2010年8月5日木曜日

外交五十年 幣原喜重郎



外交五十年  幣原喜重郎

この本は、ヘンリー・ウィラード・デニソン(Henry Willard Denison)について調べようとして読んだ本です。そしてデニソンはアメリカの鉄道王ハリマンについて調べていていて確認したい事があったので調べる必要があったのです。ハリマンは高橋是清と小村寿太郎の関係を調べる上で重要な要素であったのですが、あきらかに日本語での史料は不足していました。原書でハリマンを調べていると日本国外務省顧問のデニソンからハリマンの件で当時の駐日米国大使グリスコムにあてた手紙がみつかりました。

まあそう言った少しややこしい事情でデニソンを調べる必要が出てきたのです。

著者である幣原は外務官僚、日露戦争当時は本省で電報課長を勤めています。後に終戦直後、旧憲法下での内閣総理大臣になります。この本はご逝去される1年前である昭和25年に読売新聞朝刊に連載された回顧録をもとにして翌年出版された本です。

こうした新聞に連載されたようなコンテンツはやはり読みやすく面白いのが常です。上司であった小村寿太郎については「ワンマン小村」として書かれていますし、是清は「高橋是清に敬服す」として面白いエピソードが書かれています。これは奉直戦争の頃ですから大正13年、1924年の頃、幣原が外務大臣、是清が農商大臣の頃ですね。

議会が遅くまで続いていたある日、幣原が退屈していると高橋大臣が呼んで、

「おい、用事がある。 ちょっと来たまえ」というから入っていくと「米茶はどうだ」といって土瓶を出す。それには酒が入れてあるのだ。米茶というわけは、アメリカの禁酒時代にホテルで酒を注文すると、土瓶に入れて持ってくる。是清さんはそれから思いついて、議会内で酒をチビチビ飲んでるところを新聞記者などに発見されるとうるさいので、「米茶だ」「米茶だ」といって、土瓶の酒を飲んでいた。私はその相棒にされたわけである。私はワシントン会議で発病以来、ずっと酒を禁じられていたが、いわゆる下地は好きなり御意はよしで、とうとう引きずられて、また飲みだした。

当時の国会では農商大臣と外務大臣が議会で酒を飲んでいた訳ですね。 また禁酒法下のアメリカのホテルでの状況もわかって大変面白い文章です。アメリカでの土瓶は多分ティーポットだったのでしょうね。

幣原はデニソンに「デニソンを憶う」として1章分さいてあります。これも良い話です。

また梅渓昇のお雇い外国人――明治日本の脇役たち (講談社学術文庫)と言う本も面白いエピソードが満載です。これは1965年発刊。名著です。


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