2011年8月9日火曜日

米国国債格下げ問題

8月5日、米国格付会社S&P(Stabndard & Poors)は米国国債をAAA(トリブルA)からワンノッチ(一段階)分格下げ、AA+とした。格下げ後もアウトルック(今後の見通し)はネガティブとし、事態の改善が見込まれなければ今後もさらにもう一段の格下げがあることを示唆している。

米国政府は財政赤字見通しの際の基礎要件の間違いを盾に反論を試み、S&Pの翻意を促したがそれは無駄な抵抗でしか無かった。理由は政治的混迷である。これが解消されない限り今後のさらなる格下げも視野に入れて置く必要があるだろう。

S&Pは2日の米国債務上限問題の時点で米国は4兆ドルの赤字削減が必要であり、それが議会で達成されない場合には格下げの可能性が50%あると警告を発していた。従って今回の格下げは予見できたものであり、金融市場への影響は軽微であるとの見解も散見されていた。しかし結果はご覧のとおりである。
SP500 StockChart.com
他の2つの主要な格付会社FitchとMoodysはAAA/Aaaの最高位を据え置いてはいるがアウトルックはネガティブであり、今回の株式市場の世界的暴落を通じて彼らの格下げの蓋然性も一段と高まったと考えておくべきだ。早々と米国ソブリン格下げを警告するばかりでは無く、実際に米国国債をエクスポジャー(組み入れ銘柄)から落としていた世界最大の債券運用会社PIMCOのビル・グロースは今回のS&Pの格下げを評価している。何かと格付会社への非難が多いなかこの評価は貴重な意見である。

70年間も続いてきた米国国債の最高位からの転落は金融史のコンテクストの中では一大イベントであることに違いは無く、今回の格下げは歴史的な転換点であると捉える必要があるだろう。従って混迷するユーロ市場、また成長に対する懸念の深まる中国を始めとする新興国市場と相俟ってこの歴史的なイベントは今後の金融市場の予見性を著しく低めている。そしてその予見性の低さが投資のリスクを高めリスク・アセットからの資金の逃避を招いているのである。

2007年の危機と比較すると、当時5.25%だったFRBの政策金利は今回は0.25%しかない点が大きく異なる。GDP値の下方改訂でQE2の効果が疑われる中、財政赤字に絡む財政政策は採用が困難だが、一方で金融政策の採用も大きく限定されてしまう。これはまさしく我々日本人が失われた20年間に経験してきた状況である。この「流動性の罠」と呼ばれる現象は今やウォール街や経済学者の間でも”ジャパニフィケーション”として急速にその認知度を高めつつある。

所得税減税と失業手当の給付期間延長が12月に終了することから米国政局は年内にもう一波乱が想定され、茶会グループはその存在感を再び大きく打ち出す戦略に出てくるだろう。まだまだ先は見えてこない。

また2007年危機では中国の大型財政支出が世界経済を牽引したが、インフレ懸念のくすぶる状況ではそれも期待薄だろう。それよりも中国としては1兆2000億ドルに達する保有米国債の問題がある。中国では2007年以降外貨準備の急速な増加をもたらした輸出依存から内需への転換を目論んでいたが遅々として進んではいない。いよいよ真剣に取り組む必要が出てきたのではないだろうか。しかしこの内需転換に関しても日本は苦労してきた事を思い起こす必要があるだろう。

細々と発生している現象を記述することに時間を費やしていると本質を見失うことにもなりかねない。今回起こっていることは比較的単純な考え方にブリーフィングすることができる。

レバレッジとデレバレッジである。アメリカの住宅バブルによって世界中が沸いた。その際に積み上げられた民間の借金を政府が肩代わりをした。これはユーロも同じことなのだ。

本来なら身代わりとなって借金を引き受けた政府はEXIT(あるいは緒)をそろそろ見つけるべき時期だが、QE2を始め様々に打った政策が結局景気回復、税収増加として実りそうもない。思惑通りにいっていないのだ。現在は借金の善意の保証人が借金取りに追われる立場になったのようなものだ。そして肝心なことであるが、国家(ソブリン)は人格を持てずにいる。甘やかされた有権者は自分の家のまわりだけを綺麗に保ち、公共の場所に生ごみを積み上げるのである。

金融史的見地から現状を外観すると、ソブリン発祥の地、旧ブリティシュ・コモンウェルスだけが少なからず矜持を保っているのは感慨深い。


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