2011年4月26日火曜日

外資系が放射能を恐れて日本から香港へ?


香港のHFで働く友人からメールがきました。

外資系が放射能汚染が怖いから香港やシンガポールにスタッフを移動しているという話を聞いて驚いたのだそうです。

確かに東京から大阪に移動したという話は聞いていますし、大阪でオフィス物件を探したり高級ホテルが繁盛しているといいう話もよく聞きますがシンガポールはともかく香港はどうなんでしょうか。BNPパリバがスタッフ何人か香港に移動したという話は確かに報道されていましたが。

先日関西から親戚が3泊ほど泊まっていったのですが、放射能もさることながら地震に馴れない人間にとっては余震による恐怖感の方が要因としては大きいのではないかと言う意見でした。

さて香港です。
金融センターから50kmの地点に原発があります。
そしてこれがしょっちゅう放射能漏れを起こしている問題児のようなのですが、自主的な発表は無いそうです。
香港サイドの放射線値が上昇し、「事故か?」と突っ込むとおもむろに発表があるのだそうですが、体質は想像できます。







彼によると「外資系が東京から流出しているのは他に原因があるのではないか?税金とか規制の緩さとか」という意見でした。

確かに。

2011年4月21日木曜日

東京電力支援スキーム


今日の各新聞は少しずつ詳細は異なるものの各紙とも新しい東京電力支援案を報じている。
そうした中で日経と朝日がストラクチャー図を掲載しているので、情報量の多い朝日新聞の図から考えてみたいと思う。
東電賠償、政府の管理下で 官民出資で新機構 政府原案

前回日経で掲載されたアドバルーン記事に関連する私のエントリーも参考にしてほしい。
「原発賠償へ保険機構案」を読む


朝日新聞上記リンクより


前回との大きな相違点は以下である。

1.原発被害者への賠償支払い元が新設の機構ではなく一律東京電力になっている。

2.電力各社が機構に支払う「保険金」が「D.負担金」となりその性格が明確になっている。負担金は東京電力管区のユーザーだけではなく広く沖縄を除く全国民から電力料金の形で支払われることになる。従ってこの場合、賠償金を税金で支払うかどうかの議論はあまり意味がない。「税金」が「電力料金上乗せ分」になっただけである。後は負担金の金額の問題だけである。

3.「A.補償契約分」1200億円が明記され、曖昧だったForce Majeure(天災など不可抗力)条項の適用が1200億円以上の残りは東京電力負担であることが示唆されている。これについて東京電力で発生する補償金不足分については、「被害者救済の観点から」政府内に新設される判定会議によって、特別援助が政府一般会計から支払われることになる。政府から東京電力への支払い方法は機構を間に挟んで「C.交付国債」の形態となると解釈される。機構はこれを受け「優先株」もしくは「特別援助(融資)」の形で東京電力に支払う。これは政府から機構への出資が明確になったことも示している。

4.東京電力から原発事故被害者への賠償金は上記A+C+Dに「B.東京電力自己資金」を加えた合計になる。


日経によると株式上場は維持とある。また債務超過を回避する為に機構から優先株で資本注入するとある。両者は本来であれば矛盾している。

機構が東京電力をコントロールする為に優先株は議決権を持たねばならない。また当然のことだが優先株は配当原資から既存株主に対して優先的に配当を受け取る権利が付与されるだろう。

優先株は将来の何処かの時点で普通株に転換されるか(ダイリューション:希薄化)、東京電力によって買い戻されなければならない。買い戻される場合の原資は電力料金の「上乗せ分」に依存することになるのでこれはユーザーからは受け入れられないだろう。この優先株は本来なら普通株でも良いのだが、あくまで配当を優先的に受け入れる為の「優先」であるべきなのだ。

つまり残された既存の株式の価値はダイリューション後の1株分の価値(現時点で残っているかどうか不明)と機構によって決められる配当金の「さじ加減」次第ということになるだろう。この既存の普通株への配当も単純化すれば電力料金に既存株主への配当分を上乗せするかどうかにかかっている。果たして電力ユーザーの理解を得られるのだろうか?

