2010年3月27日土曜日

大君の通貨



江戸幕府の通貨制度は3貨と言って、金、銀、銭の3種でした。(複数本位制度) このうち我々に馴染みのある金製の小判は定位貨幣であり、1両と定められていますので、江戸幕府は金本位制度であるとも言えます。 一方で銀は当初貨幣が無く、重量で価値の決まる秤量平価でした。つまり必要に応じて切り分けして使ったりしていたそうです。
また「江戸の金遣い、上方の銀遣い」と言って江戸と大阪では本位とする通貨が異なっていたそうで、何が違うのかと言うと江戸では金1両に対して銀が何匁(1匁=3.75g)と言う銀相場になりますが、大阪では金相場が立つと言う具合に江戸、上方間の旅行では途中で両替が必要な時期もあったそうです。



1609年に幕府は金1両=銀50匁=銭4貫と公定比率を定めますが、金銀相場は小判の改鋳等もありなかなか定まりませんでした。

そうした経緯の中、1765年に明和5匁銀が発行され12枚つまり60匁で1両と定めると言う銀貨の定位貨幣が発行されました。 これはつまり金本位の中で金銀交換比率が決められてしまうと言う事になります。 次いで明和2朱銀が発行され明確に2朱と言う定額なものになります。

1両=4分=16朱と言う風に以前の米国株式市場の呼値のように4進法になっていますので、明和2朱銀は8分の1両と定められたのでした。これには大きな意味があります。

切り売りしていた銀が貨幣となる事によって銀の価値そのままでは無く、金の代用通貨となった事を意味します。 もう少し言えばこれが紙幣であっても木片であっても幕府の刻印さえあれば通貨として通用するようになったと言う事です。 ここでは銀地銀を銀相場で売却せずとも明和2朱銀8枚あれば金1両と取り替えて貰える金兌換通貨となったと言えます。


こうなると銀貨は銀地銀の価値と無関係になりますから、幕府としては流通する銀貨の量目を低下させて行けばその分財源が潤う事になります。 そして実際にそうして行ったのです。 「幕末外交文書」によると1818年から40年間の間に合計1797万両、年平均45万両の益金を銀の量を減らすことによって(出目)稼ぎ出していたそうです。当時の幕府の歳入は120万両程度であったので益金は歳入の約37%に達していたと言う事です。(幕末ニッポンより) 

天保小判(1837年)は重量11.3g 品位57% 銀も混じっていますが、金は6.44g
天保1分銀(1837年)は重量8.6g 品位99%、4分で1両ですから4を掛けると34.4g
金と銀の交換比率は 6.44:34.4 = 1 :5.34となります。
しかしこれは金銀地金の交換比率では無いのです。幕府によるシニョリッジの為にそうなってしまっただけなのでした。


この当時世界の金銀交換比率は約1:15でしたので重量による交換比率だけに着目すると日本は金の非常に安い国である事になります。 教科書でも日銀HPでも日本の金銀交換比率がおかしかったように記述されていますが正確な記述ではありません。 こうした日本の特殊な国内事情の中、ペリーは黒船にメキシコドル銀貨を抱えて日本にやってくる事になります。

何度も言いますが日本の銀貨は銀の重量に合わせた価値で決まっている訳では無く、あくまで1分銀が4枚あれば金貨と交換できると言う金本位制度下における紙幣と同じものでたまたま銀で出来ていただけの物でした。

ここで不幸にも開国を迎えるわけですが、外人から見れば銀貨と銀貨を同重量で交換できれば日本の金は世界相場の3分1と言う事になり大儲けが出来ると言う訳です。
で、実際にそれを実行しました。 これが幕末の金大流出と言う訳です。 金の国ジパングと言う訳ですね。


長くなりましたが、今の経緯を前提にこの金大流出が何故どのようにして起こったか?丁寧な時代考証を交えながら小説化したのが 佐藤雅美の「大君の通貨」です。教科書では習わなかった日本史があります。

あとがきから少し引用、

週刊誌の特集記事を毎週請け負い、合間合間に人様の代わりに本を書いてさしあげる(つまりゴースト・ライター)という身過ぎをしていた時代がおよそ10年。 そろそろ浮き草稼業から足を洗おう。 しかしその前にせめて一冊、自分の名前が表紙に刷られた本を本屋さんの店頭に並べてから。。。。と安直な気持ちで取り組んで泥沼にはまり、足掛け五年、悪戦苦闘して書き上げたのが本書「大君の通貨」である。運のいいことに第四回新田次郎文学賞をいただくことができた。

書評でありながら本の内容は書きませんが、小説は著者の怨念と言いますか鬼気迫る迫力がある作品でした。既に読まれている方も多いと思いますが、、当時の幕府の無策さは財政難から国債発行と安易に傾斜する現代の政治に相通じるものがあると読後感を持たれる事でしょう。

著者の作品は直木賞受賞作で現代の司法書士と弁護士の役割の公事宿を書いた「恵比寿屋喜兵衛手控え」、小栗上野介忠順の伝記「覚悟の人 」と続けて読みましたがどちらも非常に骨太な作品でした。


小判・銀貨はBOJ HPより、

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