2010年8月28日土曜日

それでも、日本人は「戦争」を選んだ


今年の4月から6月にかけて高橋是清関連の本を集中して読んだ。是清と言えば多くの小説が「高橋是清自伝」を1次資料としてこれをベースに書かれているケースが多いのだが、例えば是清の「外債募集日記」と言うものが別に史料として存在していて、これと自伝を突き合わせていくと細部で一致しない点が多々ある事に気がつく。また外債募集に同行した、後の日銀総裁深井英五の回顧録やその他の文献を見るとまた別の側面が浮かび上がってくる。さらに当時の外務大臣「小村寿太郎」と英国公使「林董」を経由して「是清」と交された数ある公式電文を調べるとさらにさらに違った面も見えてくるから面白い。

例えば司馬遼太郎も「坂の上の雲」で採用している日露戦争時の日本公債の起債について、「パーティーでたまたま知り合った米国のユダヤ人シフがいきなり米国での日本公債販売を引き受けてくれて日本は何とか資金難を乗り切った」と言うような話。ユダヤ人シフはロシア皇帝のボグロム(ユダヤ人迫害)に怒りを覚え日本を助ける事にしたと言う事が通説になっていて日本史上ではある種の美談として語り継がれている。Webでもこのあたりを調べると同じような話で溢れている。しかしこれらの根拠はすべて「是清自伝」に根ざしている。もし是清が何らかの都合で「自伝」を真実とは違うストーリーに変更していればこの固まりきった通説は将来においても通説としてまかり通ってしまうだろう。

是清自伝のこの部分をよく読むと目論見書が既に完成して日本公債販売の仮契約をロンドン銀行団(引受シンジケート)と済ませたお祝いのパーティーの席上で2人は出会ったとある。いくらセカンダリー(既発債:新規発行ではアメリカでの手続きが面倒な為にロンドンで既に発行された外国証券として扱うと言う意味)にしてアメリカで販売するとしてもアメリカで引受団を組成して販売の詳細を詰めるのに日程的に間に会うのだろうか?と言う疑問が僕には湧いてくる。これは多分歴史学者は証券販売の知識が無い為にこういった視点で公債募集と言う史実を捉えられないからこれまで放置されてきたのだと思うわけだ。また是清はこのパーティーまで「クーン・ローブ商会もヤコブ・シフの事もちっとも知らなかった」と述懐しているが、この時代のクーン・ローブ商会の隆盛やNY市場における外債発行が盛んであった事を知る者としては「はい、そうですか」とはとてもでは無いが納得できる話では無い。是清や深井あるいは当時の日銀のロンドン代理店である横浜正金銀行の行員が新聞さえ読んでいるならばそんな事は絶対に有り得ないと断言できる。それどころか当時の外務省の電文を見ると各国に配置した公使館、領事館の情報収集力は大変高いレベルにある事が分かるのだ。NY領事の「カーブ市場」(当時のNY市場外取引)に関する報告などは今では宝物とでも言えるようなレベルにある。従って是清が「クーン・ローブもシフも知りませんでした」と僕の目の前で言ったとしたら僕は「えー!」と驚くしか無いだろう。「ちゃんと僕の目を見てもう一度言って下さい」てな事になるはずなのだ。

是清が2・26事件で暗殺された後に書かれた深井英五の「人物と思想」では「シフが夕御飯で知り合って感激して募集に参加したと言うのはあまりに小説的である・・・それほど単純では無い」と深井が述懐している事に注目せねばならないだろう。「高橋是清自伝」はあまりに小説的なのだ。だからとても面白い。がしかし正確では無い。そして「是清は何らかの事情でこの話を美談にしなければならなかった」と考えるのがどうやら正しいのだ。

それでも、日本人は「戦争」を選んだ」:加藤陽子を読んだ。この本は初版が2009年7月だからすでに出版から1年以上が経過し、尚且つカリスマ書店員が選ぶ「最高に面白い本大賞」2部門で1位を占めるベストセラー本であるから今更ブログでご紹介も何もない本である。僕としては普段からどちらか言うと古い本ばかり紹介しているので(読んでいるので)この本は僕の範疇で言えば新しい本の部類に入るだろうから紹介する事に抵抗は無い。なにしろ先週神保町の東京書店でたまたま見つけてやっと読んだのだから仕方無いだろう。

著者の加藤陽子氏は東京大学文学部で主に1930年代の日本史を研究している。この本は神奈川県の中高一貫進学校「栄光学園」の歴史研究会のメンバーに対して5日間に渡って行われた集中講義を活字化したものである。こうした進学校の歴史研究会のレベルは多分一般社会人の歴史知識レベルよりも高いと僕は踏んでいるが、果たして講義の内容は決して昨今流行りの「わかりやすい池上」レベルでは無く、社会科学としての最新の歴史学を高校生に伝える努力が講義を通じてもたらされている。従ってちゃんと読むと結構骨が折れるが得られるものも大きい。日清戦争から第2次世界大戦まで当時のベスト アンド ブライテストであるはずの為政者達が何を根拠に開戦の決断を下したかを検討していく過程が示されている。近代史はどうしても自伝に頼るところが多いが、詳細な手紙や公式電文、報告書の類を丹念に調べる事によって違う側面から史実を考察できる事が歴史学の最前線の知見をもって丁寧に説明されていると言えるだろう。
戦争被害者からの視点が無いとかABCD包囲網の話が無いとか色々ご不満な点は多々あると思うが、逆にそう言ったものへの言及を敢えて避けているからこそ400ページ程の分量で「何故日本人は戦争を選んだのか」と言う大きなテーマを扱えているのだと思う。同僚や家族についつい歴史を語ってしまうような僕みたいな人にはmustな本だろう。

本の中から少しショッキングな数字をひとつ、「ドイツ軍の捕虜となったアメリカ兵の死亡率は1.2%にすぎないが、日本軍の捕虜となったアメリカ兵の死亡率は37.3%だった」
日本兵はもともと日本国(軍官僚)から大事にされていなかった事も考慮しなければならないでしょう。

2010年8月22日日曜日

映画「ちょんまげプリン」


今日は本年度アカデミー外国語映画賞を受賞したアルゼンチン映画「瞳の奥の秘密」を見にいこうとして朝一番に有楽町シネシャンテに行ったが、15分前に見事「完売」。こうしたメジャー配給では無い映画は劇場の収容人数が制限されるので封切り直後に観るのは難しい。そこで他に何か良いものは無いものかと数寄屋橋近辺を徘徊したのだが途中でiPhoneを持っている事に気付いたので、歩きまわるのをやめて普通に検索する事にした結果シネトラストの「ちょんまげプリン」を見た。こうして「瞳の奥の秘密」にしろ「ちょんまげプリン」にしろ検索段階で外国賞を貰っている事や、アンケート結果で既に高い評価を受けている事を知識として持った上で映画を観るわけだ。

