2020年9月15日火曜日

【高論卓説】国際金融市場での日本終戦はいつだったのか

  外債の全額返済決め信用向上 国際金融の日本終戦はいつだったのか

2020.8.18 


8月の終戦の日が近づくと、金融分野では戦前に発行された外貨建て日本国債がよく話題になる。1897年、日本は日清戦争の賠償金を元手に金本位制を採用した。日本政府が発行する紙幣はいつでも金と交換が可能で、金の価値を媒介にして各国通貨と固定為替レートを持つことになった。当時先進国のほとんどは金本位制を採用しており、これによって日本も先進国に一歩近づいたと理解された。(板谷敏彦)


金本位制の採用は為替レートの固定化によって貿易が促進されるとともに、海外からの資金調達の道を開いた。金本位制維持は財政的な信用そのものでもあった。1904年に始まる日露戦争では、日本は外貨建て公債を発行し、戦費約18億円のうち7億円分(政府手取りベース)を海外からの借金で賄ったことは有名である。


その後世界は金本位制から管理相場制へと移行したが、日本は関東大震災の震災復興債、電力債や東京市債など外資を積極的に導入した。ところが第二次世界大戦がその連続性を断ち切ることになった。当時の債券には債券本体に利払い用のクーポンがついていた。このクーポンを債券本体から切り取って各国に設定してある財務代理人の銀行に持ち込めば現金に換えてくれる手法だった。


 日本公債の場合、米ニューヨーク、ロンドンとも横浜正金銀行が財務代理人だったので、開戦とともに閉店、利払いは停止された。デフォルトの一種である。日本公債の一部には中立国スイス・チューリッヒでクーポンが支払われるものあり、戦争中も支払いが継続された。


 戦争が終わると、といっても終戦の日は1945年8月15日だが、連合国との法的な戦争状態の終了は52年4月28日のサンフランシスコ平和条約の効力発生日になる。“国際金融の終戦”はこの時である。


 この時、日本は公職追放が解除された元蔵相、津島寿一を代表とする外債処理代表団をニューヨークに送りこんだ。中断していた戦前の外債を全額返済するための再開交渉である。この交渉時の対象外債のリストが残されている。英ポンド建て債券13銘柄、米ドル建て14銘柄、仏フラン債が1銘柄、日本円換算合計約1670億円だった。古い外債では金本位制採用後間もなくの1899年発行の第1回四分利債なども延長されて残っていた。「日露戦争の借金は1980年代までユダヤに支払わされた」とよくユダヤ陰謀論で持ち出される日露戦争時の外債は、現実には既に返済が終了してリストに入ってはいない。


この時の日本政府の基本方針は、敗戦国としての同情による減額を要請せずに、棚上げ期間の約10年をなかったものとして、そのまま今から継続してきっちりと返済するというものだった。これは戦後復興資金獲得のために日本政府の財政的な信用を維持しておきたいという考えが基礎になっており、当時の内外のメディアを探ると、為替の支払い条件でもめたフランス以外では、日本は高い評価をもらっている。


 さて、日本はいつまで戦前発行された外債の元利返済をしていたのだろうか。もめたフラン債が85年で完済された。


 一方で最も古い1899年発行のポンド建て第1回四分利債は津島のこの時の交渉で満期を1963年にまで延長したが、その後満期時に借換債が発行されて、結局最後の返済は日本がバブルに踊る88年の6月のことだった。満期90年近い債券となったのだ。借金は払わされたのではなく、日本の財務的な信用を高めるために日本政府によって積極的に支払われたのである。




2020年6月19日金曜日

【高論卓説】コロナ禍で加速するデジタル通貨 

【高論卓説】コロナ禍で加速するデジタル通貨 

新型コロナウイルス感染症の流行によって、通貨のデジタル化が身近に感じられるようになった。スーパーマーケットに行けば、レジの店員は手袋を装着し、お金は直接手渡しせずにトレイの上に一旦置いてから受け取るようになった。

