2010年4月30日金曜日

西郷伝説 龍馬伝説


国難に遭遇すると、国民はとかく過去のヒーローの登場を待ち望むもののようです。
最近はNHKテレビ「龍馬伝」になぞらえて、我こそ龍馬と名乗る政治家も多いようですが大概は顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまうのがオチのようですね。

そもそも現実世界に存在してくれれば!と言う願望なのですから、裏返せば目の届く範囲に存在しないのが現実なわけで、そんな人に自身を擬(なぞら)える事がプロパガンダとしてはそもそも間違っているわけです。 自称自薦では無く、国民から彼こそは今龍馬だと言われるような人が是非現れて欲しいものです。

日露開戦にあたって、37年前に死んだ坂本龍馬が明治天皇の皇后・昭憲皇太后の夢枕に白無垢を着て現れ、「海軍の事は当時より熱心に心掛けたる所に候らえば、身は亡き数に入り候らえども、魂魄(死者の霊魂)は御国の海軍に宿りて忠勇義烈なる我が軍人を保護仕らん覚悟にて候」と伝えたと大々的に宣伝されました。

これにより龍馬が帝国海軍の祖であると言う伝説が成った訳ですが、これは薩長派閥に圧倒されていた土佐藩出身の田中光顕や香川敬三らが、維新における土佐派の重要性を再認識させる為に流布したものだと言われています。 

派閥抗争に使われたのでは龍馬の意図とは全く馴染みませんが、ロシアとの戦を恐れる国民を鼓舞しただけで誰の迷惑にもなってはおりません。 「極めて不快感を持っている」と言うようなコメントをする人もいなかったようです。


一方で西郷伝説。

かつて九州地方では日清、日露戦争が起こるたびに、生き延びていた西郷が現れ参謀になって日本軍を勝利に導くと言う噂が流布されたようですが、一時期全国レベルで世間を騒がせた事件があったそうです。

大津事件は1891年5月、ロシア皇太子ニコライⅡ世がウラジオストックで行われるシベリア鉄道極東地区起工式参加時に日本にたちよった際に起こった事件です。
ロシアの圧迫から国を慮(おもんばか)る滋賀県巡査津田三蔵がサーベルでニコライに斬りつけた事件と言われています。

この頃一通の西郷伝説が同年3月の「鹿児島新聞」に投書され、1週間後全国紙の「東京朝日新聞」に転載されました。

西郷、桐野利秋、村田新八らは城山陥落の前々夜に城山を抜け出しロシア軍艦でウラジオストックに上陸。シベリアの兵営に潜み密かにロシア兵の訓練に従事していたと言うものです。 黒田清隆が密かに兵営に西郷を訪問するに、日本の将来を話し合い兵を連れてニコライとともに日本に帰ってくると言う。現状の政治に不満な国民は西郷さえいれば不平等条約の改正もうまく行くであろうし、大陸にも雄飛できようと期待が高まったのでしょう、ニコライ来日が近づくにつれ朝日新聞に限らず各紙が連日報道するようになったそうです。 

ここで朝野新聞に明治天皇の話しとして「戯れに侍臣に宣わすらく、隆盛帰らばそれ彼の一〇年の役(西南戦争)に従事せし将校らの勲章を剥がんものかと承る。」と掲載されました、多分いい加減な記事だったのでしょうが、西南戦争従軍者はたまりません。

巡査津田三蔵は西南戦争で勲七等を貰っていましたので、西郷が戻ると勲章を剥ぎ取られて大変な事になってしまいます。ロシア軍などよりずっと恐ろしかったのだと思います。そしてその不安はニコライを目前に見て頂点に達しのでしょう。

これは大迷惑な話しです。津田にとっても、ニコライにとっても、生まれたての大日本帝国にとっても。

投資情報を期待されている読者の皆さん、実にタイムリーで無いエントリーで申し訳ありません。

ソビエト連邦崩壊によって古い資料が開示されてきています。 2005年は日露戦争100周年であった事もあり、新視点によるいくつかの本がまとめて発売されているようです。 今はそのあたりを読んでいます。 

上記2冊をまとめたような内容なのが、検証 日露戦争 読売新聞取材班
読み物として読むのであればこれが楽しめるでしょう。 日露戦争が第0次世界大戦であったと主張するロシア軍事史の専門家ジョン・スタインバーグ博士の章も独立してあります。

日露戦争時の日本国債を調べていましたら、どんどんと範囲が拡がってきてしまいました。 この時代不安定なのは日本だけでなく、南北戦争を経たアメリカや欧州ではプロシアの台頭によるドイツの成立、イタリア統一と世界中が揺れ動いています。一方でそうした中、金本位制を基盤として非常にグローバルな金融市場が展開されています。資金のある先進国から成長国へ。

当時ロンドン市場で取引される債券の四分の三は外国債だったそうです。

0 件のコメント: