2019年2月12日火曜日

【高論卓説】経済成長よりも安全保障


ビジネスアイ2019年1月22日号
経済成長よりも安全保障
株式市場はしばらく揺さぶられる。

1月17日(木曜日)のNY株式市場の場中、米政府が対中国関税の一部廃止もしくは全廃を考えているという観測が市場に流れた。するとその日低迷していた株式市場はこの情報に反応して大きく切り返した。 今月末の30日から米中閣僚会議が予定されている。NY市場ではそれまでの間、この手の思惑が交錯することになる。

一方中国側では、全国人民代表大会(国会に相当)常務委員会によって外資企業への違法な干渉を制限する外商投資法が検討中で、これも異例な早さで審議され閣僚会議への手土産になるのではと市場では考えられている。米中どちらも一歩も引かぬという頑な姿勢を保ちながらも双方供に歩み寄る材料も準備されている。貿易の縮小はどちらにとっても両刃の剣、できるだけ避けたい。

では、米中閣僚会議で世界経済を巻き込む米中貿易問題が解決へと向かうのかといえば、そうはいかない。なぜならば米中貿易問題の根本は安全保障上の問題であり、米国側が意識する中国による覇権交代の危機にあるからだ。

IoT(モノのインターネット)の基盤となる高速通信の5G(第5代移動通信システム)技術。これはウェアラブル端末や自動車の自動運転実用化などの高速で大量の情報量を必要とする技術革新の基礎となる通信技術である。この5Gのインフラをどの国の製品が支配するのかは経済成長とともに国家安全保障上の重要な問題である。

今回中国企業ファーウェイ創業者の娘でCFOの孟晩舟(メン・ワンツォウ)がアメリカ政府の依頼によってイラン輸出関連の疑惑でカナダ政府に逮捕されて一躍有名になった。この事件は象徴的である。

ファーウェイ社は5G技術では現在最も技術的優位な位置にある会社だと考えられている。しかしその一方で中国政府や軍と一体化しているとも見られ、スパイ疑惑がつきまとう。
米国は2012年の下院情報特別委員会の報告書で同社を「安全保障上の脅威」として認定して以降、実質上通信インフラから同社を閉め出しているが、今度は同盟国にも呼びかけた。確たる証拠こそ示されていないがシステムを利用したスパイ活動疑惑があるというのだ。英国、日本、オーストラリア、ニュージーランド、それにドイツも米国に追随することを決めた。

こうして米国を中心とする西側がファーウェイを閉め出そうとする中、中国が友好国との範囲の中で優位にある5G技術を駆使して通信インフラを安価に素早く普及させれば、両者の経済成長や技術革新に大きな差が出て西側が劣後するのではないかと懸念する声も聞こえる。しかしそうした理由で米国がファーウェイの5Gインフラの展開を受け入れることはない。西側諸国が同社を採用しないことによってIoTの主役である豊富なモノとのアクセスは制限され同社の技術革新を遅らせるだろう。

現状では米国の政策上の優先順位は明らかで、①に安全保障、②に経済成長である。従って中国との貿易問題は常に安全保障に劣後するのであって、安全保障を脅かさない範囲の中での妥協点が模索され続けることになる。株式市場にとって理想的な自由貿易は実現しない一方で、当面は壊滅的な状況も起こりそうにない。

(作家 板谷敏彦)



2018年11月28日水曜日

【高論卓説】米副大統領の「対中政策演説」


【高論卓説】米副大統領の「対中政策演説」 武力伴わない実質的な宣戦布告
2018.11.27

今から100年前の1918(大正7)年11月は、ドイツとアメリカの間に休戦協定が結ばれて4年余り続いた第一次世界大戦が終結した月である。第一次世界大戦の開戦原因は一様ではないが、その主因の一つに、当時の覇権国家イギリスに対して、後発工業国であるドイツが経済、軍事面で迫りつつあったことが挙げられる。「ツキュディデスの罠(わな)」と呼ばれる覇権交代期の緊張である。

