2010年9月10日金曜日

大恐慌を駆け抜けた男 高橋是清


僕は鉄道マニアではありませんが、決して嫌いな方ではありません。
先日機会があってwikiでケーブルカーを見ていたら、現存する国内ケーブルで乗った事が無いのは青函トンネル竜飛斜坑線、四国の八栗ケーブルと九州の帆柱ケーブルの3つだと分かりました。確かに小さい頃からケーブル・カーを見ると乗りたくなる衝動は今も変わりません。その内に是非全国制覇したいものだと思います。
ところでこうしたケーブル・カー達も第2次世界大戦中の昭和19年初頭には不急不要路線としてレールを外され、お寺の釣鐘などと一緒にくず鉄とされた過去があります。この事は比較的良く知られている事ですが、どうでしょう金の献納運動についてはあまり知られていないのでは無いでしょうか。ましてやその背景については尚更でしょう。

昭和13年中国華北に侵攻した日本は当地に中国連合準備銀行を設立し連合券と言う紙幣を発行します。当時の蒋介石率いる中華民国は英国主導による幣制制度が成功し、既に法幣(元)が統一通貨として流通するようになっていました。円ブロック経済圏を確立しようとする日本は円と元の間で固定レートを設定しますが、ここに中国元、日本銀行券、中国連合券、さらに朝鮮銀行券の4種類が固定レート化されます。つまりどの通貨も同じ価値で為替の変動は無いと決め付けます。

ところが帝国陸軍は戦費調達の為に華北に朝鮮銀行券を大量に持ち込み、これは元と同じ価値であると物品を購入しますが、物品を売る方にすれば見た事も無い紙切れです、たまったものではありません。その為に華北では元と朝鮮銀行券の交換比率は朝鮮銀行券安に大きく崩れてしまいます。一方で日本政府は固定レートを主張している訳ですから、ここで何が起こるかは金融市場に興味のある人なら簡単にわかりますよね。華北地方において元で朝鮮銀行券を安く買い、それを上海に運び日本銀行券と交換し、その日本銀行券を元に交換してもらう。また華北に戻って元で朝鮮銀行券を買い上海に行く。100円の元手で5回これをやると2048円73銭儲かったと言う記録があるそうです。これを逆算すると1回の取引で約83%の利益を得られた事になります(算数の計算は大丈夫でしょうか?)。まさに濡れ手にあわと言う取引です、儲けた大陸の日本人も多かった事でしょう。

日本は物資を大陸に輸出し帳面上は貿易黒字を稼いでいました。何しろ中国連合券にしろ朝鮮銀行券にしろ固定レートでしたから。一方で軍事物資の多くは米国からの輸入に頼っていましたから米国には正貨(金)で支払わなければなりません。こんな事を続けていると正貨不足になるのは明らかです。

そこで昭和13年(まだ太平洋戦争は始まっていません)、新聞社が窓口となって第1次金献納運動が始められ国内に退蔵されていた金が買い上げられます。翌年には地方長官主催で第2次金献納運動、この時は皇室も金を拠出します。さらに運動じゃ盛り上がらないので昭和15年10月には政府が直接関与して家庭に大事にしてあった金も徴発される事になります。隠し持っていると非国民ですね。こうして集められた金は累計341トン、輸入決済代金として米国に現物輸送された金は324トンにのぼります。要するに昭和16年以降は輸入しようにも貿易決済用の正貨(金)は無くなってしまっていたと言う事です。

国債は国民の債務なると共にその債権なるを以て、国債の増発も国民全体としては財の増減が無い故に、内国債である限り国債の増加も国民全負担の増加にあらず、何ら恐るるに足りず」、「日銀が国債代金として放出する資金は恒久的に循環して日銀に帰還するはずであるから、引受発行は多々ますます弁ずる」。どこかで聞いたようなフレーズですがこれは去年から今年の流行(はやり)では決してありません。実は昭和11年に流行していた説なのです。高橋是清はこの年に226事件で暗殺されますが、こうした国債購入者がその後どうなったかは申すまでも無いでしょう。

大恐慌を駆け抜けた男 高橋是清:松元崇著を結構時間をかけてじっくりと読みました。
僕が思うにこのタイトルは間違っていると思います。この本は高橋是清を軸にこそしていますが、内容は維新から第2次世界大戦までの包括的な財政史になっています。是清を説明しようとすると結局は維新時の金流出から説明しなければならないので仕方が無いかと思いますが、この本が単なる是清の解説だと考えるのは過小評価に過ぎるでしょう。
この本の一つのテーマ、是清に対する認識は「深刻な景気の落ち込みに対してケインズ的な財政出動を行って景気を回復させた蔵相」で良いのだろうか?
この答えはNOなのです。「日銀引受で国債をどんどん発行するのが是清レシピである」これもNOです。財政政策は前後関係を知っておく必要があるのです。

参考文献が豊富です。読みやすい教科書だと思って一度読んで見ることをお奨めします。著者が財務省の現役キャリアである事は読んだ後から考えれば良いでしょう。割り引くべきバイアスは小さいものです。


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