東京電力を民間企業形態で存続させることには賛成である。国が運営して上手くいくとは思えない。しかしそれと既存株主への過剰な権利保護とは別問題である。

「東電の株主は約100万人で、その多くが銀行預金と同様の安全運用先として東電株を保有していた個人株主であることを重視せざるをえない」(官邸幹部)、こうした感情論を議論に混ぜてはならない。こうした感情論への負担は「官邸:政府」がするのではなく電力ユーザーであるからだ。

2011年4月18日月曜日

「マネーの進化史」 読後感想文


銀行業の起源をどこに求めるかは難しい問題である。古代メソポタミアで発見された粘土板には既に借りた商品に対する支払いに関する文言が刻まれている。この粘土板は特定の個人間の債務関係だけではなく粘土板を譲渡することもできたようであるから現代で言う「債券」の機能も持っていたと思われる。何故「通貨」と言わず「債券」というかと言えば借り手には利子を支払う義務が課せられていたからだ。

「利息」と言う考え方は家畜何頭かを貸し出したことを想像すれば理解しやすい。家畜は子を産み一定期間に頭数は増えていく。しかもこれは「単利」ではなく「複利」で増えていくのだ。単純に2頭が1年間に1頭を産み出し3頭になると考えれば複利の概念は把握し易い。ハムラビ王の治世(紀元前1792年~紀元前1750)の数学関連の資料からは既に複利計算が金利に適用されていたと推察されている。

イスラム教で利子の徴収が堅く禁止されていることは周知だろう。現代のイスラム金融では利子という形態を避けて別な形で実質的な金利が支払われているが、中世のキリスト教でも金を貸す際に利息を取ることは罪だと定められていた。

仏教は金貸しに寛容だった。お釈迦様の教団も裕福な弟子からの寄付を運用し利息を寺院の運営に充当していたそうだ。一方でユダヤ教徒においても利息を取って金貸しをすることは禁じられていたのだが、旧約聖書の申命記には、都合のいい例外規定があった。

「外国人からは利息を取ってもよいが、同胞である場合には利息をつけてはならない」

こうしてヨーロッパではユダヤ金融資本が発達することになった。

ベネチアなどの中世の商人達は金貸しを営むユダヤ人達の住むゲットーに資金を借りにいかねばならなかった。ユダヤ人は家の前に紅い(緑もある)布をかけた机を置きベンチに座って「バンコ・ロッソ(紅い銀行)」を営業していた。イタリア語でベンチは「banco」なのである。これが銀行の起源だと言う説もあるが12世紀末のジェノバではバンゲリウスという用語も既にあったようである。しかし当時の商人達は銀行に限らず店舗を持たずに家の前に机を出しベンチに腰掛けて商売をするのが一般的だった。債務不履行の時には今後商売が出来ないようにこのベンチが破壊されたのでこれが破産(bankrupcy)の語源となっている。銀行よりもこっちの語源のほうが説得力がありそうだ。

ニーアル・ファーガソンの「マネーの進化史」(原題:The Ascent of Money)を今頃読んだ。この本は今回の金融恐慌の最中の2008年に書かれ、日本語版はその後発売され少し手を加えられたペーパーバック版を翻訳したものだ。読み始めは新知識も多くとても快適だったのだが71頁で原書を読まなくても明らかに判別できる金融史上重大な誤訳を発見してからは、用心しながら読まざるを得なくなった。その後この手の誤訳は10まで数えたが途中でやめてしまった。問題は明確で翻訳者には金融史の基本的な知識が無いと推察される。
さらに273頁の「1937年7月9日、日清戦争が勃発して二ヵ月後に」の下りはもはや歴史商品として致命的とも思われる。読者からは校正もキチンと行われていない事が想像されるのだ。

この本はファーガソンが一般向けに書いた金融史の本であり、名著であり難解なことは何も書かれていない。そして大手機関投資家「スコティシュ・ウィドウズ」の起源や僕のブログの読者であれば面白いと思うような事がたくさん書かれている。しかし残念ながらこれでは「誤訳探しの本」になってしまっていることは否めない。この本の経緯からみてファーガソンは近々リーマンショックと米国財政赤字問題を加えた改訂版を出版するであろうから、その時に翻訳を見直してくれることを待つしかないだろう。それから内容を一般向けにした為にレーガノミックス以降の記述は他の本を読んだ者や業界関係者には物足りないものになっているがこれは仕方がないだろう。