 さらにレジではクレジットカード決済の機械が目立つようになった。以前は、程度の差こそあれ、カードの使用にはサインや暗証番号の入力を求める店が多かったが、最近は少額決済ではカードを差し込むだけの形態が増えてきた。カードの抜き差しも顧客が自身で行い、レジの店員との接触は完全に排除されようとしている。正確な統計はないが現金での支払いはかなり減ってきた印象を受ける。

 この間、世界では米フェイスブックが推し進めるリブラをはじめとするデジタル化された「ステーブルコイン(価格が安定した仮想通貨)」の実用化も確実に進捗(しんちょく)しつつある。

 リブラは昨年の計画発表時に各方面から猛反対を受けたこともあり、今年4月には、以前の全く新しい通貨リブラの創設から、とりあえずは各国の単一通貨のデジタル版へと実質上のスペックダウンを発表した。

 ただし複数通貨で構成されるバスケットも健在で、それは「米ドル、ユーロ、英ポンド、シンガポール・ドル」の4通貨で構成されるとあり、日本円はなぜか入っていない
 リブラ協会のホームページによると協会の構成メンバーには日本企業が入っておらず、シンガポールの政府系ファンド、テマセクが新たにメンバーに入っている。

 リブラは年内にスタートしたいとしている。世界で27億人のユーザーを持つフェイスブックが動き出したときに日本円がデジタル化で出遅れないか、携帯電話のガラパゴス化の記憶もあり少し心配なところだ。


 中国では民間ではなく中国人民銀行が深セン、蘇州、雄安、成都の4都市で中央銀行デジタル通貨(CBDC)のデジタル人民元の試験運用を先行しており、将来的に2022年の冬季オリンピック会場において試験運用を行うと明言している。
 中国では既にアリペイやテンセントが提供するウィーチャットペイなど民間のデジタル通貨が一気に普及した経緯があった。人民銀行はこれら既存のデジタル通貨に対して「網聯」と呼ばれる統一された決済機関を設立し、必ず銀行と情報をやり取りすることで集中管理しデジタル人民元との併存を図る。中国のCBDCは中央銀行があり既存の銀行も残る二層方式というやり方で、既に方向性が固まり実行するのみの状況にある。


 日本国内では、CBDCなどのデジタル通貨の決済インフラの実現を目指すための検討会が発足した。みずほ銀行や三菱UFJ銀行、三井住友銀行のほか、われわれになじみ深いSuica(スイカ)のJR東日本やNTTグループ、セブン&アイ・ホールディングスなどが参加する。協力会社にはアクセンチュアとシグマクシス、オブザーバーとして日本銀行や財務省、金融庁などが加わる。

 リブラや中国のCBDCも含めたステーブルコイン実用化はコロナ禍による人と人との接触回避の傾向もあり加速しそうだ。だがドルや人民元のように通貨覇権の競争下にない日本円の立ち位置でいうならば僅差のタイムレースをしているわけでもない。使われるものであることが一番大事だ。ユーザーにとって利便性の高いフレンドリーなステーブルコインの実用化が望まれる。

2020年5月12日火曜日

【高論卓説】リブラ進展・デジタル人民元はテストへ


リブラ進展・デジタル人民元はテストへ 新型コロナの裏で始まった通貨戦争 
2020.5.11 

 米フェイスブックは昨年6月に全く新しいデジタル通貨リブラの構想を発表した。主要5カ国の通貨バスケットからなる資産をベースに、どの政府からも規制を受けない全く新しい通貨を目指したが、各国政府や中央銀行からの反発は予想よりも厳しいものだった。現実的に計画は頓挫していたといってよいだろう。(板谷敏彦)

 4月16日、運営団体であるリブラ協会はそのデジタル通貨計画の改訂版「リブラ2.0」の白書を発表した。

 大きな変更点は、当初の単一の新通貨を立ち上げるという壮大な話から、ドルやユーロ、円など既存の個別の通貨を裏付け資産とする単一通貨デジタルコインをそれぞれ発行する計画に変更されたことである。

