2010年4月11日日曜日

高橋是清


高橋是清は有名人ですのでWikiで調べれば直ぐにどんな人であったのか簡単にわかる訳ですから、あらためてブログに書くまでも無いのでしょうが、ここのところ是清関連の本を随分読んだので、ブログの更新が滞っている事もあり、敢えて書いてみる事にしました。

高橋是清は明治以降の日本において二大財政家と呼ばれている昭和恐慌期に活躍した大蔵大臣です。 もう一人は開国から金本位制を確立するまでの混乱期、つまり資本主義の成立過程の舵取りをした松方正義、松方財政として教科書でも習ったかと思います。

是清の生涯はまさに「真実は小説よりも奇なり」と思えるほど、どんな想像力の逞しい人がストーリーを考えたとしてもこれには及ばないと言えるほど波乱万丈に満ちています。 是清の人生は前半部分と後半部分に大きく2つに分ける事ができますが、前半は様々な職業を経て日銀副総裁となり、日露戦争時の資金調達を目的に欧米で日本国債を販売した時まででしょう。

後半は日銀総裁となり、政界に転出、普通であればこれで貴族院議員として比較的地味な余生を送れたのかもしれませんが、是清は大蔵大臣を経て首相に上り詰めます。 そしてその後首相経験者であるにも関わらず昭和恐慌時には三度も請われて大蔵大臣を務め恐慌を乗り切り、最後は2.26事件で暗殺されると言う非常に数奇な人生を送る事となってしまいます。


是清の実父は幕府御用絵師川村庄右衛門、時に47歳。 この人は酒と色に弱く、近在の魚屋から行儀見習の為に奉公に上がっていた16歳の「きん」に手を付けます。そうして生まれたのが是清で、生後間もなく仙台藩の足軽高橋家に養子に出されてしまいます。 それから是清は寺で勉強したり、仙台藩から開港したての横浜で英語の勉強に出されたり、横浜大火の後は横浜外国商館の銀行でボーイをしたりしながら英語を習得し、明治維新の前年に米国に留学します。

留学の際仙台藩は悪い米人御用商人に騙され、是清は奴隷(正確には年季奉公)として売り飛ばされ、本人はそれとは気付かずサンフランシスコの対岸オークランドで奴隷同然の生活をします。 しかし留学とは何か、どう言うものなのかを知りませんからそれはそれで不満が無かったりはしているのですが、あれこれしながら結局明治維新時には日本に帰国しています。

その後森有礼の知遇を受け大学予備門で英語を教えたり、共立学校(開成高校)で教師をしたり(NHKの坂の上の雲で子規と真之の出会いで登場しました)しながら当時の売れっ子芸者東屋桝吉のヒモになったりしますが、そのうち官途に就き日本の特許制度を整備したりします。そうしてようやく生活が安定してきた頃、ペルー銀山の話が持ち上がり請われてペルーに赴きますがこれが詐欺で大変な目にあってしまいます。

そうこうしているうちに日銀の建築事務所(今現在の建物建築の為の工事事務所)に非正規社員として雇われ、やがて頭角を現し横浜正金銀行(旧東京銀行)頭取、日銀副総裁となり、日露戦争時には困難と思われた日本国債販売の全責任をもって欧米に旅経つと言う前半生です。この時が53歳。

これでもかなり端折って書いていますから実際に自伝でも読まれたらもっと驚く事請け合いです。

しかし時に、こうした経歴をひとつひとつ列挙するよりも一葉の写真がその人となりを多く物語ってくれる事もあります。


資金調達の為に英国にいた時の写真です。 遠近感が狂っているのかと思うほどの前列右の大きな人が「達磨蔵相」事、高橋是清です。

人から愛されたと言うのがよく分かりますよね。右端で横を向いている一見小柄に見える人がこの時是清が指名して唯一連れて行った深井英五、同志社の出身で後の日銀総裁となります。

高橋是清を読むにはどの本がお勧めか。
「熱い嵐 高橋是清の生涯:松浦行真」と言う産経新聞の論説委員の方が書かれた小説です。 1979年に初版となり、直後にTBSで森繁久彌主演でドラマ化されています。また1998年には津本陽が「生を踏んで恐れず 高橋是清の生涯」を書いていますが、この両書とも今は絶版ですから中古か図書館でしか読むことはできません。 一方で新書では「高橋是清―財政家の数奇な生涯 (中公新書)」が出ていますが、これは1969年に初版、1999年と2006年に復刻版が出されていますので、広く読まれている事がわかります。 1冊ですまそうと思うのなら高橋財政にページを割いているこの中公新書版がお奨めです。

しかし何と言ってもこれらの小説や新書の1次資料となっている、「高橋是清自伝(上下)」中公文庫を読む事を強くお奨めします。普通1次資料と言うものは読みにくい事が多いのですが、出版されたのが1936年と時代が近い為に文章がとても読みやすいからです。 中公文庫で言うと1976年初版、2009年に19刷が発売されています。 小説は消えていくが、1次資料は読み継がれて行く。データもこれを読めと示唆していますね。

この自伝の冒頭、本人と編者上塚司記によるまえがきの日付が昭和11年1月31日となっていますが、高橋是清はその翌月2月26日の2.26事件によって暗殺されてしまいます。 死の直前にまとめられた本と言う事になります。 但しこの自伝は是清53歳、日露戦争当時の日本国債販売の下りまでで集結しています。

後半生では、高橋義夫さんのドキュメンタリー「金融恐慌 蔵相 高橋是清の四十四日」と言う週刊ダイヤモンド企画による本もありますが、是清はこの時代の主役ですから昭和恐慌を扱った文献には当然ながら数多く登場する事になります。

自伝は高橋是清の人生でもありますが、明治と言う時代の系譜にもなっていますので、軍主体に書かれた「坂の上の雲」と別のアングルを変えた「明治」と言う読み方もできるのではないかと思います。

私はと言うと今は前出の深井英五の「回顧七十年」の到着を待っているところです。 この本は日銀での教材にもなっているそうです。



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