2011年9月30日金曜日

ユーロ問題について 110929


「欧州危機対策 独が可決」―日経
ユーロの問題はニュースのヘッド・ラインだけを追いかけていると問題の深刻さを過小評価しかねない。ここでユーロ問題の現状を一旦整理しておこうと思う。

今回ドイツが可決した案はEFSF(欧州金融安定基金)のサイズを4400億ユーロに拡充する案に過ぎない。圧倒的多数による可決はユーロ・システムを最悪の事態から逃れさせ、メルケル首相の政治的面目を立たせはしたが、この案の規模では問題に対処するには不足なことは既にコンセンサスであって、市場ではさらなる規模拡大が噂されている。

今回の投票では反対票を納得させるために、「ドイツはこれ以上の負担は受けない」ことを条件にしたともいわれている。(FT、28日)そしてこの不足していることが分かりきった拡充案ですら現行のユーロのシステムでは参加17カ国全員の合意が必要とされ、10月11日に予定されている残されたスロバキアの投票は未だ不安視されている。

市場で噂されているEFSFのさらなる拡充案では必要資金は最後のスロバキアの投票を待つ4400億ユーロでは足らず、2兆ユーロ以上が必要とされ、EFSFはECB(欧州中央銀行)から借入を行いレバレッジをかける必要があるとも言われている。そのためにEFSFの基金から銀行への形態変更案やSII(欧州投資銀行)のSPV化案までが喧伝されているのが現状である。読者も簡単にイメージできると思うが民間→国家債務と流れたレバレッジ投資を解消しなければならない状況下でさらにこうした機関にレバレッジを移行することは問題の根本解決にはなりにくい。

もうひとつの動きとして本日からトロイカ(EU:欧州連合、IMF:国際通貨基金、ECB:欧州中央銀行)と呼ばれる調査団がギリシャ入りする。これは第1次ギリシャ救済案にもとずく分割して実行されている来月分の貸付の可否を判断するためである。ギリシャはこのままでは10月に支払期限が到来する80億ユーロを支払う原資がない。そのための調査であるが、前回はギリシャ政府の対応に調査団が匙を投げて撤退した経緯がある。

もしここで融資が決められても当面のフィジカルなデフォルトを免れるにすぎない。今後のギリシャに対する第2次支援策は7月に既に決められているが、分割された個々の支払いは今回のように毎回調査団の判断を仰ぐことになる。またこれと同時に民間銀行負担(ギリシャ公債のヘアカット)も議論されることになる。ドイツ銀行協会はこれ以上の(現行想定されている21%以上の、多分50%の)負担にも耐えられると発表したが、メルケル首相はそうした事を検討した事実はないと否定している。何故否定したかと言えばフランスの銀行にその余裕がないからドイツ側が勝手に話を進めていると受け取られては困るからである。そしてそれこそがフランスの銀行株が売られている理由のひとつとなった。

一方で目先の支払原資確保に上記のトロイカから毎回厳しく査定されるギリシャとしては「もう結構です、我々は破綻して楽になりたい」という考え方も漏れている。ギリシャのベニゾロス財務相は同国与党議員との会合で同国の債務の50%カットによる秩序あるデフォルト(債務不履行)が望ましいと発言したと報道され即日これを否定している。

さてここまでの話でニュース・サービスのヘッド・ラインとなる案件は2つであった。1.第1次EFSF案の可決。2.第1次ギリシャ救済案。実はどちらもメジャーなイッシューではない。

上記2つに加えて今後以降俎上に上がってくるのは第2次EFSF案についての協議、第2次ギリシャ救済案についての実務指針。それに加えて市場で話題になっている、もしくは今後話題となるテーマは視線上にはあるが具体的に予定されていないEFSFの拡充案であり2013年に設立が予定されている恒久的な救済プログラムであるESM(欧州安定化メカニズム)の前倒しの設立である。もちろんこうした議案にはすべて17カ国の合意を必要とするのが現在のユーロ・システムであり、これは気の遠くなるような作業なのである。。

現状のEU他ユーロ関連諸団体のユーロ問題に対する方策はギリシャの目先の支払いなどに対応し時間を稼いでいるうちに景気回復が訪れてやがて問題は解消するであろうというものだ。市場の方ではとっくにそうしたスタンスでは問題の解決にはならないことを悟り、EFSFにレバレッジをかけるなど様々なアイデアが登場しているわけである。