 一方でデジタルコインが発行されない通貨を使用する国々に対しては「デジタル合成」されたリブラコインも発行するとしているが、これは目玉ではない。

 既存の通貨をベースとする以上、以前の計画で各国中央銀行が懸念していた既存通貨の安定性や、通貨発行益の行方などの懸念は取り除かれたことになる。

 またリブラは誰もが運営に参加できる非中央集権方式による各国規制当局の圏外での運営を目指していたが断念することになった。

 これによって改正されたリブラ2.0には、検閲されにくい特徴を示す「耐検閲性」がなくなり魅力が半減し、ありきたりな「ペイパル」のような既存の決済システムに成り下がったという意見もみられる。

しかし全世界で27億人のユーザーを抱えるプラットフォーマーが決済システムの手段を持つことは決して軽視できないと筆者は考える。

 むしろ当初のどの国からも規制を受けない民間の通貨という発想が理想型ではあったが大風呂敷過ぎたのだろう。

 さて、この発表の翌17日のことだ。偶然かどうか中国人民銀行(中央銀行)は深セン、蘇州、雄安、成都においてデジタル通貨・電子決済、「デジタル人民元」のテストを実施すると発表した。

中国は2014年に中央銀行デジタル通貨(CBDC)の可能性を研究するためのタスクフォースを発足させて、17年には中国人民銀行が中国4大銀行およびその他有力金融機関にシステム設計への協力を求めていたほど、もともとCBDCに積極的だった。

 ところが昨年のリブラ構想発表以来、リブラによる通貨覇権の可能性に一番鋭く反応したのが中国だった。なにしろリブラの通貨バスケットには人民元が入っていなかったのだ。そのためにCBDCの開発は加速されたと考えられている。

 米国はCBDCのドルに関心が薄く、リブラを政官民そろってたたいたようなところがあった。しかし昨年11月にハーバード大で行われた「北朝鮮がデジタル人民元を介して某国から核燃料を購入してミサイルを発射」というようなシミュレーション会議を通じて現在のドル決済システム「SWIFT」の脆弱(ぜいじゃく)性を認識すると、デジタル通貨問題が引き起こす国家安全保障上の問題点にも注意が向けられるようになった。

 リブラが提供する27億人をカバーするプラットフォームは、米国が発行するかもしれないデジタル・ドルに対しても有用なツールとなるであろう。新型コロナの影響を受ける貿易構造の変化や国際関係、その出口はまだまだ見えないが、裏では通貨をめぐる静かな戦いが始まっている。


2020年2月26日水曜日

【高論卓説】デジタル通貨の行方 


デジタル通貨の行方 世界4勢力形成、覇権どこが握るか
2020.2.26 05:00

 サウジアラビアの首都リヤドで行われていた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が23日に閉幕した。今回はデジタル通貨に関する議論が期待されたが、時節柄、新型コロナウイルスの感染拡大による経済活動への影響が主な議題になった。

 一方で今年の1月21日、「中央銀行デジタル通貨(CBDC)の活用可能性の評価に関する知見を共有するためのグループ」が発足した。メンバーはカナダ銀行、イングランド銀行、日本銀行、欧州中央銀行、スウェーデン・リクスバンク、スイス国民銀行、国際決済銀行である。

 これはどうした動きなのか、ここでデジタル通貨をめぐるこれまでの経過についていったん整理をしておこう。

 昨年の6月に米フェイスブック(FB)がデジタル通貨リブラの概要を発表して以降、それまで動きが鈍かった主要国でも、にわかにデジタル通貨に関する議論が活発化した。
 FBのデジタル通貨開発の理念の中核は「金融包摂」であった。途上国の貧しい人々や、米国など先進国においても貧困から銀行口座を開設できない人たちが大勢いる。しかしこうした人たちもスマートフォンなら持っている。であれば近年発達したデジタル技術の成果を使って国境のない新しいデジタル通貨リブラを作れば、こうした阻害されてきた人たちも最新技術の恩恵を受けることができる、具体的に高かった送金手数料などから解放されるだろうというものだった。

 しかしながら、これに対する反発は予想以上に大きなものだった。まず民間の会社が独占的でクロスボーダーな通貨を独占してよいものだろうかという問題があった。金融包摂はお題目で収益の追求があるに違いない。またFBはリブラ発表の直前に大規模な個人情報漏洩(ろうえい)の問題を起こしていたことも指摘された。

