2012年2月13日月曜日

僕らは立派な民主主義を持っている


今の日本の政治家は何故か二世が多い。総理大臣が贈与税の申告もしないで親からお金を貰ってたが、何故か「ごめんごめん、知らなかった」で済んでしまう。一般人はマネしないほうが無難なんだろう。多分。

有名ゴルファーの父なんて国会議員もいる。TVに出ると場が荒れるから最近は出てこない。お年寄りの政党は寒い日が続くので多分お疲れなんだろう、議会中に全員寝ている写真が流布されて「とりあえず、起きろよ日本」と揶揄される。一票の格差は違憲状態なのに全然修正されない。親の経済状態と子供の学歴(偏差値も含めて)にあきらかに相関がある。生活環境もあるだろうが、受験技術の発達と共に金がかかるようになってきている。結果の平等だけでなく、機会の平等に問題がある。

若い人は「アナタは年金に加入すると数百万円損しますよ」とメディアで言われる、でも民主主義でみんなで決めた”きまり”なんだから年金払いなさいと強制される。給料からの天引きならともかく、自分で払いに行こうとは思わないだろう。それとも支払用紙に「元本はまったく保証されていません」と注意書きでもあるのだろうか。民間でこんな商売始めれば間違いなく最後は刑務所だ。さらに国家債務の返済は基本的に次の世代に先送りだ。
「いやいや、すっかり飲んで食っちまったよ。アトはお前ら頼むわ」と。どうしようもない親父だったけれど、何故か憎めない。なんてね。

あるいはこうだろうか、親父としては。
「国の借金てのは、もとはと言えば俺達が貸してんだ。だからめぐりめぐって、お前らにゃ迷惑はビタ一文かけちゃいねえ」
でも税金上げたりして結局親父のツケは俺らが払うんだろうが?
「おい、ここに証文があるんだよ。国がお金を確かに借りました。てなぁ。だいぶ減っちまったがオマエに相続させてやる。あんまり国が税金を上げるようだったら、若いのみんなで相談してこの証文を破いて捨てちまえば国の借金もチャラだ」
親父、それはデフォルトっていうんだよ。
「いいじゃねえか。証文を相続した奴も、しなかった奴もビョードーにチャラだ。これが公平ってもんだろう、民主主義ってもんじゃないのか?」

これだけ大きなトピックだったのに結局今年も借金を積み上げる。給料が下がったら借金の前に歳出削減はどう見ても常識なのに、国家は家計とは違うとかいって。また借りにいく。そして足りないから取り敢えず会費値上げします。とくる。なのに、なのにだよ。ここまでやられても僕らは今の日本の民主主義はすくなくとも中国よりはマシだと思っている。Twitterはつながらないし、グーグルは出ていったし。言論は抑圧されている。社会保障も無いし、第一選挙も無いじゃないか。僕らはお金よりも自由が欲しいんだ。とね。僕もそうだ。

僕はウヨクでもサヨクでも無い。少なくともそういうつもりだ。歴史好きは、史実を見る時にできるだけイデオロギーを排除しようとする。それは色眼鏡をかけると本当の色がわからなくなるからだ。それでも残された記録はイデオロギーに凝り固まっていたりする。歴史を編纂した政権の正当化。自国史の美化。個人的な責任逃れ。自慢。そもそもイデオロギー自体が歴史を持っている。だから政府の原発事故の議事録が無い。なんていうのは話にならない。今更思い出しながら書き起こして一体どれぐらい信用できるんだ?

日露戦争は司馬(遼太郎)史観がいうように、ロシアの脅威に対する日本の防衛的な戦争だったのか? では戦場にされた韓国の学者の目から見ればどうなのだろう。中国からは?もちろんロシアから見れば景観は変わる。ロシアもロシアで、帝政を否定して打倒した共産党ソ連の目と今のロシアではまた景色が違う。でも、これは今早急に何かひとつに結論付ける問題なのだろうか?僕はそうは思っていない。

前回書いたコラム「中国化する日本」の反響は大きかった。でもあれは歴史書籍の紹介だ。僕自身の説明不足は軽く詫びるとして、わからなかったら、取り敢えず本を読むべきだ。僕のコラム執筆の目的は達成したが、歴史学上のテクニカル・タームである「中国化」という言葉に単純に嫌悪感を持った方も多かったようだ。
「おーい、このPCのデフォルトはどうなってるんだよ?」
「貴様、縁起でもない、デフォルトなんて言葉をつかうんじゃないよ」(某国財務省筋)
「あ、でもこれデフォルトっていうんですよ。しょうがないんです」
もっとも、著者は意図的に題名に「煽り」効果を狙っているのだと思うけれど。

それともうひとつは「科挙」の問題だ。
科挙は隋、唐とあったじゃないか。って。それはそうだし、日本でもマネをした。
これはでも、てっとり早くwikiの「科挙」を見ればいい。

宋のところだ。
「唐が滅んだ後の五代十国時代の戦乱の中で、旧来の貴族層は没落し、権力を握ることはなくなった。更に、北宋代に入ると宋の創始者趙匡胤の文治政策に則り、科挙に合格しなければ権力の有る地位に就くことは不可能になった。これ以降、官僚はほぼ全て科挙合格者で占められるようになった。」 
最近でもおバカタレント顔負けの政治家に資格試験を課せよとか意見もあるだろう。震災時に学校の児童プールにガソリンを備蓄しろと言った政治家もいたそうだ。あやうく避難所が火の海になるところだった。唐代では門閥出身者が重んじられた。宋の科挙は画期的なのだ。

でも科挙には問題が多いって?
だから冒頭に長々と現代日本民主主義の問題を書き連ねたのだ。

色々と問題は多いが、もし宋代に科挙がこうした形で実施されなければ、相変わらず門閥が政治を動かし続けていたに違いない。
大きな転換点であったことに変わりはないのだ。木を見て森を見ず。なんてね。詳しくはWEBで。

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