2011年4月15日金曜日

「原発賠償へ保険機構案」を読む Too Public to Fail


福島原発の被害者は一刻も早い東電からの賠償、具体的には当座の一時払いを求めている。既に避難地域の中小企業では「不渡り」を出した会社もあるし、農漁業従事者は商品出荷もままならず復興計画や将来の生活設計どころか日々の現金に窮している。全てを失って避難所で生活し現金が一円も無い姿を想像すればその悲惨さは理解できるだろう。

こうした早期の補償に向けて13日頃から関連する政府案が日経紙上に登場してきた。15日の日経一面は「原発賠償へ保険機構案(仮称):政府検討へ 東電負担立て替え、優先株配当で回収」といよいよこの内容が具体化してきた。こうした記事は一般紙では見当たらないが、日経のスクープというよりは政府内から管理されたリークによって一種のパブリック・ヒアリングを行っていると考えたほうがよいだろう。つまり市場や日経読者レベルからのこの案に対する反応を伺っていると思われる。一般大衆に投げかけると「東電潰せ」とか「ボーナス返せ」とかそれはそれで重要なのだが目の前の問題解決への収拾がつかなくなるからだ。

記事を読む限りこの案の目的は以下の3つである。
1.補償を早期に確実に支払えるようにする。
2.東京電力の株式の暴落、5兆円におよぶ社債の信用格付け低下、スプレッドの上昇など混乱する金融市場を安定化させる。
3.東京電力の破綻を回避し電力の安定供給を図る。

スキームは日経によると以下の図のとおりだ。
ソース日経

これを私なりに読み解いてみよう。
資金の流れは3つ

1.基金への出資
a.記事の文章からは「資本注入は政府保証がついた公的資金を使って東電が新たに発行する優先株を引受ける形になる」とある。「政府保証がついた公的資金」とは少々「謎」めいているが政府が大量の資金を出資することは無さそうである。スキーム図から判断すると民間金融機関からの融資だけによって出資されるように見受けられる。つまり政府保証のコストを除いて税金からは資本投入されない形態になっている。融資する側から見れば政府保証はついているし、地域独占が継続されるから電力料金の値上げによって融資の返済は担保される。
b.原発を持たない沖縄電力を除く全国電力各社が保険料を機構に積み立てる。この保険料が賠償基金と保険業務にどう割り振られるかは書いていない。


2.機構からの東京電力への出資
東京電力は優先株を発行し機構が引受ける。東京電力は機構に立て替えてもらった賠償金を長期間の配当として機構に支払う。配当金額は政府が指示するようであるから優先株は一定の議決権を持たねばならない。定めらた期間を過ぎれば普通株に転換されるのであろう。東京電力が買い戻してもかまわないが電力料金に上乗せされるだけである。

3.被災者への補償
東京電力ではなく機構が行う。被害者は東京電力に疑心暗鬼になっているのでこれは良い方法だろう。


さて、現状では補償総額も東京電力がどこまで負担するのかも決まってはいない。Force Majeure(天災など不可抗力)条項の適用もあいまいなままだ。
こうした中でこのスキームのアピール(特徴)は要約すると以下と言える。

1.被害者へのすみやかな支払いが出来る。(機構設立には立法化が必要だがその間のつなぎは考慮されなければならない)
2.税金の持ち出しが無い。
3.東京電力は潰れない。あくまで東京電力が優先株の配当と言う形で分割払いで補償を支払うが、結局電力料金に上乗せされる。財界が東京電力の免責に積極的なのは、電力料金への上乗せによるコスト・アップが懸念されるからだ。また普通株の配当は当然圧迫を受け、株主責任は暫時「無配あるいは極わずかの残りの配当」という形で取らされることになる。

そして問題点として考えられるのは、このスキームは電力業界の現状維持のスキームであると言う点だろう。今回課題となった「地域独占企業の弊害であるガバナンスや消費者目線の経営努力の問題」には目をつぶることになる。補償金額を電力料金に上乗せするだけだから、今後も東京電力の地域独占による価格支配が前提条件になっており安価な電力供給者の登場が想定されていない。この機構の設立を立法化するのであればこの問題解決を担保する項目も加えられるべきだ。具体的には東京電力以外の発電会社による売電、送配電料金の価格設定などの問題である。こうした課題はこのスキームに真っ向から対抗してしまうだろうが議論されるべきである。

2011年4月10日日曜日

ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る


或る日、あなたは会社の健康診断で血圧が高めだと告げられる。少々肥満気味だから運動されたらどうでしょうと医者は云う。エスカレータを使わずに階段を使うとか、わざとひと駅手前で降りて歩いてみてはどうでしょうと奨められる。