 各国中央銀行から見れば、リブラは現在独自通貨で行われている金融政策の有効性の問題やシニョリッジと呼ばれる通貨発行益、マネーロンダリング(資金洗浄)に利用されやすいなどの問題があった。

 米国にすれば現在ドルが覇権通貨として世界に流通しているわけで、そのメリットは計りしれない。ましてや米国経済はかつての全盛期ほど世界経済に占める割合が高いわけではない。そうした覇権通貨ドルの地位を脅かすような存在は排除されるべきなのだ。
 また安価な外貨送金など、既存のドルを扱う米国の銀行業界からみればリブラなどは既得権益の侵害である。こうしたわけで当初はリブラを「皆で無視する」のが最良の選択だった。

 しかし、こうした中で中国がこれを機に一気にデジタル人民元を普及させる動きを示した。拡大する中国の世界経済に占める影響力、一帯一路圏内での経済的支配力などを考慮すると、今度はリブラではなくデジタル人民元普及が持つ安全保障上の問題が懸念されることになったのだ。

 またトランプ政権によるアメリカ・ファースト政策は、英国、欧州連合(EU)、日本など旧西側主要国にすれば、依存し過ぎるといつハシゴを外されるのか分からないリスキーなものに映る。これは通貨問題においてもいつまでもドル覇権に依存する危険性を考慮せねばならないことを意味した。

 かくしてリブラ、米国、中国、その他主要国の4つのグループ勢力が形成されることになったのである。デジタル通貨リブラが投げかけた波紋は、依然広がり続けており目が離せない。 
                 ◇
作家・板谷敏彦

2020年1月6日月曜日

【高論卓説】一帯一路とデジタル人民元 中国、通貨圏拡大の可能性高める

【高論卓説】一帯一路とデジタル人民元 中国、通貨圏拡大の可能性高める

私が初めて米国に赴任した1980年代、小切手を持って銀行に現金を引き出しに行くと、東京銀行のNY支店でさえ、窓口には長い列ができていて、自分の順番が来ると「ネクスト(次の人)」と呼ばれた。お世辞にも丁寧だとは言えない客扱い、日本の行き届いた窓口サービスになれた身には、驚きばかりだった。第1に小切手は非効率だと感じた。
一方で米国では「葬式の代金はモルガン銀行のチェック(小切手)で支払いたい」というあこがれの願望がある。モルガンでは60年代でも10万ドル、今だと1億円以上の当座預金(金利がつかない預金)がないと口座が開けないと言われていた。当時の金利が3%だとして毎年300万円を支払えばモルガンの小切手が使えたことになる。
こういう顧客は、列に並ばされて「ネクスト」にはならない。応接室で担当の今でいえばFP(ファイナンシャルプランナー)にいろいろとお金の相談に乗ってもらうことになる。
 翻って現代、コンピューターと通信技術の発達によって、こと入出金や送金に関する限りモルガンの応接室を訪ねることも、長い列に並ぶ必要もなくなった。しかしその分、銀行も人件費や経費だってかからないはずであり、さまざまな手数料はもっと安くならなければいけない。もっと突き詰めれば、本当に送金者と受け手の間に常に銀行が介在する必要があるのだろうかということになる。
 前置きが随分長くなったが、これが米フェイスブックの暗号資産(仮想通貨)「リブラ」が引き起こした騒動のプリミティブ(根源的)な疑問点である。金持ちの国、米国でさえ信用が足りなくて銀行口座を開設できない人は多い。こういう人たちは、受け取った小切手を現金化したりお金を送金したりするときに高い手数料を支払わされている。米国ですらこの状況なのに、発展途上国では銀行店舗のインフラさえないところも多いのだ。
 だが多くの人がスマートフォンは持っている。スマホがあれば世界中の誰にでもメッセージは送信可能である。であれば、貨幣を電子化して、スマホにインストールされたお財布アプリに入金できるようにすれば、銀行を介在させないでも、あたかもメッセージを送るように貨幣を送ったり受け取ったりできるようになるのではないか。
 そしてその通貨の真偽はブロック・チェーンなどの新しい技術が低コストで担保すればよい。リブラを提案した米フェイスブックの真意は分からないが、これこそがリブラの一連の騒動が覚醒させたテクノロジーと金融の関係である。

