2010年10月31日日曜日

山崎種二の本


山崎種二は1893年山深い群馬県吉井町坂口の生まれ、深川の回米問屋山繁商店の丁稚から身を起こし、米相場を経て「売りの山種」として株式市場にも一名を残した名相場師である。戦後は一転買い方にまわり「買いの山種」となった。 山種は単なる相場師というよりは実業家でもあった。山種証券は現在SMBCフレンド証券となり、保米倉庫を発祥とするヤマタネグループ(9305)は倉庫業準大手、米卸売の大手企業として活躍し、東西線茅場町駅真上の山種ビルには山種美術館も残している。

地名変更で少々わかりにくくなっているが、現在東京穀物商品取引所のある日本橋人形町一丁目界隈の住所は戦前には蛎殻町二丁目だった。したがって同地にあった東京米穀取引所は「蛎殻町」と呼ばれ日本橋川を挟んだ株式取引所の「兜町(シマ)」とよく対比された。両市場のプレイヤーに免許以外で「株屋」・「米屋」の明確な区別があるわけではなく、株をやる者は米や小豆にも手を出した(場違い筋と呼ばれたが)。小さな個人商店は地域の明確な区別は無く双方の店が入り交じっていたようだ。蛎殻町にも株屋はたくさんあったのだ。

「蛎殻町」は先物の一種である期米取引を扱っていた一方で、これはあまり知られていないが深川には現物の米を売買する正米取引所があった。深川と言っても永代橋を渡って三つ目のトヨタの角を左折して最初の信号あたりに最近まで当時としてはモダンな旧取引所のビルが残っていたものだ。
このあたりには回米問屋が立ち並び市場で売買し現物の受け渡しもする。地方から買い付けた米を集荷し小売の米屋に卸売をしていた。彼等回米問屋は買い付け仕入れ値をヘッジする為に蛎殻町で売りの注文を出すのが常だった。

期米を扱う相場師はついつい熱くなりすぎて正米との理論価格よりも高く値付けすることもあり、「深川」で現物を仕入れ「蛎殻町」で期先を売るアービトラージもごく日常的に行われていた。もちろん「深川」も大人しい商人ばかりでは無いので相場に入れ込む問屋もあとをたたなかったが、「相場師」主体の蛎殻町と比べるとサヤ抜き商売中心でリスクを張らずに充分に儲かる「正米師」は手堅い商家も多かった。山種はそんな正米師の元で修行し、米の目利きを鍛えヘッジ中心の細かく稼ぐ手法から相場師の道へ入った。「ケチ種」と呼ばれるのは何もケチだからと言うだけで無くこうした細かい手法もそう呼ばれる一因になっている。

先物の「蛎殻町」で空売りをして期日を迎えると差金決済もできたが米を集めて現物で引き渡す事もできた。ひどい時には強気筋が米が不作と買い上がると売り筋はどこからか現物米を手当して引渡したりした。したがって売り筋が米を調達できたと言うニュースが出ると米価は暴落したりもした。買い方の「相場師」が米で決済され現物を渡されても販路や倉庫を持っている訳でもなく現実に売り捌くことは出来る相談では無い、大口での引き取り手が無い場合には「正米師」である回米業者に取り敢えずの保管と販売を依頼するしかなかった。。そうした点からも現物を扱う深川回米問屋は米の先物市場でも物理的なデリバリーでは圧倒的に強かった。現物を持っているのであるから勢い「売り」に強みをもつものが多かったのだ。こうした背景から山種はヘッジの延長線上で「売り」を得意とした。米の目利きができ、現物の調達力もあった。「売りの山種」は単なる弱気を得意とするわけではなかったのだ。


「そろばん」は山崎種二の自伝であり、「百戦百勝」は主人公の名前こそ変えてあるが城山三郎による山崎種二の伝記的小説である。

山種は1956年に日経新聞「私の履歴書」に登場し、それをもとにそれ以降を付加した形で1984年に「そろばん」を出版している。一方で城山三郎は1974年に「百戦百勝」を書いているので先出の「私の履歴書」を参考に、若干のインタビューや取材をもとに小説を書いたのだろう。小説の内容は履歴書をベースに女性を絡め彩りを付加した構成になっている。

面白いのは「そろばん」の中で山種がこの城山の小説について言及していないことだ。律儀な山種の性格からすれば小説化してくれた作家にお礼をこめて言及しないわけはないのだが、城山は山種が芳町、浜町の芸者衆に頻繁にちょっかいを出していたことを小説の中で書いた。山種としてはこれが気に障ったのだろうと推察される。
運が良かった人の話が好きなら別だが、相場に対する「気構え」の参考に読むのであればどちらもあまり役に立つ本では無い。それよりも当時の米相場と株式市場の関係や回米問屋の商いの仕方などは東京と言う金融市場を知る上でとても役に立つだろうと思う。  なにより面白い。 「そろばん」→「百戦百勝」の順がお薦めだ。

山崎種二の好きな相場格言
「凶作に買いなし、豊作に売りなし」

参考サイト:ARCHITECTUAL MAP 食糧ビル(旧米穀取引所)
       桃乳舎 食堂 Porco Rosso

2010年10月30日土曜日

ムハンマド イスラームの源流をたずねて


僕は確かに「イスラム」についてよく知らない。飛行機の中継で2時間程飛行場にいた程度で、中東を旅したこともない。世界に大きく影響力を行使し始め、今後地球上において人口が爆発するグループであるにもかかわらず、「イスラム」とは何であるのか?は基本的な事ですら確かに何もわからない。9・11のようなテロリズムを擁護することなどできないが、イスラムについて基本的なことは押さえておきたい。

