2009年8月30日日曜日

ジェシー・リバモア


踏み上げ太郎事、広瀬さんがリバモアに関するセミナーを開くと言う話に触発されてこの本を購入した。

リバモアと言えば、ルフェーブルの書いた小説「欲望と幻想の市場―伝説の投機王リバモア」が有名で、「マーケットの魔術師」に出てくる投資家達もこの本をバイブルとして取り上げているし、米国で株の仕事をしている人間ならば大概読んでいる本だ。 クォンツ志向だった僕でもNY時代に原書を買っている。 日本で言えば獅子文六のギューちゃん事、佐藤和三郎「大番」だろうか? 先日アテネフランセで上映会を行なっていたが日本で今「大番」見る人はかなりの熱心な勉強家だろう。

泥臭いギューちゃんに比べて、リバモアの時代のアメリカは華麗だ。 小説や映画になったフィツジェラルドの「グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー)」に地理的にも時代的にも重なる。
また、オードリーとハンフリー・ボガードの「いとしのサブリナ」に登場するロング・アイランドのお屋敷や運転手用の住居などはリバモアの話を読む上で参考になるだろう。

小説の「欲望と幻想の市場」は1923年に初版が発売されており、1940年に劇的な終末を迎えるリバモアの後半生はカバーされていない。一方「世紀の相場師 ジェシー・リバモア」は1999年にリチャードスミッテンによって書かれた本でジャンルで言えばノンフィクションだ。日本では2001年に発売され、これもまた人気のある本でしばらく復刊が待たれていたのだが、先週買った僕の手にしている本は2009年3月の4刷になっている。

リバモアは出来高と市場との関係など様々なテクニックを後世のトレーダーに残しているが、一番大きなものは「休むも相場」だと思う。 トレンドの明確ではない相場では徹底して休んでしまうのだ。 あいまいなトレンドで何となくポジションを持つものには勝利はない。

また人からの余分な情報はシャットアウトし、自分だけの相場観に生きた。 人に聞かれても個別銘柄には絶対に答えず、市場のトレンドが上か、下かだけを答えるのをポリシーとしていた。

コットン・キングことパーシー・トーマスは博士然とした高い教養を持ち、綿花市場に関してはありとあらゆる情報網を駆使し、綿花の事なら何でも知っていた。その名前の通り、こと綿花に関しては全米唯一のトップの人間である事は疑いが無かった。
しかし彼の情報で相場を張るとうまくは行かないのだ。彼はこの件でも破産して高くつく教訓を得る事となってしまった。

リバモアはカモにされやすい連中を3つのタイプに分類している。

1.無知蒙昧の道楽者 下手の横好きと言うタイプで、自分が無知だと言う認識は持っている。

2.初心者レベルを卒業したレベル 準道楽者 自分と似たり寄ったりの”愚か者”から情報を仕入れている連中。 こうした連中は相場の格言、大物相場師の名言などを盛んに口にする。

3.愚か者の中でもマシな連中。 割安株を仕込み反騰を待つタイプ。 底値で株を仕入れると言うやり方は悪くはないが、2度と反騰しない株、さらに値を下げる株をつかむとそれで終わる。   耳に痛い話でもある。

この本は薦めるも何も、上記の小説と共に株をやる人はみんな読んでる本だと紹介しておこう。

リバモアはその人生において財産を築くこと4度、失う事4度であるがいつも周囲に支えられて不死鳥のごとく蘇る。変わった人たちに、計算高い人たち。そして善い人たち、「ボギー、あんたの時代は良かった。」

それでも悲しい結末。

2009年8月27日木曜日

持ち合い株、信託で解消 


持ち合い株、信託で解消 住友信託銀行が新型

 株式の持ち合い解消を促す取り組みが官民で広がってきた。住友信託銀行は企業が持ち合い株を手放しやすいように工夫した新商品を開発。持ち合い先の議決権を実質的に持ち続けながら、株式を売却できる信託商品で、30社強が活用を検討している。政府も今年に入って持ち合い株の買い取り再開に乗り出した。持ち合いの解消が進めば、株価下落が引き起こす企業業績への悪影響が薄まることなどが期待される。

 住友信託の商品は保有株を同行が管理する信託勘定に譲渡するものの、信託期間中(1~5年を想定)は企業が議決権の行使を同行に指図できるようにして、議決権を事実上残す仕組み。同行の提携先であるドイツ証券が企業に株式の譲渡代金を支払い、信託期間の終了とともに同証券がこれらの株式を取得する。信託期間中に株式が市場で流通することはない。 8月26日 日経ネット

エネルギー保存の法(エネルギーほぞんのほうそく、the law of the conservation of energy)は、『ある閉じた系の中のエネルギーの総量は変化しない』という物理学での最も基本的な法則(保存則)の一つで、エネルギー保存またはエネルギー保存則、熱力学第一法則(ねつりきがくだいいちほうそく)ともいう。wiki


ポイントは株式のヘッジ(株式評価損益から逃れ、議決権を維持)をしたいのであればその同一銘柄を借株し売却する以外に方法は無いと言うこところにある。 従って信託期間中に株式が市場で流通することはないと言うのは実質上間違っている。 誤解ではなく事実関係を誤認させる。

