2009年9月30日水曜日

ケース・シラー


と言う訳でたまにはケース・シラー指数。 昨日発表です。グラフ類は総てcalculatedrisk.


昨日の米国市場はケース・シラー住宅指数は良かったけれど、9月の消費者信頼感指数は53.1で前月の54.5から予想外に低下した(ロイター)と言う材料で。 今まで遅行指数と軽く見ていた雇用統計が少し気になり始めたのと、今週は木、金と憂鬱な材料が結構ありそうなので、株式市場はちょっと足踏みをしたと見ています。

憂鬱な材料とは先ず自動車販売。 新車買い替え支援策。これはご存知のように13年以上経過した中古車を売れば新車を買うのに補助が出るという(日本のエコカー制度みたいなやつ)が8月で終わり、別に特典の無くなったその後の台数になるので、悪いと知りつつも悪材料となり易いと言う訳。

後は建設支出、個人所得、雇用統計。 ここまでも株式市場のバリュエーションの理由付けはよく判らないところだから少々の調整にも理屈は必要ない。 コンセンサスが醸成されれば良い。

と言う訳でセンチメントはあまり良くない。

ケース・シラー指数  切返しに入っていますね。あるいは、底打ちましたね。と捉える。


これはプライス トゥ レント レシオと言って借りた場合と買った場合の比較指数です。
元々は別の住宅指数であるOFHEOで計算していたものをCS指数で計算したものです。ググれば直ぐに判ります。

想定家賃(OER from BLS:労働統計局)の何倍で家が買えるかと言う比率なので、倍率が上がれば家の価格が高いと考える。 2000年=1で計算されている。

要するに随分落ち着きましたね。 と見ます。

これは例の銀行の保有資産を評価するストレス・テスト時のオバマ政権チームの想定住宅価格です。
赤い破線が通常シナリオ。 青い線が最悪シナリオ。

当初心配されてましたが、通常シナリオより上を行ってますのでこれだけ見れば住宅価格は順調と言えます。

こんなに順調なのに何でイマイチノリが悪いのか?

これは今や政府の完全庇護下にあり、ココ発行の債券が世界にばら撒かれているファニーメイの債務者の支払い延滞率のグラフです。 投資用マンションとかではなく標準家庭です。


OptionARM 支払い条件変更と言うか支払い金利のいきなり上がるローンなどこれからの課題も多く住宅価格上昇を素直に捉える状況では無いのです。アメリカ観察日記参考。

2009年9月29日火曜日

ブログ1周年


私がブログを書き始めたのが、昨年の9月の終わりであったので、このブログはかれこれもう1年になります。

あまり進歩しないまま、1年が経過した上に、最近はTwitterの影響もあり、更新が減ってきてしまいました。
もう一度気合を入れ直そうかと反省しております。

この1年随分と本を読んできました。 専門書もそうですが、何と言ってもこれまで読んだ事のなかった村上春樹を翻訳も含めて殆ど読破した事は私自身にとってとても大きな出来事でした。こう言った知性に若い時に出会っていればと読みながら何度も思ったものです。 それまでの私の思考法の根底は司馬遼太郎の歴史観やその登場人物の人生観に大きく影響を受けていたように思います。 それは正に団塊世代までの価値感であり、明治以来登り続けてきた坂の上の雲が見えた時に日本はバブル崩壊を迎えたのかもしれません。 時代は知らない間に大きく動いていた事を実感せずにはいられませんでした。 またバブル崩壊から既に20年近く経っているのにも拘らずポスト・バブルの話をしているようではどうしようもない。のかもしれません。

また以前は金融関係にしろ、どうしてもテクニカル(チャートと言う意味では無く)な読み物が多く、投資関連の書籍でもジェレミー・シーゲルやモーブッシン、後はRisk magagineやAlternative系の資料、あるいは勤務先のアナリスト達の発行するリサーチ・レポートが中心となって大局観を持つと言う、経営者として一番大事な事を忘れていたようにも思います。 しかしここ数年は折からの金融危機もあり、良書が数多く刊行されました。 読んだ本は左コラムの Porco Rosso Amazon storeにリストされております。 沢山読めないから1冊だけ推薦しろと言われれば私は、ジャック・アタリの「21世紀の歴史」か2006年になりますが、トフラー夫妻の「富の未来」をお勧めします。

エラリアンの「市場の変相」やタレブの「ブラック・スワン」、アカロフ・シラーの「アニマル・スピリット」は勿論名著ですが経済書です。もう少し広範囲におよぶ世の中(世界と言う意味で)の変化を捉えるにはこの2冊がお勧めです。 サルコジ大統領が為替取引に対する課税(トービン税)の話をした時に、市場参加者や経済学者の多くは反対しました。規制には原則反対なわけですが、ほんの少し視野を広げておけば、人間は必ずしも合理的に行動するわけでは無い。と言うせっかくの行動経済学の成果をもう少し有効に使えるのかもしれません。

このブログを書き始めた頃は米国経済のチャート等もあまりブログで見つけられなかったのですが、段々とそれらはカバーされている事に気付いたり、nykabuでジェームス北川さんがブログを充実してくれたので、僕自身が自分でやる事は減っていきました。 つまり書く事も減ってきた次第です。 本の紹介に関しては、以前は良い本だから読んだほうがいいですよ。と言う具合に本を紹介してましたが、よくよく自分の事を考えたらそんなに数を読める訳ではありません。 従ってブログを見れば読む必要が無いよ。と言う書評の方が読者にとっても良いのではないかと最近は考えています。

これまで読んで下さった方有難う御座いました。
ブログはもう少し続けようと思ってますので今後とも宜しくお願いします。


2009年9月28日月曜日

ドルの行くえ?


為替の予想を開陳するのは怖いものではありません。
なにしろ有名人であれ何であれ中々当たらないものだからです。

通常の為替相場の考え方は、均衡に向かっているという事です。
過大評価された為替レートは均衡状態に至るまで輸入を促し輸出を抑えます。また国際競争力が増せば為替レートが上昇するので貿易黒字が減り均衡状態を回復すると考えます。 日本円は大変強いですが、国内では人口の老齢化、低成長、中国と比べても円が強いと言うのは納得の行かない話であります。
ソロスは1973年に変動為替相場に移行して後、現実の世界ではこの考え方が間違っていると断言しています。

今は為替取引の90%が投機的なマネーで構成されていますので、均衡論的な考えを前面に押し出しても仕方の無い事なんでしょう。

そこでいきおいチャートに頼る事になりますが、
下のチャートは円ドル1994年からの月足です。綺麗にペナントを形成しているのかと思えば2006年には円安にダマシ、その後は円高かと思えば切り替えしてと、中々一筋縄でいくものではありません。

ドル・円 月足
また上記の月足も変動為替移行以後を見ると下記のようになります。  95年にドルは一旦底を打ちその後、緩慢にドル安が進行しているとも見れるでしょう。

ドル・円 変動相場制移行

次が週足で、

最後が日足 とにかく総てのトレンドが下向きです。


当然ですが長いチャート見ていると時間の問題はあるでしょうがそのうち80円には行きそうです。行かないと収まりそうもありません。 しかしここまで円が強いのが何故かわからないように理由は投資家心理だと逃げておきます。 投資家がトレンドを強化するのだと考えます。