 英独両国は20世紀初頭の戦略兵器である戦艦の建艦競争に入り、当時海軍大臣だったチャーチルは「イギリスにとって海軍は必需品だが、ドイツにはぜいたく品である」と演説しドイツ皇帝やドイツ民衆をおおいに刺激した。

 両国は経済的に相互依存がとても強かったので、財界人や知識人はまさか戦争になるとは考えていなかった。ところがオーストリア皇帝の暗殺事件が複雑に組み合った同盟関係という歯車を回転させて、やがて世界を巻き込む戦争へと落とし込んだのである。

 その当時の米国と中国の関係は第1の時代と呼ばれる。列強諸国が中国を利権で切り刻んだ時代だが、当時のアメリカは門戸開放政策をもって列強に加わらず、その後も共同でファシズム(日本のこと)と戦った時代だ。

 またこれに続く第2の時代とは、中国が共産化して以降の米ソ対立の冷戦時代のことで、米中は関係を絶ったのである。去る10月4日、ペンス米副大統領はハドソン研究所で「対中政策演説」という挑発的な演説をし、その後のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)をはじめとするアジア歴訪でも同じことを繰り返し述べている。

 アメリカは1978年の中国による市場開放政策以降、いつの日か中国も経済的に豊かになれば、民主主義が広まって、アメリカを中心とする西欧社会と同じような価値観を持ち始めるに違いないと静かに見守ってきた。しかしペンス副大統領はこうした米中関係における第3の時代は終わりだと明言したのだ。

 中国は今年の3月これまで2期10年だった国家主席の任期を撤廃し、独裁国家へ転換したかのようである。

 また「一帯一路」政策は債務を利用した途上国への植民地的抑圧のように見えるし、アメリカから見ればむしろ中国はこうあってほしいと考える台湾の外交的孤立を推進し、民主主義的側面では宗教弾圧が加速しているとみている。

 経済面では共産党の影響力は次第に企業へと浸透し国家資本主義の様相を強め、関税、為替操作、外国企業の技術の強制移転、知的財産の盗用、任意の産業補助金などやりたい放題であると指摘した。

 ペンス副大統領は共和党の中でも対中強硬派だが、この演説の中身は専門領域が広く挙党態勢で練り上げられたものであって、トランプ大統領特有のブラフではなく、アメリカの意志だと理解されている。

 この月末にはG20(20カ国・地域)首脳会議があり、習近平国家主席とトランプ大統領の会談が予想されている。幸い現代では第一次世界大戦のように両国が武力行使をしてもろくな結果にならないことは広く理解されている。

 そのためにこの予想される覇権交代期を楽観視する向きもある。しかしペンス演説が示すものは、アメリカは公平な交易さえすれば覇権交代などを起こらないと考えているのであって、アメリカの譲歩の水準はひどく下がっていることに注意が必要だ。この演説は武力を伴わないだけで現代社会における実質的な宣戦布告なのである。

板谷敏彦

2018年10月11日木曜日

【高論卓説】AIを極端に恐れる必要ない


【高論卓説】AIを極端に恐れる必要ない ヒトに及ばず、何ができるか見極め大事 2018.10.11 フジサンケイ・ビジネスアイ 


自動車王ヘンリーフォードが、ライン生産方式を導入して、当時既に大人気だったT型フォードを大量生産したのは第一次世界大戦の直前だった。これによってライン導入前には12.5時間かかっていた1台当たりの製造時間は2.6時間まで短縮されて、フォードは自動車の販売価格を劇的に下げることができた。省力化はできたのだが、安価になった車は倍々ゲームで売れるから人手はいくらあっても足りない。

 フォードは2ドルだった自動車工の日給を一気に5ドルにまで上げて労働力を集めた。日給5ドルというのは従業員でもT型フォードが買えるようにとフォードが考えた水準だった。フォードの従業員が車を買えないようでは大衆に売れるわけがないからだ。かくして自動車は大衆化しアメリカでは世界に先駆けてモータリゼーションが始まった。自動車工の賃金は皮肉にも合理化によって上がったのだ。