本来であれば企業が借株し、株式を借りた分だけ売却すれば済む話だが、体裁が悪いのであろうか、信託の器を使って行なう。信託はマル投げして証券会社のスキームに乗ると言う話にしか見えない。

信託期間が1~5年とあるのは株式の量によって市場インパクトを軽減する為の期間の話だろう。

その30社の株主としては、ちゃんとコストを分解して入札でもやれば? と言う話だ。 決して目新しい商品とも思えないし、金融マスコミ得意の高度な技術などどこにも見当たらない。

尚、吉永康樹さんのサイトでは別の側面から投稿されている。


2009年8月25日火曜日

そろそろ嫌な感じ



今日の上海市場は引けにかけ戻したとは言え、一時6%安を記録した。
現地でのコメントは「株式市場に流れ込んだ銀行からの大量の貸付資金が一斉に引き上げたため」(上図:サーチナ)としている。

今回の上海株式の調整の発端は「金融政策の微調整」、7月以来党中央・国務院が昨年以来強調してきた 「積極財政政策と適度に緩やかな貨幣政策を確固不動として継続実施しなければならない」 という 「総論」 (現状維持) を強調する一方、金融当局は資産バブルの芽を摘むための 「各論」 対策を実施 (微調整) するという玉虫色になったため、今後の政策運営の重心が 「総論」 側に置かれるのか 「各論」 側に置かれるのか憶測が飛び交っていた。津上ブログ

こした中で、各論にあたる金融当局が実務的に引き締めに向かった事が末端の銀行貸し出し態度に反映し、資金の引き上げが起こり、株式が調整したと言う見方が一般的であった。 

ここで問題となる部分は津上さんの推測では昨日報道された温家宝首相の講和中、総論の中の確固不動と言う文言が消えてしまった事に重大な意味があるのでは?と言う事だ。 中国では国務院発表や高官の発言は一語一句意味を持つ。 本日の大量の貸付資金が一斉に引き上げたと言うコメントと統合して考えると、金融微調整は継続する、従って上海市場は当面これ以上は上がらない。

こうなると仮に米国市場が上げても、アジアのアセット・クラスとして恩恵を受けた側面の強い日本株は上がり辛くなる。

米国株も第3四半期の回復は織り込み済み。(株は先行して3月から切り替えしてきたではないか。) 昨日のCNBC Kudlow Report ”Will the markets continue to rally? あたりを見ても, 「これからの良い経済指標を見て暫くはラリーが続く」と楽観的、「財政赤字の問題」を振られても、相場とは関係無い将来の話と叫んでいた。 

僕は90年代の相場を見ているし、現実に目の前にある東京市場も見ている。2003年からの東京市場のラリーは財政規律の回復期でもあった。 従ってあまりに楽観的なコメントとは同じ道を歩く気にはならない。 弱気ながら株屋の習性で(長いものには巻かれる)片足突っ込んでいたが、インデックスはもう降りた方がよさそうだ

外人投資家は総選挙を織り込んでいるか? 変革と言う意味では織り込むのかもしれないが、これは「分からない」が正解だと思う。 彼らが「分からない」以上、我々が分かる道理も無い。逆か? こんなものを材料にするのは馬鹿げているし、上海市場の不調の方がよほど影響が大きいだろう。

それよりも銀行に対する規制強化を決めるG20金融サミットが来月あり、その前哨戦であるG20財務相会議が9月4,5日に開催される。

各国国内の政治事情から自己資本規制強化を推し進める中で、相変わらず彼らのロジックに裏打ちされ豊富な公的資金注入により充足された株式資本中心の規制に傾きつつあり、優先株等中心の日本の銀行株に不利な目が出る可能性がある(資本強化が必要になり、貸し渋りが起こる)。 NYの長いサマー・バケーションの終わる来月初旬から日本の銀行株に売りプレッシャーを感じたら要注意だろう。


PS Baltic Dry Indexもズルズル下落中。

2009年8月22日土曜日

ソロスと再帰性 reflexivity



福岡伸一さんのべストセラー「生物と無生物のあいだ」を読まれた方はご存知だと思うが、千円札の顔となっている野口英世の学術的な評価は我々が考えている程には高くはない。勿論偉人としての野口を否定するものでは無いが、梅毒、狂犬病、小児麻痺、そして野口を死に追いやった黄熱病等の病原体発見の業績に関しては、後にウィルスの存在が発見される事によって今では否定されている。

人間が目視できる小ささは目の良い人で、0.2ミリ。 殆どの人は1ミリ以下の物を明確には識別できない。 野口の発見したと考えた単細胞の病原微生物の大きさは1マイクロメートル(1ミリの1000分の1)、当時の光学顕微鏡で見えるぎりぎりの大きさであった。 発見当時は発病との因果関係が証明され学会で発表され、通説となり、真実として扱われる。 それより小さい物があるとは考えられなかったかったからだ。

ウィルスは1マイクロメートルの単細胞病原菌の大きさがラグビーボールとすれば、ピンポン球かパチンコ玉程度の大きさしかなく、存在は目視を伴わない実験によって1890年代に確認はされていたが、人類がその目でみるのは電子顕微鏡が発明される1930年代迄待たねばならなかった。 自身の発見した病原菌による免疫があるはずと考えていた黄熱病によって野口は1928年に亡くなってしまう。  その後発見したと考えていた病原菌が実はそれよりも小さいウィルスが原因であると訂正されている。  真実が訂正されたのだ。