何かインチキくさいFXの勧誘みたいになってきましたが、もう少し長いストーリーを考えてみましょう。
これは最近僕が相場を考える時に共通している事項です。

1.米国の覇権が終り、多極化の世界が始まる。
2.米国の消費は他国のファィナンスで賄われてきた。そして限界に来ている。

ジャック・アタリが警鐘するように、プレトンウッズで米国ドルを基軸通貨と決めて以降、ドルが基軸通貨としての役割を果たすには、アメリカがドルを使い、他国がドルを受け取り、ドルが充分供給されなければなりません。これは米国の国際収支の赤字を意味し、ドルが世界各国の外貨準備として保有されればされるほど、ドルに対する信認は弱まると言うパラドックスを抱えています。 この長年の積もり積もった状況で、米国の借金体質の維持が困難になったのが、今回の恐慌でした。

恐慌の最中はテクニカルな要因で決裁通貨(基軸通貨)のドルが不足したに一時的にドル高になりましたが、決済用資金が供給され落ち着いてくるとドル安は鮮明になってきました。 今は突然の決裁用ドルの不足は起こりにくい体制になっていますから株式市場が少々崩れることによって多少のドル高はあっても前回のようにはならないと思います。

G20で話合われたのは各国思惑はあれど、米国覇権から多極化(もちろん急なものを想定してません)への以降をどうスムーズにこなすかもテーマであったと思います。
あまり相手にされませんでしたが、フランスのサルコジ大統領によって為替取引に税(トービン税)をかけようと言う提案があった事は覚えておくと良いと思います。

普通の経済学者であれば勿論トービン税のような制約的な制度導入には大反対でしょう。 提案したトービンさえ圧力に負けて今や反対しているそうですから。 しかし政策としては現実的なのかもしれません。 今後はこの類の意見が増えると思われます。

いずれにせよ円は80円までは行ってしまうのだと思います。 12日のエントリーではドル安が米国株の収益予想を押し上げると書いてましたが、このレベルに入ると米国のファィナンスの問題に係わってきます。 トレジャリーの金利を上げるか、それはインフレを意味するのかとにかく均衡が働くと言う訳です。  米国株式は大きな押しも想定しておく必要があります。


しかしドル円の月、週、日足とチャートの形を見るとマンデルブロの長期相関、パターンの記憶を思い起こさせます。 どれも形が良く似ております。

追記:人民元はこの混乱の最中で引き上げに踏み切らざるを得ないでしょう。 ドル以外の他通貨との歪みも大きくなり過ぎです。 今内需へのシフトを通してショックの軟化に努めている最中でしょうが。
どこかで起こる。 今はわかりません。

2009年9月27日日曜日

禁断の市場 マンデルブロ


ベノワ・マンデルブロ 禁断の市場 フラクタルでみるリスクとリターンを読んで。

2004年に原版が出版された時から読もう読もうと思って読んでいなかった本です。 昨年6月に日本語版が出た時期は忙しくて時間が取れず結局今になってやっと読めたと言うわけです。 

他のブログにも指摘がありますが、僕もこの本の際物的邦題はどうかと思います。 この本は全く常識的で、マルチフラクタルの説明とそれに加うるにむしろ金融工学の歴史本といっても良い性格を持っているからです。 

そう言った意味で金融工学とまではいかずとも、ベータやアルファやシャープ・レシオなど普段少しでも実務で使われる人は是非読んでおいた方が良い本だと言えると思います。 本文では数式は一切使用せずに理解できるようになっています。 勿論マンデブロの研究はタレブのブラック・スワンのさきがけとなるものです。

この本のメッセージは、

1.証券の市場価格は独立事象とはいえない事。 サイコロを単純に振るのとは違う。
2.価格の変化率は正規分布では無い事。これは古くから認識されてきたが、正規分布は便利さゆえに使用されてきた。
3.従って上記を前提とした現在使用されているモデルは危機管理としては非常に危険である事。
4.マルチフラクタル・モデルは発展途上であり、価格の予想は出来ないが頻度は低いが発生すると大きな影響を与える事象へのリスク管理には適切であると言う事。
5.経済学は流行の激しい学問であり、正しい事が正しく扱われるとは限らない事。

こんなところでしょうか。

それよりもこの本の真骨頂はマンデルブロによる金融工学の流れ、歴史の解説です。
バシェリエ、マーコヴィツ、シャープ、ブラック、ショールズなどのプロフィールを細かく取り扱っています。
例えば、ブラック・ショールズ・モデルの発表の時には数学面で協力したマートンも出席するはずであったのに寝坊で欠席したなどのエピソードです。

またマンデルブロがそのユニークさから経済学会で論文の掲載先が見つからなかった時に教え子であったファマが手助けをしてくれたなど、間違いなくマンデブロは金融工学の歴史の中において響き続ける重低音を担当しているかの様な印象をも持ちました。ちょと変わった芸風の師匠みたいなものかもしれません。

また1960年代半ばに一旦著者の研究は注目を集める事となりますが、1972年にモダン・ファィナンスの波が押し寄せて再び注目されなくなってしまうのは歴史の皮肉でもあります。 

モダン・ファィナンスはガウス分布(正規分布)、価格の連続性などをベースにした、CAPMであり、BSモデルなど今日我々が使用しているツール群ですが、2004年の時点でこの本を著し、2009年の今まさに予想を越えた大惨劇を目の前にしている事は感慨深いものです。

彼の研究は綿花価格から始まっています。 データの取得に苦労した様子がよく書かれています。本当に苦労無く(無料で)データの取得ができるようになったのは2000年に入ってからと言っても過言ではないのです。多くのデータが1985年頃からと言うのは偶然ではありません。PCの発達と密接に関係しているのです。

80年代の終わりごろでもデータは電話回線を使用し、モデムはヘイズ社の独壇場で通信速度も2400bps程度でした。インフォメーション・テクノロジーと言う言葉も未だなく、ITといえばインベストメント・テクノロジーと呼ばれていたものです。 

ウィリアム・シャープのバーラ・モデルが一般に製品化されるのはIBM PCの普及が大きく影響しています。バーラ・モデルでさえデータ取得は電話回線による1対1の接続によってなされていたのです。

SP500インデックスのエクスキューションの送信には30分程度かかり、それも不安定な国際回線ではよく切断したものです。 こうなるともう一度最初からやり直しになったものですが手書きFAXやテレックスでは不可能な業務でした。

またブルンバーグもPCをベースに設計され、ブルンバーグのデータベースも当時から蓄積されてきたもので、金融工学の加速度的発展もPCの進化と共にあったと断言できるでしょう。  そう言った意味では昨今問題化しているMBSなどはサンマイクロのriskチップと共にトレーディングルームに進出してきた金融商品です。

話がそれてしまいましたが、この本は前半だけ独立させて「金融工学の歴史」と邦題をつけても、これまでで最も充実した本となるかと思います。

是非邦題に臆する事なく一読をお勧めしたいと思います。


追記:
マンデルブロ、タレブやジャック・アタリでもトポロジーや不確定性原理のところはどうしても一度通過する必要があると思うのですが、私も含めて文系の人はブライアン・グリーンの「宇宙を織り成すもの」を一度読んでおくと何かと楽になると思いますよ。

2009年9月23日水曜日

伝説のスプー

Twitterで教えてもらった伝説のスプー
知らなかったのは私だけでしょうか?