 中国がデジタル人民元を準備している。「米ドルとの覇権通貨戦争か」と騒ぐ向きもあるが、これはもっと地道な動きである。第二次世界大戦末期、ブレトンウッズ会議で米ドルの覇権が確定したが、あの頃は世界中で米国だけが皆が欲しいものを売っていたのだ。だから皆がドルを欲した。
 資本の自由化が進まず、国内経済に問題を抱える人民元がいきなり覇権通貨になることなどはないだろう。しかし「一帯一路」を展開する中国は地域の国の欲しい商品を提供できる。デジタル人民元の使用コストを低く抑えれば、銀行がなくても、その商品とともに人民元は次第に浸透してゆく可能性が高い。徐々に通貨圏を拡大していくのではないか。
それよりもむしろデジタル通貨を実践していく段階で蓄積されるノウハウの方が貴重なものになるだろう。



2019年10月17日木曜日

【高論卓説】「リブラ」の脅威と中国


「リブラ」の脅威と中国 国際通貨覇権をめぐる争い 
2019.10.17 08:30

 貧しくて銀行口座を持てないUNBANKな人たちにもスマートフォンを通じて簡単で安価な金融サービスを提供したい。高尚な理念を表看板に登場した米フェイスブックが主導するデジタル通貨リブラ。規制当局や既得権益者からの反発は強く、米国では金融当局が通貨発行主体となるリブラ協会に参画すると意向を表明した企業に対して法令順守体制の確認などを非公式に要請したようである。

 そうした圧力のせいなのかどうか、米国のインターネット決済大手のペイパルは4日、リブラ協会への参加を見送ると発表した。ペイパルはリブラ協会の創設メンバー28社のうちの1社だった。同様に協会の創設メンバーであるビザ、マスターカードなども参加を見合わせるという。リブラの前途は容易ではない。

一方でリブラ発表の刺激を受けて、イングランド銀行のマーク・カーニー総裁は、多くの国の支持の下、ドルと人民元を含む信頼できる通貨バスケット「合成の覇権通貨」の議論を提唱している。

 トランプ米大統領が「アメリカ・ファースト」を唱え世界の面倒はもう見ないという。また統計数値からも米国経済が突出した時代は終わったのだから、いつまでもドルに過剰に異存する状態は再考の余地があるというのだ。通貨のデジタル化はよい機会であると考える。

 既存のドルがあり、そこに民間デジタル通貨リブラが登場、これに対して主要通貨バスケットによる新しいデジタル覇権通貨をと議論は複雑化しているが、ここにきてその動向が際だってきたのが中国だ。

 中国は、「リブラは決済システムと国家通貨に対して脅威となる」ときちんと正面から認識して、デジタル人民元発行計画を加速している。むしろリブラが震源となった今回の通貨のデジタル化騒動を奇貨として捉えて、欧米にはない強権的な統治制度とその卓越したテクノロジーを駆使して、人民元をより強い通貨にしようとしている。

 中国では既にアリペイやウィーチャットなどの決済が普及、これらは最終的にあくまで銀行口座の中で決済されるが、中国人民銀行が発行しようとしているデジタル人民元は銀行口座に依存せずに決済されることになる。まさに現金の交換と同じで、個々のスマホあるいは口座に収納されるデジタルな現金を発行しようとしているのだ。

 これであれば中国国内に限らず、発展途上国などに住むUNBANKな人たちにも利用が可能である。「一帯一路」の工事現場で働く途上国の人たちが稼いだ人民元建ての賃金は、スマホさえあれば安価に故郷の家族に送金できるようになる。デジタル人民元は底辺から国際決済通貨としての主要な地位を築き上げていく可能性を秘めている。

 この機能は同時にデジタル人民元がマネーロンダリングなど犯罪の温床になる可能性も否定できないが、先行して普及した通貨がそうした問題を率先して解決していくことになるだろう。