物理学の世界でも対象が量子の段階に入ると観察の問題が出てくる。人間の身体も細かくつきつめて行けば、分子となり、それを構成する原子となる。

原子は原子核と電子からなるが、その電子を観察する問題が生じた。 何故なら我々が目視ないしは観察装置で測定する場合、電子を観察する為には電子を使わなければならないと言う問題に直面する。 光はその物体が反射する事によって我々は認識する。 電子を認識しようにも電子(光子)と電子をぶつけ合う事によってしか観察できないからだ。

つまり観察した瞬間に観察する為にぶつけた電子が観察される側の電子の運動に影響を与えてしまうと言う事だ。

1905年アインシュタインによって特殊相対性理論、1915年には一般相対性理論が発表されている。 それまでのニュートン力学を古典力学とし新しい真実となった。

一方で1925年にはシュレディンガーによる波動力学によって量子力学と言う、一般相対性理論では説明のつかない、未だに争点となる理論が発表された。

その後、理論上での話しだけであった量子力学の持つ不思議さは、実験装置の発達によって次々と観察、証明されて今日に至っている。


この欧州激動の2つの大戦をまたぐ時期、マルキシズムが吹き荒れ、ヒトラーやムッソリーニによる全体主義の嵐の中で、自然科学の発見が社会科学、取り分け哲学に及ぼした影響は大きなものがあった。 それを体現しているのがカール・ポパーであり、注目される投資家ソロスやタレブがポパー派と自らを呼び、著作物には必ず引用される理由となっている。

長々と書いてきたが、「スワンは白い」、「観察されたスワンは総て白い」、従って「スワンは白い」。(実はスワンを日本語で白鳥と言うと白い鳥になってしまうので、思考上の混乱が起きやすい。)

野口の例を見るまでも無く、これらは確率的あるいは暫定的に真実なだけなのだ。 何かが発見、黒いスワンが一羽でも発見されれば「スワンは白い」と言う命題は否定される。

またソロスの主張する「再帰性」は英語では"reflexivity"となる。 これは電子を測定する時に電子をぶつけてその後の運動に変化を及ぼしてしまうように、観察者それ自体が市場に影響を与えてしまうと言う意味だ。 これは効率的市場仮説でも想定されていないし、市場参加者が想定する景気予測マクロモデルでも本格的には扱われていない。 またソロスは当局も含め市場参加者はこの問題をきちんと捉えていないのでパラダイム転換する必要があると主張する。(The New Paradigm for Financial Markets 2008)

reflexivityは実際の職場でも応用可能だ。 社長が社員の仕事ぶりを見ようと事務所に登場すると、社員は社長に反応して普段よりは働いているように見せる。
それを信じる社長も今時いまいが、市場では同じような過ちが繰り返されているとソロスは言いたいのだ。    新版 ソロスの錬金術

土曜日の朝の雑感。

ソロスはもう少し読んでみる。 タレブの望月さんの丁寧な訳、索引、注、等に比較するとソロスの日本語版は(あなたも億万長者本のように)扱いが粗末だと思う。


2009年8月21日金曜日

タレブ怒る


18日の英国保守党党首デービット・キャメロンが出席したイベントで、彼は英国のデフォルト・リスクについて言及しこれはロイターのヘッドラインになっている。
S&Pは5月に英国債格付けをAAA安定的からネガティブに引き下げているし、英国の苦境は世界中が知っている事であるので特に驚く話でも無い。

ところが実はこのイベントにはブラックスワンの著者ナシム・タレブも出席しており、キャメロンとの噛み合わないディベートの後で、これを報じたFTに怒りを爆発させ抗議文を公表している。 抗議の内容は彼が「クラッシュを愛している」と発言したと言う記述と、二酸化炭素問題(地球温暖化)において積極的では無い、つまり"Love to pollute"と表現されていると言うものだ。 彼はその前に英国GQ誌のインビュー記事にも不満をもらしている。

彼の著述、と言っても、「まぐれ」と「ブラックスワン」だが、皮相的にロングテールリスクとか、「異常値が出る預言者」とか表現されがちだが、それらは全く間違っている。 「まぐれ」の第7章では彼はソロスとカール・ポパーを引き出して彼の根源にある考え方を述べている。 タレブは「ソロスは哲学者では無いが、哲学者でありたがってる」と表現しているが、今回のようなケースではいずれタレブ自身もジャーナリズムからソロスと同じような扱いをされかねないだろう。

実はここのところブログの更新が滞り勝ちになっていたのは、望んだわけでは無いが、いくつかの本で読書が行き詰っていたからだ。 きっかけはカール・ポパーだ。「まぐれ」ではタレブはポパーに1章まるごと費やしているし、ブラック・スワンでも巻末の索引を見ればわかるようにポパーの引用は非常に多い。