ここからは私の「読み」になるが、FTにしろブルンバーグにしろ客観的なメディアの立場からの解決策はギリシャの秩序ある破綻を支持している。欧州の景気見通しも絶望的な中、問題の先送りが事態の悪化を招き何も産まないことはバブル崩壊後の日本を顧みずとも歴史的に明白である。目先の問題解決はギリシャの50%ヘアカット(公債の償還元本を半分に)による秩序ある破綻だろう。これでギリシャの対GDP債務は80%に下がり、周辺国への波及を抑制する。そしてその後もギリシャをユーロに留まらせて再生プランに入るというものだ。ベストでは無く、取り敢えずこれしかないという考え方である。なにしろ周辺国への波及が抑制できるかどうかはわからないが、このままのギリシャ問題を放置するならば、事態はさらに悪い結果しかもたらさないだろう。


ECB(欧州中央銀行)は先日ECBを辞任して話題となった元専務理事シュタルク氏らが共同執筆したレポートを今月の22日に公開した。もちろんレポートの内容はECBの見解としてではなく個人の見解としてである。このレポートでは金融政策と財政政策の分離問題が中心に扱われている。すなわちユーロは金融政策を統一して行なう中央銀行(ECB)を持ってはいるが財政政策は各国にバラバラに委ねられているという問題である。金融政策は統一しても、それを台無しにしかねない財政赤字に繋がる政府支出は野放図にされる可能性があることを指摘している。

この問題はユーロ通貨創設以来懸念されていたことであり、その為の対策に年間の財政赤字はGDPの3%以内、政府債務残高はGDPの60%以内とするという安定成長協定(The Stability and Growth Pact:)を定め早期警戒システムも用意されてはいた。しかしレポートでは2004年から07年までの好景気、およびそれに伴う不動産価格上昇の間に将来を楽観視したいくつかの国で問題は先延ばしされてきてしまったと説いている。

シュタルク氏はこの問題について制裁処置の甘さを指摘し、こうした国は経済・財政政策の権限をEUに委譲すべきだと主張している。ギリシャへの管財人の派遣も視野に入るのである。しかしこれは明らかに国家主権の侵害とも受け取れるので事は容易に運ばないだろう。ギリシャ財務省にドイツ人の管財人が常駐する事態はある種の植民地政策をも彷彿させ過去の悪い記憶を呼び起こしかねないだろうからだ。

根本解決策は金融・財政政策の統一である。しかし現状ではこれは理想論でしかない。そのギャップの分だけユーロ問題は荒れるのである。

2011年9月29日木曜日

ブログ開設3周年


2008年の9月29日にブログを書き始めて以来、今日でちょうど3年になるが、今年の9月のエントリーは3件しかなかった。しかも最後のひとつはケインズの墓碑銘だけと言う手抜きである。因みにケインズはこの墓碑銘をイートン校在学中、つまり十代の頃に既に選んでいた。成熟したケインズが選んだものではなかった。

このブログの一番最初のエントリーのタイトルは「過去最大の下げ幅 米国株」となっている。3年前の9月29日のニューヨーク市場は米国の下院が金融安定法案を否決したために777ポイントの下落となっていた。いわいるリーマン・ショックからちょうど3年が経過したことになる。そして今はユーロ問題に揺れている。リーマン・ショックから三年経過したのではなく三年も続いているというのが正しい見立てだろう。実際には2007年の不動産価格下落から始まっているので既に四年というのが正しいだろうか。

かつて日本株を支えた年金は積立よりも支払いが多くなり、保有株式も徐々に削減する必要がある。また生保には財務健全性評価による新基準適用があり株式のエクスポジャーは落とす必要があるだろう。株式投信が売れているという話も聞かない。個人投資家の個人的な資産にも高齢化の波は押し寄せる。そして考えなくてはならないのはこうした動きは日本だけではなく先進国全体の傾向であるという点だろう。短期の上下のブレは別として少なくとも暫くは価格水準からの「買い場」みたいなものは無いと思った方がいいと思う。