つまりかなりの人、あるいは大多数が既に評価している映画に対して僕が主演の錦戸の演技が「なかなかうまい」とか、助演女優のともさかが「良い感じ」とか、子役も「素晴らしい」とか、あるいは「最近の日本映画としては全体に良く出来ている(何が?)」とかブログに書く事になるのだが、世にあるブログの大半が営利を目的とせず自身の日記として書いているわけで自身の経験に基づいた知識や教養を土台に「好きだ、嫌いだ」と評価する事には何ら問題は無い。しかしながら会社なんかでも「映画通のPorcoさんが良い映画だと言っていたぐらいだから、良いのではないの」とか「Porcoさんはジジィだからあの映画の良さは分からないのよ」とかどうしても好き嫌いをベースにした素人による「印象批評」はアンケートの一票ぐらいの重みしか持ち得ない。もちろんこれが「高倉健絶賛」なんて事になると話は全然違うのだけれども。

また「サムライが江戸時代からタイムスリップしてくる発想は良かったが江戸時代の彼がどんな人だったのかもっと説明が欲しかった」とか、「もう少し特撮やCGを駆使する映像が欲しかった」とか、既に映画作品として完成して僕の前に映写され「確定性」が生じているものに対して「ああすればもっと良かった」とかそれはつまり「僕ならばこうしてた」とかの「規範批評」も僕がその世界の権威でも無い限り他の人から見ると全く(ほとんど)意味の無い文章になりかねないのだ。

1829年当時の石高百石の直参旗本小普請組が役職が無くてやる事が何にもなかったのかどうかは別として、このサムライは経済的には裕福とは言えないまでも生活には困らなかったハズだ。錦戸は「何かをやりたいが、何をやれば良いのか分からない」若者で、一方ともさかりえ演ずるバツイチ子持ちのキャリア・ウーマンなり損ね(決して彼女の能力のせいでは無い)も子育てと仕事の間で悩んでいる。つまり我々を取り巻く社会的状況の中で、「タイムスリップ」と言う大仕掛を除けばまったく日常的に物語は進行していくのだ。「タイムスリップ」と言う事実は物語の進行上の飾りでしか過ぎないとも言える。登場人物は普通に腹を立て、仕事が忙しいとイラだったりするが、子供の喜ぶ顔を見れば和んだりもする。錦戸の言葉使いはサムライ言葉だが、ストーリー的にはごくごく身近にありそうな話なのである。それで映画の中の人達は皆良い人だから物語の進行は安心して見ていられ、予定調和的に終盤を迎える。この時点での僕の「印象批評」は「好きな映画。5点満点で言えば3.8ポイントぐらい」なんだが、物語が終わり、最後のエンドロールが始まりだすと評価は「4.5ポイント」ぐらいに跳ね上がってしまう。間違っても慌てて帰らないことだ。この映画はリピーターが結構出るのではないだろうか。

こうした文学や映画に対する「印象批評」の持つ問題点はイーグルトンの「文学とは何か―現代批評理論への招待」とか、僕などはこちらでやっと理解できた口だが筒井康隆の「文学部唯野教授 」等で一般化し始めたが、事、経済や為替に関してはそうでも無いようだ。例えば「たとえG20各国の理解を得られずに協調介入ができずとも、ここは一番ドカーンと介入して日本男児の意気軒昂である事を示そうではないか」的な意見はプロフェッショナルとしては適切では無い。半藤一利の「昭和史 1926-1945 」を読んだ方が良い。それよりもどのポイントであれば日本は介入しても理解を得られるのかを真摯に研究すべきだし、そうした数値を示す事によって介入自体が必要でなくなる事も考えられる。一番データを持ち解析能力も高い日銀を最初から敵役にしている以上いつまでたっても「印象批評」のレベルから脱する事は出来ない。


ちょっと苦しかったがこれで最近読んだ本を全部ブログにぶち込めた。


2010年8月19日木曜日

井上ひさし「一週間」と浅草フランス座


もう20年近く前になるだろうか、ニューヨークから日本に出張した時にホテルが全部満室で、しかたなく東京の事務所で予約してくれた宿が「浅草ビューホテル」だった。もちろんお金さえあれば他にも良いホテルはあったのだろうけど僕は未だ課長にもなっていなかったので予算の範囲で適当なところはここしかなかったのだ。そうは言っても大浴場があったり、浴衣で1階以外は歩けたりと久しぶりに日本に戻る駐在員としては決して悪いホテルでは無かった。

出張は現地土曜日に出発すると日曜日の夕方にはホテルに入れる。なにしろ久しぶりの日本なので食べたいものが沢山あったしネオンの街も恋しいものだった。 ホテルのフロントで教えてもらった店が雷門1丁目交差点近くの炉端焼き「たぬき」で、楊枝入れや灰皿、とっくりがたぬきの焼き物で出来ていて「熱燗」が欲しい時には「たぬき一丁」と呼ぶ習わしになっている。この店は最近もお邪魔したが今でも昔と何も変わらない、「煮込み」に「厚揚げ」や看板の「キンキの干物」なんかは相変わらず絶品だ。そこで腹を満たした後で次は何処に行こうかと思案をめぐらせていたら、「たぬき」で隣り合った人が教えてくれた。その店がスナック「フランス座」だった。もしかしたらパブ「フランス座」だったかもしれないがその辺りは今ではもうはっきりとは憶えていない。

田原町から国際通りをビューホテルに向かって歩くとホテルのほんの手前左側に各階2軒ずつの小さな集合ビルがあってフランス座はその2階だった。最初に訪れた時は日曜日と言う事もあってドアを開けるとマスターはソファで横になっていた。「開いてますか~」と間延びさせて聞くと、まるでこだまが返すような同じ調子で「開いてますよ~」と来た。客は誰もいなかった。
十坪程の小ぢんまりとしたじゅうたん敷きの部屋で6席ぐらいのカウンターと壁沿いに配置したソファがあるだけの簡単な構造の店だったが、靴を脱いで上がらなければならないところが少し他とは変わっていた。じゅうたんパブと言えば淫靡な想像をするかもしれないし「フランス座」と言うのはもちろん浅草の有名なストリップ劇場の名前なのだけれど、だからと言ってお色気がある訳でも無く、たまにお手伝いの女の子が入っていたりしたが日曜日はマスター1人で切り盛りしていた。いや、切り盛りと言っても僕の行く日曜日にはお客はたいがい一人なので正確に言えば2人で飲んでいるようなものだった。ボトルはスーパー・ニッカだけ、マスターは林檎を剥いてくれたりしたが、僕は話に飽きると十坪の店には不釣合いなほど立派なパイオニアのレーザー・ディスクでカラオケを歌っていた。選曲はヘレン・メリル風の「You'd be so nice to come home to」とかクレア・オースチン風の「Lover come back to me」とか、何もわざわざ日本に帰って来てまで英語の歌でもなかろうに、その頃の僕は駐在員を気取っていたのかもしれない。ここのマスターはストリップ劇場の「フランス座」でコントをやったり支配人をしていた事があったのでスナックの名前も「フランス座」としていたのだ。

