2011年4月3日日曜日

日銀による国債引受について


「高き住居は児孫に和楽
想え惨禍の大津波
此処より下に家を建てるな」
三陸海岸 大津波記念碑

明治29年さらに昭和8年にも津波がこの碑の位置まで到達し一度ならず二度までも集落が壊滅したことを受け、三陸の先祖が子孫への戒めのために建てた記念碑です。
こうした記念碑は青森県から宮城県に至る三陸海岸に約200基ほどあるそうですが惨禍は再び繰り返されました。漁業が産業の中心である集落にとって港の近くに人々が居住するのは仕方の無いことだと思います。今は早い復興を祈るばかりです。


さて、財政の面でも先人の戒めは法律化されています。
日本の財政法第五条はこう云っています。
「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。」

岩本康志東大大学院教授によれば、ここにおける特別の事由とは小村武著『三訂版 予算と財政法』(新日本法規)を引用し以下のように説明しています。
「この特別の事由については,現在,日銀が保有する公債の借換え(いわゆる乗換え)のために発行する公債の金額についてはこの要件に該当するものとして,特別会計の予算総則に限度額の規定が設けられている。これは,借換債の性質上,日銀が現に保有しているものの引き受けであり,通貨膨張の要因となるものではないからである。」つまり財政法第五条は通貨膨張を抑制する目的で作られた法律であることは明白で、第2文の「特別の事由」を拡大解釈すべきものではないとの考えです。

この法律も戦前、戦後と過去に日銀引受の安易な使用によってハイパーインフレを起こし国民の財産を喪失せしめ生活を破滅に追いやった経験から先人が「戒め」として法律に残しておいたものです。現在世界中のほとんどの中央銀行で国債の直接引受は禁止されています。

よく日銀による国債の直接引受をアピールする為に、高橋是清もこの手段を用い1930年代の不況をいち早く乗り切ったことから国際的にも「コレキヨ・レシピ」として高い評価を受けたと云う説を目にしますが、これは今回喧伝されているスキームとは少々異なります。

下の表は高橋が日銀引受を開始した昭和7年11月からの国債発行額と日銀引受額、日銀による日銀市中売却額を示したものです。(データ:「日本金融史資料・昭和編」第27巻P25)



昭和8年には約12億円の国債を発行しその92%を日銀に引き受けさせますが、一方で引受額の71%を市中売却しています。この比率は翌年には前年の積み残しも含めて128%にまで高まり、最終的には日銀引受分の85%を市場で売却してしまっているのです。決して日銀に国債を引き受けさせ通貨をじゃんじゃん刷ったというわけではないのです。

当時の大蔵大臣高橋是清は日銀副総裁深井英五と相談し「生産力と通貨との均衡を主たる目標として通貨の運営を按配すべし」と通貨の発行量に細心の注意を払うとともに単なる日銀引受によるシニョリッジを容認してはいなかったのです。この表からは市場での大量の国債販売が困難であったため一度日銀が引き受け、後に市場に売却していった様子が伺えます。流動性の補完もしくは極めて短期間の潤滑油としての機能を利用したと言えるでしょう。

問題は軍部の予算膨張に抵抗する高橋がこの表の翌年1936年に2・26事件で暗殺された後から起こりました。軍部が安易な日銀引受による通貨発行に味をしめ際限の無い財政拡張に走っていったのです。その後の国民の悲劇はご存知の通りです。そして「戒め」が法律化されました。


今回も震災復興予算を巡って民主党金子洋一参議院議員が旗振り役となって震災復興債の日銀引受を実現させようと根回しをしておられます。

震災復興の財源について(第7版)20兆円超の「日銀引き受け震災復興国債」を発行せよ

「『日銀引き受け震災復興国債』を国会の議決を経て発行し最低限20兆円まかなうことが必要である。その際には、国債の暴落などの副作用を防ぐために、中長期的な国債の返済計画やプライマリーバランスの達成時期などの財政再建の見通しを公表する。その使途は、震災復興のインフラ整備や生活再建に関わる公共事業に限定し、他の用途への転用は厳禁する。」

おっしゃる通りです。もしこれをやるならば使途を厳しく限定し中長期的な国債の返済計画やプライマリーバランスの達成時期などの財政再建の見通しを公表する必要があるでしょう。私も方法論としては試してみても良いのではないかとも思うのです。何しろこれまで何をやってもデフレ脱却が出来ないのですから「やってみれば良いではないか」とも思うのです。

しかしこうした先人の戒めを破ってまで危険な途に踏み入れるには国民による政治(議会)に対する高度なクレディビリティが要求されることになると思います。
果たしてこうした中央銀行による国債引受という先例を作ってしまって、その後ポピュリズムに走る政治家達によって野放図な通貨膨張を繰り返す事にはならないのでしょうか。信用が出来るのでしょうか。と心配なのです。「知らない間に20兆が100兆円などという政治家は出てこないのでしょうね」と問わずにはいられないのです。何しろここまでの実績が現在の財政赤字なのですから。

いずれにせよこの意思決定は日銀の仕事ではありませんからいくら白川総裁を責めても意味がありません。もし白川総裁が両手を挙げて賛成するようでは中央銀行のクレディビリティは地に墜ちてしまいますし、せっかくここまで巧に運用されてきた国債管理政策への評価に影響が出てしまうと思います。彼は自己の信条がどうであれこの件には総裁として反対すべきなのです。

しかしどうでしょう、そんな事よりも政治家としてはやはり後ろで100兆円だと気炎を挙げているご同僚にしばらく大人しくして頂く方が先決なのではないでしょうか。これは議会が責任を持って決めることなのです。

それに20兆円であれば現在の我が国の債券市場では充分に消化可能だと思います。わざわざ日本でのファイナンスが困難に見えるような「世界での禁じ手である中央銀行による国債引受」を国難のこの時期に行う必要は無いと思うのです。市場にいる人間としてはそちらの方がむしろ怖い。必要ならセカンダリーで買えばいいじゃないですか。

従ってシニョリッジ(通貨発行益)による景気刺激策は興味もあるし悪くは無いアイデアだとは思うのですが、私は残念ながらささやかな有権者の意見として「反対」に1票投じることにします。

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