最近量子ねじれに関する本をいくつか読んだ事と、Twitterで推薦された事もあって、ポパーの量子論と物理学の分裂を読んだ。
これはどこまで理解できたかを別にして意外とすんなり読めたのだが、清水書院のポパー案内書「ポパー」川村仁也著をどうしても読めない。 言葉遣いが素直に消化できない。 1日10ページづつ読めば読めるかもしれないが、それでは片っ端から忘れて行ってしまう。 この本と格闘しているうちに何が目的でこれを読んでいるかさえ分からなくなってしまった。

勿論著者が悪いのでは無く、あきらかに僕の教養不足が原因だ。 それでも頑張って読んで一応はポパーの思想形成の過程はあらあら分かったのだがすっかり消耗してしまった。具体的に言うと軽い頭痛がした。  それで哲学者は何故こんな分かり難い言葉を使うのか? と言ういつかどこかで聞いた事のある話でソーカル事件(これは面白い)を思い出した。これに関連して以前購入した「知」の欺瞞を引っ張り出してきたのだ。 ここでもポパーには十数ページを割いており、ポストモダンの哲学者をこき下ろしている中ではとても好意的(当然だが)に扱われている。

それで何故このような自分に似つかわしく無い本を買ったのかと考えるとタレブの「まぐれ」に推薦が入っていたからだと言う事を思い出した。と言う事で投げたブーメランのようにグルッと廻って元に戻ってきてしまったのだ。

結論から言うと金融関係で必要最低限ポパーを知りたいと思えば、「まぐれ」の第7章がおすすめだ。 知の欺瞞は面白いからお勧めだが、ポパーは関連書籍も多いし、金融実務屋が趣味で読むならともかく簡単に読めるものでは無い。


哲学者として振る舞いポパー流の知性をあこがれているタレブの相場観を聞く事にそれ程の意味は無いし、それはおかど違いだし、それを聞き出そうとするジャーナリズム自体が理解不足と言わざるを得ない。 また地球温暖化に関しても、人間による二酸化炭素排出量削減が本当に効果的なのかを疑わしいと見る見解は科学者の間では特殊では無い。


それよりはタレブに対し反証不可能な占い師的相場予測を期待し、政治家でも無いのに二酸化炭素問題に強引に世論との同意を求める方が土台無理な話だ。

ちなみにカール・ポパーも性格はかなり激しかったそうだ。


それで苦心の末に見つけたのだけれど、ポパーに関してWEBに非常に読み易いサイトがある。 元穂高中学校校長 高坂邦彦氏のHPだ。 こう言う知性もあるのかとすっかり感心した。 情報量としてはこれぐらいで充分だったのだ。

2009年8月16日日曜日

貧乏はお金持ち 




この本もTwitterで薦められて読んだ本である。
アマゾンで見ると今日現在で17件ものレビューが入っているので相当に売れている本であろう。
僕は前作の「黄金の羽」を読んでいないので、読んでいない僕がこの本をどう思ったかの感想だ。

先ず最初に感じたのは、題名とのギャップだ。 著者は文中に各種エピソードの引用元となる書籍を多数提示しており、内容にも時間をかけて書かれていると言う印象を持った。 題名からはちょっと工夫すればお金儲けが出来るとの安直なニュアンスが漂っているが、実際には金融マンでも読むべきであるにも拘らず、読んでいない本のエッセンスが凝縮されている。 そう言った意味では、最近数多く出版されているノウハウ本とは一線を画す為になる本だと僕は評価している。 金融マンはこれを読めばかなりの面倒を安直にはしょる事が出来ると思う。 最近流行の情宣的な、情報が不正確なブログ等と比較しても実に正確に情報収集されている。

コアになる内容は、給与所得ではなく、会社との雇用契約を業務委託契約に変え、サラリーマン法人にするといかにお得かと言うストーリーになっている。
アマゾン等のレビューではこの点に現実味が無いとの意見が多いようだが、仔細に渡って語られる恵まれた中小企業経営者や目端のきく人達の受けている特典、国家がいかに情報弱者であり政治的利権から遠い位置にいるサラリーマンから多く搾取しているかは改めて認識しておく必要があるだろう。 

昔隣家の表札の下に小さくXX商会と言う看板が出ていた。奥さんがアパートを経営しているだけであったが、車はベンツで、社員旅行でハワイに頻繁に行っていた事を思いださせた。

世界的なフラット化や非正規雇用者問題の沸騰など、今ある意味では続々とサラリーマン達が企業の庇護から引き離されている現実に、私だけは未来永劫大丈夫と言う幻想からは目覚めておく必要があるのかもしれないし、著者は最後にこう言って締めくくっている。

私はずっと、自由とは自らの手でつかみとるものだと考えていた。 だがようやく、それが間違っていたことに気がついた。 自由は、望んでもいないあなたのところに扉を押して破って強引にやってきて、外の世界へと連れ去るのである。

簡易化されたMM理論、エンロンやミルケンの下りなど、題名から受ける印象よりは実に内容の濃い本であった。

2009年8月14日金曜日

銀行株 買う人、売る人


金曜日も引けが近くなってきた。
今週はブログ記事のアップが1件しかできなかった。
読みたい本が沢山あり、淡々と消化していったのと、iPhoneに夢中になっているのもあるかもしれない。それと相場自体に明確な輪郭を持てなくなって来た事も大きい。


