2010年12月14日火曜日

インベストメント・バンク 2

シフとハリマンの出会い

孤高のJPモルガンに対する挑戦者はクーン・ローブ商会でした。
アメリカの金融資本成立過程を分析した名著に「アメリカ金融資本成立史」呉天降 有斐閣1971年という本があります。今では古本にプレミアムがついています。
この本では20世紀初頭までを鉄道を核とした金融資本グループの形成過程として捉えています。
鉄道から始まり銀行、生保と集約され、それらがインベストメント・バンクを中心にグループ化されたという見方です。

この分析によるとアメリカの金融資本グループは1901年にはほぼ2大グループに集約されていました。
このグループは鉄道マイル数で分けると以下の表のようになります。


高橋是清は「高橋是清自伝(下)」のP204でこう言っています。1904年の5月幸運にもアメリカが日本公債の引受に参加してくれると伝えられた瞬間です。パーズ銀行のシャンド氏が吉報を持って飛び込んできたことになっています。

「私はシャンド氏の言葉を聞いてそのあまりに突然なるに驚いた。何しろシフ氏とは昨夜ヒル氏の宅で始めて紹介されて知り合いとなったばかりで、私はこれまで『クーンロエブ商会』とか『シフ』とかいう名前は聞いたこともなく、従って、シフ氏がどんな地位の人であるか知る由もなかった。」

高橋是清は本当にシフ(写真左)やクーン・ローブ商会を知らなかったのでしょうか?

因みにニューヨーク・タイムスのアーカイブで1900年から日本が日露戦争を始める1904年1月までをシフのフルネームである「Jacob H. Schiff」でニュース検索すると313件ほどヒットがあります。
この疑問は後々解くとしてモルガン対クーンローブの戦いに移りましょう。

ノーザン・パシフィック事件

アメリカでは1901年にも恐慌が起きています。「ノーザン・パシフィック事件」とか、「ノーザン・パシフィック・コーナー(買占め)」と呼ばれる鉄道買占め事件です。経済ファンダメンタルスに関わる根深い事件では無く一過性のテクニカルでスキャンダラスな問題として扱われることも多いのですが、当時のインベストメント・バンクの両雄であるモルガンとシフの関係を把握するには興味深い事件といえます。

チャールズ・ガイストの「ウォールストリートの歴史」では扱っていませんが、ロバート・ソーベルの「ウォール街二百年」やロン・チャーナウの「モルガン家」、シフを書いた"Our Crowd" Stephen Birminghamなどではとても面白く扱っています。但し、書き手の立場によって結構内容が違うのですが、ここは私の解釈で書いてみます。

1893年にアメリカ西部から中部をカバーする大陸横断鉄道ユニオン・パシフィック鉄道(現在もUPとして残っています)が倒産しました。当初モルガンが再建を委任されましたが、モルガンは「荒野を走る錆びた2本の鉄路」と馬鹿にして乗り出さない事を決めました。モルガンがだめならシフへと普通の流れでUPの役員はクーン・ローブ商会のヤコブ・シフに依頼しました。

シフがこれを引受けて再建の為に奔走していると、いつも誰か見えないところで妨害をする者がいました。そこでシフはたまらずモルガンに駆け込んで「妨害をしているのはあなたですか?」とモルガンに直接問い詰めました。モルガンとすればシフを格下に見て相手にしていませんでしたが「そんなボロ株に興味はないが誰がお前の邪魔をしているか調べてやろう」と言って調べてくれたのでした。その妨害をしていたのが鉄道王エドワード・ヘンリー・ハリマン(下写真)でした。

"Our Crowd” Stephen Birminghamによると 「ハリマンは小柄で痩せて病気持ちでいつもおぞましい咳をして口臭も酷かった。語り口も小声で聞き取り辛い。おおよそ人に対する気配りなどできるタイプの人間ではなく当時のウォール街でも評判は極めて悪かった」と表現されています。酷い書き様ですが、モルガンもハリマンを人間的にも産業人としても軽蔑していたと言われています。ただ当時ハリマンの経営する比較的小さな鉄道であるイリノイ・セントラルだけは全米で一番経営効率が良いという評判でした。この時ハリマンは鉄道屋として急伸中でした。

シフはバンカーとしてファィナンス面の世話をしますがスタイルとしては鉄道経営の細部に直接タッチはしませんでした。その為にシフの名前は鉄道王としては表に出にくいのです。ハリマンもバンカー出身(後のブラウン・ブラザース・ハリマン)ですが鉄道経営にはあきれるほどの情熱を捧げていました。モルガンやシフとは違い鉄道の為(もちろんお金も)だけに生きているような男でした。

彼は誰とも上手くやれない男とも言われていましたが、クーン・ローブ商会の番頭格であるオットー・カーンとだけはウマが会ったそうで、そのおかげでシフとハリマンは盟友として手を組むことになります。シフは既にアメリカ金融界でナンバー2の位置にいましたが、シフ+ハリマン・グループの誕生でさらに強力になっていきます。シフはハリマンの鉄道経営能力を高く評価しました、シフは財務面でサポートし、ハリマンがハンド・インで鉄道を経営しました。よく日本の本でシフがハリマンの手先のように書いてありますがそうではありません。シフは二大金融グループのひとつを率いる超大物です。

ハリマンは日露戦争終戦直後に「桂・ハリマン協定」で高橋是清を巻き込み日本とひと悶着起こすことになります。

因みにモルガンはハリマンのことを「まぬけ」と呼び、シフの事を「あの外人」と蔑んでいました。但しこれから書くことになるノーザン・パシフィック事件が終わる前まではのことでした。

続く

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