2010年5月15日土曜日

金子堅太郎


金子堅太郎

日露戦争 日米外交秘録 石塚正英編 長崎出版社

これは昭和4年に出版された本の新版として1986年に発売されたもの。
アマゾンにも在庫無しなのでリンクはしていないが、神保町なら造作無いと思います。

何処で行われたかはわかりませんが、昭和2~3年頃教育者達を相手に本人が講演したものになっています。
講演会は3回に分けて行われたようで合計で5~6時間といったところでしょうか。

金子堅太郎は米国大統領セオドア・ルーズベルトとハーバード大学での同窓生。この関係を活かして、日露戦争中の米国における良好な対日世論の形成の為に派遣されます。



印象に残ったところをトレビア風に、

米国はロシアと仲が良い(日露戦争前)
南北戦争時、南部の綿農家が英国の紡績産業と深い関係にあった為に英国は南軍の側に立ちます。 戦艦を輸出したり、軍需物資も提供します。 NY湾にも艦隊が停泊し威圧したりしていたようですが、その時牽制の為ロシア海軍も艦隊を派遣しNY市では大歓迎であったそうです。 また米国の金持ちが爵位欲しさにロシア貴族と結婚する例も多々あったそうで、金子の事前の分析では「米国はロシアびいき」だったそうです。 派遣を固辞する為の言い訳かもしれませんが。

ルーズベルト大統領は武士道にはまり柔道に凝った。
ルーズベルトは講道館茶帯だそうで、これは海軍駐在武官竹下勇中佐が手ほどきをしていたようです。駐在武官の立場でアポなしでホワイトハウスを訪問できるのは極めて異例であったそうです。 またホワイトハウスには畳も入れていたとあります。 この本と別件ですが、米海軍兵学校でもこの時期柔道を取り入れ講師には山下 義韶(やました よしつぐ)が雇われ年棒8000円だったそうで、この時の海軍中尉の年棒が400円。 参考HP 意志力道場

都合の悪いニュースは電報が送られてこない。
敷島、八島が旅順沖で機雷によって轟沈した時も海外経由のニュースしかなく、コメントを求められて往生しています。戦後聞くと国民に知られたらパニックになるから伏せてたそうですが、領事館や外国銀行からすぐに噂となって広まったと思います。

シベリア鉄道のロジスティックを担当した男
沙河の戦いの後、参謀本部の計算よりも多めの兵力増強がロシアによってなされます。戦後わかった事ですがシベリア鉄道の経営はヒルコフ公爵と言う人がやっていました。
ロシアで破産し米国に移り線路工夫をしていましたが優秀なのでトントンと出世、鉄道システムを充分に勉強して帰国したそうで、直ぐにシベリア鉄道大臣になりました。
レールや機関車は米国製を調達、貨車や客車は片道にして捨てたかのように言われていましたが、実はハルビンにトラック(線路)をたくさん作ってそのまま兵舎や倉庫にしたそうです。建設の手間も省けると言うメリットもあったでしょう。

乃木将軍の人気
旅順要塞が陥落しそうな時、乃木将軍の敵将ステッセルへの降伏勧告状は事前に米国にも渡っており、新聞に掲載され米人も感服、折からの武士道ブームもあり大人気となったそうです。

我が天皇陛下はいたずらに無辜の兵をころし、無益の血を流すをもって非人道と思い召される。この際投降せば武人の名誉を保って帯剣のまま旅順を出て北方の露軍に投軍すること聴許あるべし。

これにステッセルが以下のように答えました、

我輩は決して降伏しない。 臣(ステッセル)は日本皇帝の降伏勧告を拒絶したのみならず、臣はここに祖国に対し最後の決別をなす。臣は旅順をもって墳墓の地となさん事を決す。

これも新聞に掲載されニューヨークではステッセルも大人気。 ロシア皇帝も大感激です。

ところが何の事は無い、降伏して登場すると兵は着ているものも靴もボロボロなのに、将官連中はピカピカ。

先ずここで大きく評判を落としたようです。

その後、ステッセルは帰国途中の長崎において夫婦で美術品を含む土産物を5000ドル(当時で1万円:海軍中尉の年棒が400円)分賈った事がスクープされるとアメリカにおける人気は最悪となったそうです。 訂正:結局ステッセルは軍事裁判で死刑判決を受け、後減刑されて禁錮10年。


日本海海戦
金子はこの日アトランティック・シティーに滞在。友人宅で食事後11時頃にホテルに帰ると客と従業員が大勢フロントに集まって金子の帰りを待っていました。赤電(国際電報)が届いていたのです。ひとわたり読むと皆が声にだして読めと言う、「長崎駐在のアメリカ領事によればロゼストビンスキーの艦隊と東郷艦隊と対馬海峡で衝突した、敵の軍艦6隻撃沈、9隻捕獲し東郷艦隊無事。」読み上げるとそこらじゅうで歓声がわきシャンパンを抜いて大騒ぎになったそうです。当時米国とは回線の関係で長崎が一番近かったのです。 太平洋海底ケーブルは未だできていません。



などなど、他にもたくさん。 面白い本でした。

JPモルガンはルーズベルト大統領の従兄弟モンゴメリー・ルーズベルトを通じて金子に戦後の満州鉄道建設資金の融資を働きかけていました。 シフ・ハリマンの動きを牽制していたのです。

この後金子+井上準之助=モルガンのラインが出来たと思われます。
公演中是清の名前が出たのは1度だけでした。


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