2011年10月20日木曜日

株式会社の歴史


メソタミア文明の時代では既に財産の所有関係が石版に記され、商取引も記録されていたことは以前のブログで書いた。ハムラビ法典ではこうした所有権の確定をもとに担保ベースでのローンが細かく規定されていた。また同法典は高利貸しの問題に敏感で銀ベースの貸出には20%、穀物では33.3%と上限金利が定められていた。 穀物でのレートが高いのは、収穫期の穀物価格への配慮と不作の時の担保落ち執行猶予が考慮されていたからだと考えられている。日本を含むアジア圏ではこのレートはおしなべて50%であるが、これは筆者が思うに灌漑農業によるメソポタミアの麦作と天候依存度の高い米作との収穫の確実性に対するリスクの差なのかもしれない。

こうして法律で貸付条件が規定されるとローンが優位に立ち、収穫を分け合うエクィティというものは二の次になる。第一金だけを出して働きもしないのに収穫の一部を頂戴しようという考え方は成り立ちにくかったに違いない。また出資する側としてもこうした農民が働き者であるのか、あるいはこれまで働き者であっても出資によって現金を得た今年も真面目に働いてくれるのか目利きが必要になるだろう。またローンは通常種まきから収穫まで一年一期である。継続性を求められる現代の株式のようなものは未だまだ時期尚早だったと言えるだろう。

一方でメソポタミアから遠隔地域への冒険的な通商行為はこうしたリスク・マネーには適していた。担保を確保しにくいし、荷を預けた商人が帰ってこなくても罰則を与えることができない。持ち逃げしほうだいである。これこそ投資家は人物に対する目利きが必要になってくる。これを会社という組織形態から見るとメソポタミアでは既にパートナーシップ契約まで存在していた。アムル・シュタルという商人が運用するファンドには14人の投資家が金26単位を投資し、それに運用者であるアムル自身が4単位を追加して現在でいうファンドが運用されていた。ファンドの契約期間は4年で利益の3分の1はアムルが頂戴する仕組みだった。こうした条件は現代のヘッジ・ファンドに酷似している点が面白い。

  ローマでは「ソエキタス」という会社組織が政府に代わって徴税業務を請負う一方で剣や盾の製造販売もしていた。「すべての会社はローマに始まる」と言われる根拠となっている。そこでは「ソキイ」と呼ばれる共同出資者が経営上の意思決定を「マギステル」に委任していた。「マギステル」は現代でいう雇われ経営者にあたる。日本の平安貴族と守護地頭の関係もそうであるが、こうしたエージェント契約が結ばれた時点で現代における「エージェンシー問題」は避けられないものだった。法が支配している間は良いが一旦政権が弱くなると受託者が遠隔地で好き放題しても抑止できる武力(暴力)が必要だった。パックス・ロマーナのパックスとは「暴力」とは正反対の「平和」という意味である。覇権国家が存在して初めて「平和」がもたらされる。パックス・ブリタニカも英国海軍の軍事力であったし、パックス・アメリカーナもご存知の通りである。

12世紀に入るとフィレンツェなどのイタリア諸国で「コンパーニア」と呼ばれる同族会社の発展したものを形成し始めたが、現代の株式会社組織と異なる点は「有限責任制」の有無であった。投資家は資本を出資するが経営は経営者に委託し損失は出資分に限定される。債務の元利払いを控除した持分に対して利益を得る。こうした投資家を保護する「有限責任」の概念が成立しなければリスク・マネーは集められなかった。メディチ家は大きく発展し栄華を誇ったがしょせん同族企業で今日的な意味での大企業とは言えなかった。

1602年に国王が独占を保証するオランダ東インド会社(VOC)が設立されるが、王からの特許状には投資家の「有限責任」が明記されていた。権利関係で曖昧さが無くなり氏素性に関係なく売買できるこの株式は1611年に世界最古の常設株式市場であるアムステルダムで取引されることになったのである。

会社の発展形態は1.共同出資に始まり、2.法人の成立、3.有限責任制の導入、4.特許会社から準則会社、つまり公の許認可無しで誰でも会社設立が出来る状況への4段階の飛躍があった。そして現代でも問題になる企業統治やエージェンシー問題は経営を他人に委託する時点から懸案となり続けているのである。

タイムズの記者であるジョン・ミクルスウェイトとエイドリアン・ウールドリッジの共著になる「株式会社 (クロノス選書):The Company」を読んだ。最近乱読しているのでどうしてこの本に辿り着いたかは忘れてしまった。引用元等が省略されているが古い時代の出典はカール・ボランニーの「人間の経済」あたりだろう。筆者達の実に広範囲な英国知識人としての歴史書の読書量が感じられる良本である。途中から冗長になるが現代ではエンロン問題によるエージェンシー問題の再燃までがカバーされている。この分野での専門書ならばいくつかあるが会社組織の歴史書としてコンパクトにまとまっているユニークな本である。


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