 フォード没後のフォード社の経営を担った孫のヘンリーフォードII世もオートメーションに積極的な経営者だった。ある日、これも戦後のアメリカの労働組合(UAW)を担ったウォルター・ルーサーを連れてフォードの最新工場を案内しているときに、フォードII世はルーサーをからかった。新工場では相当な合理化が見込めそうだったからだ。

 「ルーサー、君はどうやってこうした機械から組合費を徴収するつもりかね?(組合ももう終わりだな)」

 すると、T型フォードの逸話を知っていたルーサーはこう切り返した。

 「ヘンリー、君はどうやってこの機械たちにフォードを買わせるつもりかね?」

 AI(人工知能)はやがて人類の能力を凌駕(りょうが)して自律的に進化を始めるという「シンギュラリティ」が話題になっている。チェスや将棋、囲碁の世界でもAIが人間に勝つようになった。駅で切符をチェックしてはさみを入れていた駅員は既に自動改札機に取って代わった。今後はそうしたルーチン的な職業に限らず、意思決定が伴うような仕事でも、医者、弁護士、会計士などの仕事の一部でさえもAIは人の仕事を奪っていくだろう。これからはよほど準備しておかないと万人に仕事が行き渡らない世の中がやってくるというものだ。
しかし、AIが登場する、はるか以前からメカニカルな機械による合理化は進んでおり、単純労働者は次第に駆逐された。先進国では産業従事者の構成比は歴史的に農業から工業、サービス業主体へと変遷してきたわけで、なくなる仕事もあれば新しく創出される仕事もある。昭和30年代のサラリーマンにシステムエンジニアやネイルサロンという仕事は想像ができなかっただろう。

 物理生物学者の松田雄馬氏によると、現状ではAIが人間の持つ生物としての知能並みの知性を得る可能性も、その糸口さえも見つかっていないのだそうだ。従ってAIの漠然としたイメージにおびえるよりも、AIによって具体的に何ができて何ができないのか、現実の自分たちの仕事を見つめ直すことが大切なのではないだろうか。



2018年9月4日火曜日

『金融の世界史』中国語版発売


拙著『金融の世界史』(新潮選書)の中国語版がいよいよ発売されることになりました。中国語圏の皆様に読んでいただけることは本当にうれしく思います。





2018年8月10日金曜日

【高論卓説】東京医大の「女子受験者差別」


【高論卓説】東京医大の「女子受験者差別」

 文部科学省の官僚による東京医科大学の裏口入学事件は、今月に入り入学試験で女子受験者を一律減点していたことが報道されると、一段と大きく扱われることになった。本来公平であるべき入試で、今や先進国では珍しい性差別が堂々とまかり通っていたからである。(作家・板谷敏彦)

 一方、大学関係者からは女性医師を増やしたくない意向が示された。肉体的負荷の重い診療科を避けたり、出産育児で離職したり、短時間勤務を希望したりするケースがあるからだ。同時に勤務医の苛酷な労働実態も明らかにされた。

 しかし、医師に占める女性比率の国際比較をみると、先進国の中で飛び抜けて低いわが国の現状はわれわれが世界の中で異質であることを示している。これは医者に限らず裁判官、高級官僚、会社経営者らの分野でも同様である。世界経済フォーラムが発表している各国における男女の社会進出の格差を測る2017年度のジェンダー・ギャップ指数で、わが国は144カ国中111位と最低レベルである。

 海外主要メディアではこうした観点から、不正入試の是非よりも、この事件はジェンダー(性別による格差)問題として大きく報道され、日本独自の雇用慣行が、家事や育児を期待される女性が仕事と両立できない状況を生んでいると指摘している。
在日フランス大使館はツイッターで、フランスの大学医学部に占める女子学生の割合が16年に64.1%に達したことを紹介して、日本の若者に「皆さん、ぜひフランスに留学に来てください」と呼び掛けた。ちなみに日本の女子学生の割合は3分の1である。

 また、不正入試問題と前後して、ニュージーランドのアーダーン首相(38)が6週間の産休から職場に復帰したニュースが流れていたのは、まさに日本の女性の社会進出の遅れを象徴的に示していた。