浅草ビューホテルに関しては事情を知らない本社の担当役員から「おまえ、誤解を招くようなところに泊まるんじゃない」と一喝されて二度と泊まる事は無くなったが、丸の内あたりのホテルに泊まるようになっても、日本に到着した夕方には自然と足は浅草に向いスナック「フランス座」へ行くのがすっかり習慣になってしまった。まあ言えば帰国の挨拶みたいなものだし、ひとつには日曜日に開いている店なんて浅草ぐらいしか無いからでもあった。そう言ったワケで出張のたびに、大体三ヶ月に一度は必ず「フランス座」へ通うようになった。こんな事が5年も続いただろうか、一度出張すると1週間は滞在するので最低でも二回は通う、多分五十回くらいはお邪魔したのかもしれない。値段はとてもリーズナブルだった。

フランス座と言えば昔はストリップの合間に寸劇やコントをやっており、全盛期には渥美清、関敬六、谷幹一、文芸部に井上ひさし、その後には北野たけしを輩出した事で有名だが、マスターはちょうど「たけし」の兄弟子にあたると言っていた。二人の師匠とは「浅草で師匠と言えばこの人」と言われた深見千三郎だ。
マスターが「たけし」の事について話す時だけは特別だった。いつも「あれほど人情のある奴はいない」と褒めちぎっていたし話出すとよく目頭を押さえていた。店を開いて間もない頃に客が来なくて資金的に困っていたら、風の噂で聞いたのか本人は照れくさくて来やしないが、その頃既に売れ始めていたたけし軍団の「そのまんま東」や「浅草キッド」などを店の手伝いに寄越したそうだ。「お金を渡しちゃあ、先輩に失礼だ。俺は良いんだけどね。気を使ってるんだよ、芸人寄越す方がよほど入用だ」。しかもこれっぽちも恩着せがましいところは無いんだよと北陸なまりで話してくれたものだ。

「たけし」への差し入れは洋食屋「豚八(トンパチ)」のカツサンドで決まりだそうだ。トーストしたパンにカツ、お店で食べるとキャベツが入るが、お持ち帰りには湿気るから入れない。翌日冷めてもおいしいと言うスグレモノだ。浅草には安くて美味い店が沢山あるが、マスターには随分と店を紹介してもらったので浅草にはすっかり詳しくなって「Porcoさんって浅草のご出身ですか?」「そんなワケ無いやろ」と言うような事は何度もあった。
店は平日には結構繁盛していた。日本橋某署の刑事は「何かあったら」と名刺をくれた、横で見ていた近所のお寺のお坊さんが「何かあったら」とまた名刺をくれて、その横の浅草通りの仏壇屋の若旦那も「何かあったら」とまたまた名刺をくれた。やれやれ、もし僕に「何か」があったとしたら一連の面倒は一応すべて片付いたと言う事だ。そう言えば「たこ八郎」ならぬ「いか十郎」なんて言う売れない芸人も紹介してくれたっけ。サックスの上手い人だった。

そんなスナック「フランス座」もバブルも崩壊してしばらくした頃のある日、いつものように気ままに訪ねると看板は残っていたが店は閉めていた。そう言えば前回来た時に「誰かカラオケ・セット買ってくれる人いないかな?」と聞いていた事を思い出した。僕は古くなったので入れ替えかなとばかり思っていたが、向かいの店に聞くと「身体を壊して富山に帰った」と言う事だった。住所は分からないと。



井上ひさしの最後の長編小説「一週間」を読んだ。昭和21年、日本人捕虜の過酷なシベリア抑留の話で、とある1週間を時間軸として物語は展開して行く。ソビエト連邦解体後にシベリア抑留に関する多くの史料が世に出てきたが、この本は実によく調べあげられていると思う。僕もこれまでシベリア抑留の本は何冊か読んだつもりだったが知らない事だらけだった。カルムイク人の事、収容所はモスクワや黒海近くにまで展開していた事。
当時のシベリアでは思想教育のためもあって「日本新聞」を発行して捕虜に配布していたが、捕虜でもある主人公の記者が若き日のレーニンの手紙を手に入れてしまう。その手紙には決して表に出てはいけない事実が記されてあった。

凍りつくようなシベリアの捕虜収容所を背景に気の重いストーリーが延々と続くが突発的に笑いが読者を襲撃する。まったく、真面目に朝礼の話を聞いていたら後ろの奴に膝の裏をカクンとやられた気分だ。エンターティメント性を保ちつつもシベリア抑留の過酷さ、ロシアを構成する民族問題、平和への希求をメッセージとしてしっかりと伝えている。しかしこの展開の仕方は何だろう。妙にデジャブが残る。
日本語を話す若いロシア軍の女性将校が捕虜を尋問する、
「人生は短くてよ、だから手間はとらせなくてよ」
「たのしみに待ってらしてね」
この「膝カク」から読み終わって最初に感じたのが「そう言えば井上ひさしってフランス座にいたんだよなあ」と言う事だった。


「いけないわ、ノックもしないでお部屋をお開けになるなんて」「お待ちになって・・・石川さん。まるでご夫婦みたいですこと」
浅草フランス座「看護婦の部屋」 四景 副題「白の魔女」 原作井上ひさし 「浅草フランス座の時間」より。

関西から「特だしストリップ」が東京に進出する以前はストリップも50ページ程の台本があり、ストーリー仕立てになっていたそうだ。

何も知らなかった「フランス座」、マスターの大事にしていた「フランス座」を知りたくなって読んだ本だ。前半は渥美清と井上ひさしの対談が中心の構成で、もちろん北野たけしも登場するがここでは俳優「渥美清」をますます好きになってしまうだろう。
後半は歴史の記述なのだがストリップの歴史と言うよりは、日本のショービジネスの歴史と言っても良いだろう。宝塚歌劇団の創設は大阪三越少年隊に触発されただなんて誰も知りはしない。
特に演劇評論家の石崎勝久と小田豊二の対談が傑作だ。
「たばこですか、一日百本は吸いますね」

そして何より北野たけしの「フランス座」での初舞台の写真が掲載されている。オカマの役だが、セピア色の映像の中で一緒に肩を組んでいるのが何とスナック「フランス座」のマスターじゃないですか。間違い無く。



浅草キッド (新潮文庫) ビートたけし著」もフランス座時代の深見千三郎をめぐる自身の回顧だ。僕は浅草の客でしかないが、本当の浅草の人の話でもちろんマスターも登場している。面白い事は保証する。本を教えてくれたWikiに感謝。

追記:「浅草フランス座の時間」はどうやら僕がアマゾン最後の在庫を買ってしまったようだ。この本を買った人は多分手放す気にならないだろうから、もし本屋で見つけたら綺麗にしまって置く事をお奨めする。