僕の考える多くの人の認識は、「昨年から今年1Qに見られた極端な在庫調整からの反動と政府による財政支出効果の規視化によって市場は大きく底を打って反発したのだが、根底には以前として米国の住宅市場に対する不安、米銀行システムの内包する不良債権問題がある為おのずと株式市場の上昇は制限されるべきもの」のはずだった。

ところが、ここへ来ての強さは、特にインデックスだけでなく、循環物色を繰り替えしている事からの「しっかり感」はこのまま何処までも上昇してしまうのではないか?と思わせ、乗り遅れに対する不安感を煽る。

最近参加しているTwitterでも、ディトレーダーで乗り遅れ気味の人(あるいは強気にはなれない人:自分も含めて)はコメントで、「今買わなければ、ここから5年間程、上昇していくのを眺めているだけになるかもしれない」と不安感を吐露している。

今朝は暴落で大稼ぎしたジョン・ポールソンがバンク・オブ・アメリカと、リージョンズ・ファイナンシャルを大量買いしていた事がニュースになった。 当たり屋につけとばかりに2番底をつけずにここから上昇(5年間眺めるだけ)と言う連想が働くし、昨日はソロスが3Qはプラス転換とこれも5年間眺めるだけの連想が働きやすい。「おいていかないでくれ。」と言うやつだ。

しかし一方で、我々日本人にとっては卑近な経験である銀行の不良債権の威力、と言うものに対してTARP委員長のエリザベス・ウォーレンは「銀行の不良債権の問題は全く解決していない」(アメリカ経済ニュースblogより)と発言している。 当時の日本では飛ばし処理が結果として認められ災いを後々まで溜め込む事になったのだが、今回の米国も不良債権処理プログラム(PPIP)が会計ルールの変更により不良債権を過大評価し温存しやすくなった事から資産の出してが少なく不調に終わっているのも悩ましい要因だ。

下のグラフは当時の日経平均に今回のSP500の動きを重ねてみた。  明日上げ下げしなければ時間的に我慢ならぬ、では無くどれくらいの時間経過で当時の日本、事は進んだかは参考になると思う。  日銀も同じ事を言ってたが要は2番底はあるのか無いのかを注視しなければならないなのだ。しかし市場参加者は注視していると5年間注視し続ける事になるかもしれない。 雇用なき回復の帰結は?



今朝のニュースでは「票にならない金融はマニュフェストに入らず」と言う結構重要なものがあった。
要旨は、自民も民主もマニュフェストには金融は入っていない。 一方で今回の金融危機を踏まえて欧米では金融規制改革が促進されつつある。
9月4,5日はロンドンG20財務相会合、9月24、25日ではピッツバーグでのG20金融サミットが開かれ資本規制強化に踏み込んだ方向が示される。

元来のテーマである銀行のプロシクリカリティの抑制に向けた可変な自己資本比率調整には無理がるとして、もう少しきつめの抑制策、例えば中核的自己資本として日本の得意な優先株や優先出資証券を排除する案が有力となりつつある。 こうなると大量の公的資金を注入された欧米金融機関に比較して、日本の金融は今後の資金供給能力に制約がかかるかもしれない。  そして時期的にも政治の空白期間にあたり、与謝野さんも出席しない見通しとされているそうだ。

結構大きなファクター。

2009年8月11日火曜日

世界でもっとも美しい10の科学実験



世界でもっとも美しい10の科学実験
ロバート・P・クリース 青木薫訳

経済学における学説史ではどうしても特定学派の優位を示したり、学派間の共存に寛容にはなれない。

旧ソビエト連邦や米国のマッカーシズムにおけるマルクス経済学と自由主義経済と言う大きな流れにおいても、事、政治が絡む以上、バイアスと言うレベル以上にそうした歴史観は捻じ曲げられてしまう傾向がある。 

最近においても新自由主義の失敗と銘打って、何が何でも悪く捉えられてしまう事には辟易する面もあるかと思う。

また経済学者のブログ等でも、何が何でも異なる考え方を排斥せねば気が済まぬと言うような傾向が強いのも元来経済学自体が政治体制と分離できない以上は仕方の無い事なのかもしれない。で、物理学にはそれは薄い。小説「天使と悪魔」に記されたバチカンを中心とする時代には宗教対科学の対立する時代こそあったが、近世以降は影響を逃れている。但し現法王ベネディクト16世がガリレオ地動説を認めたのは昨年12月の事であったが。

「世界でもっとも美しい10の科学実験」は2006年9月に日本語版が発売された本で新刊ではないが、「量子の新時代」を読んでいて見つけたもので、既にWEBには沢山の書評が出ている。著者は哲学科の教授であるが、そもそも19世紀までは物理学者は哲学者であったし、現代でも哲学では食べていけないので、数学や物理を教えているものも多いと言う。 米国東海岸では哲学のPhD保有者のタクシードライバーは多いらしい。 著者の知見は物理学者そのものである。

