2010年6月1日火曜日

明治三七年兜町大発会


相変わらずしつこく日露戦争周辺の読書を続けていますが、日本の株式市場はどのようにこの戦争に反応したのでしょうか。

ちょっと小説仕立てで書いてみました。
このところ古い本ばかり読んでいるので、普通に書いてもこんな感じになってしまうのです。

英語の原書を読んでそのまま調子が移ってくれれば良さそうなものですが、そちらの方はそうも行かないようです。


昔から兜町で大発会と言えばお屠蘇気分にご祝儀商い、適当に上値をつけてシャンシャンシャンと手締めで新しい一年の相場を始める。これが習いのようなものだった。

 明治三七年(一九〇四年)の一月四日。この年ばかりは少々勝手が違った。 九時の寄り付きから売り注文が殺到。東株二五円安、北炭、郵船一〇円安、電機株類も五、六円から一〇円安といずれも目の子で二割方の下げ。大暴落を演じてしまった。

昨年来ロシアとの交渉が緊張を増すたびに相場は下げを演じ、「大砲一発ドカンとくれば」と、一貫して売り方有利の展開が続いていた。

兜町の面々も暮れの休みにゆっくりと頭の中を整理して、これはやっぱり売りだと結論を出した次第だ。つまるところ日本の株式市場は「日露の戦争は勝てそうもない」と読んでいた。

 一月五日は宮中新年会で休場。明けの六日、ロイター電報が「ロシア政界の平和願望」の記事を伝えると市場は一転して買い物になった。売り筋の踏み上げもあり、東株二〇円高、郵船七円高と反発した。当時は既に電報ネットワークが世界を繋ぎ、外電が相場に大きく影響を及ぼすようになっていた。

 それから一月後の二月四日、御前会議においてとうとう日露開戦が決定される。株式市場は大発会以降も軟調な展開を続けていたが、特に開戦決定前夜の二月の二日から四日にかけては諸株一直線に下落、新聞にも「取引所開設以来、空前、未曽有」の文字が並び、値付けは市場の機能であるとは言え、開戦を前にして国民の士気にもかかわる重大時となった。御前会議の決定は秘密だったのだが、何故か暴落。さすがは兜町だ。

 四日夜、東株取引所理事長中野武営は農林商工大臣清浦奎吾の官邸に呼ばれこう告げられた。

「東株取引所の責任者として、アナタは当然善後処置を講じなければならぬ。もし、株式市場がこのまま低迷を続けるようならば、止むを得ないから、政府は職権をもって、市場を閉鎖しなければならない。」

 現代であればPKOなり何なりと、政府権限で他にやりようがありそうなものだが、当時の株式市場は少しばかり事情が違う。

 中野理事長は農相官邸を辞去すると夜も更けているにもかかわらず、人力車を飛ばして当時東京随一の大地主、日本橋切っての大金持ちと評判の目白老松町にある渡辺治右衛門宅に飛び込んだ。後の昭和金融恐慌時に取り付け騒ぎの引き金となる渡辺銀行の創始者である。

中野理事長は渡辺に買い出動を懇願した。

「夜分、それもこんな遅い時間にまことに申し訳ありません。旧冬以来の暴落で株式市場は崩壊の危機に瀕しております。買い方の窮状は想像以上のものがありまして、客筋からの追敷(買い手の追証)の納入がままならないのみならず、仲買人の中でも破綻者が多数出てきそうな状況です。このままいけば日本の経済社会全般の危機のみならず、戦を前にして国家の威信にもかかわる重大時でございます。無理は承知のお願いでございます。ここは是非買い方となって相場を支えて頂きたい。」

「中野さん、相場は人為でどうにかなる物ではありません。」
と断る渡辺に、

「買い玉に追敷がかかっても取引所の帳簿のほうで何とかしますから。」と少々穏やかではないが、中野理事長一世一代の身体を張っての再度の懇願。

渡辺もいかに国家の為とは言え先祖代々の財産を棒に振ってまでとも考えてみたが、男気を出すのはこの時とばかり。

「そこまでおっしゃるのなら、よろしゅう御座います。」と言わざるをえなかった。

明けて翌五日、前場から強烈な買い物が飛び出す。山一と並び公債売買を得意とし地味で通った立五印福島商店からの注文は思惑を呼んだ。前日までの売り一色の市場はにわかに買い物に転じる。後場に入ると当時の人気相場師、にんべん将軍こと松村辰次郎率いるイ商店が買い参戦。兜町の早耳は何事かと勝手に憶測しちょうちんをつける。義侠心からの買いに売り方は躊躇してすっかり踏み上げられてしまう。

これを期に以降の株式市場は開き直ったかのように堅調な動きに転じる事となる。

こうした昨年来の下げ相場の中でも丹念に押し目を拾う買い方はいた。後に東武鉄道や南海電車を再建する日本の鉄道王こと根津嘉一郎だ。

「俺が相場を張ったのは日露の戦争の一度だけだった。そのほかはみんなソロバンを弾いての投資だ」 常に計算づくの投資が信条である根津は言う、

「どうせ戦争に敗けりゃ財産も何もあったものじゃない。恐らく国家としても、国民としても、一切合財がゼロだ、いやでもここではきっと勝つ、と固くそれを信じて、その方に賭けるしか仕方がなかった。」

どうも浪花節になってしまいそうですね。


1 件のコメント:

株の初心者 さんのコメント...

とても魅力的な記事でした!!
また遊びにきます。
ありがとうございます!!