追記の追記:ウーン、人生って奥が深いですね。プロの芸人には敵わない。おもわず目頭押さえてしまいます。

でもマスター質素だったですよ。劇場の維持・運営は相当大変だったと想像します。

2010年8月18日水曜日

購買力平価 PPP


今日はブルンバーグで「日本単独でも介入を、1ドル=95円目標-民主デフレ脱却議連事務局長」と言う記事がありました。
ちょっと引用しますと、

金子氏は18日午前、ブルームバーグ・ニュースのインタビューで、為替の水準について「2008年9月のリーマン・ショックまでは1ドル=110円ぐらいだったので110円が望ましいが、介入で持っていけるとは思っていない」と指摘。その上で、現実的な目標として「ついこの間までは95円だったから、そのあたりを目標にするということも考えていくべきだ」との認識を示した。仮に介入に踏み切る場合は、日銀が市場に出た資金を吸収しない「非不胎化介入」とするよう求めた。

為替と言うのは難しいですね。一体$1=?円が妥当なのか。
現実には為替市場で価格が決定されているのですが、「それはおかしい」とか「それは困る」となります。これは日本だけの問題ではありませんし、政策的に自国通貨を安く誘導している国はありますから、「介入しろ」との主張は政治家として真っ当な意見だと思います。行動を求めた相手は政府、菅政権ですね。日銀はあくまでオペレーションです。

妥当な為替レートと言えば「購買力平価」があります。実質実効為替レートは一定の起点を定めてインフレ格差を調整しますから「相対購買力平価」に相当します。実際の価格を計算する方法ではThe Economistで集計しているBig Mac指数は例として有名なところです。各国でドル換算いくらでビッグ・マックを購入できるかと言う比較です。2010年6月22日号では米国$3.73、日本$3.67、イギリス$3.48、ユーロ$4.33、中国は$1.95となっています。これはユーロが高くて人民元が安い事を示していますが、日本では牛丼戦争があったりしてファースト・フードの価格競争が厳しいとか各国様々な事情がありますから単純に通貨の高安を決める訳にもいきません。

しかしビッグ・マックのように1つずつGDPの項目を計算して集計していけばある程度は計測できるのでは無いかと考えるのは当然で、世銀で国際比較プログラム(IPC)が企画され購買力平価を計算しています。前回の集計は2005年で2007年に発表されています。発表まで時間がかかるのは集計が大変だからです。日本でも都心と地方では随分価格が違いますから、中国を集計するのは大変な作業だろうと想像できます。次回は2011年ですが、「中国が名目GDPで日本を抜いたが購買力平価では既に抜かれていた」と言う時の購買力平価がこれにあたります。また一方で年次データをOECDが毎年計算してHPで発表しています。ユーロの統計局ユーロスタットも発表していますが、OECDとの差は基準通貨がドルかユーロかの差だけのようです。因みにOECDの2009年の購買力平価は$1=¥114.58です。



ついでと言っては何ですが、労働生産性の国際比較2009年度版
日本の労働生産性はOECD30カ国中第20位、G7最下位
製造業はOECD25カ国中第14位、過去最低の順位に

ご参考までに。

2010年8月17日火曜日

名目値と実質値


もしもあなたが、ファイナンシャル・プランナーに相談して10年後、20年後のライフ・プランを設計するとしたら、インフレ率を無視できるでしょうか?
ここのところ日本はデフレの状態ですからインフレと言うものに対して意識が薄くなるのは仕方無い事なのかもしれません。しかし老後の資金と言う意味ではインフレ率は大きな問題です。一時のジンバブエ・ドル建てで資産価格が上昇したとしてあなたは喜べるでしょうか?インフレ率10%の世界では株式リターンが10%では何にもならないのです。

これはいわゆる名目と実質の問題です。株式市場は名目値の株式指数を指標にして普段から取引が行われていますので、実質値がいくらであるかなど直接的にビジネスに結びつく訳ではありません。したがって普段から意識される事は無いのですが、金融の世界ではこうした実質値の研究は古くからあります。当ブログでは頻出しますがエール大学のロバート・シラー教授はReal (実質)Indexとして株式指数の計算値をHPで公開しています。シラー教授は最近よく使われる不動産指数であるケース・シラー指数を考案した人です。

ここではインフレ率の調整にCPI(消費者物価指数)が使われています。SP Comp(SP500)をCPIで調整していきます。CPIの数値が2倍になればReal SP Compの数値は2分の1になると言う事です。CPIが生活実感としてインフレをうまく表わしているかどうかの議論はここではおいておきますが、ベストの一つであることは間違いありません。またここで使われているインデックスは配当再投資を考慮したトータル・リターンではありませんので念の為。
下図は1871年からのインデックスの様子です。 グラフはクリックすると大きくなります。


これでは細かいところが見にくいので1940年以降に絞って見てみます。
70年代のインフレ期には株式指数が横這う中、実質値は大きく下げています。ベトナム戦争後のアメリカが荒廃していた時期です。
また最近でも実質値ベースではSPは2000年8月に既にピークを打って下落している事が分かります。実質値での株式は目減りしています。
念の為に書いておきますが普段のアセット・アロケーション等でインフレに対する考慮が必要で無いのは債券など他の資産も名目値で取り扱っているからです。

何故わざわざ「名目値と実績値」のエントリーを立てたかと言うと、実質実効為替レートに関する新聞記事等の表現に少し違和感があったからです。
実質実効為替レートは米国だけでなく途上国の通貨を計算に繰り入れているので低くなる」だけでは無く「インフレ調整もするから」の方がウェイトが高いからです。

インフレ格差だけで言えば95年比で米ドルは対円で4割ほど購買力が落ちています。したがって当時の1ドル83円は今では1ドル50円と同じだと言う事、逆に今のレートを当時の購買力で調整すると今の相場は1ドル140円ぐらいの水準だと言う事です。自分でレートを発表しているぐらいですから日銀はこんな事は分かっています。 マスコミやポピュリズムの政治家が円高対策はどうするのかと騒ぎますが、今回は産業界からあまり悲鳴は上がっていません。この程度の為替レートでやっていけない企業があるとすれば多分本当にやっていけない退出すべき企業なのでしょう。

また仮説として、「円は回復不可能な財政赤字によって既に売られている」とも言えるのかもしれません。あまり経済に先入観の無い菅首相はこの事をG20で教えてもらったのかも知れませんね。この前提でいけば円が80円の壁で押し戻されて円安に向かう事は決して喜べる事では無いのです。

最後にシラー教授のHPからPEと長期金利の関係を示したグラフをそのまま付けておきます。アメリカのPEの歴史的な水準について参考になると思います。




2010年8月15日日曜日

株式 対 債券


Junk Bondの発行量が記録更新しそうです。

WSJ "Junk Bonds Hit Record"によるとインベストメント・グレード以下のボンドの発行量が先週だけで154億ドルに達したそうです。8月、月間途中経過で211億ドル、過去10年の月間平均発行量が65億ドルでしたからその大きさがわかろうかと言うものです。年間途中経過では1550億ドル昨年比80%増、今の段階で2009年の1636億ドルを抜く事は間違いがなさそうです。

