2010年12月8日水曜日

日露外債発行リスト


最近ブログの更新をしていませんでしたが、日露戦争時のファィナンス関係の本を読み込んでおりました。かなりネタが溜まってきたので少しずつ書いていきたいと思います。

もしかするとあまりにもマニアックかも知れませんが、国債を海外で募集することについては現代でも参考になることがあるのではないかと思っています。日本は近い将来間違いなく国債の海外募集を迫られることになります。

今回からシリーズとして日露戦争時のグローバル市場での国債発行を追いかけたいと思います。タグは”明治公債発行”にしておきます。

1904年から05年の戦時中を通じて日本は合計4回の戦時公債をロンドン市場で発行しています。また終戦後には戦時に発行した高クーポン債の借換債として2回発行していますから、日露戦争に関しては計6回の発行があったと考えて良いでしょう。 いずれも日本銀行副総裁の高橋是清が財務官として担当し、深井英五が秘書役として同行しています。



上記の表を見ると、日本の場合戦時国債の金利は大きく二つの水準にわかれています。04年の発行は実質金利で7%台、05年は5%台で発行できています。
また1と2では実質金利と手取金利の関係が変なのですが、この理由は後々説明したいと思います。
発行金利と実質金利の違いは当時の金利の計算方法にあります。
以前コンソル公債で説明しましたが、発行金利は簡易法で永久債と同じような計算方法になっています。
つまりクーポン÷価格でバッサリと計算してしまうやり方で、当時の新聞記事を見ますと押し並べてこのやり方で債券発行を論評しています。この時代HPの計算機もエクセルもありませんから仕方が無いでしょう。

日本は日露戦争で15.1億円の戦費を支出しています。(臨時軍事費特別会計)1903年の一般会計歳出が2億5千万円ですから約7倍。戦前に内外合わせて5億円だった国債発行残高は20億円にまでなりました。また当時の全国銀行の預金残高が7億6千万円しかありませんでしたから国外からを募集する以外に手段がなかったのです。 日本の戦時国債の発行額額面合計は8200万ポンド、当時1ポンド=10円ですから約8億円と言いたいところですが、実質は6億8595万円の調達です。調達されたポンドは在外正貨(ゴールド)として金本制度の金準備に充当されます。金準備が50%として通貨発行量としては約2倍の威力を持っていました。

ロシアの方は1904年の一般の歳出が20億円ですから日本の8倍の予算規模を持っていたことがわかります。ちなみに酒税だけでも日本の国家予算を上回る3.82億円もありました。また対外債務は40億円でその内30億円はフランスからでした。

戦争の経費の内訳は陸軍12.8億円、海軍2.3億円、陸軍の経費の80%が徴兵が加わった兵員関係、輸送、旅費で占められ、兵器調達関係は15%ほどしかありません。一見海外から購入した武器などに経費がかかっているような印象を持ちますが、要は広い意味での人件費だったのです。従って大軍を満州に張り付けるには莫大な経費がかかってしまう事になります。戦争末期に児玉源太郎が日本に帰って、早く戦争を止めるように促したのはこの為でした。大砲を撃たなくても、軍をおいておくだけで湯水のように資金は流出して行きます。

公債の発行環境を知るためにまずは当時の資金供給元である欧米の金融業界から見ていくことにしましょう。

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参考文献
「帝政ロシアと外国資本」中山弘正 岩波書店
「日露戦争の新視点」日露戦争の戦費と財政・金融政策 小野圭司 成文社
「国債の歴史」富田俊基 東洋経済
「満州に於ける露国の利権外交史」 ロマーノフ 原書房

2 件のコメント:

Shuji さんのコメント...

こんにちは、このデータ面白いですね。金利が日本とロシアで徐々に近づいているところにマーケットの心理が現れているというか。

ところで、ソ連はロシアの対外債務を引き継いだんでしょうか?また、日本は結局どの程度債務免除してもらったのか(もちろん最終的には貸したんでしょうけど)?

色々興味深いトピックです。更新を楽しみにしてます!

Porco さんのコメント...

返事遅れてすみません。
帝政ロシアの債務は10月革命で政権を掌握したポリシェヴィキ政府によって1918年2月にデフォルト宣言されています。未だ白軍や連合軍が赤軍に対峙していましたので、投資家はしばらくの間デフォルトを信用していまかったようですが、結局デフォルトしました。日本はWW2で外債の元利払いが停止、対英米はSF平和条約以降のNY外債処理協定で1952年から支払い再開。対フランスは揉めましたが57年に再開。免除というよりもインフレで投資家は損をしたのではないでしょうか。フランスとはこの間のフランの暴落で揉めています。それでも1962年に全額繰り上げ償還して処理されています。

更新が違う方向へ行ってしまいましたね。