「17世紀以降、イスラム世界は西洋に対して劣勢に立ち始めた。壮麗な文明を誇ったイスラム世界は西洋の攻勢の前に後退し、植民地化の時代がきた。西洋ではイスラムを後進的な宗教として激しく否定する言説も造られた。しかしながらイスラム世界がイスラムを捨てなかった理由としてクルアーン的な革新がその中核にある。」

「クルアーン」とは「コーラン」のことだ。 コーランは英語の読みでしかない。同じようにモハメッドは「ムハンマド」である。僕らはイスラムを文明的に一段低いか、あるいはちょっと怪しげな「幻想を共有している世界」としか見てこなかったのではないだろうか。英米文化の枠組みの中で「イスラム」に対するステレオ・タイプの一様な知識が植えつけられてしまったのかもしれない。

「ムスリム達は自信を失いかけその原因を自問した結果が、『クルアーンとムハンマドの教えを正しく理解し、実践しないことが過ちの原因であった。』 クルアーンが時代遅れであるという替りに、自分達が時代遅れであると結論付けた。クルアーンは正しく理解すればいつの時代にも有効である。」 クルアーンはアラビア語以外への翻訳は禁止されながら、言語の異なる民族にまで大きく勢力範囲を広げていた。もしも取るに足らない宗教であるならば、こんな事はありえない。

しかしそもそも宗教との関わり合いが希薄な僕にとってこうした考え方は理解しにくい。

「『ムスリムはアッラーを信じている』という表現は適切ではない。彼らはアッラーが実在することを前提に暮らしているのである。それは、私たちが空気が存在するのを自明視している程度に、自明なこととみなされている。その意味では、アッラーは、手にふれるモノと同じように実在なのである。」

日本人から見れば唯一神(アッラー)の実在は理念でしかないが、例えば我々も「ある人との友情が現実だ」と思うのであれば、唯一神や預言者(ムハンマド)も現実でありうると考える必要がある。さもなくばいつまでたってもイスラム世界は「ありえない幻想を共有している世界」としか捉えられないだろう。


イスラム教の発祥はただ独りの預言者である「ムハンマド」が唯一神であるアッラーから啓示を受けた時に始まる。ムハンマドはAD570年頃の生まれで632年に没しているので、日本で言えば飛鳥時代に相当する。同じセム系宗教(アブラハムの教え)のユダヤ教やキリスト教からみると随分と新しい。
したがってムハンマドが啓示を受けた時点ではすでにユダヤ教もキリスト教も存在し、メジャーな存在では無いがアラビア半島にも信者は既にいたのだ。

イスラム教では天は7層からなり、ムハマンドは破壊されたイスラエルの民の神殿から昇天体験する。第一天ではアーダム(アダム)が迎え、第二天ではヤフヤー(ヨハネ)とイーサー(キリスト)が迎える。第三天にはユースフ(ヨセフ)、第四天はイドーリス(エノク:僕は知らない)。第五天がハールーン(アロン:モーゼの兄)、第六天がモーゼで第七天にはイブラヒーム(アブラハム)がいる。つまり大本の神はキリスト教もユダヤ教もイスラム教と同じようにアブラハムなのだ。

「身代金」という手段や、保護を求めたものには保護を与えるという考え方。イスラム教が世界の動向にますます深く関わり合いを持つようになった今日。昔、誤解をもとに喧嘩別れした友人のなつかしい手紙を読むようにこの本を読んでみてはどうだろうか。

2010年10月27日水曜日

FOMCを控えて


11月2,3日のFOMCを控えて米国では量的緩和の規模に対して不透明感が広がるとともにポジション調整的な動きが見られるが、インフレ連動債を購入する向きが強くブレーク・イーブン・インフレ率から見ると昨日30年債で2.60%をつけて、これは2007年からリーマン・ショック直前までの平均予想インフレ率のレベルまで戻した。デフレ脱却インフレ期待醸成と言う見方からすると少しペースが早いが各種ニュースから受ける米当局の動きは「発表する目標値はどうであれ、とにかく最後までやります」的なニュアンスが強い事が影響しているのだと思う。


先日のG20財務相・中央銀行総裁会議は通貨安競争の「回避」で合意し、貿易不均衡の解消に向け「経常収支を持続的な水準で維持する」ことでも一致し、「今後合意する指針(経常収支)」に照らして相互評価することも決めたことになっているが、市場参加者からして見れば現実には11月11日のG20の前段階で発表されるFOMCにおける米国の追加緩和政策の規模次第と言っても良いだろう。現状でのコンセンサスは「今後5ヶ月にわたって5000億ドルの国債買い入れ」ということになっている。

米国国債は追加緩和期待から大きく利回りを下げているが、Aaa、Baaの社債利回りはもちろんこれには追随していない。
10年国債利回りとのスプレッドでみると以下のような状況だ。グラフ期間10年

国債購入によるこれ以上の金融緩和が素直に銀行システムから民間への流れにはならないと示唆している。マネーが新興国に流出してバブルを発生させるという懸念があるのは新興国市場の動静を見ればわかることだろう。

ロイターではシナリオ別の反応を記事にしている。

本日のロイターでは短いがこの記事も興味深い、
[北京 26日 ロイター] 中国の陳徳銘商務相は、米国のドル発行は「抑制がきかない」状態となっており、中国にインフレの脅威をもたらしているとの認識を示した。新華社が26日伝えた。

もともとUSドルにペッグするようにコントロールしていた人民元がドルの継続的な下落によってインフレ懸念の台頭でやっていられなくなってきた事を伝えている。
抱きついていた相手から、逆に抱きつかれて水の中を沈下していくような状況だろうか。

