ世界3位の地位を保っているが、これは中国もそうだが単純に人口が多いからであって、GDPを人口で割った1人当たりになると、日本は世界ランク30位にまで落ちる(IMF購買力平価GDP、2017年)。東アジアではマカオ、シンガポール、ブルネイ、香港、台湾に次いで6位である。

 また、主要国で構成されるG7諸国においても1990年代には1位だったが、今では6番目で下はイタリアだけとなっている。残念ながら、わが国は思っていたよりも経済的にずいぶんと凋落(ちょうらく)している。この傾向は2012年のアベノミクス以降も同じで、国内の景気が良くなったと思っていたら、世界はもっと景気が良かったのだ。
先日、日本経済を代表する経団連正副会長19人の同質性が話題になった。メンバーに女性はゼロ、全員日本人、一番若い人が62歳の高齢集団、全員転職経験なしのサラリーマン。これで今や多様性がイノベーションを牽引(けんいん)する世界経済と対等に戦えるのかどうか。

 『新・生産性立国論』(東洋経済新報社)を書いたデービット・アトキンソン氏はデータを示して、女性の経済参加度と、その国の生産性は相関性が高いと主張する。世界経済フォーラムの16年度のデータでは、日本の女性の経済参加度は144カ国中118位で、どうやらここらに問題があるのだろう。

 また『さらば、GG資本主義』(光文社新書)を書いた藤野英人氏によると、「働くのが当たり前」と思っている日本の若者は39%しかおらず、「できれば働きたくない」と考えている若者が3割もいるそうだ。

 さらに勤務先の会社への信頼度を聞いた調査では、世界先進28カ国の平均72%に対して、日本は最下位の57%だったそうである。もはや真面目で会社への忠誠心が高い日本の若者像を期待するのは間違っているのかもしれない。

 とは言いつつサッカー日本代表の若者たちは強敵を相手に健闘している。また前出の藤野氏は最近の若者たちの中に新たな成長の息吹を感じるという。であるならば、せ
めて「GG」はこれを応援こそすれ、あれこれ口出しは無用なのかもしれませんぞ。

板谷敏彦

2018年5月18日金曜日

【高論卓説】ギブソン社破産


【高論卓説】エレキギター老舗のギブソン破産

高級エレキギターの老舗、米国のギブソンが今月1日に米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を米裁判所に申し立てた。業績低迷の原因はロック音楽が低迷してエレキギター市場の縮小傾向が続いていたためで、局面打開のために、オーディオなどの本業以外の分野に事業展開したのが裏目に出た格好だ。そういえば楽器を弾かないボーカルダンスグループの流行は世界的な傾向だ。それにわざわざ楽器を演奏しなくても今ではスマートフォンレベルで豊富な音楽コンテンツは容易に利用が可能だし、シンセサイザーによる楽曲の制作も簡単になった。

もはや半世紀近く古い話だが、1960年代後半は歌謡曲やグループサウンズが全盛だった。年末には紅白歌合戦と並んでレコード大賞の番組が大人気で、今ではすっかり見かけなくなったが、小さな商店街にも、たいてい1つはレコード屋さんがあったものだ。会社帰りを相手にしていたからか閉店時間が遅くて、暗くなった商店街にレコード屋はいつも最後まで明々と電気がともされていた。

レコード売り場には、天井から値札が付いたギターやウクレレがぶら下がっていたが、楽器専門店ではないので1万円を超える商品は珍しくて、たいてい数千円からギターが買えた。こうしたギターにはスチールの弦が張ってあり、クラシックギターなのかどうかギターの種類さえも明確ではなかったが、どれも日本製だった。多分こうした楽器を作れる技術がある国の中では、日本は最も賃金が安かったのだろう。

中学生になった頃、ロックやフォークがはやり始めた。当時はクラスの男子のほとんど全員がギターを弾いているのではないかと思えるくらいにギターがはやった。プロのギタリストは皆ギブソンやフェンダー、マーチンという米国のブランドのギターを使っていて、こうしたブランドを使っているかどうかでプロかアマチュアなのかを区別していたように思う。

ではアマチュアはどんなギターを使っていたのかというと、ギブソンに似たグレコ、フェンダーにはフェルナンデス、マーチンにはモーリスなどの国産のコピーモデルで、遠目からは本物そっくりに見えるロゴがギターのヘッドに堂々と書かれていた。

ざっくりと当時の価格差は30万円対5万円。国産もレコード屋のギターからは随分進化して高品質になっていたが、ギブソンなどは中高生に手が出るような楽器ではなく“神”のようにあがめたものだ。