あなたにすればそりゃそうだ運動不足はわかっていたのだからそんなチマチマしたことをするよりはとこの際一発奮起して「ジムに通おう」と決断する。ネットで調べてみるとそれほど高いものじゃない月1万円以内でおつりがくる。月に10回通えば一回1000円以下じゃないか。
あなたは「よし!」と決断し会社の帰りにジムに行って手続きを済ませる。

ジムを見学してみると想像していたよりも大勢の人が汗を流している。格好も気にしなけりゃいけないし専用の靴も買ったほうがよさようだ。週末に神田に出かけてビクトリアやミズノでひと通りグッズを揃えてみる。そして最初のジム通い。汗を流し大きめの風呂に入って「なんて気持ちがいいんだろう。実に爽快だと」悦に入ることになる。

会社でも「ジムに通っているんですか?」と聞かれれば実に詳細にジム通いのメリットを同僚に語り奨めたりすることになる。せいぜい2,3回しか行ったことがないのにもかかわらずだ。
ところがこうした話題もすたれていくと毎月カレンダーがめくられる度にあなたのジム通いの頻度は低下していく。

今日こそはジム行こうと朝から決断し着替えを準備していた日に「冷たいのを7丁目の銀座ライオンあたりで一杯どうですか」と部下から誘いを受ける。あなたはジムとビア・ホールを較べてどちらがあなたにとって満足できるものであるか比較検討する。普通の居酒屋なら断っているが7丁目のビア・ホールなら話は別だ。あそこの内装は格別だ。とっておきの生ビールにフライド・チキンにフライド・ポテト。どう考えてもジム通いの対極だ。そして「まあ、会社のコミュニケーションもあるし」とビア・ホールを選んでしまう。明日で同僚やライオンが消えて無くなるわけでもないのにだ。

かくして半年後。「あなたジムに行かないのなら解約したら?」と奥方からクレームが出る。「ジムに行け」とは言わないものなのだ。数えてみれば入会した最初の月に3回、その後は月1で最近は全く行かなくなっていた。合計6回としても一回あたり1万円だ。なんて高いんだろう。

さてここでの問題は通いもしないのに「見栄」だけでジムに入っているということでもなければ、あなたが「選りすぐりの怠け者」ということでもない。何故あの時あなたはジムに通おうと決断し、今は通わなくなっているのか。あの時の決断は間違っていたのだろうか。

将来の快楽や感情の状態の予測は、現在の感情や動機の状態にアンカリングされる。(投影バイアス)

あなたがジム通いを決断した時、確かに半年後においてもジムで汗を流す爽快感はビア・ホールで生ビールをごくごくと飲み干す快感に勝っていると予測されたのだ。

ジム>ビール

ただ健康診断から日が経ち肥満への感心が薄れるとあなたの価値判断基準は移ろいでしまったのだ。

ビール>ジム

高い前払いの英会話学校の入学金、賢くなりそうなメルマガの契約(実は契約して時間が経過すると開封しなくなる人が結構多いそうだ)、通年ひと気の無い別荘地。流行りの難易度の高い本を大量に購入して積読する人(自戒も込めて)。こういう事例は実に多い。


先週日本橋丸善を覗いていたら、「ダニエル・カーネマン心理と経済を語る」が積まれていた。セイラーの本は読んでいたがそう言えばカーネマンの本は読んだことがない。帯には行動経済学入門の決定版とある。実に知的欲求を満たしてくれそうな控えめな丁装である。「読後の快感>読解の苦労」が予想された。

第1章は2002年のノーベル賞記念講演
第2章は自伝
第3章は効用最大化と経験効用
第4章は主観的な満足の測定に関する進展

1,2章は読みやすく楽しめるが、3,4章は簡単では無いというのが私の感想である。
しかしながらこれは間違い無く良本である。「読後の快感>読解の苦労」は予想通りであったと言っておこう。読後の感想は主観的な満足というのは言葉を換えれば「幸福の追求」であると言うことである。今後の社会政策等に大きく影響を及ぼしていくことは容易に想像できるだろう。