ともかく選挙も近いこともあり市場環境の急変は避けたいだろうから、アメリカの追加緩和による国債購入規模がどのように発表されようとも「追加買い入れの可能性を示唆」ということになるのだろうと思う。したがって様子見は続くがバーナンキ議長達FRBの大規模な処置への傾斜は最後には結局ドル安を促すことになると考える。


2010年10月25日月曜日

中国の反日デモ


香港のヘッジファンドで働いている友人が面白い写真を送ってきてくれました。

日本でも現在中国で発生している反日デモに関しては色々と情報が錯綜していて、「どうも本気でデモに参加している人は少ないじゃないか?」とか言われていますが、外国メディアは内陸部の取材制限下にあって当局の許可が必要だそうです。


その友人からのメールによると、
「日本のメディアの報道は、
1.中国当局の許可を取り、中国のガイド(監視役)と許可された範囲の取材を行う、
2.現地に取材に行かず、中国当局よりブリーフィングを受け、写真の提供を受ける
3.唯一、現地で直接取材と報道をしている香港紙の内容を転載する
のどれかになります。

ちなみに、香港のマスコミのデモ隊への直接取材によると「大学にある中国共産党の学生部より、デモをやるようにとの指示が2、3週間前にあり、それに従って行動している」とデモの若者が答えていました。(その香港の記者は中国に拘留されています)」とあります。

日本のテレビでよく放映されている映像の中で、スポーツ用品「ミズノ」の看板が削ぎ落とされるシーンがあります。
下の写真です。 デモ参加者が「日本倒せ!」とシュプレヒコールをあげているようにも見えますが、


拡大してみるとほぼ全員が通りかかったタレントでも撮影するように携帯かデジカメを持っていることがわかります。



この写真からすると参加者のほとんどは見物人のようですね。
先日の日本のテレビもデモ参加者が「みんな笑顔」みたいな映像を紹介していましたが、中国共産党への忠誠が薄まっていると言う事は逆に動乱を予測させ金融市場的には反動への警戒が必要なのかもしれませんね。

2010年10月23日土曜日

もっとも美しい数学 ゲーム理論


誰もが快楽を好み苦痛を嫌う。道徳の至高の原理は幸福、すなわち快楽の割合を最大化することである。ジェレミー・べンサムによれば正しい行いとは「効用」を最大化することであって、社会全体の「効用」を最大化することは「最大多数の最大幸福」を意味するとした。 政治哲学における「ベンサムの功利主義」である。
「効用」と言う概念を経済学に組み込んだのはベンサムの信奉者でもあったディビッド・リカードだった。いくら「効用」と言う概念を造っても経済学においては幸せの量は比較しにくいのでマネーを使って計測することにした。つまり「富があれば幸せであろう」と言う経済学における大前提である。そして人は金銭で計れる「効用」を合理的に最大化すべく行動するであろうと考えることにした。

しかし人はいつも経済学でいう合理的な行動をするとは限らない、人間は感情という物を持っているので、なめられたりすると(尊厳を傷つけられたりすると)損を承知で「啖呵」を切ったりするものだ。「なんでぇ、そんな銭要らねえや!」という具合で、「貰っておけば良いじゃないかよ!相手だってそれで気が済むんだから」となる。

先日キャリア官僚である元国家公務員制度改革推進本部事務局の審議官だった古賀氏を「職務と関係ないことでこういう場に呼び出すやり方は、はなはだ彼の将来を傷つけると思います。優秀な人であるだけに、大変残念に思います」と「恫喝」した仙石官房長官はその後の記者会見で「彼のことを心配して言っただけの話だ。別に恫喝のつもりはない」と言い放ったわけだが、これなどは人はマネーで幸せを計測し「効用」を最大化するものであるという立場を鮮明にしていると言える。古賀氏が「金や地位」を失う事を親切に心配してあげているわけだ。もっともそうすべく圧力をかけるのが他ならぬ仙石さんご本人ではないのか?というところがオチなのだが。

では古賀氏は「効用」を最大化しようとしていないのだろうか? そうでは無いだろう。多分マネーだけが幸福の量を測れるわけではないと古賀氏が信じているからだろう。
21世紀に入りMRI(核磁気共鳴画像法)が発達すると、人間の脳はどうやら「効用」をマネーだけではなく脳内ホルモンである「ドーパミン」の量を最大化すべく合理的に行動しているのではないかと考えられるようになった。これであれば「啖呵」や「ヤセガマン」あるいは「正義を主張することによる満足」も説明がつこうと言うものだ。
しかしこうなると「効用」は一律には決まらないことになる。なにしろ人の感情(ドーパミン分泌量)と言うものは千差万別だからである。そうなると勝手きままに動く量子を計測するように確率的な捉え方をして全体像を把握すると言う方法も必要になってくるだろう。

随分と変な前フリになってしまったが、多分大きくは外していないだろう。「もっとも美しい数学 ゲーム理論 (文春文庫)」(原題 Beautiful Math:John Nash,Game Theory,and the Modern Quest for a Code of Nature)を読んだ。

2008年2月に単行本として発刊された本書がこの9月に文庫化されたもので、解説者によると文庫化に伴って丁寧に翻訳が推敲され直し非常に読みやすくなっているという。僕としてもこの本を読む意義や「効用」の前に、実はこの本はエンターティメントとしても非常に「楽しめる」本である事を強調しておきたい。