今でも「ギブソン」のブランドは盤石だから、事業をギターに絞りさえすれば会社再生は難しくはないだろう。しかしその一方で、昔コピーモデルを作っていた国産メーカーのギター製造技術は今や本家を追い付き追い越してしまって、今どきのギター少年たちは、昔僕らがギブソンをあがめたほどには、こうしたブランドに執着はないようだ。材料をえりすぐったモデルの中にはギブソンよりも高価な国産ギターはいくらでもある。この分野の日本の技術も文化も成熟しているのだ。

年を取って疎遠になっていたギターの世界、くしくもギブソンの破産が古い思い出を呼び起こしてくれた。そしてギブソンの業績低迷の理由の一つに、成熟した社会の多様化したユーザーのニーズとライバルたちの出現による競争の激化も加えるべきだろうと思ったのだ。

板谷敏彦

                 

2018年4月4日水曜日

【高論卓説】民主主義は衆愚政治ではない


【高論卓説】民主主義は衆愚政治ではない 混沌時、政権与党の職責全うを 2018.4.3

「いかなる英雄も最後にはうんざりさせられる」(ラルフ・ワルド・エマーソン)

 ウラジミール・プーチン氏は2000年のロシア第2代大統領就任から2期8年間大統領の地位にあった。ロシア大統領は3選連続が禁止されている。08年に腹心のメドヴェージェフ氏を大統領に据えると自身は首相となり、次の大統領からの任期をプーチン氏自身のために6年間に延長した。12年に再び大統領に当選すると、今度はメドヴェージェフ氏を首相に据え、2期12年、プーチン氏が72歳になる24年までの大統領の地位を確保した。

 00年の大統領就任直後は原油価格の高騰もあって崩壊寸前だったロシア経済は見事に回復を遂げた、プーチン氏は年金や公務員の給料を大幅にアップし国民の人気を不動のものとしたのだった。しかし長期政権下で国営セクターが肥大化し経済構造は硬直化、そのため12年以降ロシア経済は低成長に陥る。

 かくして以前のように国民にお金を配布できなくなった以上、国民感情を鼓舞する「大国主義」をとるようになった。14年のクリミア併合、シリア空爆など中東問題への強引な関与などである。ナショナリズムを喚起して国内問題を外交問題でごまかすやりかたは、19世紀に多くの国民国家が誕生して以来の古くさいがとても効果的なものだ。

 直近のイギリスにおけるロシアの元情報部員、セルゲイ・スクリパリ氏神経剤攻撃問題もプーチン政権は否定こそするが、隠そうともしない。政権に逆らう者への見せしめであり、いいがかりをつけてくるイギリスへのプーチン氏の堂々たる挑戦は国民に向けた強いリーダーの証でもあるのだ。

 国是として「偉大なる民族の復興」を標榜(ひょうぼう)する中国の国家主席の任期はこれまで最長で2期10年だった。文化大革命の混乱と痛みの反省から、1982年に憲法を改正して安定した権力交代の循環を作るはずの仕組みだった。しかし3月の全国人民代表大会でこの制限は撤廃され、習近平政権の半永久化が可能になった。

 さらに今回の憲法改正では、「科学的発展観」とともに、「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」が前文に書き加えられ、国家の指導思想に格上げされた。最高指導者が自身の名を冠する思想体系を加えるのは、毛沢東氏以来となる。習氏は共産党総書記と人民解放軍最高司令官も兼任しているので、遠慮がちに見ても中国には終身化された独裁者が誕生したと言えるだろう。

 独裁は支配者の側から見れば国家や民族の非常時における必要な緊急対策であり、これによって国民の財産、安全、名誉を守れるのだと説明する。しかしながら個々人の自由を希求する側の国民からみれば、寛容さや多様性、法の支配などを軽視したシステムでしかない。独裁者はいうだろう、民主主義は衆愚政治であり、わが民族には今こそ強い指導者が必要であると。

 周辺国が独裁化を強め、大国主義を標榜する安全保障上の危機の中、わが国の政局は混沌(こんとん)としている。安倍晋三政権のこれまでの実績は誰しも認めることであるが、だからといっていつまでも彼しかいないという考え方に固執することには賛同しかねる。野党には政権能力はない。与党はこうした局面でこそ政権与党としての職責を果たさねばなるまい。われわれの民主主義は決して衆愚政治ではないと証明するためにも。

作家 板谷敏彦

2018年2月14日水曜日

【高論卓説】恐怖指数と相場の乱高下 自動取引が誘発、


高論卓説】恐怖指数と相場の乱高下 自動取引が誘発、

中長期の見方が肝要 世界的に株式市場が荒れている。2008年のリーマン・ショック以降、各国中央銀行は金融緩和を継続し、景気を上手にコントロールしてきた。「適温相場」と言われるゆえんである。ところが、こうした特殊な状況はいつまでも続けるわけにはいかない。どこかで緩和をゆっくりと停止しようとしていたところに、米国の長期金利が上昇を始め雇用統計の一部に景気過熱の兆候が見られた。  市場は、中央銀行は想定されていた以上に金融を引き締めるのではないかと考えた。これが今の株価下落の原因であろう。しかし、米長期金利もここから一気に上昇する気配もなく、株式市場は値幅調整からしばらくは日柄調整に入るだろうが、ここからの急落はもうないという見方が広がりつつある。  