背景はFEDがしばらくは0%金利を維持しそうな事、10年債券を中心とする国債利回りが低下している事。 おまけに株式市場が「どうにもしまらない事」にあるようです。
こうしたJunk Bondの供給はズバリ借換であって新たな事業への投資では無いそうでです。金利低下局面で低利に借り換えると言う行為ですね。買う方は他にロクな投資案件も無い事だしデフォルト・リスクを加味しても利回りは魅力的だと言う理由につきるようです。
投信DBのリッパー社の発表ではジャンク債を投資対象とする投信に5、6月2ヶ月間で35億ドルの資金流出があったものの、ここ5週間では逆に41億ドルの資金流入が見られ個人投資家からの需要も旺盛だそうです。

ではジャンク債はどれくらいのレートで発行されているのでしょうか。
First Data Corp. sold $510 million of 10-year notes at 9.125%, 2014年の銀行借入返済の為、
Peabody Energy sold $650 million of 6.5%, 10-year notes、3年後満期の高利回債の借換、
MultiPlan Inc., a health-care cost-management provider, sold $675 million of notes this week, at 9.875%、これはバイアウトの為、
Cott Corp., a maker of store-branded soft drinks, sold $375 million of debt at 8.125% 、これは Cliffstar Corp.買収の為。

こうした高利回り債の市場がある事が米国市場の厚みであり深みですよね。

もちろんインベストメント・グレードの債券も同様に買われています。AaaとBaaと10年国債コンスタント・マチュリティの比較です。Fredから

つまり今の市場の心理状態を言葉で表現するなら、
「デフォルトが頻発するような2番底は無いだろうが、景気は低迷して株は上がらない」

アメリカの投資ブログ"The Big Picture"ではStock vs Bondと言う面白いエントリーがありました。
バロンズの記事から、

“It’s for good reason the stock market was dubbed “the bond market’s idiot kid brother.”
株式市場は「ボンド・マーケットの馬鹿ガキの兄弟だ」と呼ばれる所以だ。

“Telling a similar story in a different way, the dividend yield of the Dow Jones Industrial Average components, at 2.65%, is essentially equal to the 10-year Treasury yield. The folks at Morgan Stanley note that over the past 50 years the Dow’s yield has exceeded that of the 10-year Treasury for only one period—the end of 2008 into early 2009, as the financial crisis climaxed.”
同じような話を言い方を変えて表現してみよう。ダウ工業株の利回りが2.65%で10年債と同じになった。モルガンの連中が言うには過去50年間で株式の配当利回りが10年国債の利率を上回ったのは金融危機がクライマックスを迎える2008年の終盤と2009年の年頭だけだった。

「株は安いぞ買いましょう」と言う意味でしょうかね。
The US market's idiot kid brother.の東京マーケットとしてはこう言うでしょう。
「アメリカのお兄ちゃん、それってデフレ市場だよ。東京をよく見なよ」

シラー教授のデータから、過去の配当利回りと国債の関係を見ておきましょう。



1950年以前の株式配当利回りは国債利回りよりも高いものでした。
理由は「株は危ないから(不確かだから)」
日本に続いていよいよアメリカも株式β(インデックス)だけではリターンを稼げない時代に入ったのでしょう。


追記:「ずばり」と入力して変換すると「言うわよ」がおまけについてきました。

2010年8月13日金曜日

CPIを調べてみる


CPIでエネルギーと食品を除くのは何故か?と言う質問を頂戴しましたがコメント欄ではグラフが使えないのでエントリーをたてます。

一般的にCPIの趨勢を見るためにはブレの大きいエネルギーと食品を除いた物価を見た方が良いと説明されていますがどうなのでしょうか。

日本の統計局のHPは使いにくいので米国のFREDを使ってCPIとCPIコアコア(エネルギーと食品を除く)をグラフで見てみましょう。
青が単なるCPI、赤がCPI除くエネルギー&食品ですが今回のリーマンショック中にドル下落に伴って原油価格が高騰して急落しましたのでその影響が大きく出ています。

これを前年同期比に直すと以下のグラフになります。
やはり趨勢的な物価を見るにはエネルギーと食品を除いた方がよさそうですね。
品目の構成とウェイトは統計局のHPにありますのでご参考まで。

実は日本もバブル時には消費者物価は安定する一方で不動産価格だけが恐ろしいほどの値上がりをして、マイホーム購入を考えるサラリーマンをして「今家を買わなければ一生買えなくなる」と言う恐怖のどん底に陥れたのですが、例えエネルギー項目を入れたとしてもCPIだけでは生活感を伴なう物価を表現することはできませんでした。

今回のアメリカ・バブルの状況も見ておきましょう。
CPIコアコアとアメリカの不動産価格指数であるケース・シラーの比較です。

これだけでは分かりにくいので1987年1月を100としてCPIコアコアとケース・シラーを指数化して比べてみましょう。87年1月を100にした理由はケース・シラー指数がそこから始まっているからだけの理由です。

不動産を中心とする資産価格の高騰がいかに凄かったか分かりますね。
CPIだけではバブルの判断は全くつかないのですね。


実質実効為替レート ②


昨日の続きです。昨日のエントリーから読んで下さい。

円ドルの為替相場を逆数の指数と言う形で表現したので分かりにくかったかもしれません。
昨日のグラフに補足しておきました。


1995年4月の超円高局面では月次で83.53円をつけました。日次では4月19日に79円75銭をつけていますから、テクニカルにはこの水準が当面のターゲットとして扱われる理由です。ではこの間の日米両国の消費者物価指数(CPI)、つまり通貨の購買力を検討してみましょう。

日本の場合食品およびエネルギーを除く消費者物価指数(コアコアCPI)の1995年平均は100.8、直近6月のデータが97.2なのでこの15年間で物価は3.57%下がっています。15年前に100円80銭で買えたものが現在では97円20銭で買えると言う事ですから通貨「円」の購買力は強くなっています。
一方アメリカの食品およびエネルギーを除くCPIを見ると1995年平均は161.225、直近が221.388ですから物価は37.3%も上昇しています。15年前に161ドルで買えたものが今では221ドル出さなければ買えないと言う事ですね。

ざっくり日米の購買力の変化を足し合わせると40%近く購買力に差が出ている事になります。
これはつまり1995年の$1=83円の為替は今の価値に計算しなおすと 83 x 0.6 = 50円と言う事になります。

住友銀行の宇野さんが$1=¥50と予想を建てていましたが、別に気が狂った訳ではありません。計算していただけですね。エリオットでしたけれど。
「日本は財政赤字が凄いのになんでこんなに円高なんだ?」 って違いますね。 円高じゃないんですね。「おめでたい」としか言いようがありません。

