2010年4月26日月曜日

太り過ぎだからジムに行きなさい


明治36年の晩春、経済界の不況につき日銀の重役会で金利の引き下げを決定しました。当時金利の変更には大蔵大臣の認可が必要なので、日銀山本総裁は情報管理の為に重役会を解散せずに曾禰荒助大蔵大臣に面会に行きます。日銀の政策金利変更は午後四時過ぎ、株式市場引け後、夕刊の記事にできない時間と決めてあったからです。 ところが大蔵大臣は米の出来・不出来による輸入超過を慮り(おもんばかり)「利下げの時期にあらず」と認可してくれません。

そこで日銀副総裁の高橋是清は、「貴方がたは聡明な方々たるに相違ありせんが常に多岐多端の政務に心を配られねばなりません。我々はそれと異なって二六時中経済界のこと、ことに金利政策に最も重きをおき、不断に考えているものであります。ゆえにその専門的に専一に考えている者どもの意見は尊重せらるるが当然ではないかと思います。もし政府において、今日利下げをすることは国家としてよろしくないという、何らか他に政治上の理由があれば格別。(中略)それでも信任できないとおっしゃるならば、御信任の出来る人をもって局に当たらしめられたらよかろうと思います。」と言うと曾禰大臣は考え直して認可したそうです。(是清自伝)

さて、すっかり前置きが長くなってしまいました。 先週は決してメジャーなイベントではありませんでしたが、私が思うに後世の歴史家が参考史料として取り上げるであろう重要なイベントが2つありました。

1つはG20財務省・中央銀行総裁会議出席中の白川総裁による「中央銀行の政策哲学再考」と題するエコノミック・クラブNYでの格調高い講演です。

ここでは慎重に言葉が選びぬかれていますが、要旨は「おわりに」にあります。 中央銀行の存在意義は安定的な金融環境とそれを通じて持続的な成長を実現する事の再確認と、物価安定および商業銀行の健全性が金融システムの安定と同義である考え方は時代遅れになったと言う論点です。あくまでも日銀に与えられた金融政策と言う権限の中での話しに終始して、日本の成長力の問題は別の問題に起因すると暗示している事が重要だと思います。

もう1つは、実は白川総裁とは話しが噛みあっていないのですが、対立軸として登場したともとれる「民主党デフレ脱却議連」。

先週の会合で講師を務めた飯田泰之・駒澤大学経済学部准教授の発表です。
モルガン・スタンレー証券のレポート、ジャパン・ブリーフィングから引用させて頂くと飯田氏の提言の要旨は以下の通りです。

(a) 食品・エネルギーを除くCPI を、インフレ目標の指標として用いる
(b) 政策決定における時間軸、CPI 前年比上昇率1%超1 年以上継続することをトリガーとする
(c) 量的緩和への回帰
(d) 国債利回りの1%への抑制を行うため、日銀による国債買い切りを実施
(e) 無制限介入を通じて、120 円/ドルへの円安を促す
(f) 大規模な財政支出計画とともに、日銀が債券を吸い上げる
(g) 日銀法を改正し、3 段階の金融政策決定システムを創設
i. CPI 変化率が1%-3%間は日銀が政策決
ii. CPI 変化率が1%未満の場合、財務省/政府が政策決定
iii. CPI 変化率が3%以上になった場合、日銀・財務省・政府・民間の専門家による独立委員会が意思決定

株式投資家として中長期の観点に立てば、経済成長の無い国の株式は良いリターンを産みません。 実態の無い中で株式市場が上昇する事はありますが、所詮泡沫、バブルと呼ばれ後に大きなツケを払わされる事になります。 今日本はそのツケを20年間も支払続けています。

市場の目から見ると、欧米がこの20年間成長を続けているにも係わらず、日本が低迷し続けている原因は、欧米にあって日本に無いもの、CPIに現れない資産価格の下落であり、農業保護によるFTAや郵政に象徴される中途半端な規制緩和であり、高すぎる法人税であると映ります。 リーマン・ショック後の彼我の株式市場の位置関係も欧米が奈落の底に沈み我々は無事であったわけでは無く、ショック前とは変わっていません。 そしてそれらの原因を取り除く仕事は中央銀行では無く政治家の仕事に他なりません。

しかるに片方で規制緩和の象徴である郵政の肥大化を放置し、農業者戸別補償にバラマキを強化しながらFTA問題は俎上にも登らず、地方の道路にもバラマキを復活させながら金融政策だけに焦点をあて、冒険的な金融政策を中央銀行に強要する姿勢は大きな違和感を持たせます。 デフレ脱却に取り組む事は悪いことではありませんが、本来政治の機能としてするべき事があるのでは無いでしょうか。 「民主党経済再生議連」と言う名前では無く、「デフレ脱却議連」と狭い範囲に限定したネーミングに問題を認識しながらウケを狙う政治家としての「後ろめたさ」を感じさせますし、それはとりも直さず昨今の前原誠司氏の「うかない」顔つきを見る毎に感じてしまいます。

別に自民党が良いと言う訳でもありません、一方で過去のしがらみから成長戦略における対立軸を提示できない自民党が内部崩壊していくのは歴史的必然でしょう。 鳩山弟も離党した今、戦術的にはもう自らの票田としては期待できない郵政問題を政策論争の軸にする事が有権者の興味を惹きつけるポイントだと思います。 もっともそれが出来ないから低迷しているのでしょうけれど。

最初にこれらのイベントが後世の歴史に残ると指摘しましたが、これらは決して大事件ではありません。 しかし白川総裁の講演は中央銀行の政策哲学のひとつの時代の区切りとして、また民主党デフレ脱却議連は時代の政治家の怠慢な事例として、後世の凝り性な歴史家に引用されるのでは無いでしょうか。

どう見てもメタボな民主君がどちらかと言えば痩せ気味の白川君に「君、太り過ぎだからジムに行きなさい」と言っているようにお見受けします。

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