アイザック・アシモフがSF小説「ファウンデーション 」の中で天才数学者ハリ・セルダンに創始させた「心理歴史学」に「ゲーム理論」がどう近づいてきたか、そしてこれからの展望はどうなのか? 数式を殆ど使わずに「ゲーム理論」とは何かを分かりやすく物語風に解説した良書である。著者は科学ジャーナリストであるトム・ジーグフリードで、「合理的市場という神話」のジャスティン・フォックスや「アメリカ後の世界」のファザード・ザガリアなど続々と名著を出版する米国のジャーナリストのレベルの高さを改めて思いしらされる事になる。
末尾の解説者はこの本を「ゲーム理論がどのように森羅万象を解き明かす究極理論となるか、その可能性を知的に探求するルポタージュである」と評している。因みに解説者は「極東ブログ」さんである。本屋で解説を立ち読みしてから買うかどうか判断するのも手だろう。

2010年10月18日月曜日

ハーバードの「世界を動かす授業」


「日本の課題は明白である。世界の趨勢がグローバル化に進み、『国々が競争する状況』のなかにあって、内向き指向に傾斜している。政治面ではポピュリズムに終始し、その結果、財政構造の硬直化、赤字幅の拡大、巨額な累積債務に苦しむ国となってしまったにもかかわらず、財政再建の道筋はまったく示されていない。財政再建に取り組むほか、安全保障、優位な外交展開、資源・エネルギー開発、科学技術、教育、ベンチャービジネスなど官民をあげて世界に立ち向かう成長戦略の策定と実行が課題であろう。」

ハーバード・ビジネス・スクールのプログラムに既に実業界で活躍しているビジネス・リーダー向けのAMP(Advanced Management Program)というものがある。その中のBGIE(Business、Government and the International Economy)の講義を実際に授業を受けた共著者の仲條氏が日本の読者向けに構成しなおした本である。
長い講義を約300ページ程の分量にまとめてあるので、世界のエグゼクティブが「世界の動向」に対してハーバードで何を学ぶのかのブリーフィングとなっておりコンパクトな内容にもかかわらず興味深い視点をいくつか発見することができる。また各国の状況も地域別にまとめてくれているので普段ブローカー発信の「インドの状況」や「ロシアの状況」に馴れてしまっている私などには良い刺激になった。普段証券価格だけを見ているよりも想像外の不確実性が高い事がわかるだろう。グローバル投資家は目を通しておくと後が楽になるだろう。

あまりにも短くまとめているので例えば日本の問題は、「リカードの中立命題:財政政策面で赤字を出し続けると、いずれ増税となることを理解し支出を抑制する態度をとる」で片付けられている。しかし却ってこのほうが良いのだ。様々な見解があろうともAMPに参加するような世界のビジネスリーダー達は大枠ではこう見ている、あるいはこう教えられていてコンセンサスは形成されているのだから。アメリカの累積債務問題も私が考えていたよりも大きな問題であったし、インドの政治状況も決して楽観できるものでは無い。

NHKの「ハーバード白熱教室」でブームとなりその著書もベストセラーとなっているマイケル・サンデルの「これからの「正義」の話をしよう」も読んだが、読者の興味はサンデルのコミュ二タリアリズムに対する評価がどうであるとか、彼がロールズの批判者であるとかでは無いだろう。今現在この本が何部売れているのかは知らないが手元の本は初版から三ヶ月で既に53版になっている。ベンサムがどう考え、カント、ロールズ、アリストテレスと体系づけられ、こういう手順で政治哲学は考えることができるのだという知識が新鮮なのである。つまり今までは勉強の仕方を知らなかったと考えさせられるのだ。なんだこう教えてくれれば良かったのにと。

世界の経済学部ランキングでは日本からは152位にやっと東大が入る。また最近のノーベル賞でも受賞する人は米国の大学への留学経験者が圧倒的だ。もしこれらに日本語と英語という言語の問題があるにせよ、「国々が競争する状況」の中にあっては国の競争力として放置しておける問題ではないだろう。

私は門外漢なので細かい制度や最近の状況は知らないが、思い切って予算を組んで毎年5000人ぐらい国費留学生を出してはどうだろう。一番高いビジネス・スクールの学費が2年で16万ドルぐらいなので、多めに見て1年800万円掛ける5000人で400億円ほどだ、長く見て3年としても1200億円にしかならない。ダム工事と比べれば効用は明らかだろう。5000人も枠があればMBAに限る事もない、芸術や工芸なんでも良いだろう,国もアメリカに限定する事もないし、言語も多様で良いのだ。卒業すれば返還の必要無し、退学は50%バックでどうだろう。対象年齢も35歳程度まで拡大しても良いだろう。進学校も実用英語教育に力を入れるかもしれないし、サンデー毎日のランキングも横文字から始まるかもしれない。

どの程度が日本に帰ってくるかはわからないが、彼等のグローバルでの強みは日本語なんだからきっとビジネスチャンスとともに帰ってきて費用以上の税金を収めてくれるだろう。いくら日本の大学が優秀であっても「国々が競争する状況」ではそれに適した訓練が必要だろう。明治維新に海外から学んだように内向き指向を変える一番簡単な方法で、思ったよりも投資資金(予算)は必要ないのではなかろうか。

2010年10月15日金曜日

合理的市場という神話


1984年5月コロンビア大学ビジネススクールはグレアム=ドットの「証券分析」出版50周年を記念するコンファレンスを開いた。講演者は2人で、コロンビアOBでグレアムの弟子であるウォーレン・バッフェットと「経済学の命題の中で、効率的市場仮説ほど確固とした実証的証拠に裏付けられた命題はほかにない」と宣言していたマイケル・ジェンセンである。

