2011年4月10日日曜日

ダニエル・カーネマン 心理と経済を語る


或る日、あなたは会社の健康診断で血圧が高めだと告げられる。少々肥満気味だから運動されたらどうでしょうと医者は云う。エスカレータを使わずに階段を使うとか、わざとひと駅手前で降りて歩いてみてはどうでしょうと奨められる。

あなたにすればそりゃそうだ運動不足はわかっていたのだからそんなチマチマしたことをするよりはとこの際一発奮起して「ジムに通おう」と決断する。ネットで調べてみるとそれほど高いものじゃない月1万円以内でおつりがくる。月に10回通えば一回1000円以下じゃないか。
あなたは「よし!」と決断し会社の帰りにジムに行って手続きを済ませる。

ジムを見学してみると想像していたよりも大勢の人が汗を流している。格好も気にしなけりゃいけないし専用の靴も買ったほうがよさようだ。週末に神田に出かけてビクトリアやミズノでひと通りグッズを揃えてみる。そして最初のジム通い。汗を流し大きめの風呂に入って「なんて気持ちがいいんだろう。実に爽快だと」悦に入ることになる。

会社でも「ジムに通っているんですか?」と聞かれれば実に詳細にジム通いのメリットを同僚に語り奨めたりすることになる。せいぜい2,3回しか行ったことがないのにもかかわらずだ。
ところがこうした話題もすたれていくと毎月カレンダーがめくられる度にあなたのジム通いの頻度は低下していく。

今日こそはジム行こうと朝から決断し着替えを準備していた日に「冷たいのを7丁目の銀座ライオンあたりで一杯どうですか」と部下から誘いを受ける。あなたはジムとビア・ホールを較べてどちらがあなたにとって満足できるものであるか比較検討する。普通の居酒屋なら断っているが7丁目のビア・ホールなら話は別だ。あそこの内装は格別だ。とっておきの生ビールにフライド・チキンにフライド・ポテト。どう考えてもジム通いの対極だ。そして「まあ、会社のコミュニケーションもあるし」とビア・ホールを選んでしまう。明日で同僚やライオンが消えて無くなるわけでもないのにだ。

かくして半年後。「あなたジムに行かないのなら解約したら?」と奥方からクレームが出る。「ジムに行け」とは言わないものなのだ。数えてみれば入会した最初の月に3回、その後は月1で最近は全く行かなくなっていた。合計6回としても一回あたり1万円だ。なんて高いんだろう。

さてここでの問題は通いもしないのに「見栄」だけでジムに入っているということでもなければ、あなたが「選りすぐりの怠け者」ということでもない。何故あの時あなたはジムに通おうと決断し、今は通わなくなっているのか。あの時の決断は間違っていたのだろうか。

将来の快楽や感情の状態の予測は、現在の感情や動機の状態にアンカリングされる。(投影バイアス)

あなたがジム通いを決断した時、確かに半年後においてもジムで汗を流す爽快感はビア・ホールで生ビールをごくごくと飲み干す快感に勝っていると予測されたのだ。

ジム>ビール

ただ健康診断から日が経ち肥満への感心が薄れるとあなたの価値判断基準は移ろいでしまったのだ。

ビール>ジム

高い前払いの英会話学校の入学金、賢くなりそうなメルマガの契約(実は契約して時間が経過すると開封しなくなる人が結構多いそうだ)、通年ひと気の無い別荘地。流行りの難易度の高い本を大量に購入して積読する人(自戒も込めて)。こういう事例は実に多い。


先週日本橋丸善を覗いていたら、「ダニエル・カーネマン心理と経済を語る」が積まれていた。セイラーの本は読んでいたがそう言えばカーネマンの本は読んだことがない。帯には行動経済学入門の決定版とある。実に知的欲求を満たしてくれそうな控えめな丁装である。「読後の快感>読解の苦労」が予想された。

第1章は2002年のノーベル賞記念講演
第2章は自伝
第3章は効用最大化と経験効用
第4章は主観的な満足の測定に関する進展

1,2章は読みやすく楽しめるが、3,4章は簡単では無いというのが私の感想である。
しかしながらこれは間違い無く良本である。「読後の快感>読解の苦労」は予想通りであったと言っておこう。読後の感想は主観的な満足というのは言葉を換えれば「幸福の追求」であると言うことである。今後の社会政策等に大きく影響を及ぼしていくことは容易に想像できるだろう。

この本を読む前に見ておいた方が良いコンテンツがある。カーネマンはTEDでもスピーチをしているのだ。

ダニエル・カーネマン:経験と記憶の謎

カーネマンは饒舌な解説者では無いが、第2章の自伝を併せて読めば彼が何を追求しようとしているのか理解も深まるのではないだろうか。「行動経済学」=「人間の非合理性」と云う理解が間違いであることがわかるだろう。この本の編者の意図のとおりなのである。

2 件のコメント:

こくぴと さんのコメント...

そういえば、ごく微量の放射性物質がベントで最初に放出されたときは大騒ぎだったのに、大量の放射性物質を海に流すという事態に至ったときには「あ、そうなんだ」みたいな反応になってましたね。

Porco さんのコメント...

すごく美味しいラーメンのスープでも1口目と2,3口目では感激が違いますよね。