2010年4月23日金曜日

クーンローブ商会 ヤコブ・シフ


日露戦争開戦直前の日本政府による戦費見積もりは、約4億5千万円でした。 10年前の日清戦争の経験からそのうち約3分1の1億5千万円は、兵器、弾薬輸入による海外支払いになると見込まれます。

当時日銀の正貨(金銀貨幣)は5千2百万円しかありませんでしたので、最低でも1億円は当時の金兌換の基軸通貨である英国ポンドでファィナンス、つまり外債を販売せねばなりませんでした。 本当にお金が無い状態で戦争を始める事になったのです。

ここで高橋是清日銀副総裁は資金調達係として大日本帝国の運命を背負ってニューヨーク、ロンドンへと赴く訳です。 「坂の上の雲」読者にはお馴染みの話しだと思います。

1904年に是清はロンドンでパース銀行(ミッドランド銀行:現RBS)を主幹事に銀行団と交渉に入りますが、当時の日本の実力では500万ポンド(5000万円)以上の募集は困難だと言う事になり、それでも半分でも無いよりいいやと、取り敢えず500万ポンドだけ募集する事になります。 条件は6%、7年、発行価格93%。

この仮契約の祝いの席で、米国クーン・ローブ商会、ヤコブ・シフ氏と知り合います。  なんと驚いた事にその翌日、シフは米国だけで5000万円分を引き受ける事を申し出てくれて、合計1億円、日本は戦争遂行の為の資金上の危機を乗り切ると言う感動の話しとなります。

この事を告げられた是清は、私はシャンド氏(パース銀行支配人)の言葉を聞いてあまりに突然なるに驚いた。 何しろシフ氏とは昨夜ヒル氏の宅で初めて紹介されて知り合いとなったばかりで、私はこれまで「クーンロエブ商会」とか「シフ」とかいう名前は聞いたこともなく、従って、シフ氏がどんな地位の人であるか知る由もなかった。(是清自伝より) とあります。

因みにクーンローブは1977年にリーマンと合併し、Lehman Brothers, Kuhn, Loeb Incとなり、1984年アメックスに買収された時にShearsonLehman American Expressとなり社名から消えてしまいます。
結局2008年にはこの会社も世界中を恐慌に落としいれて消えてしまいましたけれども。

さてクーンローブはそれほど無名な会社だったのでしょうか?

確かに当時アメリカはまだ資金を必要とする途上国で当時のウォール街の王者モルガンも欧州から資金を呼び込む仕事で財をなしていました。

モルガンは孤高の王者でしたが、それでも敢えてライバルを1人挙げるとなると、それはクーン・ローブのシフだったようです。(The Big Board: Sobel 1965)

当時1900年から1909年にかけて米国市場はある種の外債ブームだったようで、この間合計で25億ドル(約50億円)、英国でさえ、ボーア戦争の為にニューヨークでファィナンスしています。 その他にもカナダ、中国、スゥエーデン、ドイツ、ロシアなどなど。 ドイツ・フランクフルト生まれのユダヤ人のシフはドイツのファィナンスのお世話をしています。(当時の為替は1ポンド=5ドル=10円)

ですから是清さんも驚いている場合でなく、本来は当時のNYの大蔵省、日銀、横浜正金銀行(東京銀行⇒MUFJ)の駐在員に厳重注意をしなければなりませんね。何を見てるんだおまえらと。
何しろ彼らはNYでは資金調達は絶対に無理と言っていたのですから。

シフは当時ロシア帝政によって抑圧されていたロシア領内のユダヤ人を救うと言う大義の為に、困難を承知で日本国債を引き受けました。

結局日露戦争後に決算されたこの戦争の軍事費は17億4600万円で、これに各省の臨時経費増加分をたしあわせると合計は19億8400万円と事前予想の4倍にもなりました。 近代戦は予想よりも遥かにコストのかかるものでした。是清は8億2千万円も海外から資金調達する事になります。 

明治元老達が早く戦争を止めたかったのがよくわかります。 こうした債券の担保は関税収入だったり、鉄道収入だったりするのですから、たとえ戦争に勝ってもこれ以上のファィナンスはもう無理だったのです。

クーンローブのシフ氏は戦後の1906年2月、この資金調達の功に対する叙勲の為訪日します。 そしてその時の日本旅行記が残っています。 この時シフは日本各地で救世主として熱烈大歓迎を受けました。 歯医者で治療してもらっても「シフさんからお金を頂戴する訳には参りません。」と言った具合です。

シフは鉄道株でも資産をなした男、交通機関を非常に細かく観察しています。この来日も日露戦役の勝利獲得品である満州鉄道の権益も関係していました。

日露戦争に投資した男 ユダヤ人銀行家の日記 新潮新書 田畑則重著



浅草に行ったり、日光、箱根、京都、大阪と当時の風俗を知るに貴重な文献と言えるでしょう。
鉄道マニア、特に歴鉄は必見ですね。x東武鉄道x日本鉄道が特別列車を仕立てたりしています。


追記:
当時の貨幣価値ですが、これは難しい問題です。
夏目漱石の坊ちゃんが明治三八年(1905年)に松山中学の教師で赴任したときの月給が40円。
石川啄木が翌年盛岡中学中退で尋常小学校の代用教員になった時が8円です。凄く差がありますが、学歴の差です。坊ちゃんは物理学校を卒業しています。

このまま現在の価値が1万倍だとして考えるとしたら、戦費の18億円は18兆円ですかね。
現代とは経済規模があまりに違いますから比較は困難です。

当時の連合艦隊旗艦「三笠」の建造費用は船体88万ポンド、砲など兵器類32万ポンド合計120万ポンド。
当時で約1200万円一万倍で、現在の価値で1200億円。 イージス艦「ちょうかい」が1056億円ですから同じようなものなのでしょうか。

1900年の名目GDPは約24億円、中央政府一般会計+特別会計合計が4億4300万円しかありません。
8億円の対外債務は対GDP比33%。  実に現実的な政府です。
明治の元勲達が今の財政赤字を見たら「世界中の国と戦争でもしているのか?」とびっくりした事でしょう。(データ:近代日本経済史要覧:東大出版会)


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