2010年8月28日土曜日

それでも、日本人は「戦争」を選んだ


今年の4月から6月にかけて高橋是清関連の本を集中して読んだ。是清と言えば多くの小説が「高橋是清自伝」を1次資料としてこれをベースに書かれているケースが多いのだが、例えば是清の「外債募集日記」と言うものが別に史料として存在していて、これと自伝を突き合わせていくと細部で一致しない点が多々ある事に気がつく。また外債募集に同行した、後の日銀総裁深井英五の回顧録やその他の文献を見るとまた別の側面が浮かび上がってくる。さらに当時の外務大臣「小村寿太郎」と英国公使「林董」を経由して「是清」と交された数ある公式電文を調べるとさらにさらに違った面も見えてくるから面白い。

例えば司馬遼太郎も「坂の上の雲」で採用している日露戦争時の日本公債の起債について、「パーティーでたまたま知り合った米国のユダヤ人シフがいきなり米国での日本公債販売を引き受けてくれて日本は何とか資金難を乗り切った」と言うような話。ユダヤ人シフはロシア皇帝のボグロム(ユダヤ人迫害)に怒りを覚え日本を助ける事にしたと言う事が通説になっていて日本史上ではある種の美談として語り継がれている。Webでもこのあたりを調べると同じような話で溢れている。しかしこれらの根拠はすべて「是清自伝」に根ざしている。もし是清が何らかの都合で「自伝」を真実とは違うストーリーに変更していればこの固まりきった通説は将来においても通説としてまかり通ってしまうだろう。

是清自伝のこの部分をよく読むと目論見書が既に完成して日本公債販売の仮契約をロンドン銀行団(引受シンジケート)と済ませたお祝いのパーティーの席上で2人は出会ったとある。いくらセカンダリー(既発債:新規発行ではアメリカでの手続きが面倒な為にロンドンで既に発行された外国証券として扱うと言う意味)にしてアメリカで販売するとしてもアメリカで引受団を組成して販売の詳細を詰めるのに日程的に間に会うのだろうか?と言う疑問が僕には湧いてくる。これは多分歴史学者は証券販売の知識が無い為にこういった視点で公債募集と言う史実を捉えられないからこれまで放置されてきたのだと思うわけだ。また是清はこのパーティーまで「クーン・ローブ商会もヤコブ・シフの事もちっとも知らなかった」と述懐しているが、この時代のクーン・ローブ商会の隆盛やNY市場における外債発行が盛んであった事を知る者としては「はい、そうですか」とはとてもでは無いが納得できる話では無い。是清や深井あるいは当時の日銀のロンドン代理店である横浜正金銀行の行員が新聞さえ読んでいるならばそんな事は絶対に有り得ないと断言できる。それどころか当時の外務省の電文を見ると各国に配置した公使館、領事館の情報収集力は大変高いレベルにある事が分かるのだ。NY領事の「カーブ市場」(当時のNY市場外取引)に関する報告などは今では宝物とでも言えるようなレベルにある。従って是清が「クーン・ローブもシフも知りませんでした」と僕の目の前で言ったとしたら僕は「えー!」と驚くしか無いだろう。「ちゃんと僕の目を見てもう一度言って下さい」てな事になるはずなのだ。

是清が2・26事件で暗殺された後に書かれた深井英五の「人物と思想」では「シフが夕御飯で知り合って感激して募集に参加したと言うのはあまりに小説的である・・・それほど単純では無い」と深井が述懐している事に注目せねばならないだろう。「高橋是清自伝」はあまりに小説的なのだ。だからとても面白い。がしかし正確では無い。そして「是清は何らかの事情でこの話を美談にしなければならなかった」と考えるのがどうやら正しいのだ。

それでも、日本人は「戦争」を選んだ」:加藤陽子を読んだ。この本は初版が2009年7月だからすでに出版から1年以上が経過し、尚且つカリスマ書店員が選ぶ「最高に面白い本大賞」2部門で1位を占めるベストセラー本であるから今更ブログでご紹介も何もない本である。僕としては普段からどちらか言うと古い本ばかり紹介しているので(読んでいるので)この本は僕の範疇で言えば新しい本の部類に入るだろうから紹介する事に抵抗は無い。なにしろ先週神保町の東京書店でたまたま見つけてやっと読んだのだから仕方無いだろう。

著者の加藤陽子氏は東京大学文学部で主に1930年代の日本史を研究している。この本は神奈川県の中高一貫進学校「栄光学園」の歴史研究会のメンバーに対して5日間に渡って行われた集中講義を活字化したものである。こうした進学校の歴史研究会のレベルは多分一般社会人の歴史知識レベルよりも高いと僕は踏んでいるが、果たして講義の内容は決して昨今流行りの「わかりやすい池上」レベルでは無く、社会科学としての最新の歴史学を高校生に伝える努力が講義を通じてもたらされている。従ってちゃんと読むと結構骨が折れるが得られるものも大きい。日清戦争から第2次世界大戦まで当時のベスト アンド ブライテストであるはずの為政者達が何を根拠に開戦の決断を下したかを検討していく過程が示されている。近代史はどうしても自伝に頼るところが多いが、詳細な手紙や公式電文、報告書の類を丹念に調べる事によって違う側面から史実を考察できる事が歴史学の最前線の知見をもって丁寧に説明されていると言えるだろう。
戦争被害者からの視点が無いとかABCD包囲網の話が無いとか色々ご不満な点は多々あると思うが、逆にそう言ったものへの言及を敢えて避けているからこそ400ページ程の分量で「何故日本人は戦争を選んだのか」と言う大きなテーマを扱えているのだと思う。同僚や家族についつい歴史を語ってしまうような僕みたいな人にはmustな本だろう。

本の中から少しショッキングな数字をひとつ、「ドイツ軍の捕虜となったアメリカ兵の死亡率は1.2%にすぎないが、日本軍の捕虜となったアメリカ兵の死亡率は37.3%だった」
日本兵はもともと日本国(軍官僚)から大事にされていなかった事も考慮しなければならないでしょう。

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