10の実験は著者がコラムを担当している国際的な物理学雑誌「フィッジクス・ワールド」の読者に「一番美しいと思う物理学の実験」を挙げてくれるよう頼んだ結果である。

細かい解説よりは内容こそが興味を引くかと思うので、以下目次に年代等情報を付加した。

1.世界を測る
エラストテネスによる地球外周の長さの測定
紀元前3世紀 アレクサンドリア:現エジプト

2.球を落とす 
斜塔の伝説(ガリレオ:重さの異なる物体が同じ速度で落下する。)
1600年頃 イタリア

3.アルファ実験
ガリレオと斜面 (落下の距離は時間の2乗に比例する)
1604年 イタリア

4.決定実験
ニュートンによるプリズムを使った太陽光の分解 色は物体の反射で決まる。
1672年  イギリス ニュートンはガリレオの死んだ1642年生まれ

5.地球の重さを量る
キャヴェンディシュの切り詰められた実験 地球の密度 重力定数G
1798年 イギリス

6.光という波
ヤングの明快なアナロジー  光は波のように振舞う。
1803年 イギリス

7.地球の自転を見る
フーコーの崇高な振り子 地球の自転の目視化 ジャイロスコープの発明
1851年 フランス

8.電子を見る
ミリカンの油滴実験  電子の電荷を測定
1923年 ノーベル賞 アメリカ
ライバル エーレンハフトが面白い
ニーチェ曰く、確信は嘘よりも危険な真理の敵である。

9.わかり始める事の美しさ
ラザフォードによる原子核の発見
1908年 ノーベル化学賞 ニュージーランド、カナダ、イギリス

10.唯一の謎
一個の電子の量子干渉
1973年 ボローニャ・グループ
1989年 日立製作所 外村G  両方ともWebで見る事ができる。



ひとつひとつの逸話が重量感のあるストーリーを持っている。
文科系の私としては4番目あたりから「へェー」と言う状況になってしまったが、本書のテーマ「美しい」は充分に堪能できるものであった。

また併行して読んでいた経済学史は1690年のイギリス、ジョン・ロックの「統治論」から始まる。欧州文化における近世の動きが連動してこれもまた楽しめた。


寄り道は良い加減にしてまた金融に戻る。


2009年8月7日金曜日

Barやまざき&ニッカ余市

札幌のBARやまざきに行ってきました。

「札幌に行くことは山崎さんのバーに行くことでもあります」 吉村昭

お元気でした。新しく出された本に丁寧にサインをして頂きました。
キチッ、キチとしたバーマンシップ同様、サインも実に丁寧にして頂きました。

札幌は丁度、すすきの祭りの当日で、通りは特設ステージに浴衣を着た綺麗どころが200人近くと大変華やかでしたが、時間が早かったせいでしょか、バーはいつもの通りの雰囲気でした












「札幌に行くことは余市に行く事でもあります」 Porco

と言う事で、余市のNikkaにも久しぶりに行ってきました。

いつもは勝手に見学してしまうのですが、今回はちゃんとガイドさんの説明を受けました。
やっぱり聞いてみるものですね。 反省しました。


大麦をピート(泥炭)で乾燥させる、フロア・モルティングの工程を行なう乾燥棟の見学はあるのですが、気になったので、質問したところ、現在では乾燥処理済の大麦をモルト・スターから購入しているとの事でした(世界でもフロア・モルティングをしている蒸留所はバルビニーとか数箇所しか無い)。余市が工場に選定された頃は余市でピートが採れたそうですが、現在は石狩平野の湿田からしか採れないそうです。いずれにせよモルティングは極少量しか行なわれていないそうです。

ポット・スチルの工程は8月は整備月にあたるそうで、炉の補修を行なっていましたが、ポット・スチルの加熱に石炭を使用している蒸留所は世界でもとうとう余市だけになったそうです。微妙な味わいの違いが出るそうです。  環境と言い、石炭と言い、本当に良い蒸留所だと毎回思いますし、工場構内の白樺の木々には癒されます。

余市はりんご、葡萄、プラム、トマト等フルーツの産地です。 駅前は青果店が多く、値段も驚く程安いのですが、買って帰る訳にもいかずいつも侘しい思いをさせられます。
積丹のうにはシーズンでした。

研究棟  スーパーニッカまではここで開発された。




量子の新時代



羽田空港の書店で目についたので読んでみた。
ブライアン・グリーンの「宇宙を織り成すもの」を読んで以来、この手のものがあると抵抗なくレジに進めるようになった事、多分同じような文科系人間が世界中にいるであろう事を思うと、グリーンの功績は小さくないと体感できる。

この本は朝日新聞の科学記者である尾関さんが文学的な意味合いでの量子力学を、量子情報科学の現状を甲南大学佐藤教授、量子力学の歴史的視点からの考察を大阪大学の井元教授と3部での構成となっている。

特に物理マニアでも無い僕が「宇宙を織り成す。。。」以来一番興味を覚えるのは電子によるスリット実験である。
このブログの読者向けに僕の解釈レベルで説明すると、壁に2つの縦に長い窓が空いていて、その向こうに感光紙があるとする。
古典物理学の想定ではこちら側から光をあてると、直進した光は2つの窓を通過し本来であるならば感光紙の上で2つの縦に長い長方形を作る。

へたな図だが、著作権を尊重して。


しかし量子力学では電子と電子は干渉しあい波のような性質を持つ。つまり縦に格子状の濃淡のある模様が出来てしまう。下の図の右のイメージだ。

成程、大量の電子が射出されているとすれば窓を通過した電子同士がぶつかりあいこうした波のような性質を見せる事までは直感的になんとか理解が出来る。

波を2方向からぶつければ、高い波と高い波が合成され、さらに高い波が出来る。 (わかりにくければ後で実験のビデオがついている。)

