2010年10月31日日曜日

山崎種二の本


山崎種二は1893年山深い群馬県吉井町坂口の生まれ、深川の回米問屋山繁商店の丁稚から身を起こし、米相場を経て「売りの山種」として株式市場にも一名を残した名相場師である。戦後は一転買い方にまわり「買いの山種」となった。 山種は単なる相場師というよりは実業家でもあった。山種証券は現在SMBCフレンド証券となり、保米倉庫を発祥とするヤマタネグループ(9305)は倉庫業準大手、米卸売の大手企業として活躍し、東西線茅場町駅真上の山種ビルには山種美術館も残している。

地名変更で少々わかりにくくなっているが、現在東京穀物商品取引所のある日本橋人形町一丁目界隈の住所は戦前には蛎殻町二丁目だった。したがって同地にあった東京米穀取引所は「蛎殻町」と呼ばれ日本橋川を挟んだ株式取引所の「兜町(シマ)」とよく対比された。両市場のプレイヤーに免許以外で「株屋」・「米屋」の明確な区別があるわけではなく、株をやる者は米や小豆にも手を出した(場違い筋と呼ばれたが)。小さな個人商店は地域の明確な区別は無く双方の店が入り交じっていたようだ。蛎殻町にも株屋はたくさんあったのだ。

「蛎殻町」は先物の一種である期米取引を扱っていた一方で、これはあまり知られていないが深川には現物の米を売買する正米取引所があった。深川と言っても永代橋を渡って三つ目のトヨタの角を左折して最初の信号あたりに最近まで当時としてはモダンな旧取引所のビルが残っていたものだ。
このあたりには回米問屋が立ち並び市場で売買し現物の受け渡しもする。地方から買い付けた米を集荷し小売の米屋に卸売をしていた。彼等回米問屋は買い付け仕入れ値をヘッジする為に蛎殻町で売りの注文を出すのが常だった。

期米を扱う相場師はついつい熱くなりすぎて正米との理論価格よりも高く値付けすることもあり、「深川」で現物を仕入れ「蛎殻町」で期先を売るアービトラージもごく日常的に行われていた。もちろん「深川」も大人しい商人ばかりでは無いので相場に入れ込む問屋もあとをたたなかったが、「相場師」主体の蛎殻町と比べるとサヤ抜き商売中心でリスクを張らずに充分に儲かる「正米師」は手堅い商家も多かった。山種はそんな正米師の元で修行し、米の目利きを鍛えヘッジ中心の細かく稼ぐ手法から相場師の道へ入った。「ケチ種」と呼ばれるのは何もケチだからと言うだけで無くこうした細かい手法もそう呼ばれる一因になっている。

先物の「蛎殻町」で空売りをして期日を迎えると差金決済もできたが米を集めて現物で引き渡す事もできた。ひどい時には強気筋が米が不作と買い上がると売り筋はどこからか現物米を手当して引渡したりした。したがって売り筋が米を調達できたと言うニュースが出ると米価は暴落したりもした。買い方の「相場師」が米で決済され現物を渡されても販路や倉庫を持っている訳でもなく現実に売り捌くことは出来る相談では無い、大口での引き取り手が無い場合には「正米師」である回米業者に取り敢えずの保管と販売を依頼するしかなかった。。そうした点からも現物を扱う深川回米問屋は米の先物市場でも物理的なデリバリーでは圧倒的に強かった。現物を持っているのであるから勢い「売り」に強みをもつものが多かったのだ。こうした背景から山種はヘッジの延長線上で「売り」を得意とした。米の目利きができ、現物の調達力もあった。「売りの山種」は単なる弱気を得意とするわけではなかったのだ。


「そろばん」は山崎種二の自伝であり、「百戦百勝」は主人公の名前こそ変えてあるが城山三郎による山崎種二の伝記的小説である。

山種は1956年に日経新聞「私の履歴書」に登場し、それをもとにそれ以降を付加した形で1984年に「そろばん」を出版している。一方で城山三郎は1974年に「百戦百勝」を書いているので先出の「私の履歴書」を参考に、若干のインタビューや取材をもとに小説を書いたのだろう。小説の内容は履歴書をベースに女性を絡め彩りを付加した構成になっている。

面白いのは「そろばん」の中で山種がこの城山の小説について言及していないことだ。律儀な山種の性格からすれば小説化してくれた作家にお礼をこめて言及しないわけはないのだが、城山は山種が芳町、浜町の芸者衆に頻繁にちょっかいを出していたことを小説の中で書いた。山種としてはこれが気に障ったのだろうと推察される。
運が良かった人の話が好きなら別だが、相場に対する「気構え」の参考に読むのであればどちらもあまり役に立つ本では無い。それよりも当時の米相場と株式市場の関係や回米問屋の商いの仕方などは東京と言う金融市場を知る上でとても役に立つだろうと思う。  なにより面白い。 「そろばん」→「百戦百勝」の順がお薦めだ。

山崎種二の好きな相場格言
「凶作に買いなし、豊作に売りなし」

参考サイト:ARCHITECTUAL MAP 食糧ビル(旧米穀取引所)
       桃乳舎 食堂 Porco Rosso

2 件のコメント:

履歴書の書き方 さんのコメント...

とても魅力的な記事でした。
また遊びにきます。
ありがとうございます。

Porco さんのコメント...

履歴書の書き方さん、コメント有難うございます。