2010年8月22日日曜日

映画「ちょんまげプリン」


今日は本年度アカデミー外国語映画賞を受賞したアルゼンチン映画「瞳の奥の秘密」を見にいこうとして朝一番に有楽町シネシャンテに行ったが、15分前に見事「完売」。こうしたメジャー配給では無い映画は劇場の収容人数が制限されるので封切り直後に観るのは難しい。そこで他に何か良いものは無いものかと数寄屋橋近辺を徘徊したのだが途中でiPhoneを持っている事に気付いたので、歩きまわるのをやめて普通に検索する事にした結果シネトラストの「ちょんまげプリン」を見た。こうして「瞳の奥の秘密」にしろ「ちょんまげプリン」にしろ検索段階で外国賞を貰っている事や、アンケート結果で既に高い評価を受けている事を知識として持った上で映画を観るわけだ。

つまりかなりの人、あるいは大多数が既に評価している映画に対して僕が主演の錦戸の演技が「なかなかうまい」とか、助演女優のともさかが「良い感じ」とか、子役も「素晴らしい」とか、あるいは「最近の日本映画としては全体に良く出来ている(何が?)」とかブログに書く事になるのだが、世にあるブログの大半が営利を目的とせず自身の日記として書いているわけで自身の経験に基づいた知識や教養を土台に「好きだ、嫌いだ」と評価する事には何ら問題は無い。しかしながら会社なんかでも「映画通のPorcoさんが良い映画だと言っていたぐらいだから、良いのではないの」とか「Porcoさんはジジィだからあの映画の良さは分からないのよ」とかどうしても好き嫌いをベースにした素人による「印象批評」はアンケートの一票ぐらいの重みしか持ち得ない。もちろんこれが「高倉健絶賛」なんて事になると話は全然違うのだけれども。

また「サムライが江戸時代からタイムスリップしてくる発想は良かったが江戸時代の彼がどんな人だったのかもっと説明が欲しかった」とか、「もう少し特撮やCGを駆使する映像が欲しかった」とか、既に映画作品として完成して僕の前に映写され「確定性」が生じているものに対して「ああすればもっと良かった」とかそれはつまり「僕ならばこうしてた」とかの「規範批評」も僕がその世界の権威でも無い限り他の人から見ると全く(ほとんど)意味の無い文章になりかねないのだ。

1829年当時の石高百石の直参旗本小普請組が役職が無くてやる事が何にもなかったのかどうかは別として、このサムライは経済的には裕福とは言えないまでも生活には困らなかったハズだ。錦戸は「何かをやりたいが、何をやれば良いのか分からない」若者で、一方ともさかりえ演ずるバツイチ子持ちのキャリア・ウーマンなり損ね(決して彼女の能力のせいでは無い)も子育てと仕事の間で悩んでいる。つまり我々を取り巻く社会的状況の中で、「タイムスリップ」と言う大仕掛を除けばまったく日常的に物語は進行していくのだ。「タイムスリップ」と言う事実は物語の進行上の飾りでしか過ぎないとも言える。登場人物は普通に腹を立て、仕事が忙しいとイラだったりするが、子供の喜ぶ顔を見れば和んだりもする。錦戸の言葉使いはサムライ言葉だが、ストーリー的にはごくごく身近にありそうな話なのである。それで映画の中の人達は皆良い人だから物語の進行は安心して見ていられ、予定調和的に終盤を迎える。この時点での僕の「印象批評」は「好きな映画。5点満点で言えば3.8ポイントぐらい」なんだが、物語が終わり、最後のエンドロールが始まりだすと評価は「4.5ポイント」ぐらいに跳ね上がってしまう。間違っても慌てて帰らないことだ。この映画はリピーターが結構出るのではないだろうか。

こうした文学や映画に対する「印象批評」の持つ問題点はイーグルトンの「文学とは何か―現代批評理論への招待」とか、僕などはこちらでやっと理解できた口だが筒井康隆の「文学部唯野教授 」等で一般化し始めたが、事、経済や為替に関してはそうでも無いようだ。例えば「たとえG20各国の理解を得られずに協調介入ができずとも、ここは一番ドカーンと介入して日本男児の意気軒昂である事を示そうではないか」的な意見はプロフェッショナルとしては適切では無い。半藤一利の「昭和史 1926-1945 」を読んだ方が良い。それよりもどのポイントであれば日本は介入しても理解を得られるのかを真摯に研究すべきだし、そうした数値を示す事によって介入自体が必要でなくなる事も考えられる。一番データを持ち解析能力も高い日銀を最初から敵役にしている以上いつまでたっても「印象批評」のレベルから脱する事は出来ない。


ちょっと苦しかったがこれで最近読んだ本を全部ブログにぶち込めた。


3 件のコメント:

こくぴと さんのコメント...

すばらしい。

つしま さんのコメント...

細かい話ですが豆知識として、幕臣の旗本は200石以上です。生活の苦しさは同程度だと思いますが、設定にはミスがありますね。

Porco さんのコメント...

つしまさん、コメント有難う御座います。僕も調べた事があるのですが旗本と御家人の違いと言うのは結構複雑(あいまい)で百石の旗本は鬼平にも登場しますし、浅田次郎の壬生義士伝でも百石以上が旗本であるとの記述があります。今、手元にある時代小説家のよく使う別冊歴史読本「江戸時代考証総覧」でも石高による分類はありません。WEBでは旗本五千二百人(二百石以上1万石以下)と統計がありますがこれも単に1万石以下のようです。2百石以上の区分は「雪駄履きで馬上となる資格がある」と言う事のようです。僕も気になるので来週時間のある時にもう少し調べてみます。ちなみによく言われるお目見え以上以下と言う区分は「旗本武鑑」の記述。当時も区分で揉めていたようで文化十四年に白川城主安倍飛騨守が幕府に質問しています。その回答は「番方までの家系に属するものを旗本とし、その他は、拝謁以上以下にかかわらず、すべて御家人にする」これは幕府による正式回答なのですが、実際には旗本に関する裁判記録に番方以下の者も入っていたりするので区分は「あいまい」なようです。