2010年9月13日月曜日

終着駅 トルストイ最後の旅


明治29年(1896年)欧州を旅行中だった国民新聞社の徳富蘇峰と深井英五は小西増太郎からの紹介状を手にモスクワの南200キロにあるヤースナヤ・ポリャーナにトルストイを訪ねた。この時トルストイは68歳、ロシア研究家小西増太郎はトルストイと共同で「老子」のロシア語版を出版していたので蘇峰に頼まれ紹介状を書いた。

早朝に到着した蘇峰と深井はトルストイの娘さん達と一緒に総勢9名で朝食をご馳走になるが世界三大悪妻の一人と言われる奥さんのソフィヤ・トルストイはその時には不在だった。蘇峰とトルストイは英語で会話したのだが、その内に2人は大激論になり蘇峰が「この辺りの事はまた後日にしよう」と言ったところ、トルストイは「自分達は死期がいつ来るかも知れぬ。故に人生の至要問題は一瞬間でも放任する事はできない。」と言い二人の議論は収拾がつかなくなってしまい深夜にまでおよんだ。結局蘇峰と深井は昼、夜と御飯をご馳走になってしまった。帰り際に二人はトルストイから写真にサインを貰って後々まで大事にしたそうだ。トルストイはこの蘇峰と深井の訪問の後の日記に「日本人は、我々よりずっとキリスト教に近い。大好きになった」と記している。

この訪問から10年後に日露戦争が始まると平和主義者のトルストイは1904年6月27日のロンドン・タイムズに"RETHINK YORSELVES!"【汝悔い改めよ】と言う戦争批判の記事を投稿する。この記事は世界中の人々に大きく影響を与えたが、ロシアでは公開される事なく、日本では後になって日本語訳が掲載された。この記事はTimes onlineで今でも読むことができる。



映画「終着駅 トルストイ最後の旅」をシャンテ・シネで見た。今年はトルストイ没後100年にあたるそうだ。もともと伯爵であり、さらにあまたのベスト・セラー小説の印税収入で大富豪であったトルストイは自分の死後の著作権をロシア人民の為に寄付しようとし、こども達の為に残そうとする妻ソフィアと対立する。夫婦には毎日諍いが絶えないが、それを苦痛に思ったトルストイは82歳で家出をしてしまい、その旅先のアスターポヴォ駅(現レフ・トルストイ駅)でその生涯を終えてしまう。世界中から動向を注目される彼は「家出」も記者に追われ臨終を待つその駅前には世界中の新聞各社のテントが張られ、さらに当時普及し始めていた映画カメラにも付きまとわれ、言わば死への旅路すら実況中継(電信だが)されてしまう。もちろんその当時のフィルムは今も残っており、この映画のエンドロールで登場する。

キャストはロシア系イギリス人のヘレン・ミレン他演技派で固められており作品として冗長さが全く無く、時間の経つのも忘れて見入ってしま事だろう。内容のぎっしり詰まった良本のイメージの作品だった。SLやロシアの田舎駅のストラクチャーなど鉄道好きにも良いのでは無いだろうか。帰りに勢いで神保町の古本屋を漁り「アンナ・カレーニナ」3巻を買ってしまったが一体いつ読めるのだろうか。偉そうに書いたが、実は"RETHINK YORSELVES!"は読んだものの俄文学中年はトルストイの作品を1冊も読んでいないのだった。

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