長方形と干渉された波の形 (勿論イメージ)



ところが、上の実験では電子を大量にドッと射出したから干渉が起きた。では電子を1粒ずつ射出した場合はどうなるのか、これは勿論どちらかの窓を通り、窓の向こうの感光紙に一つの点となって現れる。

もう一つ射出すると2つ目の点が感光紙にプロットされる。 こうして一つ一つの電子を射出して出来上がる模様をみると、電子同士がぶつから無い筈だから縦に長い長方形にならなければいけない。 ところがやはり濃淡のある模様になってしまう。 1つずつだから干渉し合えない筈なのにだ。 

さらに2つの窓のうち一つを閉じるとこの電子の干渉は起こらなくなる。

これは一粒の電子が同時に2つの窓を通過しければ有り得ない話だ。
量子力学ではこの感覚的にも古典物理学でも有り得ない話を説明している。

最近になって電子なり電子を一粒ずつ射出する実験が可能になってきて、実際にこの事が確認されるようになってきた。

それ以前は理論上だけの話で実験は出来なかったわけだ。

つまり量子はある確率で存在する。 原子の周りに雲のように存在する。 たとえ電子が一粒しかなくとも、雲のように存在する。

オィと言って電子を捕まえた瞬間に場所が決定すると考えるのだ。 つまり捕まえる前は色々な位置が可能性として想定されていると考える。

人間の常識として受け入れにくい話だが実験結果から現実だ。

大学の合格発表が掲示板に張り出される直前の受験者の私は、合格した私と不合格な私が重なりあって存在している状態と言う話と同じだ。

結果が出た瞬間に合格した私と、不合格な私の世界が2つに分岐して行く。 多世界解釈と言う考え方だ。 そんな馬鹿なと思うかもしれないが、実験の結果からはそうでもしなければ整合性が取れないのだ。 もちろんコペンハーゲン解釈と言う伝統的な考え方もある。


1826年から英国王立研究所で続く、「金曜講和」と言う科学の講和会がある。 タキシードにボウタイと言うドレスコードの厳しいこの会で日立製作所の外村(とのむら)さんという方が上記の実験を披露している。 (新書なので是非読んで興奮を味わって欲しい。) これがもちろん大絶賛で、物理雑誌「フィジクス・ワールド」読者選定の「世界で最も美しい10の科学実験」の中で取り扱われている。 

60分あるが、短期な人は25,6分から見れば良い。但し波の干渉がわからなくなるかしれない。

Windowsの方で、リアル・プレイヤーをダウンロードする場合、有料のお試し画面が出てくるが、基本ソフトは無料なので、よく見てダウンロードして下さい。

PS 少し直しました。 これも参照下さい。 2重スリット実験wiki

2009年8月4日火曜日

シモネッタ


Twitterである人から紹介されて読んだ本だ。
紹介が無かったら通常の生活の中でこの本を手にとる事は先ずなかっただろうと思う。

僕のブログの題名になっている Porco Rossoは宮崎駿の「紅の豚」から取ったありふれたものだが、Rossoはチンザノ・ロッソで分かるように赤の意味で、porcoが豚だ。

元来豚とか犬とかは侮蔑の意味の言葉に使われる。 それを案じてかTwitterのある人は是非porcoの意味を理解しておいた方が良いと言う親切な意味のアドバイスをくれた訳だ。
但し彼の勧めた本は、同じ著者 田丸久美子さんの「目からハム」のほうだったが、生憎本屋に在庫が無く、新刊であるこの本を読んだ次第。

これは著者が若かった頃、頻繁に(合計70回)訪れたイタリアの、しかも食欲、性欲、睡眠欲、財欲、名誉欲と5つある本能の中でも特に性欲に纏わる話で、実に面白い。

例えば単語「ビエディーノ」、説明すると、食事中に食卓の下から足を伸ばし、足を軽く愛撫する愛の合図だ。 もともと畳み暮らしの日本ではありようも無い単語だが、こんな単語がある事つまり行為として一般化している事それ事態が凄いと著者は言う。 僕もそう思う。 この単語是非使えるようなシチュエーションがあればと思うが、どうだろうか。 またイタリアには「セックスする」と言う動詞が星の数ほどにあるが、ナポリ弁では「フォテレ」、42(フォティトゥ)? に英語でオフコースと書いたTシャツが土産になっているそうだ。  つまりやってるかい?って挨拶だそうだ。

この本はエピソードには事欠かないのであるが、ここでネタバレしても仕方無い。 興味のある方は多いと思うので是非読んで欲しい。
熟年の恋などあたりまえなのだ。

イタリア紀行とあるように、シチリアも含むイタリアの主要な観光地をカバーしてあるので、性欲と関係無く、イタリアに旅行する前には是非読んでおきたい本であるし、僕も読後は是非イタリアに行きたいと思うようになってしまった。

イタリアでも大学を出ても就職口は中々見つからず、日本の学生同様、正社員に採用される日を待ちながらフリーター生活を送る。若者の平均月収は1000ユーロ、都会は生活事情が悪く、ワンルームでも800~1000ユーロ。 イタリアでも30歳までの子供の7割が親と同居するパラサイトシングルなのだそうで、これは日本固有の問題と言うわけでもなさそうだ。 

僕はもちろん最初に薦められた「目からハム」も探して読むつもりだ。

ではでは 42?