米国市場の下落はNYダウでピークである1月26日の2万6616.71ドルから10日ほどかけて2月8日までに10%ほど下げた。この下げ幅はブラックマンデーのたった1日での22%下落の半分もないが、日中の上下の変動幅が異常に大きいので市場参加者は困惑している。  その原因として「リスク・パリティ」や「ターゲット・ボラティリティー」という新しい運用手法が高速自動売買システムと組み合わさって相場を攪乱(かくらん)させていると市場関係者は指摘する。これが何であるのか、興味深いので解説を試みてみよう。  

恐怖指数と呼ばれる「VIX指数」が最近よく話題になる。暴落時にはこれが相場と逆に暴騰するので恐怖指数なのである。この指数は米国で取引されたSP500指数の各種オプション価格の加重平均から逆算(インプライド・ボラティリティ)された市場の今後のボラティリティー(価格変動)の推定値でシカゴ・オプション取引所が公開している。投資家はこの指数をベースに先物を売買している。  

どういうことかというと、オプション(の買い)は損失を限定する契約の取引である。言ってみれば保険のようなものだ。保険であれば期間が長いと保険価格は高くなるし、リスクが高いとこれも当然価格が高くなる。従って市場で取引されたオプションの期間や価格、つまり保険料が分かると、今度は逆にオプション投資家がリスクをどれくらい推定しているのか計算することができるのだ。ここでいうリスクとは上記のボラティリティーのことで、これは例えば1カ月後の株価が現在価格の上下10%の中に収まっている確率は何%というような数値なのである。  

VIX指数は500銘柄の合成なので標準的な株式ファンドがさらされている価格変動リスクを示している。もう少し具体的に言えば100億の株式ファンドがあるとして、半年後に10億円を失うリスクを確率として計算できるのだ。VIX指数が上昇すると統計上の予想損失額が上昇するので、防御のために一定量の株式を売るのが前記のリスク・パリティやターゲット・ボラティリティーという新しい運用手法のやり方である。これに高速自動売買システムが加わって、他の投資家よりも少しでも早く執行しようとする。遅れるとせっかく計算していたリスクが変動するからだ。似たような投資手法が多くなった中で、市場の厚みはそれほどない。売りがVIX指数を上昇させ、VIX指数の上昇がまた売りを呼ぶ。これが急激な相場の上下動を生んでいる原因だとされている。  

投資家は、ここからは急な上下動にあまり翻弄されることなく、少し長めのチャートを見直してみるなどして、自分なりの中長期の相場観を見定めることが肝要である。

読者からの指摘があってVIX指数の定義を、SP500銘柄の個別オプションの算出から、SP500指数各種オプションのボラティリティの加重平均に訂正しました。
私はどこかからずっと勘違いしていたようです。




2018年2月1日木曜日

『昭和史の決定的瞬間』ちくま新書


備忘録として書いておく。

『昭和史の決定的瞬間』坂野潤治、ちくま新書、2004年、手にしたのは2013年の四刷り。

難易度は高いが面白い本だった。
普通の現代の知識人は、戦前日本は1936年の二・二六事件以降、テロを恐れて軍部に抵抗できる政治家がいなくなり、つまり言論も統制されて、翌年7月7日の盧溝橋事件に始まる日中戦争になだれ込み、その必然として第二次世界大戦へと至ったと考えがちだ。しかし、この理解の枠組の中では、戦前日本に存在したファッショに対抗する民主主義があたかも存在していないようではないか。という疑問から考察が始まる。

日本の民主主義は果たして敗戦とともに忽然と占領軍から与えられたものだろうか?

1936年の二・二六事件の6日前の2月20日には総選挙が挙行され、社会主義政党である社会大衆党が票を伸ばしていた事実を元に、当時の中央公論など雑誌に寄稿された記事、国会での発言等をたどりながら、当時もかなりのレベルで言論の自由が確保されていたことが検証される。これは二・二六事件以降も継続し、日本が言論の自由を喪失するのは盧溝橋事件の後であったことが明らかになる。超国家主義や、盲目的で愛国的な献身は決して日本の伝統ではなかったのだ。

言論の自由が奪われ、政党政治が抑圧されて日中戦争へと至ったのではなく、
日中戦争の勃発こそが突然言論を統制させたのだと、因果関係が逆であることを突き詰めていく。
そしてこの本の分析姿勢自体が2003年という911以降の時代性の影響を色濃く受けていることが特徴的だと感じた。