80円はサポートになるか?最高値ですからテクニカルにはもちろん強いポイントですが、ファンダメンタルズではこころもとないポイントです。
それともうひとつ、80円を切ったところで思った程(パニックになるほど)企業収益には響かないと思います。この辺りはアノマリーが発生する可能性がありますね。

2011年1月に実質実効為替レート③のエントリーがあります。

2010年8月12日木曜日

実質実効為替レート

米ドルがきわどい位置で取引され東京株式市場に大きく影響を及ぼしています。朝起きて円高だと条件反射的に今日の株はダメだと考えてしまいますよね。さらに「84円の水準がどうだとか、80円は再び割るのだろうか?」とか、「当局は何をやってるんだ」等々賑やかな事になる訳です。

為替介入と言っても実際の日本企業の取引は米国ばかりではありませんからユーロや他通貨も気になるところです。
そもそも「円ってそれほど高いの?」「へたに介入して世界からはどう見られるの?」と言う問題もありますから、本当の円の位置と言うものは考えておく必要がある訳です。

日本の輸出企業にとって、円は高すぎるのかそうで無いかは対ドルだけでは無く、ユーロもその他の通貨も通貨別の貿易量を考慮する必要があります。
そこで貿易取引のウェイトで各通貨を計算し指数化した実効為替レートと言う存在がクローズ・アップされる事になります。

貿易量を考慮したとして、ここでもう一つ問題があります。
ここは仮にの話で、例えば10年前に$1=¥100だったとしましょう。
日米の消費者物価の差が年率1%だったとすると、つまりアメリカのインフレ率が日本よりも年率1%高いとすると、ドルの購買力は円に対して毎年1%ずつ下がって行く事になります。
10年後の同価値のレートは10年分ですから、0.99の10乗。
¥100 x (1-0.01) ^ 10 =¥90.4382
ドルと円の購買力からみると¥90が10年前と同じ為替レートと言う事ができます。購買力平価の考え方ですね。デフレの国の通貨は高くなるはずです。

ドルやユーロ、ウォンや元などの通貨を①貿易取引量でウェイトをかけてさらに②各通貨国とのインフレ差を調整したものが実質実効為替レートとなります。
世界に向かって「日本の為替レートは不当に高い」と大きな声で文句を言うにはこのレートを使うのがフェアと言うものでしょう。
データは日銀HPでも取れますし、BISのHPでは世界中の通貨の実質実効為替レート(指数)が取得できます。


これで見ると1995年頃から円安傾向にあって、特に2003年からの東京株式の強気市場は急激な円安下に成立した事が分かります。
そして現在の円の水準も1985年以降ではありふれた平均的な水準でしか無いと言う事です。
「円高で死にそうだ!」とアピールしても説得力はどうなんでしょうか。
円ドルを考える時に80円割れは限界だとか、あまり思考に制約を付けておかない方が良いかもしれませんよ。

下のチャートは日銀のHPからのデータです。日銀の実質実効為替レートと円ドル相場を比較しようとしたものです。
ご存知のように円ドル建値は$1当たり何円となっていますのでグラフの向きが反対になってしまいます。そこで円ドルは1990年=100として逆数を指数化してあります。

2002年までは実質実効レートとドル相場は連動していましたがその後は乖離して行きます。貿易相手はアメリカだけでは無くなったと言う事でしょう。ドル相場だけ見れば円高ですが各国との貿易量とインフレ格差を考慮すれば実質的に現状の為替レートは円高とは言え無いと言う事になります。

もちろん傾向としては円高に見えますけれど。

ここに出荷先別日本の輸出高のグラフが出ています。2002年から大きく変化を見せます。


2010年8月9日月曜日

南沙諸島


毎年終戦記念日が近づくとNHKを中心に第2次世界大戦に関連するプログラムが増えてきます、調べた訳ではありませんが今年は普段よりも多いような気がします。
先日半藤一利さんの「昭和史 1926-1945 」を読みました。随分前に買って本棚に並べておき自分では当然読んだ物としていつもスルーしていたのですが、手にとってパラパラとめくりながら気がつくと読み始めていました。内容にさっぱり記憶がありませんから典型的な積読状態にあったのでしょう。

終戦までの前半を読み終えるとアマゾンで発注して1日待つのももどかしく、本屋に行って早速「昭和史 戦後篇 1945-1989 を買い読み続けました。
2・26事件周辺は高橋是清を調べている時に随分と色々なものを読みましたので知っているつもりでしたが半藤さんの語り口はとても臨場感がありました。
貧富の差が拡大し農村、漁村が疲弊し、これら出身の兵によるテロリズムと言う暴力に政治が弱くなっていく。維新と言う革命戦争を経験した元勲達が政治から去り、軍事経験の無い政治家と単なるプロフェッショナルな軍人だけになった時、いよいよ文民統制が効かなくなってしまう。

これは極論であり、この件が今決して逼迫している訳ではありませんが軍備拡張を続ける中国に同じような危うさを感じてしまいました。
革命の志士が去り文民が官僚化する。軍の統制が効かなくなって行く。どこかで景気が深刻化した時が怖いような気もします。

今話題になっている記事がこれ、
大失態演じた中国外交、米中対立どこまで

南シナ海の話なのですが日本ではあまり報道されません。
南沙諸島(Spratly Islands)って知っていましたか?
中国からはかなり距離がありますし、大陸棚的にどうみてもフィリッピン、マレーシア、ベトナム、ブルネイ寄りだとは思うのですが、
中国はこの島々の領有権を主張していますし、過去には実際にベトナムと砲火を交えています。



この南沙諸島の詳細地図を見ると周辺国の入り組んだ領有権には驚かされます。
大きな地図は出典のThe South China Seaをクリックして下さい。


2010年8月8日日曜日

ボローニャの夕暮れ


「人はどういうわけか、非常に個人的な物語を通して、自分の身の回りに起こっている、似たような出来事に想いを馳せるものなのです」 イタリアの名匠プーピ・アヴァーティ

1930年代後半の北部イタリア、ボローニャ。 ムッソリーニによるファシズムの影響下にある平凡な市民の物語です。風貌も冴えず真面目なだけの高校教師の父と美しい母親、母親に対する憧れと劣等感から精神に異常をきたす娘ジョバンナ。 ジョバンナは父の高校に通っています。父は娘を溺愛し、母は親になりきれず父の友人である隣人の警察官に想いを寄せている。この母が警察官に想いを寄せている暗示は前半で3回ほど挿入されていますがもしかしたら分かりにくいかもしれません。

そんなある日、学校で殺人事件が起こりジョバンナが犯人であると言う結論が出てしまいます。彼女は自白し逮捕されますが、精神に異常があると言う事で責任能力が問われ無罪となり精神病院に送られます。病院での分析ではジョバンナの病の原因は「母親が父以外の男に想いを寄せている事である」と言われてしまいます。教師の仕事を追われた父は、奥さんをその友人に託し自分は献身的に娘につくすと言う物語。もちろん物語はその後、解決に向けて収斂していきます。