ジェンセンは彼の信条に沿って、「グレアムの技法を実践して大きな成功を収めている投資家もいると反論する人がいるかもしれないが、それは運が良かっただけだ」と切り捨てた。ウィリアム・シャープが得意とするたとえ話「私がコイン投げをしているだけの無能なアナリストたちを調査したら、2回連続で表が出ている人もいるだろうし、10回連続で表が出た人だってみつかるだろう」とバッフェットを攻撃した。これは25年も前の話だ。

バッフェットはこれに応酬した。
「アメリカの全国民がコイン投げ競争に参加するとしよう。全員最初に1ドルを賭け、勝つごとに掛金は上がっていく。コイン投げを20回繰り返すと、約215人のミリオネアが勝ち残る。その多くは自分は天才だと確信するようになる。コイン投げに成功する秘訣を書いた本を出す人もいれば、ジェット機にのってアメリカ中の効率的コイン投げに関するセミナーに乗り込み、『そんなことはありえないと言うのなら、この215人がこうして実際にいるのはどうしてか』と懐疑的な教授にくってかかる人もいるだろう。
ファィナンス教授達は、オラウータンがコイン投げをしても同じような結果になっていただろうと言い返すかもしれない。しかしコイン投げ長者になったオラウータンがどこの出身かを詳しく調べたらどうなるだろう。」

バフェットは1つのレトリックとして人間から霊長類へと物語を飛躍させた(ある意味でコインから意志を持つ霊長類に飛躍させた)。
「そのうちの40頭がオマハのある特定の動物園の出身だとわかったら、大発見をしたと強く確信するに違いない。そうして、動物園に行って、どんな餌をやっているか、特別な運動をさせているか、どんな本を読んでいるか、他に何か知っている人はいないかと飼育係に尋ねるだろう」

バフェットは続ける、
「投資の世界のコイン投げ長者の大多数は『グレアム=ドット村』とでも呼べる、とても小さな村の出身だとわかるだろう。さらに突出した成功を収めている9人の投資家を調べたら、9人の投資家は、グレアムの元教え子もいればそうでない者もいたが、全員が会社の収益や資産と比べて割安感が大きい個別銘柄を探すか、相場の流れを無視していた。市場価格と価値の間には今後も大きな乖離が生じると見られ、グレアムとドットの本を読んでいる投資家は成功し続けるだろう」と結んだ。
ジェンセンはこれを聞いて「バフェット氏が億万長者であることは偶然ではない」と述べたと言う。「合理的市場という神話」より引用、

「経済学者や政治哲学者の思想は、それが正しい場合にも間違っている場合にも、一般に考えられているよりもはるかに強力である。事実、世界を支配するものはそれ以外にはないのである。どのような知的影響とも無縁であると自ら信じている実際家たちも、過去のある経済学者の奴隷であるのがふつうである」 ジョン・メイナード・ケインズ

EMH(効率的市場仮説)はそもそも株価の動きはランダムであり、過去の動きに基づいて株価を予測することはできないと言う考察だった。そして次いで、公開されている情報に基づいて株価を予測することは不可能だという主張が展開された(後に否定された)。こうして今現在の株価は総ての材料を織り込んでおり本質的な意味で市場によって形成される株価はなにより正しいという確信へと変わっていく。

しかしこれは単に仮定としての論理構造でしかなかった。つまり複雑なものを単純化して市場を理解する為のモデルでしかなかったのだ。しかしEMHを構成要素とする合理的市場理論が大学のキャンパスからウォール街、ワシントン、あるいはジェンセンによって米国企業のCFOへと伝搬されるとこの仮説は強化されモデルのための仮説でしかない事は忘れられて行った。
ウォール街では不完全なリスク・モデルへの過度な信頼が高いレバレッジ体質を産み金融恐慌を引き起こし、ワシントンでは極端な自由放任主義がそれを助長したとされている。
しかしだからと言ってバフェットでさえも仮説自体を否定しているのではない。道具は使い方の問題なのだ。


合理的市場という神話 ―リスク、報酬、幻想をめぐるウォール街の歴史」を読んだ。(The Myth of the Rational Market:Justin Fox)
著者のジャスティン・フォックスは「タイム」のコラムニストであり、「ハーバード・ビジネス・レビュー」の論説委員でもあるジャーナリストだ。
この本が構想から何年かけて完成したものなのかは分からないが、「あとがき」においてその間に上司が4人も変わっていると告白していることから多分今回の金融危機以前からの構想だったのだろう。

また著者はバーンスタインの「証券投資の思想革命」をモデルとしたと言っている。本書はこのバーンスタインの名著にさらに細やかなエピソ-ドや新しい史料を付加する事によってファィナンス理論発展のドキュメンタリーとして完成させている。誰かがこの本を超える著作物を書こうと言うインセンティブは当分考えにくいので、この本は版を重ね名著のひとつとなるだろう。金融をビジネスとする人は読んでおいたほうが良い。何より面白い。

この本は中国語版が既に発刊され、英語ながら紙質を落としたインド版も発刊されている。米国の大学に12000名も送り込む中国は原語でこれを読む者もいれば、台湾、香港、本土でも多くの若い人達がこうした知識を身につけていくのだろう。国ごとの金融リテラシーの比較は難しいが「東京がアジアの金融センターなぞには多分ならないのだろうな」というのがこの本を読んだファースト・インプレッションだったのには自分でも少々情け無かった。

2010年10月12日火曜日

世界を三周したウィスキー



元帥陸軍大将寺内正毅は第一次大戦中の1916年に総理大臣になった。頭の形が「大阪名物ビリケン人形」に似ていたことと当時の超然内閣(非立憲:ひりっけん)とをひっかけて巷ではこの内閣を「ビリケン内閣」と呼んでいた。 この時の外務次官が後の第2次大戦終戦直後に内閣総理大臣になる幣原喜重郎だった。