ジャック・アタリを読んで-2

前回の続きです。

インサイダー

彼の言うインサイダーは通常インサイダー取引で使用する用語とは少し違います。
特定の人物をさすのでは無く、金融システムの内部におり、情報の非対称性の有利な側にあってリスクや仕組みを理解している人達をさします。 彼らは強欲で、自身の利益のみに関心を持ち、世界的な金融恐慌でさえ利益の源と考える。 投資家でもなく住宅購入で借金を背負った人達でも無い。 顧客である、資金調達者や資産運用の顧客でさえ裏切り、自らの資産を犠牲にする事なく仲介によって利益を得る人達です。彼らは国境を越えた世界中の市場を場としており、現在のような各国バラバラな規制では監視し、取り締まることはできないとアタリは考えています。 ルールは国家毎にもつのでは無く、市場がグローバルであればグローバルに規制されるべきと考えます。 今回のG20における規制強化の根拠となる話なのですが、そう簡単には進展しない話なのでしょう。


金融恐慌

市場は資源を配分する為の最高のメカニズムであるが、民主的な公的介入は必要である。と彼は考えています。
この20年間米国では需要はサラリーマンの借金で維持され、借金は購入された資産を担保としてきました。この状態を維持する為金利は低く抑えられましたが、債務の拡大によって高まるリスクを民間金融機関やインサイダー達は複雑化した保険メカニズムや証券化メカニズムを持って対処しました。 またこれらの複雑化は儲けの源泉でもあったのです。 リスクの高まった金融商品は世界中のメカニズムを理解しない投資家に押し付けられこれらには監視(公的介入)がなされなかった。 結果として中国、日本、欧州は自らの資力よりも贅沢な暮らしをする米国に融資をし続けてきた。そしてこれ以上資産価格が維持できない状態になった時、それに感づいたインサイダー達が出口を求めて殺到し、金融恐慌が発生したと考えています。 これは特殊な考えではなく一般的な意見ではありますが、インサイダーと言う概念は少しユニークですね。 報酬計算の非対称性、つまり損しても払わないが、儲けは一定割合で頂戴すると言う構造等々を簡単に説明する為の用語となります。

為替

第2次世界大戦終了間際のプレトンウッズ協定によってドルは承認された唯一の国際決済の手段となりました。 基軸通貨となった訳です。 ドルが基軸通貨としての役割を果たす為には、アメリカがドルを使い、他国がドルを受け取り、ドルが充分供給されなければなりません。これは米国の国際収支の赤字を意味し、ドルが世界各国の外貨準備として保有されればされるほど、ドルに対する信認は弱まると言うパラドックスを抱えているとあります。このあたりの経緯はこの本の独壇場でしょう。ケインズ対ホワイト等コンパクトに纏められています。 この他国が米国をファィナンスし続けると言う状態が永遠に続くものでは無い以上、ドルの下落は必然でありましょうか、中国は内需に力を入れ始めたのも、この過分な米国債保有による一蓮托生状況からの決別であり、効果が出始めるとドルは内に篭もり始め米国は国内問題に追われると予想しています。米国覇権の崩壊です。
参考:トリフィンのジレンマ


5つの波

これから起こる変化
これは「21世紀の歴史」では3つの波として扱われていますが、5月にNHKで放映されたアタリの特集では5つの波とされています。
これに関しては多くのブログで取り扱われていますので、簡単に項目だけ書いておきます。

1.アメリカ支配の崩壊
2.多極型秩序 G20など やがて失敗に終わる。
3.グローバルな統治 超帝国  市場そのものが国となる。
4.市場の無秩序 ハイパー紛争の時代
5.新たな世界の誕生 利他主義に基づいた世界
  

以上簡単ではありますが、キーワードに関してマトメにしておきました。 例えばFIFAは世界的にサッカー界を統治していますし、オリンピック協会も同様です。FIFAを無視して自国のサッカー自慢をしても話しにならないでしょう。 これらは超国家な統治機構でもあります。 インターネットにおけるTwitterやSkypeの国籍をあまり気にはしません。しかし金融市場がグローバル化し、国境を越え、タックス・ヘブンを交えてマネーが動く今、グローバルな統治システムが無い事が問題であると言うのが彼の考えの根底にあります。 大きな歴史観を得られる貴重な本だと思いますので是非一読を。 また最初気恥ずかしかった鳩山首相の「友愛」もこうした流れの中では凄く現実的な思想である事も理解できるかもしれません。 政治家は思想家であっても、同時に実務家でなければなりませんが。 

旅立つ日

Twitterで教えてもらった旅立つ日


ジャック・アタリを読んで


ジャック・アタリの「金融危機後の世界」を読みました。 またこの本を読むために「21世紀の歴史――未来の人類から見た世界」を取りあえず先に読んでおきました。

結論から言うと私にとってはどちらも大変な良書でありました。
備忘の為にメモを残しておきたいと思います。 ベストセラーですからもう読まれた方も多いと思いますが、読まれていない方にも今後の事を考えると基本的なところは押さえておきたい本だと思います。 非常にコンセプチュアルな本なので評価は読み手の思想、力量に大きく依存すると思われます。 従って書評では無くマトメにしたいと思います。

先日8月10日に鳩山首相が日本のVoiceに投稿した「私の政治学」が要約された形で翻訳され、ニューヨーク・タイムズ等で叩かれた事は記憶に新しいと思います。 私が思うに首相はこの本にある考え方の影響を少なからず受けているのだと思います。勿論首相はこの本を読んでいるそうです。

鳩山首相の「友愛」を見て陳腐だとか、少し変わった人だとお感じでしたら、それは私達自身がこれからの思想の潮流に追いついていけ無いのかもしれません。 そう思わせる本でした。

ジャック・アタリは現在65歳、アルジェリアの首都アルジェの出身でフランスにおける典型的なエリート・コースであるパリ政治学院を卒業、38歳の時にミッテラン大統領の補佐官を勤め側近中の側近とも言える人物でした。 ベルリンの壁が崩壊し、東欧が資本主義市場に組み入れられる過程ではこれらを援助する欧州復興開発銀行を事実上創設し、91年から93年迄総裁を務めています。 2007年にはサルコジ大統領に指名され、大統領諮問委員会「アタリ政策委員会」の委員長となり、政策提言を行なっています。きっかけは「21世紀の歴史」だそうです。

作家、経済学者、思想家であり、絵本も書けば、オーケストラの指揮者でもあるそうです。 日本ではなかなか見られない天才に属する人物なのでしょう。

キーワードに沿ってまとめておきたいと思います。

21世紀の歴史では人類の始まりから綿々と歴史を辿り、21世紀を展望していくと言う手法が取られています。 その中で資本主義の歴史として中核となる都市を中心都市として定義づけています。


中心都市
1.ブルージュ 2.ヴェネチア 3.アントワープ 4.ジェノバ 5.アムステルダム 6.ロンドン 7.ボストン 8.ニューヨーク 9.ロスアンジェルス

この中で、アムステルダムはオランダの制海権がイギリスに奪われた事により、海運業者や金融業者がロンドンに本拠を移した為に覇権が移動したとしています。 年代的には私の認識とはズレていますが。

ロンドンからボストンへは1890年の恐慌によるイギリス経済の衰退を上げており、我々の学習した第1次大戦が原因と言う考えとは少し異なっています。 そして恐慌を経てニューヨークへ、1980年からはロスアンジェルスと言うよりもシリコンバレーやハリウッドを含む西海岸に中心都市はあると言う考え方をしています。

1990年頃に東京へ移動する可能性はあったが、1.政治的にリーダーシップを取ろうとしなかった事、 2.保護主義で開かれた国でなかった事から、そのチャンスは失われたとしています。