原題は「ジョバンナの父」、邦題は「ボローニャの夕暮れ」ですが、画面全体がセピア色で進行していくので邦題に違和感はありません。

父も母も、隣人の警察官も悪い人は誰もいない。娘が「殺人を犯す」と言うとんでも無い事件でさえ父は受け入れ不器用に生きていきます。ファシストが国を治めようが、空襲で建物が壊されようが、戦争に負けようが父の生き様は何も変りません。そうした中に人間の持つ温もりがさりげなく、美しく、控えめに表現されていて、殺人事件を取り扱っているにもかかわらず不思議なほどハート・ウォーミングな映画に仕上がっています。

ジョバンナは陰惨な殺人事件を本当に犯したのでしょうか? 私はそれをずっと納得できずにいました。それだけに最後まで映画の細かいカットも注意深くトレイルせざるを得ませんでした。

巧妙に配置された仕掛けが質の高い短編小説の読後感のような味わいを与えてくれます。さらに小道具の30年代イタル・デザインのバス、トロリー、小さな自動車や街のテイラーなどが小気味よく配置され中世の香りを残すボローニャ、プーピの愛するボローニャが美しく表現されておりました。

強烈にお薦めと言う訳ではありませんが、こう言う映画を見た日曜日の午後は結構幸せな気持ちになれます。

ボローニャの夕暮れ - goo 映画
ボローニャの夕暮れ - goo 映画



追記:銀座シネパトスでは夏休み特撮映画特集をやるそうです。

2010年8月6日金曜日

地デジ化の延期



朝日新聞オピニオン
来年7月24日実施の地デジ完全移行について

NHK専務理事・技師長永井研二さん 延期はダメ
vs 
立教大学准教授砂川浩慶さん 遅らせれば良い事ばかり

これを読んでいくつか、青字は砂川さんの主張。

「総務省実施の地デジ世帯普及率は83.8%で計画を2.2%上回ったと言うのはテレビや街頭で喧伝されていたが、この調査手法は、事前の電話に対し「調査に応じてもいい」と表明した世帯にだけ調査票を郵送した結果で高めに出るに決まっている、民間調査では7割だろう。」

大本営発表でしたね。こう言う事するとこれから発表するデータの信頼性に関わりますよね。特に賃貸アパートなど集合住宅の多い都市部の普及率が悪い。

NHKは地デジ対応が間に合わなかったところから受信料が取れない。仮に10%、500万世帯、この層は生活が厳しいからこれまで受信料をちゃんと払っていた世帯を低く見て1割とすると75億円の減収となってしまう。NHKのアナログ放送維持コストは年間60億円だからアナログも併行して継続したほうが良い。民放は現状のテレビ台数1億2、3千万台に対して地デジ対応テレビは7、8千万台にまで落ち込むからスポンサーは広告費の値下げを求めてくるだろう。

確かに古いテレビは別の部屋において2台目、3台目として使っている家も多いでしょう。ただでさえつまらない民放のコンテンツがさらに劣悪化しそうですね。

地デジは「よりよいメディア環境でより良い番組を提供すると言う「目的」に到達する為の「手段」であるはずが、地デジ化そのものが「目的」になってしまっている。


永井さんの地デジ化擁護は地デジの素晴らしい面だけを強調されていて決して何も間違ってはいませんが、砂川さんの反論には答えていませんね。
面白い記事でした。


ロゴフの「クルーグマン教授の経済入門」



マンキュ-が「Rogoff on the Current Policy Challenge」と言うタイトルでロゴフのProjrct Syndicateの記事を紹介しています。

「ロゴフは総需要では無く、生産性と総供給に重点を置くべきだと主張している。:Ken says we should focus on productivity and aggregate supply, not just aggregate demand.」





The Age of Diminished Expecation ケン・ロゴフ  日本語要約

欧米は日本の失われた10年(実際には20年近いが)に直面しているのではないかとの懸念が台頭してきた。
対策は財政赤字と金融政策を通じての需要喚起に集中していまっているが、これは短期の話であって長期的な経済成長はあくまで生産性の向上に依存している事は経済学者の常識だ。

1992年の日本での激しい金融危機が相当のショックであったことは間違い無いし、日本は未だそこから立ち直ってはいないが、原因を金融危機だけにおくと間違える。
実際、日本の世界輸出市場における優位性は1990年初頭の段階でマレーシア、韓国、タイ、シンガポールなど台頭によって既に翳りを見せ始めていた。
そこにこれらの国と比較しても格段に大きな中国が割り込んできたのであってこれへの対処はもっと時間がかかる問題だろう。

もし日本に金融危機が無かったとしても高齢化、少子化の進展する人口動態に苦しめられていただろう。生産性は究極的にイノベーションの上に成り立つものであって建物や装置をいくら作ったところでどうにもならない。

もっとケインズ的な財政支出が必要で、その際に財政赤字を無視しても良いのがあたかも常識のように語られるが、このレベルから財政赤字を積み増すなど私にはパニックでしか無い。

大事なのは生産性の向上であって、規制緩和であり課税システムの簡素化だ。

サローとクルーグマンはコンピューターとテクノロジーの普及がボトムラインでの成長をもたらしているのかについて疑問を呈した。(これは1990年のクルーグマンの著書"The Age of Diminished Expectations"、『邦題「クルーグマン教授の経済入門 」:山形浩生訳』の根底にある)

欧米の政策担当者が日本式の「失われた10年」に陥らない為には、生産性向上を維持する意欲を失ってはならず、短期の需要刺激策に頼ってはならない。
要約終わり、

ロゴフならそうでしょうねと言う記事でした。

2010年8月5日木曜日

外交五十年 幣原喜重郎



外交五十年  幣原喜重郎

この本は、ヘンリー・ウィラード・デニソン(Henry Willard Denison)について調べようとして読んだ本です。そしてデニソンはアメリカの鉄道王ハリマンについて調べていていて確認したい事があったので調べる必要があったのです。ハリマンは高橋是清と小村寿太郎の関係を調べる上で重要な要素であったのですが、あきらかに日本語での史料は不足していました。原書でハリマンを調べていると日本国外務省顧問のデニソンからハリマンの件で当時の駐日米国大使グリスコムにあてた手紙がみつかりました。

まあそう言った少しややこしい事情でデニソンを調べる必要が出てきたのです。

著者である幣原は外務官僚、日露戦争当時は本省で電報課長を勤めています。後に終戦直後、旧憲法下での内閣総理大臣になります。この本はご逝去される1年前である昭和25年に読売新聞朝刊に連載された回顧録をもとにして翌年出版された本です。

こうした新聞に連載されたようなコンテンツはやはり読みやすく面白いのが常です。上司であった小村寿太郎については「ワンマン小村」として書かれていますし、是清は「高橋是清に敬服す」として面白いエピソードが書かれています。これは奉直戦争の頃ですから大正13年、1924年の頃、幣原が外務大臣、是清が農商大臣の頃ですね。

