2010年8月19日木曜日

井上ひさし「一週間」と浅草フランス座


もう20年近く前になるだろうか、ニューヨークから日本に出張した時にホテルが全部満室で、しかたなく東京の事務所で予約してくれた宿が「浅草ビューホテル」だった。もちろんお金さえあれば他にも良いホテルはあったのだろうけど僕は未だ課長にもなっていなかったので予算の範囲で適当なところはここしかなかったのだ。そうは言っても大浴場があったり、浴衣で1階以外は歩けたりと久しぶりに日本に戻る駐在員としては決して悪いホテルでは無かった。

出張は現地土曜日に出発すると日曜日の夕方にはホテルに入れる。なにしろ久しぶりの日本なので食べたいものが沢山あったしネオンの街も恋しいものだった。 ホテルのフロントで教えてもらった店が雷門1丁目交差点近くの炉端焼き「たぬき」で、楊枝入れや灰皿、とっくりがたぬきの焼き物で出来ていて「熱燗」が欲しい時には「たぬき一丁」と呼ぶ習わしになっている。この店は最近もお邪魔したが今でも昔と何も変わらない、「煮込み」に「厚揚げ」や看板の「キンキの干物」なんかは相変わらず絶品だ。そこで腹を満たした後で次は何処に行こうかと思案をめぐらせていたら、「たぬき」で隣り合った人が教えてくれた。その店がスナック「フランス座」だった。もしかしたらパブ「フランス座」だったかもしれないがその辺りは今ではもうはっきりとは憶えていない。

田原町から国際通りをビューホテルに向かって歩くとホテルのほんの手前左側に各階2軒ずつの小さな集合ビルがあってフランス座はその2階だった。最初に訪れた時は日曜日と言う事もあってドアを開けるとマスターはソファで横になっていた。「開いてますか~」と間延びさせて聞くと、まるでこだまが返すような同じ調子で「開いてますよ~」と来た。客は誰もいなかった。
十坪程の小ぢんまりとしたじゅうたん敷きの部屋で6席ぐらいのカウンターと壁沿いに配置したソファがあるだけの簡単な構造の店だったが、靴を脱いで上がらなければならないところが少し他とは変わっていた。じゅうたんパブと言えば淫靡な想像をするかもしれないし「フランス座」と言うのはもちろん浅草の有名なストリップ劇場の名前なのだけれど、だからと言ってお色気がある訳でも無く、たまにお手伝いの女の子が入っていたりしたが日曜日はマスター1人で切り盛りしていた。いや、切り盛りと言っても僕の行く日曜日にはお客はたいがい一人なので正確に言えば2人で飲んでいるようなものだった。ボトルはスーパー・ニッカだけ、マスターは林檎を剥いてくれたりしたが、僕は話に飽きると十坪の店には不釣合いなほど立派なパイオニアのレーザー・ディスクでカラオケを歌っていた。選曲はヘレン・メリル風の「You'd be so nice to come home to」とかクレア・オースチン風の「Lover come back to me」とか、何もわざわざ日本に帰って来てまで英語の歌でもなかろうに、その頃の僕は駐在員を気取っていたのかもしれない。ここのマスターはストリップ劇場の「フランス座」でコントをやったり支配人をしていた事があったのでスナックの名前も「フランス座」としていたのだ。

浅草ビューホテルに関しては事情を知らない本社の担当役員から「おまえ、誤解を招くようなところに泊まるんじゃない」と一喝されて二度と泊まる事は無くなったが、丸の内あたりのホテルに泊まるようになっても、日本に到着した夕方には自然と足は浅草に向いスナック「フランス座」へ行くのがすっかり習慣になってしまった。まあ言えば帰国の挨拶みたいなものだし、ひとつには日曜日に開いている店なんて浅草ぐらいしか無いからでもあった。そう言ったワケで出張のたびに、大体三ヶ月に一度は必ず「フランス座」へ通うようになった。こんな事が5年も続いただろうか、一度出張すると1週間は滞在するので最低でも二回は通う、多分五十回くらいはお邪魔したのかもしれない。値段はとてもリーズナブルだった。

フランス座と言えば昔はストリップの合間に寸劇やコントをやっており、全盛期には渥美清、関敬六、谷幹一、文芸部に井上ひさし、その後には北野たけしを輩出した事で有名だが、マスターはちょうど「たけし」の兄弟子にあたると言っていた。二人の師匠とは「浅草で師匠と言えばこの人」と言われた深見千三郎だ。
マスターが「たけし」の事について話す時だけは特別だった。いつも「あれほど人情のある奴はいない」と褒めちぎっていたし話出すとよく目頭を押さえていた。店を開いて間もない頃に客が来なくて資金的に困っていたら、風の噂で聞いたのか本人は照れくさくて来やしないが、その頃既に売れ始めていたたけし軍団の「そのまんま東」や「浅草キッド」などを店の手伝いに寄越したそうだ。「お金を渡しちゃあ、先輩に失礼だ。俺は良いんだけどね。気を使ってるんだよ、芸人寄越す方がよほど入用だ」。しかもこれっぽちも恩着せがましいところは無いんだよと北陸なまりで話してくれたものだ。