雑談で寺内は幣原に「きみらイギリスにいた連中は、ウィスキーなどという百姓の飲むような劣等酒を喜んで飲むが、品が悪い」と言い放った。寺内はフランス留学組だった。「それではあなたは一体何を飲みますか?」と幣原が切り返すと、寺内はコニャックが一番良いのだという。

「ところであなたは、ほんとうのウィスキーを知っていますか?」と幣原はウィスキーの薀蓄も踏まえ、自分秘蔵のウィスキーの自慢をして結局それを寺内に2本贈呈した。

しばらくして幣原が書記官長の児玉秀雄に会うと「あの君に貰ったウィスキーは存外に優秀品で、大将、これはおれが独りで飲むんだ。貴様ら飲んじゃいかんと言って飲ませないんだ」という。

幣原が寺内に会いに行くと「君のウィスキーは非常に好い。だから君にお返しをしなくちゃいけないんだが、陛下から頂戴したブランデーがあるから2本あげよう。君も2本くれたから」と言った、そこでイタズラ好きの幣原は「あなたは総理大臣で私はしがない次官です、双方対等に2本ということは無いではありませんか」と戯れると寺内はしぶしぶブランデーを3本届けたそうだ。

この幣原愛蔵のウィスキーはロンドンで知り合いになったディスティラーの役員がくれたもので、熟成の過程で樽のまま船に乗せ世界を3周させていたそうである。しかもこれには蒸気船はだめで帆船でなければならないと言う。そんな事をしていると船賃でコストはすっかり高くなってしまいとてもではないが商売用には採算が合わず、役員達が自分達の楽しみの為だけに造っていたのだそうだ。幣原はそれを分けてもらっていたのだ。

幣原はロンドン郊外にある下宿の近所の寄合でそのウィスキーを振舞うとイギリス人も「こんな美味いウィスキーは飲んだことが無い」と絶賛したそうで、幣原が欧州大陸に転勤が決まると近所の人達は彼の名残を惜しまずにウィスキーがなくなる事を抗議したと言う。今となっては銘柄はわからないし、もしわかったとしても非売品であるからどうしようもないのだが。

ポルトガル・マデラ産のワインを一旦アメリカに運んでからロンドンまで持ち帰ると、直送したマデラ酒の10倍、さらにインドを往復したマデラ酒は20倍の値段で取引されたとある。日本の灘の銘酒も樽廻船の杉樽で揺られて運ぶことで、江戸に到着した時には味が良くなったと言われているから、船の揺れはよほど熟成とはウマが合うんだろう。

幣原は1918年に米国大使となってワシントンに赴任するが、到着直後に日本の寺内から手紙が届いた。「君の外務本省在職中、君からいろいろ誠実な補佐を受けて、今も感謝の念が深い。君の米国赴任の節は、横浜まで見送ってあげたいと思ったが、何分病気で、大磯に引っ込んでいて、身体を動かすわけに行かない。それではなはだ残念だが、見送りが出来なかった。君は若くて身体もいいが、どうか身体を大事にしてくれ。この手紙はベッドの上で書いた。」

手紙を読んだ翌日、寺内の死亡電報がワシントンに届いた。幣原は「いく度となく手紙を読み返しては、無量の感慨を催した」とある。

「ケルトX.O」(Tour Du Monde KELT X.O. Grande)は現代のお酒だが、ブレンド後に樽詰された後に、船でわざわざ世界を1周させるそうだ。

幣原の著書「外交五十年」には、この他にも伊藤博文が会議中独り占めして誰にも飲ませなかった「いくら飲んでも絶対に頭のオカシクならない」という土中で寝かせた紹興酒の話など、お酒の話が結構入っている。

追記:キングス・ランサム(King's Ransom)と言う名のもうすでに発売停止になったブレンデッド・ウィスキーがある。このラベルにはRound the Worldと書いてあり、ブレンドして割水した後にもういちど樽詰して船に乗せて世界一周をさせたそうだ。『レモン・ハート18巻』にこのお酒の紹介がある。幣原はあるいはこの酒のブレンダーであるウィリアム・ホワイトリーと知り合いだったのかもしれない。

ビリケン像
元々は1908年にアメリカ合衆国の芸術家フローレンス・プリッツが制作した像で、彼女が夢の中で見た神がモデルになっているという。これが「幸福の神様」として世界中に流行した。当時のアメリカ大統領であったウィリアム・タフトの愛称が名前の由来とされている。また、セントルイス大学のマスコットになっている当時は大阪・新世界の遊園地・ルナパークにビリケン像が置かれていた。 wikiより

2010年10月11日月曜日

高橋是清 日本のケインズ―その生涯と思想


1995年 英国の名門マーチャントバンクであるベアリング商会はシンガポール支店のディーラーであるニック・リーソンによって約200年におよぶ歴史に終止符を打った。彼は架空取引口座を利用して日経225先物や日本国債のディーリングの損を隠蔽し、最終的には1380億円の損を出したが、これはベアリングの自己資本を超えていた。

ベアリング商会の正式名はBearing Brothers & amp; Coであり、1806年にドイツからの移民であるフランシス・ベアリングが創立した。ナポレオン戦争では英国政府を金融面から支援し、一時はイギリス、ロシア、ドイツ、オーストリア、フランスに次いで世界6番目の大国だと言わしめたほどの隆盛を誇った。