難易度が高いというのは、当時(二・二六事件当時)の帝国陸軍の中の統制派、皇道派、宇垣一派、皇道派以外という構造を多少とも理解しておかなければ読解は難しいという意味だ。調べ物が多く読破には時間がかかった。事前に『昭和陸軍の軌跡』川田稔を読んでおくことを推奨する。



2017年11月28日火曜日

出口治明×板谷敏彦『日本人のための第一次世界大戦史』発売記念対談


出口さんとの対談がWEBで読めるようになりました。これまでも1年に一度じっくりとお話できる機会があったので、僕が第一次世界大戦を書いていることは四年前からよくご存知でした。連載もしていましたし。二人で話すと関西弁です。ですから標準語の原稿とは少しニュアンスが違うところがあります。

事務所でお顔を見ると、挨拶をするまでもなく、「書くのにどのくらいかかった?」と聞かれるので、「四年です」というと嬉しそうなお顔をされて、うんうんと頷いていらっしゃいました。
僕にはもうこれだけで充分なんです。

あとね、「広辞苑みたいな本やね」というのは絶賛なんです。僕にとっては。人によって受け取り方は違うと思いますけれど。

「次は何書くの?」
「XXXXです」
「また時間がかかりそうですね」
「その時はまた対談お願いしますわ」



 

2017年11月8日水曜日

【高論卓説】常備軍削減がもたらす“皮肉な”経済成長  北朝鮮


【高論卓説】困難極める核廃棄交渉 北朝鮮、常備軍削減がもたらす“皮肉な”経済成長 2017.11.8

テルアビブ大学のアザー・ガット教授は、戦争の歴史を分析した著書『文明と戦争』(中央公論新社)の中で、国家が持続可能な常備軍の規模を人口の1%までであると指摘した。国家と軍備の規模を比較する場合、通常は軍事費の対国内総生産比率や国家予算比率で比較するものだが、このやり方であれば、国民経済計算が開発される以前の昔の国々についても比較することができる。国民経済計算が登場するのは1929年の大恐慌以降のことで、歴史上の比較分析にはあまり向いていない指標なのだ。

 原則上、全員に兵役義務があった紀元前2000年のエジプトでも300万人の人口に対して2万人(0.67%)の兵がいたにすぎない。また、ローマ帝国の人口は、ピークといわれた紀元前200年でも4600万人、1%ならば46万人だが、ディオクレティアス帝(在位284~305年)のときには60万人の兵をそろえた。しかし、これは財政を圧迫する持続不可能な数字だったのだ。フランスの太陽王、ルイ14世(1643~1715年)は戦争ばかりしていたが、常備軍が人口の2%にまで達すると、深刻な財政問題を抱えることになった。

 1894年の日清戦争のときの日本の人口は4200万人、常備軍は7個師団を中心としたもので、約24万人で戦った。これは人口の0.57%である。また1904年の日露戦争では常備軍約15万人、これに補充兵や徴兵対象者の拡大などを通じて、最終的には109万人を動員した。当時の人口4700万人に対して総動員で2.3%しかないが、それでも当時の日本は財政的にも国力の限りを尽くしたと考えていた。

 高価な最新装備を誇る現代のわが国の防衛費においても、その45%は人件費と糧食費である。大きな常備軍をつくると人件費にコストがかかる。また、働き盛りの貴重な労働人口を生産活動から遠ざけてしまう。この結果、大きな常備軍は経済成長を阻害する要因となり、経済力が重要な要素となる戦争に対してはマイナスの要因にもなりかねないのだ。
 さて、これを現代のデータ(世銀、2015年)で見てみよう。米国は常備兵力135万人で人口比0.42%、軍事国家の印象が強いロシアは149万人で同1.03%、石油の産出がなければ維持困難だろう。南北緊張下にある韓国は63万人で同1.24%、英国とドイツが同0.3%で、日本は自衛隊26万人で同0.2%となる。中国は近年かなり削減したものの、まだ284万人もいるが、同時に人口が14億人もいるので比率は意外にも日本と同じで同0.2%でしかない。

 北朝鮮の場合は常備兵力137万人で人口比5.44%、アザー・ガット教授流にいけば経済が破綻して政権が壊滅するレベルのはずであるが、現在に至ってもそうなっていない。

 かつて、われわれは北朝鮮では都市部のエリートたちだけが飽食をむさぼり、地方では飢饉(ききん)にあえいでいると信じていた。だが最近の経済は意外に好調なようだ。核兵器の保有は通常兵力の削減を可能にする。人口2500万人規模のこうした主権国家にとって常備兵力の削減は、労働人口の増加を可能にして経済成長をもたらす。皮肉なことに、常備軍の削減が経済的なサバイバルの条件なのである。そのためには核兵器が必要である。従って、この経済的な側面からも核廃棄の交渉は困難を極めるだろう。

作家 板谷敏彦