2009年6月14日日曜日

ブラックロック BGIを買収へ


「アクティブ運用の投資信託はインデックス運用には勝てない。」 よく言われることだが、1973年にバートン・マルキールによって書かれた「ウォール街のランダム・ウォーク」によって広く世に知られる事となった。 この本は米国でも改訂を続け第9版となり、日本でも版を重ね2007年に9版の翻訳本が出されている。実際いまだに株式運用のテキスト中のテキストと言う存在だ。。

wikiによると1975年にバンガードグループによって始めてインデックスファンドは設定され、その後大きく拡大し今日に至っている訳だが、インデックス・ファンドやishareで有名なBGI(バークレーズ・グローバル・インベスターズ)の前身、ウェルスファーゴの運用部門も勿論インデックス・ファンドの普及に大きく貢献してきた。

そもそもコンピュータを使用してファィルでNYSE(NY証券取引所)に一括発注できるスーパードットシステムが出来たのが1985年頃で、現在も隆盛を誇るミラー・タバック社がインデックス・アービトラージの件でビジネス・ウィーク誌に特集されたのが1986年の初頭だったと記憶している。 

当時はパソコンのクラッシック機IBM PCが登場し始めで、NYSEとの通信も1200bpsの電話回線。SP500の500銘柄を一度に発注などできなかったし、手作業のバック・オフィスでは伝票の処理は不可能だったので、20銘柄のメジャー・マーケット・インデックスが主にアービトラージに使用されていたものだ。(このあたりはリチャード・ブックステーバーの「市場リスク 暴落は必然か」に詳しい。)

ウェルスファーゴは当時からこの遅い速度のシステムを使用し、時価総額の多い順に発注するとか、あるいは先物で執行し、後で現物と交換するEFP(エクスチェンジ フォー フィジカル)などを考案しマーケット・インパクトを削減、コストをミニマイズ、新しい手法を実行していった。 勿論それは株式委託手数料の自由化の進展が大きく影響している。

やがてカストディ(保管銀行)にこれらのインデックス・ファンドが集積されると、貸し株料でリターンを向上されるべく貸し株に供するようになり、空売りをしたい投資家に利便をはかる事となっていった。

BGIが英国のバークレーズの一部門でありながらサンフランシスコにいまだに本社を置くのも幌馬車マークのウェルス・ファーゴの資産運用部門が前身であるからだ。

BGIの買収資金は1兆3200億円程だが、運用資産は1兆5000億ドル。ブラックロックは運用資産合計2兆7000億ドルを超え、ステート・ストリート(1兆4400億ドル)、フィデリティ(1兆2500億ドル)を抜き大差で業界の1位となる。

ブラックロックは1988年創業、2006年のメリルの資産運用部門買収で5000億ドルを1兆ドルに拡大。今回の不良資産も預かりそして今回に至っている。 古い物が飲み込まれ新しく生まれ変わる。  歴史とダイナミズムを感じさせられるディールでした。

英国の銀行HSBCとバークレイズ。そしてブラックロックの株価



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