1880年代にはロンドン市場においてアルゼンチン・ブームが起こり一時は当時の新興国アメリカを抜いてロンドンの海外投資の半分を占めるようになったが、穀物不作と政治クーデターが起こりアルゼンチンは破綻しアルゼンチン公債は債務不履行となってしまう。このブームを金融面で主導していたのがベアリング商会でこの時に破綻寸前のところをアメリカのモルガンを含む当時の同業他社によって救済されている。従ってベアリング商会は20世紀の初頭には世界6番目と云うような力は既に失っていたのだが、それでもロンバート街では国際取引に強みを持つ銀行として以前として力を持っていた。

日露戦争の日本公債ファィナンスの当時、ロンドンで力を持つ銀行は大まかに2つの形態に分類できた。ひとつは資産家を中心とする勢力で、プライベートでありパートナーシップの形態であるNMロスチャイルド、ベアリング商会、カッセル卿などのマーチャント・バンクであり、もうひとつはいわゆる株式会社形態の銀行で香港上海銀行、チャータード・バンク、どちらかと言えば内国銀行であるパース銀行、ミッドランド銀行などであった。

この中でカッセル卿と云うのは個人であり、マーチャント・バンクやブローカーを持ってはおらず、資産家として活躍していたが当時の英国国王エドワード7世の財政顧問であり、今風に言えばFPでもあった。



高橋是清 ―日本のケインズ その生涯と思想 リチャード・J.スメサーストを読んだ。新刊書である。スメサースト氏はピッツバーグ大学の教授で専門は近代日本経済史、高橋是清の研究をしている。

この本は是清生誕から2・26事件で暗殺されるまでを対象としているが、今回は当ブログでカバーしている日露戦争時における日本公債のファィナンスに絞って感想を述べたい。趣味の素人が学究の方に意見を云うのもはばかられるが、もしかしたら彼には日本語と云うハンディがあるのかもしれない。気づいた事を書いてみる。

ひとわたり読んで気がついたのは、カッセル卿の記述の部分である。
カッセル卿はアメリカのユダヤ系金融資本であるクーン・ローブ商会のヤコブ・シフとは盟友で、シフがアメリカで投資先を目利きし、カッセル卿がロンドンで資金を集めるというような役割分担で両者とも繁栄してきた。これはちょうどJP・モルガンがアメリカで彼の父ジーニアスがロンドン・ピーボディー商会にいて同様の事をしていたのと対比できる。シフとカッセルはもともとドイツ系なので資金集めもロンドンに限定されずにハンブルグなど広範囲にわたり欧州全体のユダヤ人資産家を顧客にしていたとも言えるだろう。

さてこの中で、これまでの研究との重要な認識の違いは、シフが日本の公債募集に引受け団として参加してくれると決まった後の事である。カッセル卿がシフの裏方で動いていたことは間違いがなく、そのGreedさから考えても手数料を要求したというのは説得力があるのだが、

高橋是清日記の5月7日の記述である。

スメサースト版p181 5月7日「キャメロンが来てこう言った。アーネスト・キャッスル(カッセル)卿は、もしイギリス人だけだったら自分は(日本の国債を)1ペニーも引受けないだろうが、アメリカ人が入ったので5万ポンドを引受けたいと言っている。後略」

藤村欣市朗版(高橋是清と国際金融上:外債募集英文日記)p140
「キャメロンが来て言う― エルンスト・キャッスル(Casttle)卿が、もしイギリス人だけだったら(コミッションを)1ペニーも受け取らんだろうが、アメリカ人が入ったので5万も取る気だと言っている。キャッスル卿は怒りっぽい金融家だ、と。」

金融の常識から言うと5万ポンドの引き受けでカッセル卿が「がたがた」言う可能性は極めて低い。私は残念ながら英文日記の原本を見たことが無いので想像の範囲を超えられないが、多分スメサースト版は間違っていると思う。

また同書は大蔵省証券(Bill)と日本公債(Bond)の分け方も不明瞭であるし、公募と私募もしくは融資の区別も明確にされていないと思う。(教授には手紙を送ってみるつもりだ。)

しかしこのシフが引受けるに至る経過にスポットライトを当てて探求している部分は詳細で興味深い。また当時の松尾日銀総裁の文書、カッセルとシフの書簡など今迄参考資料として使用されていなかったものが多く使われ、そうした意味ではあるいは上記の私の指摘も間違っている可能性は否定しない。ただカッセル卿が手数料を要求したのかそうでは無いのかは全体のストーリーに大きな差を生むことになる。

マニアックなエントリーでした。


追記(2012/03/16):日本公債の米国販売引受のリストを入手して、カッセル卿の米国分引受シェアが5万ポンドであることを確認した。この部分はカッセル卿に対する手数料替わりである可能性が高いだろう。

追記(2013/10/10):先日高橋是清のお孫さんであり、関係資料を収集されている井上氏と会う機会があり、原文の英文を見せて頂いた。これはどう読んでも手数料ではなく、アロットメント、つまり5万ポンド分の引き受けである。

さらにスメサースト先生とお会いする機会もあり、先生はこのエントリーをお読みになっており、あらためて引き受け分であることを確認した。




2010年10月8日金曜日

グラフ 101007


11月から韓国でG20が始まります。 議題の中心は為替レートで特に割安な人民元の修正に議論が集中すると見られています。
ここで各国通過の動きをひとまとめにして見ておきましょう。

各通過の1ドル当たりの値を、アメリカがリセッションに入る直前の2007年11月30日を100として指数化して並べたのが以下のグラフです。(従ってユーロは通常1€=$ですからひっくり返っていますので注意して下さい。またこのグラフはデータ更新が5日程度おくれていますのでこれも注意が必要です。ユーロは再び反転しています。)クリックで大きくなります。

