2010年12月15日水曜日

インベストメント・バンク 3

ノーザン・パシフィック事件

1901年春、ハリマンの主力保有鉄道であるユニオン・パシフィック鉄道システムをより強固なものにする為に、ハリマンとシフは独立系のシカゴ・バーリントン・クィンシー鉄道(CB&Q)の買収を始めていました。この鉄道は営業マイル数8千マイルの大きな鉄道で、ニューイングランドの伝統的な資本家が経営する最後の大規模鉄道でした。この鉄道がさらに発展するためにはデンバーからロッキ―山脈を超えて西海岸にまで路線を延長する必要がありましたがそのためには多額の資金調達が必要な状況でした。
一方で当時の金融市場がモルガンとシフの2大金融グループによって独占されている以上、こうした独立系の資本家による大規模な資本調達はほぼ不可能でした。つまり2大金融グループは独立系の鉄道を資金的に締め上げて買収するという手法を使っていたのです。

因みにこの鉄道の買収金額は2億ドルでした。当時の為替レートが1ドル=2円ですから、日本円では4億円になります。この金額は日本の国家予算を越えていました。この3年後高橋是清は1億円のファィナンスができずに四苦八苦することになります。

シフがバーリントンの株を買い始めるといつも誰かにオファー(売り板)を取られてしまいます。誰かが意志を持ってもう一方で買い注文を入れていることは確かでした。シフにすればもはや自分に逆らえるのはモルガン以外にはいないはずでした。しかも買収金額は半端ではありません。でもこの頃のシフはモルガンとはうまくやっているつもりでした。

「これは一体誰なのか?」

シフにはビジネスで協力関係にあり友人でもありますが信用の置けない怪しい奴が1人いました。鉄道王のジェームス・ヒル(写真)でした。ヒルは中西部からシアトルに向うグレート・ノーザン鉄道とノーザン・パシフィック鉄道の実質上のオーナーです。オマハからサンフランシスコに出るユニオン・パシフィックとは北と南で競合していました。

シフは直接ヒルの事務所に出向いて聞きました。シフは何でもストレートに聞くタイプです。またそうした手紙もたくさん書いて残しています。

「バーリントンを買っているのはあなたか?」
シフが聞くとヒルは笑いながらこう答えました。

"Absolutely not!"
「私があなたに逆らって買っているわけがないだろう」

しかしこの時ヒルのバックにはハリマンの事をほとんど病的なまでに嫌うモルガンがついていました。モルガンにとってはハリマンのバックにいるシフももちろん気にくわない存在です。シフがモルガンとの関係をどう思おうとモルガンから見れば「まぬけ」と「あの外人」のコンビでしかありませんでした。

ヒルが自分は買っていないと言う以上モルガン以外には考えられません。
シフはモルガンを訪ねてヒルと同じ質問をモルガンにぶつけました。 モルガンは嘘をつきませんし嘘をつく必要もありません。ヒルと一緒にバーリントン鉄道を買っていると答えました。
ヒルは大嘘つきだったのです。

「ミスターモルガン、我々は共通利害者(Community of interests)ではありませんか? バーリントン鉄道はハリマンとヒルで分けあいましょう」

「Community of interests」はシフの決まり文句になります。協調的なバンカーだったのでしょう。

シフとしては二大グループが鉄道につながる金融市場の過半を握っている状況ではお互いがうまくやるべきだと主張したのです。またこの二大グループはこの頃にはお互いのディールで引受をシェアしたりしていましたからシフとしては協調関係にあると信じていました。
しかしモルガンは拒否しました。

ここに対立の構造は明らかになりました。
シフ+ハリマン vs モルガン+ヒル

4月20日にはヒルがバーリントン株の96%を買い占めてしまいます。バーリントンのオーナーと話がついたのでした。ハリマンの提示金額より遥かに高かったと言われています。2億ドルですから随分と高い買い物でした。

ところがハリマンはヒルにコケにされて黙って引き下がるような男ではありませんでした。売られた喧嘩は買わないわけにはいきません。それにバーリントン鉄道はどうしても欲しい。
ヒルがそう出るならば発想の転換でした。ハリマンはバーリントン鉄道を飲み込んだヒルの会社であるノーザン・パシフィック鉄道ごと買収してしまおうと考えました。飲み込んだものをさらに飲み込む。正にパックマンです。しかも考えているだけではなくハリマンは直ぐに買占めを始めました。ヒルがバーリントンをあっさりと買えたのもこのためです。ユニオンパシフィック社では買収資金として6千万ドルの社債発行を決めました。

クーン・ローブと同じ金融集団であるナショナル・シティ・バンク(現シティ)やその頭取であるスティルマンと関係の深いスタンダード石油のロックフェラーも味方につけました。資金的には何も問題はありません。この連中は皆モルガンとは過去にひと悶着がありました。

激情しやすいハリマンが興奮している一方でシフはモルガンと闘ってもよいものか相当に苦悶したようです。しかし一歩でも引けば相手は図にのってくるでしょう。やるしかないのです。

4月30日、シアトルにいたヒルはここ数日のノーザン・パシフィック株が毎日高騰し出来高が異常に膨れ上がっている事に気がつきました。本によっては「顔色の黒い天使が枕元に訪れてニューヨークで悪い事が起こっていると告げた」と書いてあります。
聞けばシフのクーン・ローブ商会は「ノーザン・パシフィックはバーリントンを買ったので業績が伸びる」と市場に広めていました。推奨銘柄だったのです。もちろんこんなものは買収のカモフラージュです。
ヒルはいつもならモルガンに電話して何が起こっているのか調べてもらうところですが、あいにくモルガンは∪・Sスティール案件やバーリントン案件に決着がついたので欧州へ休暇も兼ねた旅行にでかけていました。

 不吉な予感を持ったヒルはとにかくウォール街に行くことにしました。特別列車を仕立て線路上にある他のあらゆるダイヤを全て無視してニューヨークへ向かいました。ノーザン・パシフィックは自分の鉄道ですから好きにできます。ヒルはこの時にアメリカ大陸横断の最短時間を記録したそうですからからよほど慌てていたのでしょう。

5月3日、ヒルはニューヨークに着くとモルガン商会にも寄らずシフの事務所に直接出赴いて今度は彼が単刀直入に聞きました。かつてシフがヒルにしたように。

「俺の鉄道を買っているのはあんたか?」
シフは抜け目のない男ですが、ヒルのように不誠実ではありません。

「ヒル君、君には悪いが、ハリマンは君の大事なノーザン・パシフィック鉄道の経営権を握ってしまったよ」

ヒルは信じませんでした。つい10日ほど前に叩き潰した連中に自分の会社が買われてしまうなんて。しかも自分の会社はバーリントン買収で2億ドルの社債を発行したばかりの借金だらけの会社です。

"All right. Do your damnedest. But you can't get control. Morgan and my friend holds alone holds $40milloon worth of NP, and as far as I know non of them has sold a share"
「そうかい、せいぜい最善を尽くすんだな。でも過半数の株の確保は無理なはずだ。モルガンと私の友人だけで4千万ドル相当のNP株をもっている。それに私の知る限り誰も1株たりとも売ったりはしない」

"That may well be, But we've got a lot of it, Jim"
「多分そうなんでしょうね。でもね、ヒル君、僕らは既にたくさん持っていますよ」

ヒルはシフに一体何株持っているのかを詰めよりますが、シフはただこう答えるだけでした。

"A lot of it, Jim. A lot"

続く

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