2010年10月15日金曜日

合理的市場という神話


1984年5月コロンビア大学ビジネススクールはグレアム=ドットの「証券分析」出版50周年を記念するコンファレンスを開いた。講演者は2人で、コロンビアOBでグレアムの弟子であるウォーレン・バッフェットと「経済学の命題の中で、効率的市場仮説ほど確固とした実証的証拠に裏付けられた命題はほかにない」と宣言していたマイケル・ジェンセンである。

ジェンセンは彼の信条に沿って、「グレアムの技法を実践して大きな成功を収めている投資家もいると反論する人がいるかもしれないが、それは運が良かっただけだ」と切り捨てた。ウィリアム・シャープが得意とするたとえ話「私がコイン投げをしているだけの無能なアナリストたちを調査したら、2回連続で表が出ている人もいるだろうし、10回連続で表が出た人だってみつかるだろう」とバッフェットを攻撃した。これは25年も前の話だ。

バッフェットはこれに応酬した。
「アメリカの全国民がコイン投げ競争に参加するとしよう。全員最初に1ドルを賭け、勝つごとに掛金は上がっていく。コイン投げを20回繰り返すと、約215人のミリオネアが勝ち残る。その多くは自分は天才だと確信するようになる。コイン投げに成功する秘訣を書いた本を出す人もいれば、ジェット機にのってアメリカ中の効率的コイン投げに関するセミナーに乗り込み、『そんなことはありえないと言うのなら、この215人がこうして実際にいるのはどうしてか』と懐疑的な教授にくってかかる人もいるだろう。
ファィナンス教授達は、オラウータンがコイン投げをしても同じような結果になっていただろうと言い返すかもしれない。しかしコイン投げ長者になったオラウータンがどこの出身かを詳しく調べたらどうなるだろう。」

バフェットは1つのレトリックとして人間から霊長類へと物語を飛躍させた(ある意味でコインから意志を持つ霊長類に飛躍させた)。
「そのうちの40頭がオマハのある特定の動物園の出身だとわかったら、大発見をしたと強く確信するに違いない。そうして、動物園に行って、どんな餌をやっているか、特別な運動をさせているか、どんな本を読んでいるか、他に何か知っている人はいないかと飼育係に尋ねるだろう」

バフェットは続ける、
「投資の世界のコイン投げ長者の大多数は『グレアム=ドット村』とでも呼べる、とても小さな村の出身だとわかるだろう。さらに突出した成功を収めている9人の投資家を調べたら、9人の投資家は、グレアムの元教え子もいればそうでない者もいたが、全員が会社の収益や資産と比べて割安感が大きい個別銘柄を探すか、相場の流れを無視していた。市場価格と価値の間には今後も大きな乖離が生じると見られ、グレアムとドットの本を読んでいる投資家は成功し続けるだろう」と結んだ。
ジェンセンはこれを聞いて「バフェット氏が億万長者であることは偶然ではない」と述べたと言う。「合理的市場という神話」より引用、

「経済学者や政治哲学者の思想は、それが正しい場合にも間違っている場合にも、一般に考えられているよりもはるかに強力である。事実、世界を支配するものはそれ以外にはないのである。どのような知的影響とも無縁であると自ら信じている実際家たちも、過去のある経済学者の奴隷であるのがふつうである」 ジョン・メイナード・ケインズ

EMH(効率的市場仮説)はそもそも株価の動きはランダムであり、過去の動きに基づいて株価を予測することはできないと言う考察だった。そして次いで、公開されている情報に基づいて株価を予測することは不可能だという主張が展開された(後に否定された)。こうして今現在の株価は総ての材料を織り込んでおり本質的な意味で市場によって形成される株価はなにより正しいという確信へと変わっていく。

しかしこれは単に仮定としての論理構造でしかなかった。つまり複雑なものを単純化して市場を理解する為のモデルでしかなかったのだ。しかしEMHを構成要素とする合理的市場理論が大学のキャンパスからウォール街、ワシントン、あるいはジェンセンによって米国企業のCFOへと伝搬されるとこの仮説は強化されモデルのための仮説でしかない事は忘れられて行った。
ウォール街では不完全なリスク・モデルへの過度な信頼が高いレバレッジ体質を産み金融恐慌を引き起こし、ワシントンでは極端な自由放任主義がそれを助長したとされている。
しかしだからと言ってバフェットでさえも仮説自体を否定しているのではない。道具は使い方の問題なのだ。


合理的市場という神話 ―リスク、報酬、幻想をめぐるウォール街の歴史」を読んだ。(The Myth of the Rational Market:Justin Fox)
著者のジャスティン・フォックスは「タイム」のコラムニストであり、「ハーバード・ビジネス・レビュー」の論説委員でもあるジャーナリストだ。
この本が構想から何年かけて完成したものなのかは分からないが、「あとがき」においてその間に上司が4人も変わっていると告白していることから多分今回の金融危機以前からの構想だったのだろう。

また著者はバーンスタインの「証券投資の思想革命」をモデルとしたと言っている。本書はこのバーンスタインの名著にさらに細やかなエピソ-ドや新しい史料を付加する事によってファィナンス理論発展のドキュメンタリーとして完成させている。誰かがこの本を超える著作物を書こうと言うインセンティブは当分考えにくいので、この本は版を重ね名著のひとつとなるだろう。金融をビジネスとする人は読んでおいたほうが良い。何より面白い。

この本は中国語版が既に発刊され、英語ながら紙質を落としたインド版も発刊されている。米国の大学に12000名も送り込む中国は原語でこれを読む者もいれば、台湾、香港、本土でも多くの若い人達がこうした知識を身につけていくのだろう。国ごとの金融リテラシーの比較は難しいが「東京がアジアの金融センターなぞには多分ならないのだろうな」というのがこの本を読んだファースト・インプレッションだったのには自分でも少々情け無かった。

2 件のコメント:

こくぴと さんのコメント...

効率的市場仮説に基づいて多くの投資主体が投資行動をとった結果、市場に非効率性が発生し、その非効率性を効率化しようとするトレードこそが真に堅牢性のあるトレードなのではないかなあ、と思いながら日々システムトレードに励んでます。

Porco さんのコメント...

インデックス投資は一定規模以上の銘柄だけを持ち上げてしまますからね。