 人口停滞を経験した欧州先進国では、労働力不足による経済成長力の減退を女性の社会進出で補ってきた経緯がある。

 古くさい言い方をあえてするならば、他国が男女総動員で戦っているときに、わが国が知的職業の一角を男性に限定していては成長が停滞し、国際競争に勝てないのも道理である。

 各国とも以前は女性の社会進出に日本と大差なく、女性比率が増えてきたのは、この半世紀のことである。半世紀のうち、われわれが「失われた30年」と呼ぶ期間があったことも重要な要因でもある。

 ジェンダーや人種、言語、文化を乗り越えた多様性こそが成長の源であると認識される現代社会において、労働力不足を外国人労働力に頼る前に、日本人女性の社会進出に関する国際格差の問題は、一番足元に近い必須の解決事項であろう。
林芳正文科相は東京医大の不正入試報告を受けて早速、全国の国公私立大学医学部に対して不正の有無の調査を命じたが、安倍晋三政権はこうしたジェンダー問題に対して「全ての女性が輝く社会づくり本部」を設置して、手始めに国家公務員の女性の活躍とワークライフバランスの推進に取り組んでいるところである。

 今回の問題を、単なる大学入試問題に矮小(わいしょう)化せず、わが国のジェンダー問題、またそれの根本にある雇用慣行や経済成長を阻害する悪しき慣習などを整理する機会になればと願う次第である。


2018年6月28日木曜日

【高論卓説】サッカー日本代表と今の若者たちにみる 経済牽引への新たな息吹の期待


高論卓説】サッカー日本代表と今の若者たちにみる 経済牽引への新たな息吹の期待

サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会が開催されている。6月7日付の世界ランキングで日本は61位だが、初戦で16位のコロンビアを倒す大金星を挙げた。この45位差の下克上は今大会最大である。月曜日未明の日本の2試合目では、フィジカルの面で圧倒的優位に見える27位のセネガルを相手に引き分けに持ち込んだ。これも偉業である。(作家・板谷敏彦)

 私世代の古い記憶では、確か日本は世界ランク20位ほどにいたと思っていたのだが、いつのまにか順位を落として61位になっていたという感覚が強い。わが国が世界で61番目とは、もろもろの理屈抜きで寂しい順位なのだ。今でこそ日本はW杯で話題沸騰だが、大会前は期待も低く盛り上がりを欠いていた。

 スポーツなどできなくても頭が良くて、もうかっていればいいさ、と経済にまつわる世界順位を改めて眺めてみると、サッカーにおける順位と似たようなことが起きている。昔、ジャパン・アズ・ナンバーワンと経済面ですごかった日本が、それほどでもなくなっていることに気づかされる。

 その国の経済の規模を計るGDP(国内総生産)こそ中国に抜かれながらも、いまだ世界3位の地位を保っているが、これは中国もそうだが単純に人口が多いからであって、GDPを人口で割った1人当たりになると、日本は世界ランク30位にまで落ちる(IMF購買力平価GDP、2017年)。東アジアではマカオ、シンガポール、ブルネイ、香港、台湾に次いで6位である。

 また、主要国で構成されるG7諸国においても1990年代には1位だったが、今では6番目で下はイタリアだけとなっている。残念ながら、わが国は思っていたよりも経済的にずいぶんと凋落(ちょうらく)している。この傾向は2012年のアベノミクス以降も同じで、国内の景気が良くなったと思っていたら、世界はもっと景気が良かったのだ。
先日、日本経済を代表する経団連正副会長19人の同質性が話題になった。メンバーに女性はゼロ、全員日本人、一番若い人が62歳の高齢集団、全員転職経験なしのサラリーマン。これで今や多様性がイノベーションを牽引(けんいん)する世界経済と対等に戦えるのかどうか。

 『新・生産性立国論』(東洋経済新報社)を書いたデービット・アトキンソン氏はデータを示して、女性の経済参加度と、その国の生産性は相関性が高いと主張する。世界経済フォーラムの16年度のデータでは、日本の女性の経済参加度は144カ国中118位で、どうやらここらに問題があるのだろう。