最近は二種類の本を読んでいる。ひとつは金融史全体にかかわるもので、もうひとつは日中戦争を経て第2次世界大戦に至るまでの金融・財政史の関係である。ケインズの伝記を読んだのもその一環だ。そして最近はそうした本を読みながら「憶えておいた方がよさそうなセリフ」をエクセルでメモするようにしている。

例えばレーニン、「資本主義を破滅させる最上の方法は、通貨を堕落させることである。」

またケインズも「講和の経済的帰結」の中で「現存の社会の基盤を覆す絶妙で確実な方法として、通貨を台なしにしてしまうこと以上のものはまったくない。」と同じ事を言っている。今その通貨の堕落が始まろうとしている。

こうした類で一番面白かったのは、同時代の日本の元帝国陸軍大佐で退役後にフランスからの兵器輸入で財をなした小林順一郎という人だろう。
「我が国に皇室のおわします限り、いくら紙幣を増発してもインフレにならぬ」
これで全国で講演会を開き聴衆も結構いたのだそうだ。いまでもその末裔達が蠢いていることは読者の周知のところである。

僕は何か書きたい欲求は常日頃からあるのだが、言い訳をするならば更新の時間をおいてしまうとなかなか入りづらいものなのだ。大勢でやる縄跳びにタイミングを取れずに飛び込めないでいるように。

でも暫くは続けるつもりなので宜しくお願いします。

2011年9月26日月曜日

ケインズ伝記・入門書


聖ベルナール・ド・クリュニ「この世の儚さ」の一節から

神のごとき麗しき声響かす者に栄誉あれ、
世にいかなるものあれど、彼らこそ祝福されるべし。

されど、また、
世の人が聞かぬ、ほのかな妙なる響きに耳傾け、
あるいは、世の人が見ぬ、神の白い衣を丘の上にて見る者も、幸いなり。
その美しき幻にふさわしき調べがなくとも。
決して哀れむべき者にあらず。

ジョン・メイナード・ケインズの墓碑銘


















ケインズ R.スキデルスキー 岩波書店




2011年9月14日水曜日

担保には何を?


IMFのラガルト理事が新興国に対してリスクの高い欧州各国の国債購入を奨励している。もちろんこの新興国とは外貨準備だけで3兆2千億ドルを持つ中国を念頭においているのだろう。一方でフィナンシャル・タイムズはイタリア政府が中国に多額のイタリア国債を購入し援助してくれるように求めたという。これまでもギリシャやスペインも中国からの救いの手を求めていたが、実際に中国がこうした国債を購入したという報道はない。ギリシャの10年国債利回りは13日付ですでに25%である。もし中国が購入していたのであれば、すでにその損失がニュースになっているはずである。買わなかったのだろう。

今年はリーマン・ショックから3年、9・11から10年であると同時に中国の辛亥革命から100年目である。中国革命の父と呼ばれる孫文は日本を亡命先にしていた期間が長く多くの日本人支援者が存在した。今年はそうした人々にまつわる催し物も多いようで楽しみな事である。

19世紀中期、清朝末期の中国は当時の列強国によって文字通り「食い物」にされていた。もちろんこの列強にはイタリアも日本も含む。アロー戦争や義和団事件は有名だが、他にも列強国は賠償金目当てとしか思えないような事件を引き起こしその都度清国の借金として積み重ねていった。

特に関税収入を担保(支払原資)とした公債の場合、とりはぐれがないようにロバート・ハートのような徴税人を清国行政機構に派遣していた(正確に言えばそう単純ではないのだが)。高橋是清も日露戦争資金調達時には日本にも徴税人を派遣するぞと英国の業者から脅されている。

さて今フィンランドはギリシャ支援に担保を求めている。高税負担の国であるから国民負担を安易な融資に仕向けるわけにはいかないだろう。

では同じように中国がイタリアなど高債務国に融資する場合に担保を要求するのだろうか?