 現在、世界の投機も含めた外為取引の88%、世界貿易決済の40%はドル建てだが、かつて28%を誇った米国の世界貿易シェアはグローバリゼーションの進展によって現在わずか8.8%しかない。今では中国が世界最大の貿易国なのだ。貿易の門戸を閉ざす米国、いつまでもドルの覇権が続くわけでもないであろう。

 リブラ騒動の陰で、米中貿易戦争だけではなく、通貨の覇権競争も既に始まっているのだ。


2019年8月23日金曜日

【高論卓説】リブラ 実用に適し“金融包摂”への道近く

リブラ 実用に適し“金融包摂”への道近く

2カ月前、米フェイスブック(FB)は2020年に独自の仮想通貨「リブラ」をスタートさせると発表した。同社はリブラを扱うために新会社「カリブラ」を設立、同様にマスターカードや米ビザ、米ペイパルなどの決済大手、米ウーバー・テクノロジーズ、スウェーデンのスポティファイなど数十社のメンバーとともに、仮想通貨リブラを監督する独立組織「リブラ・アソシエーション」をスイスに設立した。 今後も希望する企業は条件をクリアすれば参加することが可能である。新通貨リブラはFBの専有物ではなく、同社はリブラを扱う参加企業の一つとして行動するというのである。

 リブラのミッションは「数十億人の人に単純な通貨と金融インフラを提供することである」と明記してある。こうした状況を世界銀行の定義では「金融包摂」と呼ぶ。
 世界を見渡せば17億人の人間が既存の金融システムの外側に置かれている。言い換えれば銀行口座も開設できないでいる。海外へ出稼ぎに出て本国に送金しようにも、口座がないためにその送金手数料は平均で約7%も取られてしまうのが現実なのだ。

 しかし、そのうち10億人の人間は銀行口座がなくともスマートフォンを持ち、5億人はインターネットを利用できる環境にある。であるならば、「お金も情報なのだからメッセージのように送金できるはずだ」というのがFBの創始者、ザッカーバーグ氏の頭の中にはあるのだろう。テクノロジーの発達はたかが送金に7%ものコストを要求しない。リブラのユーザーはスマホで極めて低額なコストで本国の家族にお金を送ることができるようになる。もちろん、対象者は途上国だけではない。米国内でも格差拡大で銀行口座すら開けない貧困層は数多いのだ。

リブラもブロックチェーン技術によって取引記録の透明性と公共性は担保される。しかしビットコインなどの仮想通貨との根本的な違いは、リブラには米ドルなど主要通貨の銀行預金や短期国債などを組み込んだ通貨バスケットの裏付けが存在するということだ。このためリブラは価値変動が少なく実用に適した通貨ということになる。

 さて、理念も技術もこれほど良いことずくめのリブラなのに、FBはリブラ発表の後、議会と中央銀行とそしてメディアの非難と懸念の嵐に包まれてしまった。最近も個人データ流出事件を起こしたFBはプライバシー保護について信頼に足るか。巨大プラットフォーマーであるFBに寡占による弊害の懸念はないか。マネーロンダリングが横行するのではないか。不安定な国の通貨は駆逐されてしまうのではないか。新しい通貨は各国の金融の安定性について脅威となるのではないか。

 これら確かな指摘も多いが、実はどれも現在の通貨システムにも当てはまることばかりである。また、リブラはテクノロジーで既存の金融業務の一部を大胆に省略化できる。その他にも非効率につけこんだ既得権益者には脅威となるだろう。

 先進7カ国(G7)中央銀行の作業部会は10月にリブラに対する所見の最終報告を出すことになっている。当面はさまざまな規制処置などに時間を取られ、リブラは予定通りに開始することは難しそうだ。リブラ登場の発表に刺激されて各国中央銀行も貨幣のデジタル化を加速している。いずれ水は高いところから低い場所へと流れる。リブラの基本的な理念と基盤となるテクノロジーが間違っていない以上、リブラの登場は金融史上の一つの大きな画期となるだろう。