中心都市は開かれており、世界中から才能を引き寄せる力が必要です。  しかし今後の米国においいては、多額の政府債務、対外債務等から保護主義になり、内側に向いた政策にならざるを得ず、アメリカ支配は崩壊して行くとしています。 但し今後の中心都市としては、ムンバイ、北京が可能性を持つとしながらも、条件は整っていないとも発言しています。


アタリはそうした覇権に絡む国境をも超越する者として、国境間を自由に行き来するノマドが増え、その人々が世界的、地球的危機に影響を及ぼすようになるとしています。 これは我々の周辺でも実際に体感できる現象です。

ノマド
ノマドとは遊牧民や、放浪者。 より良い住環境や土地を求めて旅をする部族や集団をさします。 最近色々な文章の中にノマドと言う言葉が目立ち始めたのでは無いでしょうか? 昔の中央アジアの遊牧民や日本における傀儡子(くぐつし)などの公界民を想起させますが、アタリは現代あるいは近未来におけるノマドを3つに分類しています。

1.超ノマド  
富裕層などが携帯電話やモバイルPCを持ちインターネットを駆使しながら世界中を移動しながらビジネスをしたり、税を軽減したりする人達を指します。 作家や俳優、プロスポーツ選手、投資家や投資銀行マンなども入るのでしょう。人口的には1千万人から数千万人と言われています。

2.貧困ノマド
これはアフリカ大陸などに見られる正に食料や水、非戦闘地域を求めて、生きる為に国境を越えて移動するノマドです。

3.バーチャル・ノマド
これは正に今PCの前に座っている我々の事です。 インターネット技術の進化により移動せずともスクリーンを通じて世界中をバーチャルに移動している人達です。 世界の情報に直に接触する事も可能です。 国境によって情報を遮断することは困難になっているのです。

(因みにアタリの造語で頻繁に登場する超はsuperでは無く、Hyperです。)

次回へ続く

2009年9月17日木曜日

銀行株ショートの深追いはほどほどに


株式投資家を震撼させている亀井発言をロイターの記事から一部抜粋すると以下のとおりだ。


亀井担当相は就任後の記者会見で、中小零細の企業・商店が日本の経済の基になっており「貸しはがしによって黒字倒産がドンドン起きている」のが実態と指摘。個人も住宅ローンの返済で苦労しているとして「3年ぐらいは借入金の返済を猶予する措置をとるべきだと考えている」と語った。

 ただ、具体的な制度の詳細は「まだきちんと決めているわけではない」としつつ、郵政民営化凍結法案と合わせて、モラトリアムを法案として整備し、10月に召集予定の臨時国会に法案を提出するとの考えを示した。

この話が薄気味悪いのは当たり前だ。

そもそも金融相は、わが国の健全な銀行システムを確立・維持する責務がある。一体何の為に金融庁検査があるのか。
本来であれば、他省庁、地方自治体からの要請で、銀行の健全性を損なう事無く、モラトリアム的な仕組みを構築するのがお仕事だ。立場をわきまえなさいと言いたい。

現実的には昨年秋の第1次補正以降で既に30兆円の緊急保証制度を決めている。 これは無担保で上限8000万円の緊急融資が受けられる仕組みだ。
98年の小渕内閣の時の特別保証制度では劇的に倒産件数が減った経験から同じ形態を踏襲したものだ。今回も昨年秋に融資を受けた企業は手続き更新すれば来年秋まで元金据え置きが出来る仕組みになっている。

そもそもモラトリアムと言う言葉を金融相が使用する事自体が異常だ。 本来株主のものであり私有財産である銀行の資産を国家権力でリスクに晒すのであれば、外人株主でなくとも黙ってはいまい。 まともな国家としての、その為の仕組みが緊急保証制度なのだ。  しかしネット上のブログ等を見ると、銀行が融資を認めても信用保証協会が認め無いなどの記事が散見される。

「税理士森大志のひとりごと」


実態はかなり悪いのだろう。「黒字倒産がドンドン起きている」は検証されるべきだ。

これは現行の信用保証協会に行政としていくら税を投入するのか明確な予算(損失も含め)を与えて税金によって執行されるべき問題であって、私有財産である銀行に寄付をお願いするのは筋違いも良いとこなのだ。 個人の住宅ローンに関しても同じ事だ。

従って亀井金融相のアドバルーンは威勢が良いが現実味は殆ど無いと考えて良いと思う。

今の銀行株への売り圧力はBISⅢにまつわる株式資本充実に伴うファィナンスの問題と円高による貸付先の業績悪化が主因と考えるべきだ。

むしろ円高を利用して海外の銀行株を買う事によって間接に海外エクスポジャーを増やすぐらいの事をポジティブに考えても良いのでは無いだろうか。 世界的金融危機の最中に金融システムまで痛めつけるのは国家存亡の問題でもある。

米国では金融システム全体を守ったが、今でも中小銀行の倒産は止まっていない。 また一方でS&Lの時のように逮捕者はあまり出していない。

2009年9月16日水曜日

亀井静香代表 郵政・金融相に


新鳩山内閣の郵政・金融担当相に国民新党代表の亀井静香氏が内定した。

以前より鳩山新首相は選挙協力のあった、社民党、国民新党に対して参議院対策、時期参議院選挙対策もあり、党首の入閣を要請してきた。
亀井氏は当初、防衛大臣に内定との話であったが変更され、元々郵政民営化凍結を強く主張する亀井氏の要望も通す形で郵政・金融相と内定したようである。


私は『自由にやってください。任せます』と言って以来、鳩山さんとは一度も話してない。何なのかね、米国が震え上がったのかね」。亀井氏は15日夕、郵政・金融担当相内定を受けて党本部で開いた会見で、報道陣をけむに巻いた。

防衛問題で米国を震え上がらせる自意識を持った人間を防衛相に任命すると言う事は一旦危急の際に決断を迫られる防衛相と言うポストには危険すぎるアサイメントである事は確かなので、取り消しになった事は良かった思うが、問題は替わりのポストとして郵政・金融相が用意された事だ。

この件に関してはニュース発表時点からTwitter上でも異論が多く、参加者は中々信じられなかった程だ。

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国民新党のHPを見ると2009年の政権政策がダウンロードできるようになっている。

この中に郵貯問題は見直すとして、民営化の凍結、郵政三事業一体運営、全国郵便局長会の既得権益確保とも絡んで地域の生活センター化が謳われている。

これも問題があると僕は考えるが、元々民主党の公約にも郵政見直しが入っていた事を思えば税金みたいなものかとは考えていた訳だ。


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驚きを持って受け入れなければならなかったのは金融相の部分だろう。

国民新党HP内の経済政策、国民新党200兆円経済対策ポイントを見ると(題名だけでもおどろおどろしいが)
金融政策の部分では、以下のように書いてある。


日本経済の足を引っ張る足かせを取る
――他党にはない発想

財政収支均衡政策、BIS規制、時価会計制度など、日本経済は、不況を慢性化する構造的問題を抱えています。実はこの10年、日本はこの足かせに苦しめられてきました。経済対策を打つ今、この足かせを取らなければ効果は期待できません。だから、まずこの病巣を取り除く。当然の処置ですが、他党にはない発想です。

他党には無いどころかG20内でこんな発想をする国家は無いだろう。  これは事実上の鎖国だ。

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突っ込みばかり入れても仕方無いので今後発生しうる問題を思いつくまま考えておこう。

