2008年12月25日木曜日

ウィスキーと樽


確かハイランド・パークだったと思うが、以前バーマンとこんな議論があった。

「バーボン樽で熟成と書いてある。 と言う事はウィスキーよりバーボンのほうが古いと言う事? つまりウィスキーの起源は勿論古いのだろうが、樽で熟成させると言う技はバーボンが先なのかなあ。」

「でも1920年から1933年までアメリカは禁酒法時代だからバーボン樽が堂々と使われてたとは思えないなあ。」

ウィスキー通から見れば笑ってしまう他愛の無い話だが、サントリーやニッカのHPを見ても自社の樽については記述があっても、スコッチ全般と樽の関係についての詳しい資料はあまり無い。

樽で熟成させると言う工程が無ければ、ウィスキーの深い味わいは得られないし、酒飲みがワインやウィスキーを飲むためのひとつのエクスキューズ、「ポリフェノール」も得られない。

俗説では重税を課せられたハイランドでは密造酒が広く行われるようになり、税吏から逃れる為に樽に詰め洞窟に隠しておいたウィスキーが偶然に熟成され、とても美味しくなる事に気づいたと言うもの。

また、ワインが樽によって美味しくなる事を知っていた貴族が、試してみたとの話もある。 

いずれにせよ当時産業革命の中心地であり、ロイヤル・ネービーの拠点、英国スコットランド、スペイサイド川沿いでは、スペイン産のシェリー酒は広く飲まれており、シェリー酒の空樽によるウィスキー熟成の可能性はおおいにあったと言う事は大事な要素だろう。

シェリー酒の産地、スペイン、アンダルシア地方では、英国海賊で後の提督ドレークが海賊行為を繰り返し、当時の獲物はシェリー酒であったそうで、ダダをこねる子供に、「わがままを言ってるとドレークが来るよ」と言うのが当地での脅し文句だったそうだ。 英国にシェリー樽は馴染み深いものであったろう。

ではスコットランドの国の木はオークで、これは正に樽の材料でもあるが、造船(帆船)等で乱伐がたたり今では産業としては成り立たなくなっている。 皮肉にもスコッチの熟成に現地のオークが使われる事はなかったようだ。ウィスキーの製造工程に樽による熟成が加わったのは、実は19世紀後半で、その頃にはスコットランドのオークは枯渇していたからだ。

スコッチの樽熟成が法的に義務付けられたのが1915年、第一次大戦で禁酒法機運が盛り上がり、蒸留酒の酒税を2倍にする法案の代替案として業者が2年貯蔵義務を負うと提案し承認された。 1916年には3年に延長される。禁酒法への対抗案であり、商品の品質保持が目的では無かった。

樽熟成は最初、身近にあったワインやシェリーの空き樽で、それらの樽が不足するようになると、20世紀前半(米国の禁酒法が解禁されるのは1933年)からバーボンの空き樽で熟成させるようになったとの事だ。

特に1964年に米国でバーボン法が施行され、バーボンは新樽で貯蔵する事が義務付けられ、不要な中古樽が大量に出た事が普及に拍車を掛け、現在では8割程度がバーボン樽と使っている。つまり戦前に飲んでいたモルトの集合体であるブレンデッド・ウィスキーは現行のものと相当に味が違っていたと言う事だ。

バーボンは焼きを入れた新樽しか使わない、バーボン独特の風味は新樽から溶出する成分の影響が大きい、スコッチメーカーが輸入する以前には使用済みの樽は全て廃棄されていたようだ。 スコッチには新樽はきつ過ぎるので、ちょうどニーズがマッチした訳だ。 また今でも米国にはオーク材資源は豊富にあり新樽の供給には困らない。

アメリカン・オークは新大陸発見後の貿易で、大陸向けの輸出品を満載した帰りの空船にバラスト(重り)替りに積み込まれた。 またその米国産オークはシェリーの樽材としても最高品質と考えられていたそうだ。  「いた」と言うのは、事ウィスキー熟成用に限ればスペイン産のオークの評価が上がり、近年はスペイン産オークが多用されているようである。

日本ではミズナラ材がサントリーで試用され、若い頃は泥臭かったが、エイジを重ねる毎に独特の風味を増し現在では「響」にブレンドされているそうだ。


ウェブサイトで参考になるのは、バランタインのHP稲富博士(エジンバラ在住)のスコッチ・ノート、All Aboutの達磨信さん、書籍ではTBSブリタニカ、「樽とオークに魅せられて」 加藤定彦さん、その他、サントリーやニッカのHPも参考になる。


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