2011年5月20日金曜日

与謝野大臣発言に関して


与謝野馨経済財政担当相は20日朝、閣議後の会見でいくつか発言をした。

東電融資の債権放棄、貸し手責任発生は理論上あり得ない=与謝野氏(ロイター)

先ず東京電力の債権放棄について。これは先日の枝野氏の東電に対する債権放棄を銀行に促した発言に対してのものだ。
「電力事業のように堅実な公益性を持った事業に必要なお金を貸すことに、貸し手責任が発生するのは理論上あり得ない」
「貸し手責任が発生するのは、相手に弁済能力がないことがわかっているにもかかわらず貸し込む、その典型は数年前のサブプライムローンのように、相手が家を買う能力がないと思いながら貸し込んでいくときだ」

「貸し手責任の発生」に関して寡聞にしてどういう理論があるのかはわからないが後半のサブプライムに関する文脈から判断すると与謝野大臣の定義する「貸し手責任」とは悪意を持って融資した貸し手に限られるということになる。しかしながら一般にはたとえ銀行に悪意が無くとも融資していた会社が倒産すれば債権は全額を回収できなくなったりする。これも貸し手の責任であり決して誰かが面倒を見てくれるわけではないのだ。したがって倒産の可能性が高い相手に対してはその可能性に応じて金利の上乗せを要求することになる。

金融機関が電力会社に融資したり電力債を購入する際にも、昨今の資金運用難から僅かであったにせよリスク・プレミアム(上乗せ金利)を受け取っていた。金融危機の08年の9月頃には東電債は国債利回り+30ベーシスでトレードされていた。ではこのリスク・プレミアムは一体何だったのだろうか。国家債務よりは踏み倒される確率が高いと考えていたのではないのだろうか。あるいは「もしかしたらどうせ国が面倒見てくれる」事も織り込んでリスク・プレミアムが低かったというのだろうか。
なる程今回はまったく異常な事態ではあった。だとすれば津波で流され倒産した水産会社に融資していた個人や地域金融機関も債権は保証してもらえるのだろうか。もちろん彼らに悪意などはないのである。

今回の東京電力スキームは東電の倒産回避ありきで始まっている。様々な本来あるべき法的手段を回避して曖昧なものを残している。枝野氏は曖昧な中で曖昧なものを心情的に要求しただけなのだ。

それにサブプライム問題である。確かに相手に返済能力がないことがわかって貸していた連中もいたし、構造的に無理があることを認識しながららも商品組成し販売している者もいたが、大半の銀行やセールスマンはそうでもないだろう。弁済能力が無いことを予見するのは難しいはずだ。でなければいくらリスクの大半は証券化されて第3者に移転しイザとなれば「最後の貸し手」が現れて救済される確率が高いと銀行が曖昧に考えていたとしても彼らが融資するはずが無いではないか。銀行はこんな事態になるってことも予見できなかったのだから。どこらへんの時点で悪意の有無を判断するのか。かつては日本の住宅金融公庫も最初の数年は利息の支払いが少なく後で金利が上昇する商品を提供していたが果たして彼らにも悪意があったのだろうか。返済できないと予見しながらローンを提供していた担当者も何人かいたんだと思う。

1999年にマーチン・ルーサー・キングⅢが「少数民族の住宅ギャップ:ファニーメイとフレディマックの落ち度」という論説を書いた。これはアメリカのマイノリティーが住宅ブームに取り残されていると抗議したものだった。これを受けて当時のHUD(住宅・都市開発省)の長官アンドリュー・クオモはファニーとフレディに融資基準を下げて借り手の書類提出要件を緩めても良いから融資を増やせと命令した。もちろんマーチン・ルーサー・キングⅢにもアンドリュー・クオモにも悪意は無かった。こんなことになるとは予見できなかっただけなのだ。

今回震災で被害を受けた第3セクター三陸鉄道はその高い「公益性」にもかかわらず復興費用の半額である90億円の資金をだそうという金融機関は全く無く復旧工事の着手にも踏み切れないでいる。日々のキャシュ・フローさえあやしくなっていると自身で伝えている。東電も三陸鉄道も公益性はどちらも高いが三陸鉄道の場合には競合するバス路線も走っている。あるいは自家用車で移動するという代替手段もある。三陸鉄道は震災前でさえ赤字なので今以上のコスト負担には耐え切れないだろう。この際バス路線廃止、乗用車禁止にしてしまえば三陸鉄道も堅実な公益性の高い事業となるだろうか。

与謝野理論でいけば東電と三陸鉄道の両者の差は「堅実な」にかかっている。しかし電力事業が「堅実」なのは地域独占で競争が無く、コスト積み上げ方式で電力料金が決められているからである。今回は東電に対してリストラこそ要求するが賠償金は結局電力料金に積み上げられるだけなので時間さえかければ潰れる事業ではない。競合する相手は今のところ想定できないからだ。

与謝野氏のもうひとつの発言。
「電力会社の発電部門と送電部門を分ける発送電分離については『現時点でそういう視点は、あまり私の視野に入っていない』とした。」

今こそ発送電分離による競争原理の導入は是非視野に入れるべきなのだ。今回無競争状態は利権であることがはっきりと露呈した。このままではせっかくの与謝野大臣の発言も単なる利権擁護でしかなくなってしまうだろう。

東電CDSが過去最大スプレッドに上昇しているがそもそもスキームが曖昧だから、根拠の無い枝野発言が現実味を帯びているのではないだろうか。


3 件のコメント:

さんのコメント...

与謝野大臣は日本原子力発電会社出身ですものね。バリバリの支持母体、利権擁護発言でしょ、これ。

匿名 さんのコメント...

初めまして、長年の銀行勤務を経た後、第二の職場で務めております56歳男性です。いつも興味深く拝見し、参考にさせて頂いております。ご指摘の与謝野発言の整合性の無さはその通りと思います。ただ、貸手責任の有無と破綻前の債権放棄の妥当性とは、全く別問題ではないでしょうか。又、末尾の「発送電分離」。分離反対論=利権擁護と読めましたが、これは短絡的ではないですか?米国での以前の混乱が全てとは言いませんが、ソリッドな形態を維持するか否かは、利権とは別問題と思います。

Porco さんのコメント...

匿名さん、コメント有難う御座います。
1.貸手責任の有無と破綻前の債権放棄の妥当性とは、全く別問題ではないでしょうか。
その通りだと思います。世間ではこの東京電力スキームの成立を前提に破綻前の債権放棄はおかしいという意見が多いかと思います。しかし立法化の過程で一部債権放棄を条件にこのスキームが成立すると考えればどうでしょうか。菅政権は東京電力を債務超過にはしないと言っている一方で、各ステークホルダーに負担をお願いするとも言っています。むしろ与謝野発言自体が貸し手責任と破綻前債権放棄の問題を混同していると思います。

2.末尾の「発送電分離」。分離反対論=利権擁護と読めましたが、これは短絡的ではないですか?
与謝野さんは発送電分離に関しては検討すらしていないと発言しています。「銀行擁護発言+発送電分離を検討もしない」と言う態度では現状維持の利権擁護と指摘しても良いのではないでしょうか。そもそも発送電分離議論の前に今回の事故を踏まえ原子力発電事業は民間企業が負えるリスクなのかどうかを検討すべきだと私は考えています。