・ 西川社長の退任を促しているが、代わりの人選は困難を極めるだろう。  多分現副社長の元郵政官僚 團 宏明が考えられるが、民主、国民新、社民3党の掲げる「天下りの根絶」とは整合性が取れないだろう。

・ 来週からピッツバーグでG20 金融相サミットが金融規制問題をテーマに開催されるが、ここでの発言(もし行けばだが)は相当注目と驚きを世界に与えるだろう。

・ 地方活性化に地域金融機関の強化を謳っている事、中小企業への融資拡大テーマにしているので、状態の悪い地銀の株価にポジティブ、国際業務をする銀行にはネガティブ。  日本株式の全体相場にはマイナスだが、部分的にジャブジャブの中小企業に余分な資金が廻るので、小型仕手株は出来高が集中し、盛り上がりを見せるだろう。

日本の個人金融資産は本来インドやベトナムなど発展途上国への投資として投下され、将来の日本に配当をもたらすべく運用されなければならない資金だ。 日本国債が国内でファイナンスされるから良しとする考え方は、年金と同じで将来の糧を食いつぶしていると言う認識は必要だと、国民新党をみててつくずく思った次第。

金融ファッショさえ連想させるこの人事、これがクーデンホフ・カレルギーの提唱する「友愛」だとしたら少し悲しい。


2009年9月15日火曜日

オバマ大統領の金融規制改革案



OMB(米国行政管理予算局)は、先月25日、今後10年間の連邦財政赤字を9兆ドルと見積もった。これは5月の時点では7兆ドルであったものが増加した金額だ。

大統領が優先する法案の第一は、ヘルスケア改革であり、これに関しては約1兆ドルかかると推計されているが、上記の赤字見積もりには計算されていない。
ネットや新聞で報道されていたが、この医療改革制度に関しては、コスト増や国家体制としての社会主義化に対する反対が強いようで、各地の民主党議員のミーティングでの反対意見や、あるいは今週には入ってのワシントンにおける大規模なデモなどを通じて報道されている。 とりあえず9日の強い議会演説で持ち直してはいるものの、本日15日が上院での超党派案作成期限となり調整の同行が注目されるところだ。

法案優先順位2番目は温暖化対策法案。 下院では可決済みではあるが、上院での法案が注目される中、1ヶ月程度結論は持ち越されそうだ。

そして3番目がこの金融規制改革案だ。 中心人物である、ドット上院銀行委員長はこれまでも体調不良の故ケネディ議員を助けてヘルスケア改革を手助けしてきたが、これからはどう法案へのコミットが増えるのではないかと考えられている。

そう言う事情+来週のピッツバーグでの金融サミットもあってオバマ大統領の金融規制改革案の年内承認の呼びかけと言う演説となったと言う訳だ。

ここでもうひとつ大きな問題は予算の問題だ。

MHJによると米国債発行の法的上限額は現在12兆1千億ドルであるが、このペースで行くと来月半ばには発行総額がこの上限に届いてしまいそうなのだ。  現在でも週に300億ドルのペースで増加中であるそうだ。

こう言った話を見ていると、もちろんリーマン・ショックは注目されるものだがが、昨年9月29日のNY市場は緊急経済安定化法案を否決し、(-)777ドル大幅安を出した事も思い出される。

そうした事へ予防的な意味もこの演説には含まれているのだろうか。 ある意味あの日の下げはリーマン・ショックより大きかったような気がする。


2009年9月12日土曜日

週末雑感 090912


ここの処忙しくて、市場周りについての考えを残せなかったので、備忘録として纏めておく。

先ず市場を取り巻く環境の全体像を整理しておこう。

中長期では株式市場は儲からない
米国のレバレッジ経済による過剰消費の修正が入り、それらは簡単にはあるいは短時間には元には戻らないと考えている。 元に戻ったとしても、以前の水準(例えば持ち家比率など)には戻らない、これは消費構造としてスケールダウンしたニューノーマルと言われる新しい基準値に戻ると言う事だ。

これはPIMCO全体の相場観にもなっておりそれは一貫している。 エラリアンやザガリアの考えのように、米国主導の世界の修正であり、米国後の世界に移行する過程であり、新興国が先進国に追いつく過程である。 そこでは先進国の株式の収益率は限度のあるものであろうし、以前に見られたトレンドが市場参加者のメンタルによってさらに強化された市場の「行き過ぎ」は発生しにくくなるだろう。

行き過ぎた市場至上主義の修正は具体的な形で確認する事ができる。 米国で民主党政権であるオバマ政権が社会保険制度を含め社会主義的な政策を採ったり、日本においても同様な民主党政権が誕生したのは歴史的な必然だとも言える。 ここでは財産権の制約が多少あるかもしれないし、少なくとも金融機関のレバレッジを効かせた与信行動には制約が掛けられる。

9月初旬に開催されたG20では、一時の大恐慌へ向けての危機は取り敢えず回避できたものの、未だに不安定な状況が続き、財政刺激策、金融緩和処置ともに継続の必要性があるとの共通認識が発表された。 今しばらく投機マネーの潤沢な状況は継続すると言う事だ。

G20のもう一つのテーマである金融機関の規制問題では、規制強化で一致を見たものの、欧州と金融産業を基幹産業とする米国の間には温度差があった。 それでも大量の公的資金投入の見返りとして、納税者に対する政治的な意味でのケジメ。(ポピュリズム) 懸案であったレバレッジの歯止めとしての資本規制。等から特に株式資本を重視する姿勢が打ち出され優先株主体の本邦の金融機関には資本調達の必要性が宿題として残される事となった。東京市場全体には逆風となる。

米国の過剰消費をファィナンスしていた中国。本来であれば最も重要な課題である筈の人民元の過小評価については、中国が対米最大の債権国になった事や、現状中国の内需拡大策が世界景気回復のエンジンとなっている事、等から触れられ無い課題として残ってしまい、以降にひずみを残す事になった。 アノマリーの源泉として市場に大きく影響を及ぼし始めたと考える。 人民元過小評価は投資テーマとして大きいと思う。  

しばらくはドル安、ドルにペッグしたような動きになってる人民元もドル以外の他通貨に対してさらに割安になって行く。

ドル安の間、米国と途上国市場は強い。
以上の事を所与として世界の金融市場を概観すると、現象面ではドル安が今後の株式市場動向を左右する要因であると思う。

過去の長期に渡って金利が低下して行くグレート・モデレーションの時代。 米国としてはリセッション後は金融緩和・ドル安を通じて競争力を回復するパターンは過去と同じで、(80年代にはプラザ合意でドル安に圧力をかけた。) 今回もドル資金し対してポジティブな資金需要が少ない中、低金利化が継続している事もあり、ドル安の基調が続いている。



USD Index

10年債利回りとドルインデックス 1980年から

これの行き着く先は、輸入物価押し上げによるインフレか、ドルの信認への不安であり、際限無く進むものでは無い。 どこかで流れが変わる。

このドル安に対する市場参加者の期待が、SP500種の多国籍企業の期待収益を押し上げ、戻しのトレンドを強化し、米国市場を予想外に強く見せている。特にNASDAQが強いのはドル安期待の要因が大きいと考える。 (勿論、株式市場の回復期には小型から動くと言う言い伝えはあるが、多分同じ事を言っているのかもしれない。)

