2010年5月10日月曜日

回顧七十年 深井英五


深井英五は高橋是清とともに日露戦役の折、ロンドンにおいてポンド建て日本国債発行の任にあたった人で、この本は彼自身による回顧伝です。 昭和16年(1941年)の出版。

明治四年 上州高崎藩の高格の家に生まれながら維新動乱の困窮の中、同志社普通学校を卒業後、しばらく時期をおいて国民の友社に入社します。
ここで社主徳富蘇峰に可愛がられ、日清戦争従軍記者となりそこで得意の英語力を駆使、陸軍参謀次長川上操六による高い評価のもと、陸軍臨時雇い等を経て、蘇峰と共に欧米視察の旅に出ます。 
徳富蘇峰は日清戦争時、情報面において海外新聞社、特にタイムズにかなり便宜を図っていましたので、日本を代表するジャーナリストとしての待遇を欧米で受けます。 タイムズの各国の記者と談じ、トルストイにサインを貰い、3国干渉以降ロシアに警戒していましたからシベリア鉄道の情報収集等を行います。

帰国後深井は松方正義大蔵大臣秘書官を経て日銀入行、これは当時としても横すべり入行は珍しかったそうで、今で言う中途入社でしょうか。入行後直ぐに松方正義公爵外遊のお供、欧米に知己を増やし、帰国後は高橋是清と共に三年間NYとロンドンにて資金調達の任につきます。 
 
 戦後は日銀に残り1918年理事、翌年第一次大戦後のパリ講和会議で西園寺公望に同行、1921年ワシントン会議、1922年ジェノア会議、関東大震災時に防火活動、1927年昭和恐慌、1928年副総裁、この年「通貨調整論」発刊、この本は英訳され英国で極めて高い評価を受けます。 1933年ロンドン経済会議全権委員、1935年日銀総裁、翌年2.26事件で高橋是清暗殺、辞意を固めるも辞められず辞任は1年伸ばされます。

もう少し此の本について気のきいた事を書きたかったのですが、書き様が極めて平板にも係わらず、あまりに内容が濃すぎて時系列でしか紹介できません。

彼はいつも局所において「積極的に当たれ」とか、「考えすぎる性だから」とか、高橋是清との初対面では「あなたは学問が好きだそうで、結構だが、後には仕事がして見たくなるかもしれない」と風にあまりガンガンと仕事するタイプでは無く、どちらかと言えば沈思黙考型。 経歴こそ運が良さそうに見えますが実際には合間合間には浪人して何をやったら良いか悩んでばかりと言う人です。 日銀も入りたかった訳ではないそうです。

通貨が非常にプリミティブに捉えられていた時代から実体験に基づいて起債、金本位制との取り組み等が順を追って書かれていますので、いきなり貨幣論的な小難しい本を読むよりは、無理なく金本位制の利点、欠点、実際にどうなったか、また通貨政策が経済成長に対して出来ることの限界等が理解しやすく書かれていると思います。 永らく日銀のテキストであったと聞きますが金融史のテキストとしてそれもうなずける内容のものです。

彼自身が自身の功績について非常に控えめにしか書きませんのでいきおい参考文献を多く読まざるをえなくなるのもこの本の特徴でしょうか。
そうした参考文献の中では、伝記叢書85「徳富蘇峰」早川喜代次著は格別に面白い作品でした。 日本のジャーナリズムの歴史書と言えるでしょう。

作家、小島直記が「回顧七十年」を学生時代に購入して毎年毎年繰り返して読んだと中公文庫 「日本策士伝」に書いてあります。 中古では高い本なので図書館で借りるのが正解でしょう。早く岩波文庫で出せば良いと思うのですが。

私は結局繰り返し読みそうなので購入してしまいましたが。
ここのところ根を詰めて重い本ばっかり読んでいたので少々疲れました。

3 件のコメント:

一文 さんのコメント...

突然不躾な質問なのですが、ご紹介のあった、深井英五「回顧70年」岩波昭和16年272頁に日銀国債直接引受けに関する重要な情報が書かれている、とある人から教えてもらいました。272ページに書かれた内容はおおよそどんなことなのでしょうか。

shavetail さんのコメント...

ある方からの情報で、深井英五「回顧70年」岩波昭和16年の272頁に重要な情報が書かれていると教えてもらいました。不躾なお願いなのですが、そのページの内容をご教示願えないでしょうか。

Porco さんのコメント...

p272は第21章「新政策に関する高橋大蔵大臣との交渉」の中の頁です。日銀引き受けは一時の便法として行ったにも拘らず、軍によって利用されていきます。1ページや1章だけを取り出して読んでみても何にもならないばかりか、誤解をうみかねません。この本は第2次世界大戦開戦前夜に書かれたことなども考慮されるべきでしょう。是清自伝、スメーサースト『高橋是清』あたりを読んでから取り組むと良いのではないでしょうか。