2009年8月3日月曜日

日銀 金融市場レポート


半年に一度の日本銀行の金融市場レポートが出ている。



内容はコンパクトでバイアスが無く、妙な市販の解説本を読むよりははるかに面白いし、グラフやデータも豊富だ。

特に株式のところでは株価上昇時と下落時のボラティリティの非対称性、つまり同じ株価変動でも株価下落時にはボラが高くなるのは何故?と言う話、(市場はVIXが下がれば安心する。)を取り扱ったり。  CDS市場でも本邦市場の株式との相関や流動性不足によるビッド・アスク・スプレッドの国際比較など、基礎的なデータ(基礎的なのに知らない事が多い)を提供してくれている。

例えば株価とCDSプレミアムの相関関係

(レポート本文より)

全般としては、まだまだ落ち着いたと言う状態に近いと言う至極真っ当な状況報告となっている。
国際比較では英国の窮状が際立っている。

目次
要旨 1

Ⅰ.国際金融市場におけるリスク・アペタイトの回復と世界経済の脆弱性 4
1.金融経済環境を巡る不確実性の変化 4
BOX1 リスク・アペタイトの回復の背景
2.中央銀行や政府による政策対応 12
BOX2 流動性危機と中央銀行による流動性供給:協調の失敗と協調の促進
3.バランスシート調整の継続 23
BOX3 国際資金取引の動きからみた信用循環
Ⅱ.2009 年上期の本邦金融市場の動向
―― 市場環境の改善と神経質な展開 ――

1.短期金融市場 36
BOX4 企業金融支援措置の政策効果:CP発行レートに対する影響
2.国債市場 42
3.株式市場 45
BOX5 株価のボラティリティとレバレッジ効果
4.クレジット市場 49
BOX6 社債市場の流動性の計測
BOX7 CDSの市場流動性の順循環性:株価とCDSプレミアムの相関
5.外国為替市場 57
Ⅲ.金融資本市場の今後の展望 61

USD Index 正念場


USD Index 日足  ブレークすると大きい。
ドル安はこれまでは世界経済回復の証
米国から見れば米国製造業の交易条件改善の為必要


USD Index 週足

円 今週は大きく変化があるかもしれない。

円週足  円高注意

2009年8月2日日曜日

090802 週末雑感


日経平均は大きく切り返した。
一目均衡表では一旦雲の中に沈み下限に触れる前に大きく雲を上抜けると言う強い形になった。

チャートはクリックで大きくなる。

週足でみると11,000円の窓が空いているので、形としてはもう少しはあるだろう。

相場観としてまだ弱気が多いのは、

1.中国の復活がどうもあやしい、数字が作られている。銀行の融資拡大で投機資金が増えた。バブル警戒から引き締めに転じたのではないか?等々だろう。
2.根本にあるのは米国不動産市況がケース・シラーが底を打とうともそれほど簡単には回復しないだろう。従って銀行の不良債権問題もくすぶっている。
3.失業統計が悪化しているのに、個人消費主体の米国経済が簡単に回復する訳がない。

概ねこう言った理由となる。

一方で時間的なものがある。 上記のような理由で成程不安要素は継続して相場の頭を抑える事になるのだろう。
しかし、もう少し目先の現実で、つまり日本国内の経済指標で、例えば先週発表になった6月の鉱工業生産指数と在庫指数の動向を眺めてみよう。

鉱工業生産指数自体はどこでも見れるであろうから、主な業種別に見ていく。

鉄鋼の在庫指数のブレは元々大きくは無いが、現在の在庫指数の位置はかなり低い。
一方で極端な生産調整からこの先、2ヶ月、第2Qも戻りが想定されている。
つまり回復基調に水をさす数値は少なくとも2ヶ月程は経済指標から発表される可能性は低いと考えられる。

不安を具体化するのは中国で何かあった時となるが、それも目先は想定しにくい。それほどこの問題が沸騰しているわけでは無い。


自動車の極端な在庫調整は派遣切り等に形を変え社会問題化したが、結果としてホンダ、日産が黒字化するなど、企業自身の力でコストカットによる経営努力が成されている。 TVCMでもしつこいくらい宣伝されているように、政府による購買支援の影響が暫く続と考えて置く方が普通の考え方だろう。

この水準でショートに入る相場ではなくなったと考えている。
つまり秋口から回復と言う意見が多いが、逆になるかもしれないし、そんな先迄は今のところ読めない。
取り合えず11,000まではついて行こう。基本は弱気。腰引け。

しかしバブル後の在庫の積みあがり方は振り返ると凄いものがある。結局2003年ごろまで過大な在庫調整期間が長期にわたって続く事になり、失われた15年を形成していく。  今回は急激な出荷減によって在庫調整がなされている。  当時の3つの過剰は(設備、不良債権、雇用)であったが、雇用問題が大きなリスク・ファクターとなる。

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元データ  経済産業省 統計