議会が遅くまで続いていたある日、幣原が退屈していると高橋大臣が呼んで、

「おい、用事がある。 ちょっと来たまえ」というから入っていくと「米茶はどうだ」といって土瓶を出す。それには酒が入れてあるのだ。米茶というわけは、アメリカの禁酒時代にホテルで酒を注文すると、土瓶に入れて持ってくる。是清さんはそれから思いついて、議会内で酒をチビチビ飲んでるところを新聞記者などに発見されるとうるさいので、「米茶だ」「米茶だ」といって、土瓶の酒を飲んでいた。私はその相棒にされたわけである。私はワシントン会議で発病以来、ずっと酒を禁じられていたが、いわゆる下地は好きなり御意はよしで、とうとう引きずられて、また飲みだした。

当時の国会では農商大臣と外務大臣が議会で酒を飲んでいた訳ですね。 また禁酒法下のアメリカのホテルでの状況もわかって大変面白い文章です。アメリカでの土瓶は多分ティーポットだったのでしょうね。

幣原はデニソンに「デニソンを憶う」として1章分さいてあります。これも良い話です。

また梅渓昇のお雇い外国人――明治日本の脇役たち (講談社学術文庫)と言う本も面白いエピソードが満載です。これは1965年発刊。名著です。


2010年8月4日水曜日

日本国債ってセクシー?


ついでと言っては何ですが朝日新聞朝刊 日本@世界 船橋洋一(本社主筆)
【日本国債ってセクシー?】

これは6月14日のマンキューブログの引き合い Are bonds sexy?
マンキューのブログには珍しく専門用語が無く、英検3級程度の単語ばかりで構成されているから読み易いが「お恥ずかしい」話だ。

記事の内容はさすがに船橋さんなのだがこのコラムで少し気になったところがあった。
「ゆうちょの貯金はいつでもおろせる、国債暴落となった場合、巨額の貯金が引き出されるだろう。それに対応するため国債を売れば国債はさらに暴落する。ゆうちょの経営危機に発展すれば、国債市場を根底から揺さぶりかねない」

国債は暴落となっても、ゆうちょは保護されている訳で国民は果たして貯金を引き出すのだろうか?
引き出して現金で保有する?

これの結論はやはり通貨がボロボロになるのだろう。それしか無い。

中国のアパレル「雲丹黒」かなんかが円安を利用して日本で製品を製造させる日がくるのかもしれませんね。

戸惑う自治体


手元の朝日新聞13版の一面は
【「高齢者不明14人に」経緯把握 戸惑う自治体】となっています。

WEB版では6:50現在、

これは年金受給者で不在または不明の人たちの問題なのですが、WEBと紙面では内容が少し違います。紙ベースの記事では秋田市のケースとして、
【秋田市内には100歳以上の高齢者が100人以上おり、「生存確認だけのための職員を各家庭に派遣する余裕はない」と市、】とあります。
これはWEB版ではカットされています。

年金問題で社会保険庁の仕事ぶりが問題になった時も一般の勤労者達はその怠慢ぶりに驚かされたものでしたが、これもどうなのでしょう。
もし中堅企業の従業員4~5名の秋田支店を想定したとして、本社から「100人分訪問して調査して来い」と言われて「派遣する余裕は無い」と答えるでしょうか?
そもそもどうして把握できていないのでしょうか。きちんとしている市もたくさんあるようですが。

いまや新卒にとっては破格の待遇(生涯賃金)が予想される地方公務員、いくら独占企業体だからと言ってもせめてIR的見地からも発言ぐらいには気をつかうべきでしょう。
などと朝から思ってしまいました。

2010年8月3日火曜日

戦場からのラブレター


2週間程前に沢木耕太郎の「「愛」という言葉を口にできなかった二人のために」と言う本を貰って読みました。これは沢木さんが「暮らしの手帖」に連載している映画評論エッセーを本にまとめたもので、前作「世界は「使われなかった人生」であふれてる」に続くものです。

この中では34本の映画が取り上げられているのですが、いくつか気にかかる映画があったのでTUTAYAで取り寄せて見てみました。

その中のひとつ、「君に読む物語」、ニコラス・スパークスによる原作「 The Notebook」は56週間ニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストにとどまり450万部も売れたそうです。おじいさんが、アルツハイマー病の施設に入っているおばあさんに物語を読んできかせてあげる。その物語は若い2人の恋愛物語なのですが、現在のおじいさんとおばあさんの物語と併行して話が展開されて行きます。

1940年代の南部の田舎町に都会の大金持ちの一家が高校生のお嬢さんアリーを連れて別荘に避暑にやってきます。そこでアリーは地元の貧しい(多分地元では普通の)青年ノアと一夏の恋に落ちてしまいます。そこには古いプランテーション時代の屋敷が湖畔に廃屋として残っていて、ノアはいつかその廃屋を買取り綺麗にレストアする夢を語り、アリーはそこで好きな絵を書いて暮らしたいとノアの夢に答えますが、2人の間には身分の差と言う障壁が待ち構えていました。やがて夏休みが終わりアリーは都会に帰り、ノアは毎日毎日ラブレターを出すのですがノアの母親に邪魔され1通の手紙もアリーには届きません。

そして戦争が始まりノアはヨーロッパ戦線に赴き、アリーは親も認めてくれるような立派な男性と知り合い結婚を決めます。ノアは大事な幼なじみを戦争で失い傷ついて帰ってきますが、父親がお金を残してくれたのと退役年金を合わせて古い屋敷を買取りレストアを始めます。

アリーの結婚式の前日、新聞に載ったノアのレストアした屋敷の写真をドレスの試着をしているアリーが見つけてしまうので大変です。おじいさんが誰でおばあさんが誰なのかの暗示は難しいものではありません。

この映画は画面も綺麗でストレスも溜まらない非常に好感度の高い映画ですが、観終わった後で私は少し違う事を考えてしまいました。それは、アメリカには戦争を挟んでのラブ・ロマンスは沢山あるのですが、日本ではあまり見かけないと言う事です。

日本は若い学生出身の軍人の死亡率が非常に高かった。玉砕や特別攻撃隊や原子爆弾などおおよそロマンスを超越してしまうようなインパクトの強い題材が多すぎた。自由恋愛が制限されていた。復員後は食料難でそれどころでは無かった。等々色々と原因を考えてみたのですが、それでももっとラブロマンスはあったのでは無いでしょうか。

今日のNHKクローズ・アップ現代、「戦場からのラブレター」は戦死された方のラブレターでしたが、きっと生還した人達にも彼等の子供達(多分団塊世代よりも上)も知らないような話が沢山あって埋もれてしまっているに違い無いと改めて思いました。

三兎を追ってしまいましたが、映画もテレビも本もお薦めです。

水曜日BSで再放送があります。