この本を読む前に見ておいた方が良いコンテンツがある。カーネマンはTEDでもスピーチをしているのだ。

ダニエル・カーネマン:経験と記憶の謎

カーネマンは饒舌な解説者では無いが、第2章の自伝を併せて読めば彼が何を追求しようとしているのか理解も深まるのではないだろうか。「行動経済学」=「人間の非合理性」と云う理解が間違いであることがわかるだろう。この本の編者の意図のとおりなのである。

2011年4月8日金曜日

役所が機能移転すべき

節電で「本社機能移転」も=銀行・証券などに対策要請―金融庁 時事

「金融庁は同日午後、全国銀行協会や全国地方銀行協会、日本証券業協会、生命保険協会など同庁が監督する業界団体の幹部を集め、政府の節電対策の検討状況や同庁の考えを説明。各業界の会長会社に対し、現在のピーク時の電力使用量や、本部・支店・電算センターといった事業拠点ごとの使用量の内訳などの情報を取りまとめるよう求めた。その上で、具体的な節電対策として(1)エアコン使用中止や消灯といった夏までに実行可能な施策(2)自家発電設備の活用などそれ以外の対策(3)本社機能の移転や勤務形態の抜本的見直しなど中長期的に考えられる施策―について、11日夕までに回答するよう要請した。」

北新地の御堂筋から永楽町通りに入って直ぐの左側に大きなギネスの看板を出している「キーポイント」と言う古いバーがあった。
ミナミの老舗バー「キーポイント」の暖簾分けのバーだということだがこの店自体も相当年季が入っていた。

僕が最初にこの店をたずねたのは日曜日の夜だった。丹波での法事が長引いてしまい東京まで帰りそびれてしまったのだ。日曜日の北新地は食べ物屋はやっている店もあるがバーやクラブは閉めているので平日の夜の賑やかさはまったく無い。僕はたまたま開いていたこの店の扉を躊躇なく押した。

中に客は誰もおらずマスターは小さめソファで膝から下を床にまげて上半身だけで仰向けに寝転んでいた。ドア近くの天井から吊るされたテレビでは阪神タイガースのナイターが流れていた。新庄がピッチャーをやらされたりしていた頃だ。

「ごめんな、誰も来やへんと思てたから」

年季の入ったカウンターに座ると灰皿や水差し、ようじ入れなどのアイテムは相当古いものが多くて昔どこかで見たことがあるような懐かしい物ばかりだった。風俗博物館か何かで「昭和のバー」を再現するとこんな感じになるのだろう。バック・バーには当時でもレア物のディンプルやデュワースの古いブレンデッド・ウィスキーが並んでいた。

僕は取り敢えずギネスを注文するとマスターに声をかけた。
「日曜日も店開けてはるんですか?」
ギネスは綺麗な専用グラスに慎重に正しく注がれなければならない。マスターは作法通りに注ぎながら答えてくれた。
「たまにクラス会の帰りやとか言うてお得意さんの奥さんが来はったりするんですわ、うちはたまに旦那さんが奥さん連れて来てくれたりするから。『北新地やったら私知ってる店あります』って言うて折角友達連れて来てくれはったのに閉まってたらがっかりするやろ」
見るからに職人気質の頑固そうなマスターだが、こうした言葉を聞けば人柄がわかるというものだ。本物のバーの手応えがあった。

「家にいててもやること無いしな」

2杯目はジン・フィズにした。
生意気なようだが僕は初めてのバーではジン・フィズを頼むことにしている。マティーニなんかじゃないのだ。たくさんジンの種類を持ち過ぎている店もあるが、何種類かは押さえておいて欲しい。ビーフィーター、ギルベイ、ゴードン、ボンベイ、プードルス、プリマスあとはシュタインへーガーぐらいがあればいい。

シロップは出来合いじゃなく工夫して特徴のあるものがいい。レモン果汁の扱いもだ。そしてそこにシェークという要素が入り、なおかつソーダで割らなければならない。バーマンの動きも含めて店による出来の差は注意していれば直ぐにわかる。僕はプードルスを選び、そしてこのバーは満点だった。

「大阪の景気はどうですのん?」
「お客さん関西弁やけど東京で働いてるんやろ。この店も昔はホステさん連れて派手に遊ぶ人もようけおったけど、今は会社帰りの普通の勤め人ばっかりですわ、バブルがどうやや無くて新幹線が出来て以降大阪の会社はみんな東京へ移ってしまいましたやろ 国の役所がみんなあっちやからしょうがないんでしょうな」