同時に、原油価格や金価格も潤沢な投機資金もあり、ドル建てで非常に強い動きを見せている。 そしてこれらが、景気回復のイメージから市場参加者による株式のトレンドの強化にも一役買っている。  従って現在の米国株式市場のドライバーは金融緩和であり、ドル安だと捉えておきたい。


ドル修正 金と原油 USD Indexで指数化 1980=100

重たい日本株式
日本株式にとっては2005年以降の上昇相場が為替の影響が大きかったと総括されている以上、ドル安を起点とし、人民元安に支えられた米国株、中国株中心の相場では高いパーフォーマンスは上げ辛いだろう。 さらに民主党新政権による財政支出一時凍結(8兆円)は外人投資家から見れば世界的な戻りの過程における当面の日本経済回復に対する大きなリスク要因となるだろう。 東京市場ではひき続き中国関連等限定で小型株主体の展開が予想される。 また円ベースの投資家にとっては、米国株の魅力は新興国に比較して劣ると考えられる。 いずれにしてもここからは急激な下落もなければ、大きくのびると言う事もないだろう。  日本株式のアロケーションを大きく採る必要は無い。

日経

上海


2009年9月7日月曜日

株主への配当を抑制


昨日twitterを見ていたら、「株主への配当を抑制するべく、会社法を改正する動きが民主党内で水面下で進んでいる。」と言うエントリーがあった。 これは日経ビジネス総力編集の「徹底予測民主党 政権交代で 経済 起業 仕事こう変わる」と言う雑誌の記事中に、民主党議員の発言としてあったものだ(匿名を条件に)。

正確には「いきすぎた株主の暴走や、短期的な利益を求める風潮が、大企業の従業員の所得を押し下げ、利益の源泉である研究開発費も削った。そのしわ寄せが、下請けの窮状を生んだと言う側面もある。 だから、株主への配当を抑制するべく、会社法を改正する動きが民主党内で水面下で進んでいる。」となっている。(p45)

これは大企業と銘打ってあるので、いきすぎた株主の暴走とは具体的には、スティール・パートナーズやチルドレンズ・インベストメント・ファンドを指しているのだろうか? だとすればサッポロ・ビールの社員や電源開発の社員の給料が短期的な配当を求める風潮によって減額されたのだろうか? 

トヨタやキャノンの株主が暴れたと言うのは寡聞にして知らないし、どうもロバート・ライシュの「暴走する資本主義」でも読んで日本にこじつけたなと推察。

組合系の議員が労働分配率についてアピールするた為にこじつけた話としか受け取れない。 一部議員の話とTwetter上でも皆納得したわけだ。 少しげっそりする話だが。

日本株の配当性向も配当利回りも国際比較では高くないし、ブルドックソース判決以降、株主の権利が他国に比較して特に過剰に守られているとも思えない。

対抗するマニュフェストが事実上無かった事もあって、4年間も改選の要らない状況を作り上げてしまったが、少し早トチリであったかも知れないと思う今日この頃。



2009年9月6日日曜日

穀物法論争


穀物法

穀物法は国内産穀物の保護貿易を目的としたイギリスの法律である。1689年と言う昔から存在したが、この法律を巡って論争に発展したのは、ナポレオン戦争が終わった1815年以降で、1815年から1846年の間に施行されていた法律である。当時終戦に伴い欧州大陸からの安価な穀物の流入が地主階級の権益を脅かすと考えられたからで、既得権益擁護の法律なのである。今は勿論ありません。

この時に法律擁護のマルサスと反対派のリカードの2人の経済学者の間で論争がなされたのだが、これを穀物法論争と言う。

衰えたりと言えども世界GDP2位(3位)の東洋にある経済大国では輸出に頼らざるを得ないのが自明であるのに、未だに農業保護で論争がなされている。大昔の穀物法論争も少しは参考になるかもしれない。


マルサス「穀物供給の外国への依存は、戦争や不作で輸入が途絶えるリスクが高い。 『もしも』の時に困ることになるだろう。また、需要の変動が大きい工業人口比率を増やすと経済・社会が不安定になるので、農業は其の国の経済の中で一定の比率は必要なのだ。」

リカード「ナポレオンの大陸封鎖令(イギリスを兵糧攻めにする)でさえ、英国の穀物輸入を阻止できなかった。不作の時はそれを当て込んだ国が穀物生産を増やし供給してくるだろう。 輸入が出来なくなるなんてことは無い。」

マルサス「穀物を高めに維持し、地主にお金を廻せば有効需要の源泉になる。(お金を使って消費を刺激する)」

リカード「穀物価格が下がれば労働者の生活費を引き下げ、賃金下落と利潤の増大をもたらし、それが資本蓄積を促し、成長の原動力となる。」(当時は賃金は労働者がギリギリ生きていける水準で決まると考えられていた。)



どこかで聞いたような話が2世紀も前に議論されていたなんて。
「まさか」の時、防衛上なんて言うストーリーは確かに説得力がありそうだが、保護貿易を頑なに守って孤立するより、もう少し落としどころがあるんだろう。

歴史的に検証されている話なのに、なかなか認知されない。

イギリスは1846年にこの法律を廃止、自由化により危機感を持った地主達が高度集約農業を導入、1870年代まで農業の繁栄は続き、この時期は特にイギリス農業の黄金時代とされている。(Wiki)

グローバリズムの否定は日本の自滅への道。

追記:でも公平にいうならば、第1次世界大戦において英国海軍はドイツおよびオーストリアを完全に経済封鎖し降伏に持ち込んだ。(2014・01・28記)

2009年9月3日木曜日

鳩山氏のNYT論文について 2


去る8月27日に鳩山氏の論文の抜粋が氏の署名付きでNYTに掲載されて以降、NYTのみならずWahington Postに迄掲載され波紋は全世界に拡がっている。

また本日になって日本の新聞が取り上げ始めた。

僕も9月1日にこの事をブログに書いたが、僕が氏の論文を気に入っている事には今も変わりは無い。
日本としては全文の掲載と鳩山論文の理念に対する理解に向け努力は必要だろう。

しかし、日本国の首相になる事がほぼ確実となった今、この論文が抜粋であったか?、鳩山氏が寄稿したのか?が問題の論点では無いだろう。

成程、全文のニュアンスを把握すれば、汎欧州主義を唱えたカレルギーを範とし、自由と平等のバランス良い追求の為の「友愛」を基本理念に置き、世界平和を希求することは誠に立派な事であるが、一方でいわば米国民の知見と利害を代表するNYTとしては、鳩山論文の対米関係に言及した項目だけを取り出して日本の対米姿勢を問う事は至極当然である。 今更本人が出稿を確認していたか、あるいは抜粋の拙さか翻訳の巧拙かはあまり意味のある議論では無い。

ここで両者を比較してみる、

NYT掲載文邦訳(産経新聞)
 一、日本は冷戦後、グローバリゼーションと呼ばれるアメリカ主導の市場原理主義に翻弄され続け、資本主義が原理的に追求されていく中で人間は目的ではなく手段におとしめられて、人間の尊厳は失われた。
 一、道義と節度を喪失した金融資本主義、市場原理主義にいかに終止符を打ち国民経済と国民生活を守っていくかがわれわれに突き付けられている課題だ。

鳩山氏HPより該当部分
冷戦後の日本は、アメリカ発のグローバリズムという名の市場原理主義に翻弄されつづけた。至上の価値であるはずの「自由」、その「自由の経済的形式」である資本主義が原理的に追求されていくとき、人間は目的ではなく手段におとしめられ、その尊厳を失う。金融危機後の世界で、われわれはこのことにあらためて気が付いた。道義と節度を喪失した金融資本主義、市場至上主義にいかにして歯止めをかけ、国民経済と国民生活を守っていくか。それがいまわれわれに突き付けられている課題である。


