2011年6月28日火曜日

世界初のオプション取引


オプション取引の入門書等の冒頭において「オプションの歴史」としてよく持ち出されるストーリーがオリーブの搾油機の話です。これはオリーブの実を絞ってオリーブ油を作る機械です。

ギリシャ文明ではタレスという哲学者がオリーブの豊作を予測して、豊作かどうか人々がわかる前に手付金を打ってオリーブ搾油機の使用権を予約しておきました。そしてタレスの予測は的中しオリーブは豊作。オリーブから油を絞るために搾油機は引っ張りだことなって彼は大儲けしたというストーリーです。そしてこれが一般に世界初のオプション取引であったという逸話になっているようです。

細かい条件を付けるならば、この取引はタレスによる相対のコール・オプションの「買い」で、 1)搾油機の使用料は手付金を打った時点で決めてあった。:ストライク・プライス。2)収穫期までの契約だった。:エクスパイア。3)当時の搾油機は農家全員が所有しているわけでは無く普通の農家は搾油機を借りて油を絞っていた。4)オリーブが豊作であれば搾油するオリーブの実の量の増加に応じて搾油機の使用料は値上がりする。ということでしょうか。

しかしよく考えてみれば手付金さえ払うような取引であれば何でもオプション性があるというような話ではありませんか。でも大儲けの話なので投資家をオプション取引に誘導するには良いストーリーと言えるでしょう。

 この逸話はアリストテレス(前384年 - 前322年)の書いた「政治学」の(1259a)というセクションからの引用です。このセクションは「財獲得術の実用面」と邦訳[1]されており、タレスによる財獲得の成功例として紹介されているものです。

 アリストテレスは財獲得術を家政術と商いの術の2つに別け、生活の必要以上に富を求める後者には否定的でした。従って貨幣そのものから財を得るようなマージンや利子に対しても「自然に反するもの」として良い顔はしていません。アリストテレスのこうした考え方は後の11世紀にスコラ学に結びつき、キリスト教会による利子徴収の禁止「徴利禁止問題」へと繋がっていきます。

 哲学者タレスは人々から彼は貧乏なのだから哲学(学問)などは何の役にも立たないと非難された時に、彼は普段から学んでいた天文学の知識を使って翌年のオリーブの豊作を予測しました。そして冬の間にわずかの手付金を支払ってその地域(ミトレスとキオス)にあるオリーブ搾油機を「借り占めて」おいたと言うものです。果たして彼の予想は当たりオリーブは豊作となり大儲けをするのですが、この話の趣旨は、もし望めばタレスは大金持ちにもなれるが、哲学者の関心はそこには無いということにありました。

そしてこの財獲得術のポイントは手付金(オプション)で儲けたことではなく、「借り占め」にあります。もちろんわずかの資金で借り占めを実現したのは手付金のおかげですが、タレスは借り占めによってオリーブ搾油機の使用料を彼の望むようにコントロールできたのです。現代風にいえばファット・マージンなビジネスが出来たのです。

アリストテレスが言いたかったことは「もしだれでも『専売』を自分のために工夫できるのであれば」つまり「独占供給状態を作り出せるのであれば大儲けができる」という点だったのです。
 現代の我々から見て違和感を覚えるのは、アリストテレスは利子所得や商人のマージンに対して否定的であるにもかかわらず、独占状態に関しても、手付金を支払うようなビジネスに対しても肯定的である点です。国家は歳入の補強のためこうした独占ビジネスを有する必要もあるとまで述べています。

フィナンシャル・タイムズの記者であり作家であるジュリアン・テッドはJP モルガンのデリバティブ・チームを描いた愚者の黄金の中でこう書いています。
「原始的な先物やオプション契約の例は、紀元前1750年のメソポタミアの粘土板にも見出せる[2]」これはつまり、手付金さえあれば大抵の場合は原始的なオプション契約と見做せるのです。 

もし搾油機の持ち主が、豊作もあれば不作もある毎年の波の中でなんとかビジネスをやり繰りしていたのであれば、彼は大事な豊作の1年分をわずかな手付金欲しさに失ってしまったことになります。しかしそれでも平均的なストライク・プライスのレベルの使用料は入ってくるでしょうから致命的な被害ではなかったでしょう。これはカバード・コールです。

しかしもしあなたが今年のオリーブは不作になるに決まっていると信じて搾油機を持ってもしないのにわずかな手付金欲しさに使用する権利だけをタレスに売っていたらどういうことになるでしょうか。これはネイキッド・コールの状態です。


多分あなたはとんでもなく高値のついた搾油機を新たに資金を手当して購入しなければならないでしょう。オプションを単なる手付金と考えると理解しやすい側面もあると思います。渡す物もないのに手付金をもらわないこと、ネイキッド・コールは絶対にやらないことです。もっと言えばカバード、ネイキッドにかかわらずオプションの入門書ではオプションの売りは当面の禁止事項として徹底すべきだと私は思っています。


[1]「政治学」アリストテレス、牛田徳子訳、西洋古典叢書 京都大学出版会 p37
[2] P28

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