大阪はもともと糸へんが多い上に関西起源の製造業も京浜工業地帯に進出すると本社を関西に置いておく必要がなくなり東京へ移していった。それに連れて商社や金融も関西のウェイトが低下していったのだ。バブルの前から関西は徐々に地盤低下していた。新幹線開通による大規模なストロー化現象もあるだろうし、後背地の面積の問題もあるだろう。しかし僕は根本の原因は国家行政の「東京一極集中」にあると思う。政府が金をばらまいていた時期には分け前を貰うためにみんな東京に行かなければならなかったのだ。

例えば文科省は京都にあってもいい。農林水産省が金沢でもいいではないか。今は国内航空網が発達しているから地方から見れば羽田行きが金沢行きになるだけだし、北陸新幹線も開通する。経済産業省は名古屋へ、そして金融庁はせっかく大蔵省から分離したのであるから大阪においても良いのだ。金融機関が本社を東京から移転せずともかなりの機能は大阪へ移動するはずだ。省庁内の連絡もイントラネットで状況は随分変わっているはずだ。東京には財務、外務、防衛があればいい。地方分権とか難易度の高いことを言っているよりは、主管官庁を移動し機能を分散した方が早い。少し不便にするのだ。そうすれば製造拠点に近い地方に本社をおく企業も増えるはずだ。ボーイングはシアトルでP&Gはシンシナティ、コカ・コーラはアトランタなのだ。

今回の東日本大震災では地震・津波に加え原子力発電所による放射能汚染の問題も発生した。事態は収束の方向に向かっているようであるが、大規模停電も含めて今回は行政・主要企業の東京への一極集中によるリスクも露呈したのではないだろうか。企業に移れというよりも先ず役所が動けば企業も動く。今回は災い転じて福となる絶好の機会だとも思うのだ。それに金融機関の子弟にオモロイ子が増えるだろう。

北新地「キーポイント」のマスターは既に亡くなられた。店は永楽町通りを少し入ったビルの2階に移動したが、最近は行っていない。

2011年4月5日火曜日

米国債を担保に国債発行はできるのか?


「外貨準備の米国債を担保に国債発行はできるんですか?」

と質問を受けました。
私は専門外ですが、ちょっと考えてみましょう。
この分野が専門の人でネットで発言する人はあまりいないでしょうから。

何故こんな質問をするのか聞いてみると、どうやら産経編集委員の田村秀男さんのコラムが「おおもと」のようです。

復興国債100兆円も可能 日本再生のチャンスに変えよ 編集委員 田村秀男

池田信夫さんもこれに関して「意味不明な『国債の日銀引き受け』」で関連したブログを書いておられるようです。

引用させて頂きます。
「確かに、復興のためとはいえ、日銀がお札を発行して政府の財政資金を供給する政策はいかにも法外な非常手段だが、政府は国債の暴落懸念を引き起こさずに、100兆円を上限に国債の形で日銀から長期借り入れできるだけのゆとりがある。というのは、政府はこれまで国民の預貯金を100兆円借り上げて米国債を保有している。政府は必要なら、日銀に米国債を担保として差し出せばよい。米政府の了解は必要だが、米国債を売却する必要は全くないので、米金融市場の動揺を引き起こす恐れはない。米国の了解も取り付けられるはずだ。」

外貨準備と言うのは外国為替資金特別会計、いわゆる外為特会ですね。

最近も各国の協力を得てやりましたが、為替介入の時に使う特別会計です。
円高を防ぐために、円売りドル買いをするわけですが、この時ドルを買うために外国為替資金証券(Financing Bill)、これ2009年以降は政府短期証券と呼び名が変わったそうですがともかくこの短期のT-Billを外為特会が発行して先ず円資金を調達します。販売方法は入札で入札参加資格は日本銀行・銀行・証券会社・生命保険会社等の金融機関に限定されていて流動性の高い金融商品なんかに使われています。「国民の預貯金を借りあげて」というのはこの部分ですね。

これは1年以内の短期債ですが償還資金が不足する場合には不足部分について乗り換えが認められていますので乗り換え乗り換えで常に必要量が発行されている状態になります。

この調達した円資金を使って外為市場でドル資金を買うのですがドルを現金で持っていても仕方が無いので流動性が高く信用も高い米国債に投資したりするわけです。
したがって短期証券を使って円で借金をして米国債を買っていると言う状態です。
とまあこの辺りまでは自信があります。気の利いたFX入門書の為替介入の項目なんかに書いてあるんだと思います。