下から先ず円で独歩高です。途中までユーロがつきあっていましたが、直近のユーロ安がかなり大きな動きであったことから今では人民元すら追い越して対ドル通貨安になっています。ブラジル、インド、韓国と順番が続きます。ドルの投資家から事後的に見ると2009年前半がインド・ブラジルのおおきなチャンスであったことがわかります。
中国としても自国通貨の過小評価には一定の理解は示すものの、リセッション以前の水準と比較すると人民元は対ドルで安くはないと反論するかもしれません。主催国である韓国は本来であれば少々発言しにくいところなんでしょうが、遠慮なんかしないでしょうね。日本は言いたいことを言えばよいのではないでしょうか。(デフレの通貨高は横においておく)


最近等ブログのブレーク・イーブン・インフレへのアクセスが増えています。
そこで、最近のグラフをチェックしておきましょう。ブルンバーグでは USGGBE10:INDで見れます。10の部分を30にすれば30年債のスプレッドになります。
ブレーク・イーブン・インフレ率はインフレ連動債(TIPS)からみた投資家のインフレ予想になります。最近の米国市場はデフレ=「日本みたいになる」を恐れていましたからインフレ期待が盛り上がると株式市場も上昇すると云う形になっていますね。赤い線がSP500で右軸です。


データ:ブルンバーグ

適当なエントリーになってしまいましたが、「こういったグラフもあるよ。」と云うことで。

2010年10月6日水曜日

2020年、日本が破綻する日


戊辰戦争に敗けた越後長岡藩は河井継之助の生涯を描いた司馬遼太郎の小説「峠」で有名ですが、同藩はこの敗北によって74000石から24000石にまで減知されました。
当時同藩文武総督であった小林虎次郎は「学校創設による人材育成こそが敗戦国の復興にとって肝要である」との考えの下、長岡の四郎丸村にあった昌福寺の本堂を借りて、国漢学校の前身を発足させます。 その後長岡藩の窮状を察した支藩である三根山藩から米が百俵支米として届けられます。
困窮する藩士達は米の分配を期待しましたが、虎次郎は「国が興るのも、街が栄えるのも、ことごとく人にある。食えないからこそ、学校を建て、人物を養成するのだ」と主張して米を売り書籍や用度を購入して国漢学校を本格的に開校します。
これが有名な「米百俵」の話で小泉純一郎第1次内閣の所信表明演説で引用され当時すっかり有名になりました。小泉元首相はこのわかりやすい逸話を元に郵政改革を中心とする行政改革を推し進めて行きました。
残念ながら今ではその面影を探すことさえ困難な政治的状況にあります。


この本は題名に「日本が破綻する日」が強調されていますが、著者の書きたいことはもちろん「危機脱却のプラン」のほうです。

2009年の一般会計+特別会計の内訳の38%が国債費の支出であり、33%が社会保障関係費で占められています。この2項目の削減が困難である以上残りの3割の部分をいくら削減しても借金返済に必要な原資の確保はそもそも無理であると簡単明瞭な事実を前提に日本の破綻が間近である事を説いていきます。そう言えば日露戦争後の国家予算が3割軍事費、3割国債費でした。もっとも今ほど財政赤字は累積していませんでしたが。

「国債の95%が国内の家計からの債務であるからギリシャのような事にはならない」と云う理屈も現状のまま債務が増え個人金融資産が横ばいで推移すれば2020年にはこれも食い潰してしまうのでその時には破綻するということが2020年の根拠としています。 私は実際にはもう少し早い時機に起こるだろうと考えています。
では何故現状の金利はこれほど低いのか?「危機が近いのであれば金利は上昇しているはずだろうに」、著者は「相転移」の話で説明しています。つまり水は氷点まで液体であるがそれより下がると凍りついてしまうし、沸点をこえれば蒸発してしまうのです。危機(暴落)は突然訪れます。ギリシャもそうでした。
こう言った話はこれまでも類似本がそれこそたくさん出版されているのですが、この本は少し趣が異なります何故なら著者は具体的な対策を提示しているからです。

現在は増大する社会保障費の不足分を国債発行によって埋めて赤字が増加しているので、社会保障費を別の予算として独立させて管理すると云うアイデアです。
尖閣諸島でジャブを喰らっても、お金が無ければ対抗できません。競争力を増す新興国に対抗すべく基礎研究費や教育費を増額しようにもドンブリ勘定で一律削減などしていては次世代にますます迷惑がかかるでしょう。

ここでは現在の賦課方式によって若い現役世代だけに負担がいかないように「事前積立方式」を採用して必要な費用を公債として発行し事前に認識して負担を分散させる方式が提案されています。そしてその為に「世代間公平基本法」を制定しましょうと結んでいます。そもそも現状の選挙制度では民主主義の悪い側面が出て年寄りが有権者のマジョリティーである限り世代間に公平な社会保障制度は政治家によって選択されないと云う問題提議がありますが、それを排除するための方策としての「世代間公平基本法」をこの環境下で制定できるのかと云う自己矛盾に落ちいってしまっているのは残念なところです。
それでもここまで具体的に対処法の書かれた書物は無かった(私の知る限りですけれど)と云う点でこの本は読む価値があります。現状の「年金運用のデータが研究者に開示されていない」など数多くの詳細な問題点や「消費税を上げるなら一度に上げた方が良い」等トピックごとに最新の学説を簡単に紹介しているなど議論のベースになる知識がカバーされていて「なるほど」とうなずける点が多いと思いますよ。
これまで聞いたどの政党の政策よりも具体的で現実味がありました。