2012年6月12日火曜日

プラートの商人


「歴史家は昔話の鬼に似ている。人間の肉の匂いを嗅ぎ付けると、そこに獲物があると知るのだ」 ブロック 『歴史家の仕事』

プラートの商人―中世イタリアの日常生活 」は以前から是非読みたいと思っていた本だが、なにぶんボリュームが多い。これまで延ばし延ばしにしてきて、本屋でたまに見かけたりすると何か会ってはならない人とばったりと出くわしたように気まずい思いをしていた本だ。今回機会があってというか、機が熟したというか、要するに思い切って読んだ。

これは「ダティーニ文書」と呼ばれるもので、フィレンツェ近郊のプラートに14世紀と15世紀をまたいで活躍したフランチェスコ・ディ・マルコ・ダティーニという商人がいたのだが、この人がものすごく几帳面で物持ちがよくビジネスを含め様々な書類を保存しておいたのである。

その数が15万通、1870年に発見され、1880年にはチェーザレ・グワスティによって部分的に出版された。その後資料をまとめなおしてイリス・オリーゴによって1957年に出版されたのが「プラートの商人」である。日本語版は1997年に白水社から出版された。

何が面白いかというと、商売の記録が殆ど残されているのである。何を何処の誰に売ったか、船便は何を使ったか、保険はあったのか、あったとすればどういう仕組みなのか?手形はあったのか、銀行業は?簿記は?そろばんは?などなど。

読んでいて一番の違和感(自分の想像力との乖離)は奴隷の存在だろう。貿易商品の中や、保険の対象に奴隷が入っている。主に黒海地方から、目の吊り上ったタタール人、たまに美しい女性も混じるスラブ人(まさにスレーブだ)、それにやはり異教徒の地中海西部のムーア人など。

興味深いのはイタリア人もムーア人に捕らえられて先方(イスラム)の市場で売られてしまった者もいることだ。ムーア人の女奴隷を買ったはいいが、尻に敷かれて結局乗っ取られた商人もいるし、人間が商品だったことがよくわかる。また道中、航海は非常に危険だが、それにも拘わらず活発な交易がなされていたことにも驚かされてしまう。

イタリア・ワインのキャンティの名前が史上初めて登場するのもこの本だそうである。また食べ物の記述も細かい。コロンブスがアメリカ大陸を発見する前だから、今ではイタリア料理を代表する食材のトマトは無いしじゃがいもも無い。また牛肉はかなり高価である。安くなるのは冷凍船ができてアルゼンチンから安い肉が輸出されるようになってからだ。だから豚、チキン、うさぎ、鹿、きじばと。

金曜日午後から土曜日は精進日(ユダヤと同じ)なので肉を食べられないために魚をよく食べる。マグロやニシン、ニシンは樽で買うとあるから塩漬けだろうか、強壮剤みたいな役割をしていたようだ。またうなぎ、香辛料とワインに漬けるとある。19世紀のロンドン名物ウナギパイもイタリアからの伝来か。シティのロンバード街はロンバルディア地方出身者がつけた名前だ。ちなみにロンバルトは中世後期には高利貸しと同じ意味だったそうだ。白トリュフにチーズ、様々なメニューが出てくるが、なるほど、トマトがなくても充分にイタリアンである。

お酒はワインにスプマンテ、友達にワイン・マニアがいてキャンティのお膝元のくせにはるばる遠いところからワインを取り寄せている。ということで大変面白かった。金融関係は別の機会に。


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