 また『さらば、GG資本主義』(光文社新書)を書いた藤野英人氏によると、「働くのが当たり前」と思っている日本の若者は39%しかおらず、「できれば働きたくない」と考えている若者が3割もいるそうだ。

 さらに勤務先の会社への信頼度を聞いた調査では、世界先進28カ国の平均72%に対して、日本は最下位の57%だったそうである。もはや真面目で会社への忠誠心が高い日本の若者像を期待するのは間違っているのかもしれない。

 とは言いつつサッカー日本代表の若者たちは強敵を相手に健闘している。また前出の藤野氏は最近の若者たちの中に新たな成長の息吹を感じるという。であるならば、せ
めて「GG」はこれを応援こそすれ、あれこれ口出しは無用なのかもしれませんぞ。

板谷敏彦

2018年5月18日金曜日

【高論卓説】ギブソン社破産


【高論卓説】エレキギター老舗のギブソン破産

高級エレキギターの老舗、米国のギブソンが今月1日に米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を米裁判所に申し立てた。業績低迷の原因はロック音楽が低迷してエレキギター市場の縮小傾向が続いていたためで、局面打開のために、オーディオなどの本業以外の分野に事業展開したのが裏目に出た格好だ。そういえば楽器を弾かないボーカルダンスグループの流行は世界的な傾向だ。それにわざわざ楽器を演奏しなくても今ではスマートフォンレベルで豊富な音楽コンテンツは容易に利用が可能だし、シンセサイザーによる楽曲の制作も簡単になった。

もはや半世紀近く古い話だが、1960年代後半は歌謡曲やグループサウンズが全盛だった。年末には紅白歌合戦と並んでレコード大賞の番組が大人気で、今ではすっかり見かけなくなったが、小さな商店街にも、たいてい1つはレコード屋さんがあったものだ。会社帰りを相手にしていたからか閉店時間が遅くて、暗くなった商店街にレコード屋はいつも最後まで明々と電気がともされていた。

レコード売り場には、天井から値札が付いたギターやウクレレがぶら下がっていたが、楽器専門店ではないので1万円を超える商品は珍しくて、たいてい数千円からギターが買えた。こうしたギターにはスチールの弦が張ってあり、クラシックギターなのかどうかギターの種類さえも明確ではなかったが、どれも日本製だった。多分こうした楽器を作れる技術がある国の中では、日本は最も賃金が安かったのだろう。

中学生になった頃、ロックやフォークがはやり始めた。当時はクラスの男子のほとんど全員がギターを弾いているのではないかと思えるくらいにギターがはやった。プロのギタリストは皆ギブソンやフェンダー、マーチンという米国のブランドのギターを使っていて、こうしたブランドを使っているかどうかでプロかアマチュアなのかを区別していたように思う。

ではアマチュアはどんなギターを使っていたのかというと、ギブソンに似たグレコ、フェンダーにはフェルナンデス、マーチンにはモーリスなどの国産のコピーモデルで、遠目からは本物そっくりに見えるロゴがギターのヘッドに堂々と書かれていた。

ざっくりと当時の価格差は30万円対5万円。国産もレコード屋のギターからは随分進化して高品質になっていたが、ギブソンなどは中高生に手が出るような楽器ではなく“神”のようにあがめたものだ。

今でも「ギブソン」のブランドは盤石だから、事業をギターに絞りさえすれば会社再生は難しくはないだろう。しかしその一方で、昔コピーモデルを作っていた国産メーカーのギター製造技術は今や本家を追い付き追い越してしまって、今どきのギター少年たちは、昔僕らがギブソンをあがめたほどには、こうしたブランドに執着はないようだ。材料をえりすぐったモデルの中にはギブソンよりも高価な国産ギターはいくらでもある。この分野の日本の技術も文化も成熟しているのだ。

年を取って疎遠になっていたギターの世界、くしくもギブソンの破産が古い思い出を呼び起こしてくれた。そしてギブソンの業績低迷の理由の一つに、成熟した社会の多様化したユーザーのニーズとライバルたちの出現による競争の激化も加えるべきだろうと思ったのだ。

板谷敏彦