「たけし」への差し入れは洋食屋「豚八(トンパチ)」のカツサンドで決まりだそうだ。トーストしたパンにカツ、お店で食べるとキャベツが入るが、お持ち帰りには湿気るから入れない。翌日冷めてもおいしいと言うスグレモノだ。浅草には安くて美味い店が沢山あるが、マスターには随分と店を紹介してもらったので浅草にはすっかり詳しくなって「Porcoさんって浅草のご出身ですか?」「そんなワケ無いやろ」と言うような事は何度もあった。
店は平日には結構繁盛していた。日本橋某署の刑事は「何かあったら」と名刺をくれた、横で見ていた近所のお寺のお坊さんが「何かあったら」とまた名刺をくれて、その横の浅草通りの仏壇屋の若旦那も「何かあったら」とまたまた名刺をくれた。やれやれ、もし僕に「何か」があったとしたら一連の面倒は一応すべて片付いたと言う事だ。そう言えば「たこ八郎」ならぬ「いか十郎」なんて言う売れない芸人も紹介してくれたっけ。サックスの上手い人だった。

そんなスナック「フランス座」もバブルも崩壊してしばらくした頃のある日、いつものように気ままに訪ねると看板は残っていたが店は閉めていた。そう言えば前回来た時に「誰かカラオケ・セット買ってくれる人いないかな?」と聞いていた事を思い出した。僕は古くなったので入れ替えかなとばかり思っていたが、向かいの店に聞くと「身体を壊して富山に帰った」と言う事だった。住所は分からないと。



井上ひさしの最後の長編小説「一週間」を読んだ。昭和21年、日本人捕虜の過酷なシベリア抑留の話で、とある1週間を時間軸として物語は展開して行く。ソビエト連邦解体後にシベリア抑留に関する多くの史料が世に出てきたが、この本は実によく調べあげられていると思う。僕もこれまでシベリア抑留の本は何冊か読んだつもりだったが知らない事だらけだった。カルムイク人の事、収容所はモスクワや黒海近くにまで展開していた事。
当時のシベリアでは思想教育のためもあって「日本新聞」を発行して捕虜に配布していたが、捕虜でもある主人公の記者が若き日のレーニンの手紙を手に入れてしまう。その手紙には決して表に出てはいけない事実が記されてあった。

凍りつくようなシベリアの捕虜収容所を背景に気の重いストーリーが延々と続くが突発的に笑いが読者を襲撃する。まったく、真面目に朝礼の話を聞いていたら後ろの奴に膝の裏をカクンとやられた気分だ。エンターティメント性を保ちつつもシベリア抑留の過酷さ、ロシアを構成する民族問題、平和への希求をメッセージとしてしっかりと伝えている。しかしこの展開の仕方は何だろう。妙にデジャブが残る。
日本語を話す若いロシア軍の女性将校が捕虜を尋問する、
「人生は短くてよ、だから手間はとらせなくてよ」
「たのしみに待ってらしてね」
この「膝カク」から読み終わって最初に感じたのが「そう言えば井上ひさしってフランス座にいたんだよなあ」と言う事だった。


「いけないわ、ノックもしないでお部屋をお開けになるなんて」「お待ちになって・・・石川さん。まるでご夫婦みたいですこと」
浅草フランス座「看護婦の部屋」 四景 副題「白の魔女」 原作井上ひさし 「浅草フランス座の時間」より。

関西から「特だしストリップ」が東京に進出する以前はストリップも50ページ程の台本があり、ストーリー仕立てになっていたそうだ。

何も知らなかった「フランス座」、マスターの大事にしていた「フランス座」を知りたくなって読んだ本だ。前半は渥美清と井上ひさしの対談が中心の構成で、もちろん北野たけしも登場するがここでは俳優「渥美清」をますます好きになってしまうだろう。
後半は歴史の記述なのだがストリップの歴史と言うよりは、日本のショービジネスの歴史と言っても良いだろう。宝塚歌劇団の創設は大阪三越少年隊に触発されただなんて誰も知りはしない。
特に演劇評論家の石崎勝久と小田豊二の対談が傑作だ。
「たばこですか、一日百本は吸いますね」

そして何より北野たけしの「フランス座」での初舞台の写真が掲載されている。オカマの役だが、セピア色の映像の中で一緒に肩を組んでいるのが何とスナック「フランス座」のマスターじゃないですか。間違い無く。



浅草キッド (新潮文庫) ビートたけし著」もフランス座時代の深見千三郎をめぐる自身の回顧だ。僕は浅草の客でしかないが、本当の浅草の人の話でもちろんマスターも登場している。面白い事は保証する。本を教えてくれたWikiに感謝。

追記:「浅草フランス座の時間」はどうやら僕がアマゾン最後の在庫を買ってしまったようだ。この本を買った人は多分手放す気にならないだろうから、もし本屋で見つけたら綺麗にしまって置く事をお奨めする。



追記の追記:ウーン、人生って奥が深いですね。プロの芸人には敵わない。おもわず目頭押さえてしまいます。

でもマスター質素だったですよ。劇場の維持・運営は相当大変だったと想像します。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

素晴しい読み物をいつも有難うございます。
その完成度と、書いた人のキャラクターや人格が滲み出る素晴しい文章を楽しませて頂いております。
紙媒体の著作物を創る人にもお手本にして貰いたい程の粒ぞろいの出来です。
Porcoさんの著書はどんな物があるのでしょう。

Porco さんのコメント...

過大評価と理解しつつも勇気づけられます。有難うございます。著書は随分前に共同翻訳の金融技術書が1冊あるだけで今では古本屋でも見つけるのは困難でしょう。実は先月長編小説を1つ書き上げまして現在関係者にチェックしてもらっています。うまくいけば秋頃には紹介できるかもしれません。もちろんダメかもしれませんが。