2010年3月31日水曜日

三浦按針の生きた時代




幕末関連書籍を検索しておりましたら、ペリーやハリスのように日本の鎖国を開いた人達と同様に、入り口と出口のようなものですが日本が鎖国に至る時代も少し読んでおきたくなりました。

この時代に西洋に向け扉の開かれていたのはご存知のように長くはありませんでした。 ポルトガル人が種子島に漂着したのが「鉄炮記」によると1543年、欧州の記録ではフェルナン・メンドス・ピントの「遍歴記」の1544年頃、いずれにしろこの頃から長崎に出島の作られた1634年迄の約80年間しかなかった事になります。

ポルトガル人ルイス・フロイス関連ヨーロッパ文化と日本文化 (岩波文庫)や白石一郎による当時の長崎関連の小説は読んでいたのですが、映画「SYOGUN」のモデルにもなっている三浦按針に関して今回面白い本を見つけて読みました。 按針関連では白石一郎の小説「航海者」がありますが、本書「さむらい ウィリアム」は細かい考証を経たドキュメンタリーとも言えるでしょう。 

参考図書は英語圏の資料が中心となっています。 その中でもアンソニー・ファリントンの「The English Factory in Japan:1991」を筆頭に上げていますから、この資料があったから書けた本とも言えるのでしょう。この本Book Finderで検索すると17万円してますね。

按針は英国人ながらオランダの商船隊に航海士として乗り込みます。出発は1598年、英国がスペインの無敵艦隊を破ったのが1588年ですからその10年後になりますが、当時は未だスペイン・ポルトガルが世界の海を制覇していましたので、寄港地を選びながらアフリカ西岸を下り南アメリカに向かって大西洋を横断します。  

南アフリカ経由でインド洋に出るだけでも大変なのに、彼らは寄港地がスペインに抑えられている関係で南アメリカのマゼラン海峡経由で日本を目指す事になります。 今から思えば全く無謀としか思えません。
その航海の過程で驚く程簡単に船員達が死んで行くのは、今更ながら彼らのアニマルスピリッツには脱帽すると共に何が彼らをそうまでさせたのか? 「自爆する若者たち」の本を思い起こさせます。 彼らは跡を継ぐべき資産のない次男、三男なのです。

この本にはそれ以前に北極海経由でアジアを目指した船乗りの話や、キャプテン・クックよりも前に按針の船団から脱走した水夫達がハワイで平和に暮らした話しなど興味はつきません。 按針はエンジニア然としていてイギリス商館長コックスなどの政治屋や、布教に熱心なポルトガル人に比較して超然としていますし、またそれが家康のお気に入りになれた理由なのでしょう。 こうした本では按針が日本で造船を手がけた部分などは簡単に記述されていますが、果たして資料が無かったのか(英文では無いでしょうね)とか未だまだ興味は尽きないところです。  

中古で安く手に入りますから是非お奨めの一冊です。 

3月は歴史の本ばかり読んでしまいましたが、いつまでもこの手の本ばかり読んでもいられませ。 歴史物は取り敢えずこの当たりで打ち止めにしておこうかと思います。


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