財務省のHPでは平成21年度の外国為替資金特別会計財務書類が開示されていますのでBSを見てみましょう。

クリックすると大きくなります。


平成22年の資産の部では現預金が26兆8千億円、有価証券が82兆円他にもSDRや貸付金もありますが、ざっくりこの2つで110兆円というところでしょう。
負債の部では前出の政府短期証券が106兆円あります。これに資産・負債差額の部に為替評価損や資産評価差額なんてのがあって左右バランスが取れていると言うことで外為特会のサイズは115兆円もあるということです。 この金額が積み上げられた日本の資産だと勘違され勝ちなんですが実際は借金との両建てになっています。

一時日本版SWF(ソブリン・ウェルス・ファンド)国家戦略ファンドが話題になりましたが、このBSの資産にある有価証券USトレジャリーを少々売却してもっと成長性のあるものや国家戦略に関係のある途上国のインフラなんかに投資してはどうだろうという話でした。しかしそもそも外国為替資金証券で集めた短期のお金でファンドを運用するという話だったのでちょっと筋が違うのではないかと立ち消えになりました。

最近は円高に悩みながらも、もしかしたら円が売られまくるかもしれないと言う亡国論も一方であるわけで、いつかドル売り円買の為替介入をしなければならない時もきそうです。その時には米国債を売って円に替えてやる。そしてその円をBSの右側の短期債の償却資金に充当するわけです。こうして外為特会の規模は小さくなることもあるのです。

「米国債を売って復興資金にしよう」と言う話もあるようですが、
1.円買いの為替介入になるので、この前円売りに協調介入してくれた国達は驚いてしまう。
2.売っても短期債の償還資金にまわるだけで資金にはならない。

さて、最初の疑問に戻りましょう。
「外貨準備の米国債を担保に国債発行はできるんですか?」でした。

外国為替資金証券はもちろん政府保証ですが使途が限定されています。そしてこれも国債ですから「担保」と言う法律用語が適用されないかもしれませんが外為特会の米国国債はすでにその価値をもとに国債を発行してしまっているのではないでしょうか。100%借金で買ったものを担保にすると言うのはどうなんでしょうかと思うわけです。

あるいはすごいアイデアがあるのかもしれませんが私にはわかりません。
ですから質問者には外為特会のBSの画像とリンクだけ渡しておきました。
どなたか教えてくれれば有り難い。

2011年4月3日日曜日

日銀による国債引受について


「高き住居は児孫に和楽
想え惨禍の大津波
此処より下に家を建てるな」
三陸海岸 大津波記念碑

明治29年さらに昭和8年にも津波がこの碑の位置まで到達し一度ならず二度までも集落が壊滅したことを受け、三陸の先祖が子孫への戒めのために建てた記念碑です。
こうした記念碑は青森県から宮城県に至る三陸海岸に約200基ほどあるそうですが惨禍は再び繰り返されました。漁業が産業の中心である集落にとって港の近くに人々が居住するのは仕方の無いことだと思います。今は早い復興を祈るばかりです。


さて、財政の面でも先人の戒めは法律化されています。
日本の財政法第五条はこう云っています。
「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。」

岩本康志東大大学院教授によれば、ここにおける特別の事由とは小村武著『三訂版 予算と財政法』(新日本法規)を引用し以下のように説明しています。
「この特別の事由については,現在,日銀が保有する公債の借換え(いわゆる乗換え)のために発行する公債の金額についてはこの要件に該当するものとして,特別会計の予算総則に限度額の規定が設けられている。これは,借換債の性質上,日銀が現に保有しているものの引き受けであり,通貨膨張の要因となるものではないからである。」つまり財政法第五条は通貨膨張を抑制する目的で作られた法律であることは明白で、第2文の「特別の事由」を拡大解釈すべきものではないとの考えです。

この法律も戦前、戦後と過去に日銀引受の安易な使用によってハイパーインフレを起こし国民の財産を喪失せしめ生活を破滅に追いやった経験から先人が「戒め」として法律に残しておいたものです。現在世界中のほとんどの中央銀行で国債の直接引受は禁止されています。

