2011年7月7日木曜日

九州電力やらせメールに見るモラルハザード


玄海原子力発電所2、3号機の運転再開の是非を問うため6月26日にケーブルテレビで放送した佐賀県民向け説明番組(経済産業省主催)に絡み、九州電力自らが関係会社社員に原発再稼働を支持するように「やらせメール」発信を依頼(指示)していたことが発覚しました。

九州電力社長は企業トップとしての責任は認めているものの関与は否定しています。

東京電力が福島であれほどの原子力災害を起している中で、どうしてこのような営利企業として「危機感のない」行動が取れるのでしょうか?

原子力発電所運営のリスクは一企業のアーム・ストレングスを遥かに上回っていると認識したのではなかったのでしょうか?

民間電力会社経営の観点から、原発運営は取りうる経営リスクを遥かに超えているのでは無かったのでしょうか?

東電の事故では国、株主や債権者、経営者、従業員、電力ユーザー、原発立地の地域住民などのステーク・ホルダー達は手痛い目に会ったはずではありませんか。

この問題は九州電力個別の問題として矮小化すべきではありません。
問題の根源は事故後の東京電力に対する処置にあります。

上記のステーク・ホルダーの中で誰が実際に一番ダメージを受けたかを振り返って見れば、これはあまりにも歴然としています。

事故発生前からの株主は株価下落で痛手を負いましたが、発生後に購入した株主はあたかもプット・オプションがついたかのように守られました。
債券ホルダーも金融システム維持の名のもとに守られました。東京電力は役員人事を見ても、平常時とあまり変わりはありません。従業員も労働組合は維持され生活もある程度保証されるでしょう。

被害者である地域住民とは全く対照的なのです。国は責任を取ったでしょうか。上記の玄海原子力発電所の説明番組の設定はあまりにも安直ではありませんか。

要するに重大な事故を起こしても会社存続に致命的なリスクが無いことを今回の東京電力への処置は明示してしまったのです。最も被害を受けるステーク・ホルダーである地域住民さえ黙らせればそれで済むという事例を作ってしまったのです。

これでは九州電力が原発運営を軽く見ることは「当然」です。自分に火の粉はかかってきても決して燃え上がったりはしない。

これはいまさら説明の必要も無いでしょう。
リスクが無い場合に生じる非効率。ここでは「倫理の欠如」も意味するでしょう。
先日突如現れて消えて行った利権を体現するかのような大臣。
このままでは政権交代の民主党は利権まみれのイメージを歴史に刻んだだけではありませんか。

東京電力への処置は「民間企業による原発運営」、「送発電分離」など真剣に誠実にオープンな形で議論するべきです。さもなくば何度でもこうした原発事故は起こるでしょう。

日本がいくら貧しくなっても「誇り」は損なわれません。いくらでも取り戻せます。しかし日本人の我々が欧米人の「強欲」を批判し、我々だけは別であると信じていた民族としての特徴である「誠実さ」を失うことは本当に悲しいことです。

2 件のコメント:

さんのコメント...

原発自は安全だとどれほど主張しても、もはやまるで意味がないと思います。いざ事故が起きた時、どの組織がどのように対応をするのか、住民の健康と安全をどう守るか、被害者に対する保障はどうするのか、加害者の責任をどこまで追求するのか、そういったいざという時に頼れるシステムなくして安心できるわけがありません。原発自体の事故を防ぐシステムは当然のことながら、そのほかに、事故が起きた時にその処理に当たる盤石なシステムが必要だったのです。いわば二つの車輪。それなくして社会の信頼を取り戻すことはできないと思います。

ao さんのコメント...

 確かに東電や保安院等、原発事故の戦犯が無罪放免となる現状がある以上、今後も、電力会社はモラルハザード等は一切無視して、最大限のリターンを追求し、結果としてテールリスクを取りまくることができるということですね。
 まさに、理想的なローリスク・ハイリターンの実現例。