2011年4月18日月曜日

「マネーの進化史」 読後感想文


銀行業の起源をどこに求めるかは難しい問題である。古代メソポタミアで発見された粘土板には既に借りた商品に対する支払いに関する文言が刻まれている。この粘土板は特定の個人間の債務関係だけではなく粘土板を譲渡することもできたようであるから現代で言う「債券」の機能も持っていたと思われる。何故「通貨」と言わず「債券」というかと言えば借り手には利子を支払う義務が課せられていたからだ。

「利息」と言う考え方は家畜何頭かを貸し出したことを想像すれば理解しやすい。家畜は子を産み一定期間に頭数は増えていく。しかもこれは「単利」ではなく「複利」で増えていくのだ。単純に2頭が1年間に1頭を産み出し3頭になると考えれば複利の概念は把握し易い。ハムラビ王の治世(紀元前1792年~紀元前1750)の数学関連の資料からは既に複利計算が金利に適用されていたと推察されている。

イスラム教で利子の徴収が堅く禁止されていることは周知だろう。現代のイスラム金融では利子という形態を避けて別な形で実質的な金利が支払われているが、中世のキリスト教でも金を貸す際に利息を取ることは罪だと定められていた。

仏教は金貸しに寛容だった。お釈迦様の教団も裕福な弟子からの寄付を運用し利息を寺院の運営に充当していたそうだ。一方でユダヤ教徒においても利息を取って金貸しをすることは禁じられていたのだが、旧約聖書の申命記には、都合のいい例外規定があった。

「外国人からは利息を取ってもよいが、同胞である場合には利息をつけてはならない」

こうしてヨーロッパではユダヤ金融資本が発達することになった。

ベネチアなどの中世の商人達は金貸しを営むユダヤ人達の住むゲットーに資金を借りにいかねばならなかった。ユダヤ人は家の前に紅い(緑もある)布をかけた机を置きベンチに座って「バンコ・ロッソ(紅い銀行)」を営業していた。イタリア語でベンチは「banco」なのである。これが銀行の起源だと言う説もあるが12世紀末のジェノバではバンゲリウスという用語も既にあったようである。しかし当時の商人達は銀行に限らず店舗を持たずに家の前に机を出しベンチに腰掛けて商売をするのが一般的だった。債務不履行の時には今後商売が出来ないようにこのベンチが破壊されたのでこれが破産(bankrupcy)の語源となっている。銀行よりもこっちの語源のほうが説得力がありそうだ。

ニーアル・ファーガソンの「マネーの進化史」(原題:The Ascent of Money)を今頃読んだ。この本は今回の金融恐慌の最中の2008年に書かれ、日本語版はその後発売され少し手を加えられたペーパーバック版を翻訳したものだ。読み始めは新知識も多くとても快適だったのだが71頁で原書を読まなくても明らかに判別できる金融史上重大な誤訳を発見してからは、用心しながら読まざるを得なくなった。その後この手の誤訳は10まで数えたが途中でやめてしまった。問題は明確で翻訳者には金融史の基本的な知識が無いと推察される。
さらに273頁の「1937年7月9日、日清戦争が勃発して二ヵ月後に」の下りはもはや歴史商品として致命的とも思われる。読者からは校正もキチンと行われていない事が想像されるのだ。

この本はファーガソンが一般向けに書いた金融史の本であり、名著であり難解なことは何も書かれていない。そして大手機関投資家「スコティシュ・ウィドウズ」の起源や僕のブログの読者であれば面白いと思うような事がたくさん書かれている。しかし残念ながらこれでは「誤訳探しの本」になってしまっていることは否めない。この本の経緯からみてファーガソンは近々リーマンショックと米国財政赤字問題を加えた改訂版を出版するであろうから、その時に翻訳を見直してくれることを待つしかないだろう。それから内容を一般向けにした為にレーガノミックス以降の記述は他の本を読んだ者や業界関係者には物足りないものになっているがこれは仕方がないだろう。

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