よく日銀による国債の直接引受をアピールする為に、高橋是清もこの手段を用い1930年代の不況をいち早く乗り切ったことから国際的にも「コレキヨ・レシピ」として高い評価を受けたと云う説を目にしますが、これは今回喧伝されているスキームとは少々異なります。

下の表は高橋が日銀引受を開始した昭和7年11月からの国債発行額と日銀引受額、日銀による日銀市中売却額を示したものです。(データ:「日本金融史資料・昭和編」第27巻P25)



昭和8年には約12億円の国債を発行しその92%を日銀に引き受けさせますが、一方で引受額の71%を市中売却しています。この比率は翌年には前年の積み残しも含めて128%にまで高まり、最終的には日銀引受分の85%を市場で売却してしまっているのです。決して日銀に国債を引き受けさせ通貨をじゃんじゃん刷ったというわけではないのです。

当時の大蔵大臣高橋是清は日銀副総裁深井英五と相談し「生産力と通貨との均衡を主たる目標として通貨の運営を按配すべし」と通貨の発行量に細心の注意を払うとともに単なる日銀引受によるシニョリッジを容認してはいなかったのです。この表からは市場での大量の国債販売が困難であったため一度日銀が引き受け、後に市場に売却していった様子が伺えます。流動性の補完もしくは極めて短期間の潤滑油としての機能を利用したと言えるでしょう。

問題は軍部の予算膨張に抵抗する高橋がこの表の翌年1936年に2・26事件で暗殺された後から起こりました。軍部が安易な日銀引受による通貨発行に味をしめ際限の無い財政拡張に走っていったのです。その後の国民の悲劇はご存知の通りです。そして「戒め」が法律化されました。


今回も震災復興予算を巡って民主党金子洋一参議院議員が旗振り役となって震災復興債の日銀引受を実現させようと根回しをしておられます。

震災復興の財源について(第7版)20兆円超の「日銀引き受け震災復興国債」を発行せよ

「『日銀引き受け震災復興国債』を国会の議決を経て発行し最低限20兆円まかなうことが必要である。その際には、国債の暴落などの副作用を防ぐために、中長期的な国債の返済計画やプライマリーバランスの達成時期などの財政再建の見通しを公表する。その使途は、震災復興のインフラ整備や生活再建に関わる公共事業に限定し、他の用途への転用は厳禁する。」

おっしゃる通りです。もしこれをやるならば使途を厳しく限定し中長期的な国債の返済計画やプライマリーバランスの達成時期などの財政再建の見通しを公表する必要があるでしょう。私も方法論としては試してみても良いのではないかとも思うのです。何しろこれまで何をやってもデフレ脱却が出来ないのですから「やってみれば良いではないか」とも思うのです。

しかしこうした先人の戒めを破ってまで危険な途に踏み入れるには国民による政治(議会)に対する高度なクレディビリティが要求されることになると思います。
果たしてこうした中央銀行による国債引受という先例を作ってしまって、その後ポピュリズムに走る政治家達によって野放図な通貨膨張を繰り返す事にはならないのでしょうか。信用が出来るのでしょうか。と心配なのです。「知らない間に20兆が100兆円などという政治家は出てこないのでしょうね」と問わずにはいられないのです。何しろここまでの実績が現在の財政赤字なのですから。

いずれにせよこの意思決定は日銀の仕事ではありませんからいくら白川総裁を責めても意味がありません。もし白川総裁が両手を挙げて賛成するようでは中央銀行のクレディビリティは地に墜ちてしまいますし、せっかくここまで巧に運用されてきた国債管理政策への評価に影響が出てしまうと思います。彼は自己の信条がどうであれこの件には総裁として反対すべきなのです。

しかしどうでしょう、そんな事よりも政治家としてはやはり後ろで100兆円だと気炎を挙げているご同僚にしばらく大人しくして頂く方が先決なのではないでしょうか。これは議会が責任を持って決めることなのです。

それに20兆円であれば現在の我が国の債券市場では充分に消化可能だと思います。わざわざ日本でのファイナンスが困難に見えるような「世界での禁じ手である中央銀行による国債引受」を国難のこの時期に行う必要は無いと思うのです。市場にいる人間としてはそちらの方がむしろ怖い。必要ならセカンダリーで買えばいいじゃないですか。

従ってシニョリッジ(通貨発行益)による景気刺激策は興味もあるし悪くは無いアイデアだとは思うのですが、私は残念ながらささやかな有権者の意見として「反対」に1票投じることにします。