先ず冷戦後の市場原理主義の行き過ぎの弊害についてであるが、この場合には市場原理主義の定義付けが明確では無い。 日本の場合どうしても小泉-竹中による郵貯民営化がこの言葉と直結して連想されやすいが、このソロスの紹介した市場原理主義と言う言葉は新自由主義との境界が曖昧なまま使われすぎている。 

レーガンやサッチャー改革にもこの用語が適応されるのであれば(当たり前の話だが)、斜陽化しつつあった米英にどれほどの貢献をもたらしたのか、この言葉を全面否定(それこそ原理主義的に)する前に考える必要がある。一方で冷戦の終結を促したのも新自由主義的政策の結果と言う主張もできるだろう。

世界の金融市場では、日本は「規制緩和が中途半端で頓挫した」と捉えている。 こうした認識のギャプを抱えたまま市場原理主義をグローバリズムと混ぜ合わせ、しかもその責任がアメリカにあって、日本は被害者とする立場は米国の知識階級には到底受け入れ難いだろう。   低金利で資金供給をしていたのはFRBだけでは無い。 鳩山氏はキャリー・トレードと言う言葉を忘れたようだ。 トヨタやキャノンやコマツ、総合商社、海運などはグローバリズムの恩恵を充分に受けたのでは無いか?

こうした独善的な社会科学的に裏づけの曖昧な用語の使い方を根拠に、今度はアメリカは終わりでアジアの時代だと捉えられては、素晴らしいカレルギーの、理念の中核である「友愛」も色あせて誤解されても仕方が無いかもしれない。

と言う事で結論は前回ブログと同じで、「思想家としては素晴らしい文章だが、実務家たる政治家としては情報管制も含めて稚拙」だろう。

この件に関しては韓国中央日報の記事が一番わかりやすかったので参照しておく。



以下参考までに比較

 一、今回の経済危機は、アメリカ型の自由市場経済が普遍的、理想的な経済秩序を代表しており、すべての国が経済の伝統と規制をグローバル(むしろアメリカの)スタンダードに合わせて修正すべきだとの考え方によってもたらされた。

今回の世界経済危機は、冷戦終焉後アメリカが推し進めてきた市場原理主義、金融資本主義の破綻によってもたらされたものである。米国のこうした市場原理主義や金融資本主義は、グローバルエコノミーとかグローバリゼーションとかグローバリズムとか呼ばれた。 米国的な自由市場経済が、普遍的で理想的な経済秩序であり、諸国はそれぞれの国民経済の伝統や規制を改め、経済社会の構造をグローバルスタンダード(じつはアメリカンスタンダード)に合わせて改革していくべきだという思潮だった。

 一、グローバル経済は日本の伝統的経済活動を損傷し地方のコミュニティーを破壊しており。グローバリズムが進む中で切り捨てられてきた価値に目を向け直すことが政治の責任だ。

グローバリズムが席巻するなかで切り捨てられてきた経済外的な諸価値に目を向け、人と人との絆の再生、自然や環境への配慮、福祉や医療制度の再構築、教育や子どもを育てる環境の充実、格差の是正などに取り組み、「国民一人ひとりが幸せを追求できる環境を整えていくこと」が、これからの政治の責任であろう。


 一、もうひとつの国家目標は、「東アジア共同体」の創設だ。むろん、日米安保条約は日本外交の礎石であり続ける。われわれは同時に、アジアに位置する国家として、地域の経済協力と安全保障の枠組みを築き続けなければならない。

「友愛」が導くもう一つの国家目標は「東アジア共同体」の創造であろう。もちろん、日米安保体制は、今後も日本外交の基軸でありつづけるし、それは紛れもなく重要な日本外交の柱である。同時にわれわれは、アジアに位置する国家としてのアイデンティティを忘れてはならないだろう。経済成長の活力に溢れ、ますます緊密に結びつきつつある東アジア地域を、わが国が生きていく基本的な生活空間と捉えて、この地域に安定した経済協力と安全保障の枠組みを創る努力を続けなくてはならない。



 一、金融危機は多くの人々に、アメリカ一国主義の時代の終焉を予感させ、ドル基軸通貨体制の永続性への懸念を抱かせた。私も、イラク戦争の失敗と金融危機で、アメリカ主導のグローバリズムの時代が終わって世界が多極化の時代にと移りつつあると感じる。

今回のアメリカの金融危機は、多くの人に、アメリカ一極時代の終焉を予感させ、またドル基軸通貨体制の永続性への懸念を抱かせずにはおかなかった。私も、イラク戦争の失敗と金融危機によってアメリカ主導のグローバリズムの時代は終焉し、世界はアメリカ一極支配の時代から多極化の時代に向かうだろうと感じている。しかし、いまのところアメリカに代わる覇権国家は見当たらないし、ドルに代わる基軸通貨も見当たらない。一極時代から多極時代に移るとしても、そのイメージは曖昧であり、新しい世界の政治と経済の姿がはっきり見えないことがわれわれを不安にしている。それがいま私たちが直面している危機の本質ではないか。


 一、現時点では、支配国家としてアメリカに代わる国も、世界基軸通貨としてのドルに代わる通貨も、ひとつとしてない。だが、中国が軍事力を拡大しつつ世界の主導的経済国家の1つになることは明らかだ。
 一、世界の支配国家としての地位を維持しようと戦うアメリカと、これから世界の支配国になろうと狙う中国との間で、日本はいかにして政治的、経済的独立を維持すべきか。これは日本のみならずアジア中小国の懸念であり、地域統合促進の主たる要因である。

アメリカは影響力を低下させていくが、今後2、30年は、その軍事的経済的な実力は世界の第一人者のままだろう。また圧倒的な人口規模を有する中国が、軍事力を拡大しつつ、経済超大国化していくことも不可避の趨勢だ。日本が経済規模で中国に凌駕される日はそう遠くはない。覇権国家でありつづけようと奮闘するアメリカと、覇権国家たらんと企図する中国の狭間で、日本は、いかにして政治的経済的自立を維持し、国益を守っていくのか。これからの日本の置かれた国際環境は容易ではない。
 これは、日本のみならず、アジアの中小規模国家が同様に思い悩んでいるところでもある。この地域の安定のためにアメリカの軍事力を有効に機能させたいが、その政治的経済的放恣はなるべく抑制したい、身近な中国の軍事的脅威を減少させながら、その巨大化する経済活動の秩序化を図りたい。これは、この地域の諸国家のほとんど本能的要請であろう。それは地域的統合を加速させる大きな要因でもある。



2009年9月2日水曜日

思考の整理学 


この本は発刊の1986年から2006年迄の20年間で17万部売れたベストセラーであったが、この9月1日に累計100万部を越すミリオンセラーになった。
この2年で83万部販売した訳だが、きっかけは2年前の盛岡の書店員の店頭での紹介文「もっと若い時に読んでいれば・・・」にあったそうだ。

従ってわざわざブログで紹介する事も無いのかとは思ったが、Twitterをやっていて案外知らない人も多いのだと言う事が判ったので敢えて書いておく。

僕は駅の小さな本屋でこれを見つけて、上にあるような事情を知らずにコレを読んだ。 その後知り合いに良い本があると紹介したおりに、「若い時に読んでおけば、もう少しは思考法が整理されていたかも知れない。」と言ったものだ。 その知人はこの本にまつわる事情を良く知っており、「だから今売れているじゃない。」と返答してくれた。
つまりそう言う本だ。