「君らの徴税は甘すぎる、我が国から徴税人を派遣しようか」

これは現代でこそ妄想でしかないが、実は100年前の中国ではそうではなかったのだ。


追記:本日からサンケイ・ビジネス・アイにコラムを書き始めました。週に一度程度書ければと思っています。今はプロの編集者に教わってばかりでカルチャーショックを受けながらも非常に勉強になっております。このブログも少しはマシになるのではないかと仄かに期待しておりますが、しばらくは更新等頻度が落ちると思います。宜しく。

2011年9月6日火曜日

朱家の悲劇


ブログを二週間も書かなかったのは初めての事だ。何か書ければと思ってはいたのだが僕は袋小路の中をさまよい続けていたのである。

日露戦争について書いた後、大雑把な金融史を気の向くままに書こう思って始めたのだが、どうしても日露戦争後、つまり第2次世界大戦のことが気になって読む本が大きくそちらに傾いてしまったのだ。これは金融史を書こうと思えば必ずつきあたる究極のポイントでもある。

以前から日中戦争から第二次世界大戦に至る財政史は読んでいたし、日本の井上準之助による金解禁と高橋是清による金輸出禁止のあたりは世界恐慌との関係でポイントを抑えていたつもりだったのだが、満州事変以降の大陸占領政策にからむ占領地通貨政策のところは理解するのに大変な苦労をしてしまった。要するによく解らないのである。

これは何故かと言えば我々が目にする1920年~30年代の日本の歴史的記述はまったく日本本位に書かれているからなのである。僕はいつも思うのだが明治、大正、昭和の年代が西暦と直結していないことに大きな原因があるのではないだろうか。山川の世界史を読んでもリンケージは薄い。

僕はそう考えて今回チャーチルを読み、「パックス・ブリタニカ」の一連のジャン・モリスを読んでみた。アメリカの金融史に関してはこれまでにも随分読んでいたつもりである。ところがこれでも足りない(グリップ感がでない)事に気がついた。それは多分僕の頭の中で清朝末期から崩壊、中華民国成立までの中国の歴史が欠落しているのではないかということに結論が落ち着いたのだった。

ということでとりあえず陳舜臣氏の「孫文」から読み始めたのが近況である。

そうしたなか週末に一つのビデオを観た。中国映画、劉苗苗(リウ・ミアオミアオ)の「朱家の悲劇(家丑/FAMILY FEUD)」である。

これは1920年~1937年までの江南の中国の質屋(当舗)を舞台にした映画で、質屋と言っても江戸時代の庶民金融が質屋であったのと同じで当時の中国では立派な庶民金融機関でもある。1994年のこの映画自体は非常に評価の高いもので映像はビビッドで、思わずスクリーンに引きずり込まれる名作でもある。観て後悔することは先ずないと思う。しかし僕にとってはこの質屋のシーンが何とも興味深かった。

欧米の古い銀行を思わせる重厚な建物に随分と窓口の高いカウンター、古着を持ってきた貧しい人には銅2連の評価(1920年の時点では中国は銀銅複本位制である)、これは店内に響き渡る大声で読み上げられる。大口の顧客には別室で商談し茶が振舞われる。そして閉店後には日計表を作成するのであろう、大番頭が数字を読み上げ10人近い使用人が立ったまま全員で算盤を入れるシーンは圧巻である。(そう思うのは僕だけかな?)

銀400元で質入れしたものも戻すには500元、年率とか関係無しで25%の利息である。バビロニアやアテナイよりも遥かに高い。でも東洋では歴史的標準金利である。さらに面白かったのは1935年のシーンで7000元(当時の円で7700円)の質草に対する支払いである。

質屋が聞く「兌換にするか現金か?」
ここで言う兌換とは法幣(紙幣)で現金とは銀塊あるいは銀貨の事である。実は国民政府は1934年10月15日に銀の輸出を停止しており、実質銀本位は停止状態にあった。兌換券は銀兌換ではなくなっていたのである。

顧客は言う「もちろん現金である」
質屋は言う「銀での支払いは1000元以下に制限されております」

このシーンが1935年の何月かはわからないが、顧客の一味が白い麻のスーツを着ていたから多分夏だろう。実は国民政府はこの年の11月3日(日)にイギリスからリース・ロス卿を招聘し幣制改革を実施、英ポンドと元とをリンクさせてしまったのである。日本政府はこれには驚いてしまったがこの後対中国政策で愚策を繰り返すことになる。また一方で元は金銀価格を安定させようとしていた米ドルともリンクが出来、この時点で英米中の金融は一体化され後の援蒋政策は決定されていたとも言えるのである。

なんて思いながら映画を観ていたのだった。この映画お薦めです。

追記:お薦めはいいけれど、これはDVDにはなっていないようである。ビデオしかない。因みに僕は図書館で偶然に見つけた。