2012年7月19日木曜日

豆鯵


昔、父の会社の社宅があった芦屋市打出の海岸に住んでいた。

そこは堤防ひとつをはさんで直ぐに砂浜だった。夏には海水浴場になり海の家が並んだし、小学校の遠泳もここで行った。また砂浜には漁師の苫屋があり貸しボートと並んで伝馬船がおいてあり、お金を払えば貸してくれた。父は伝馬船が好きでよく借りて、僕も櫓の扱いを教えてもらったものだ。ボートをこぐより楽で速度も速かった。近隣の神戸市深江には新明和の飛行艇の工場があり、轟音とともによく離着水していた。

チーム御前浜・香櫨園浜 里浜づくりHPより 
そこでは毎年この時期になると「豆鯵」が大量に獲れた。海水浴場では大き目の水槽をおいて鯵を泳がせ小さな釣堀みたいな商売もしていたが、朝、浜にいけば確か30円だったと思うがバケツ1杯の豆鯵を売ってくれたのだ。30円といえばチョコボールが30円だった。(ちょっと話がそれるが僕が小さい頃のチョコボールは「森永」じゃなくて「不二家」だった)。少年マガジンが50円くらいだ。

この豆鯵はえらの内側を指で挟んで引っ張れば簡単に内臓を取れる。それを水洗いして小麦粉をつけて、から揚げにして南蛮漬けにして食べるのである。実はこの南蛮漬けにする前のあげたてのカリカリのから揚げが実においしい。僕は男の3人兄弟なのだけれど、男の子が多かったりすると揚げるそばからつまみ食いするので南蛮漬けまでたどりつけないこともあった。

歳をとり銀座にいきつけの居酒屋ができた、これはチェーン店ではなくパパママの経営する小さな飲み屋なのだが、一度早い時間から飲んでいた時に目の前で豆鯵の南蛮漬けを作り始めた。つまりカリカリという音とともに豆鯵を揚げ始めたのだ。年配のママが揚げたての豆鯵をひとつくれたが、これがたまらなく美味しかった。何十年かぶりの味覚だったのだ。それでビールに合うものだからどんどん調子にのって食べていったら、途中でストップがかかってしまった。それ以上食べると今晩のスペシャルがなくなるというのだった。これは食べ過ぎると胸焼けするのでどこかで止めてもらった方がいいのだ。

そんなママもいつの日かマスターとの間に何かあったのか店には出なくなってしまった。ぐったりと疲れたマスターを見るのも忍びなかったのか、僕もそれからはその店にはいかなくなってしまった。

昨日スーパーで豆鯵を見た。三重県産である。「旬」というステッカーが貼ってある。ワンパック180円。一匹10円ほどだ。2パック買って、カリカリに揚げて気のすむまで食べても残りは南蛮漬けにできる。というか豆鯵を見ること自体がほとんど無い。これは非常に希少な機会なのである。

豆鯵は一瞬のうちに打出の浜から銀座へと僕の思い出の中を駆け巡り、ついでにもうひとつ、とても大事なことを思い出せた。以前同じ一時の感情の高まりから豆鯵を買ったが調理せずに腐らせて捨てた記憶である。

あ~あ、どこか美味しい豆鯵を出す居酒屋はないだろうか。目の前で揚げてくれると一番なんだが。

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