2011年7月29日金曜日

伊良部秀輝投手 安らかに


元ヤンキースの伊良部投手が死去 ブルンバーグ

1995年は阪神大震災の年である。また同時に「がんばろうKOBE」を胸に、オリックス・ブルーウェーブが優勝した年でもあった。

ブルーウェーブは前年の94年が2位で、95年は仰木監督、新井打撃コーチ、山田久志ピッチング・コーチの下、攻守バランスのとれた戦力を持っていた。

投手陣では、現楽天コーチの佐藤義則がいた。彼は楽天に移籍する前は日本ハムの投手コーチでダルビッシュが心酔したほどの逸材である。この年は4勝しかしていないが、史上最年長でのノーヒット・ノーランを達成している。長谷川滋利(12勝)はご存知、エンゼルス、マリナーズと後に大リーグで成功を収める。星野伸之(11勝)は代表的軟投派で、最速ストレートはせいぜい135kmだったが勝負強い投手だった。また阪神から移籍した野田浩司(10勝)は208奪三振の速球派。現在も中日で投げている平井正史はこの年がデビューで150キロ台のストレートで15勝3敗27セーブ、勝率は.887と驚異的な記録を残し新人王を取った。

打順は仰木マジックの猫の目打線で1番のイチロー以外は日替わりだった。現在オリックス・バッファーローズでプレーする田口は2番か3番を打っていた。ファィターズでコーチ兼任捕手の中島はたまに4番も打ったりする強打者で、イチローと一緒に出場したオールスターのスピード・ガン・コンテストでは2人とも150キロを出していた強肩だった。96年に仰木監督はオールスターでイチローを投手として投げさせセ・リーグの野村監督と一悶着を起こしたのだった。

後は藤井、本西、小川、馬場と攻守に渋い選手が揃い、強打者の高橋智、外人はDJとニールがいた。そして忘れてはならないのは現バッファローズ監督の岡田である。阪神の岡田と言ったほうが通りは良いだろう。岡田はこの年を最後に現役選手を引退しブルーウェーブの2軍監督になる。

そして実はこの年に強かったのはオリックスだけでは無かった、新任のバレンタイン監督のもと千葉ロッテ・マリーンズも大躍進した年でもあったのだ。ロッテも本当に見違える程強かった。

その中でも特に輝いていたのは伊良部秀輝である。伊良部は94年にも15勝をしたが、マリーンズは5位だった。面白くなさそうな顔をしていたものだ。彼はいつか優勝を争うような強いチームで投げたいと思っていたのだ。そしてその夢はボビーの登場によって叶うことになった。

バレンタインを迎えた95年のロッテはオリックスの独走を許さない2位につけ、脅威であり続けたのである。この年の対戦成績はロッテの勝ち越しだった。

8月3日のマリーン・スタジアムのロッテ対オリックス戦。この時の3連戦の前売りチケットはすべて売り切れていた。今ではよくあるこの情景も当時のパ・リーグではあり得ないことだった。長年のパ・リーグファンはそれだけで目が潤んでしまった時代の話である。

伊良部と言えば対清原とかいう人もいるが、僕にとっては間違いなく、この日の伊良部対イチローなのである。

僕はネット裏の二階席でこの試合を観ていた。キャッチャーの背中を見下ろす位置だ。
伊良部はイチローに対してボールを3つ投げた後、球場のスピード・ガンでは153,154キロのストレートで2ストライクを取った。これはものすごく速く見えたのだ。そしてファールをひとつ挟んで最後は145キロのストレートでイチローを三振に取ってしまった。本当にシビれるとはこの事だった。ネット裏から見ていた僕にはこの最後の球はストレートにしか見えなかったのだ。145キロのストレートだって充分に早い。ところが家に帰ってスポーツ・ニュースを見ると、なんと最後の球はフォーク・ボールだっていうじゃないか。あんなに早いフォークは後にも先にも見たことが無い。家でもう一度シビれることになったのだった。

同じように思った人がいてyou-tubeに残してくれている。



伊良部のこの充実感溢れるうれしそうな顔はどうだろう。悪役なんかじゃないんだよ。

そしてシーズンも押し迫った9月15日からの3連戦、ブルーウェーブはマジック1で千葉ロッテ・マリーンズを神戸グリーン・スタジアムに迎えたのである。ひとつ勝てば優勝だ。外野から内野席を繋ぐ階段まで立ち見客で埋まった神戸グリーン・スタジアム。TVは3試合とも全国ネットだった。

第1戦は伊良部がまさに仁王立ち、8回3安打、1-0でロッテが勝った。一球一球の緊張感がたまらない試合だった。

僕は試合後の伊良部のインタビューを今でもはっきりと憶えている。

彼はもろもろのお決まりのヒーロー・インタビューの最後に「今のロッテはとてつもなく強い」と雄叫びをあげたのだ。実に誇らしげな顔だった。

第2戦は小宮山の好投、初芝の超ファィンプレーで3-1ロッテの勝ち。ロッテはこれで10年ぶりのAクラスを確定したのだった。去年までは本当に弱いお荷物球団だった。ロッテには今でもボビー信者が多いが、これははあたりまえなのだ。

第3戦は、試合前から異常な興奮に包まれていた。仰木マジックは2軍から上げたばかりの岡田彰布を阪神での優勝経験を買って8番ファーストで先発起用。この年初めての先発である。球場は大歓声で岡田を迎えた。岡田は横っ飛びでゴロを抑えるファィン・プレーも見せたし、ライトフェンスギリギリのライナーを放ったが、結局ブルーウェーブはロッテに負けてしまった。優勝は神戸で決められずライオンズ戦にまで持ち越しになってしまったのである。

「今のロッテはとてつもなく強い」
伊良部にとっては選手生活で最高の年だったのではないだろうか。
彼は間違いなく最高の投手の一人でした。

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