僕は勝間さんの本は「おきている事はすべて正しい」しか読んでないが、セレンディピティの紹介や、整理学等々は多分勝間さんのベースにこの本があるのでは無いかと推察する。 と言えば興味がわく人もいるかもしれない。

最近の広告用の帯の売りは「東大・京大で一番読まれた本」となっている。

本書は現在のようにパソコンが発達し個人で普通に年賀状用の名簿がDB化できたり、ネットでWikiを使って何でも調べられるような環境になる直前の1986年に書かれている。

記憶はコンピュータが行なうから、人間は思考力を強化しておかなければならないと言う話で、勝間流に言えば「捨てる力」とかのデータの整理法。 既知と未知の区分等、思考の整理法などが中心となっている。

様々な本を読む前に、是非一度。 文庫だし文章が良いので読んでいて心地良い。
この僕の文章を読んで、整理法をもっと勉強したほうが良いと感想を持つ方がいても、それはしょうがない事だ。 この本は未だしばらくは読書中なのだ。


追記:僕はセレンディピティと言う単語を中々憶えられなかったのだが、こう記憶すると楽かもしれない。
この由来はセレンディップ(セイロン、今のスリランカ)の王子達が旅に出るといつも目的と違う物を発見して帰ってくる事からきている。 「セレンディップの王子達」、これでOK。

2009年9月1日火曜日

鳩山由紀夫の友愛 New York Times


New York Times(NYT)紙にNew Path for Japanとして掲載された鳩山由紀夫氏の「祖父・一郎に学んだ「友愛」という戦いの旗印」は反米的なエッセイとして米国での評価は芳しいものでは無かった。

これは雑誌Voiceに掲載された氏の論文の要約と言う形で、鳩山氏本人のクレジットで掲載されたものであったが、氏はインタビューでNYTに寄稿はしていないと言ったので問題となった。 現状では鳩山事務所内の不手際とされても仕方の無いものになっている。

ここで焦点となったのは、日本語原文(全文英語訳と韓国語訳が鳩山氏のHPに用意されているが)とNYTに掲載された英訳・要約版の差異についてである。伝えたい事が正確に伝わっておらず、反米的な箇所だけ要約文として取り上げられ誤解を生む記事となっている点だ。

僕も残念ながら日本語原文の存在にも気付かず、NYTの英文の方を先に目にしてしまった。その際にはこのエッセーは安易な米国主導市場原理主義批判にしか見えず、具体的な方策も無いままのアジア統一構想などを語る、おおよそ一国の宰相にあらざるものであると感じてしまったのだ。 また「友愛=fraternite」と言う柔弱で曖昧な基準を持ち込む社会主義的な危険な香りまで醸し出していた。

ところが僕は原文を読んで、ある種の感動を覚えてしまった。 このエッセーは素晴らしいと今でも思う。 政治信条がきちんと表明されている。 少なくとも、選挙期間中の自民党等のネガティブ・キャンペーンのチラシや、理念の説明無く、頭を下げ「お願いします」を連発する古参大物議員の姿をTVを通じて見せ付けられ続けた身としては非常に新鮮で、ある意味日本にも理念を持った政治家がいるものだと感じいった次第だ。 

僕も丁度、ブラック・スワンのナシーム・タレブやソロス、彼らに影響を与えたカール・ポパーやアインシュタインなどを最近読む機会が多かった事も手伝って同時代のクーデンホフ・カレルギーの提唱した概念 博愛・友愛=fraterniteはしっくりと来るものであった。


本文から部分引用させて頂くと、
 カレルギーは、「自由」こそ人間の尊厳の基礎であり、至上の価値と考えていた。そして、それを保障するものとして私有財産制度を擁護した。その一方で、資本主義が深刻な社会的不平等を生み出し、それを温床とする「平等」への希求が共産主義を生み、さらに資本主義と共産主義の双方に対抗するものとして国家社会主義を生み出したことを、彼は深く憂いた。 「友愛が伴わなければ、自由は無政府状態の混乱を招き、平等は暴政を招く」 ひたすら平等を追う全体主義も、放縦に堕した資本主義も、結果として人間の尊厳を冒し、本来目的であるはずの人間を手段と化してしまう。人間にとって重要でありながら自由も平等もそれが原理主義に陥るとき、それがもたらす惨禍は計り知れない。それらが人間の尊厳を冒すことがないよう均衡を図る理念が必要であり、カレルギーはそれを「友愛」に求めたのである。

友愛は自由と平等のバランスの基準となるものであると説明されている。

この本文はA4、8ページに及ぶが是非とも強く一読をお勧めする。道州制に関しても、地域主権国家の理念、小さい中央政府など考え方が明確に記されている。若干偏りはあるものの、無差別に市場至上主義を否定している訳でも無い。

日本が日露戦争に勝利した時、列強による帝国主義的支配からの劣等民族(当時)による始めての解放として賞賛した国も数あったが、英米は警戒を強めて行った事は「坂の上の雲」でも一読すれば分かる事である。 今回の友愛も、グローバリズムに翻弄され、東欧諸国などマルキシズムやヒトラーによる全体主義の被害を受けた国の国民からは賞賛を受けるであろうと思う。 ジョージ・ソロスやナシーム・タレブは賛同するだろう。 「市場の変相」のエラリアンや「暴走する資本主義」のロバート・ライシュの共感を得るかもしれない。

しかし、金融を国家の基幹産業とし、今回危機の被害は受けたものの、これまで市場至上主義やグローバリズムの恩恵をエンジョイしている英米、さらに生活水準を高め日本との差を縮小してきたアジア諸国から見ると「友愛」は異なった景色となる事は想像に難くない。 グローバリゼーションは日本国民を不幸にしたかもしれないが、世界のフラット化の恩恵を受けた国は非常に多い。 日本以外の総ての国と言っても良いかもしれない。

今回の騒動を英文でレポートしているTobias HarrisのブログObserving Japnaではたとえ全文でもその意味は大きく変わらないとし、それよりも、一国の宰相候補による政治理念の他国への提示の仕方についてその技術的な粗雑さを指摘している。

またFinancial Timesでは理念に共感は示すものの、実行力を評価の基準とすべき政治家としての理念の実現性について懐疑的な論調のコメントを(日本語)掲載している。

こんな程度のエッセーに感激してしまうとは、我々はこれまでにあまりに稚拙な理念なき政策の応酬を見せつけられ過ぎたのかもしれない。 それでも僕はこの「友愛」は大変気に入っている。 妙なマニュフェストよりはよほど分かり易いからだ。 問題は友愛の差配する自由と平等の配分比率だろうし、経済成長をグローバリズムを拠り所に、自由貿易を望む途上国に日本はどう答え、どのように理念希求の為のアジアでのリーダーシップを獲得していくかだろう。

ロマンティックな思想家はこうした危機下ではお呼びでは無いのかもしれない。

PS. 本日の大前さんのブログは、「私自身が2003年に自民党から依頼されて執筆したマニフェストを、今回、一般に公開した。若干古いものだが、皮肉なことにその後何も実現していないので陳腐化はしていないと思う。」と政治家の哲学の無さと不勉強を指摘している。 併せて読むと興味深い。

僕は特に民主党を支持する者では無い。