2013年12月29日日曜日

週刊「ダイヤモンド」2013年ベスト経済書

週刊「ダイヤモンド」2013年ベスト経済書

拙著『金融の世界史―バブルと戦争と株式市場』が第20位にランクインしました。たいしたことないと言えばたいしたことはないのですが、では今から僕が本を出版したとして、ランクイン以前にその本が世間(プロのエコノミストや経済学者)から「経済書」として認めてもらえるかどうかというのは、自慢じゃありませんがあまり自信がありません。

私も週刊「エコノミスト」や「金融財政事情」に経済書の書評を書くために毎月新刊書をチェックしているのでわかりますが、このジャンルは本当に激戦区で毎月目につくだけでも数十冊の本が出版されています。

今回20位で素直に大変うれしかったのですが、それよりも、そういえば去年の『日露戦争、資金調達の戦い』は9位だったことにあらためて驚いてしまいました。去年はその価値が自分でよくわかっていなかったのだろうと思います。

『金融の世界史』は月1でコラムを書いている日刊『ビジネスアイ』に昨年7月から連載された『投資家のための金融史』を書籍化したものです。

『日露戦争、資金調達の戦い』を書いた後、関係者や読者から、それ以降、つまり日中戦争から第2次世界大戦についても財務面をテーマに本を書いてくれとリクエストが多く寄せられました。しかし準備に相当の時間が必要なことと、以前から金融を中心にしたカジュアルな通史を書いてみたかったこともあって『投資家のための金融史』を先に書き始めたわけです。

これを書いているときは、実は一般の投資家目線というよりも昔僕が、日興証券で機関投資家向け営業課長をしていた頃の部下達のことを想像しながら書きました。つまり一般の投資家向けというのではなくて、営業カウンターのこちら側、いうなればプロのファンドマネージャーと営業で対峙するための基礎知識の伝授という観点から書いたものです。有価証券を販売して手数料を頂戴する以上、このくらいは知っておいて欲しいというレベル。従ってあまり簡単な内容ではない部分もあるのです。戦前の投信の根拠法なんか別に一般の投資家が知る必要もありませんからね。

アマゾンにはあまりよい書評が出ていませんが、この本は逆に玄人筋から評価を受けていて(僕がそう思っているだけかもしれませんが)、書評が掲載されたメディアも、僕が気がついただけでも日経新聞、日経ヴェリタス、朝日新聞、週刊エコノミスト、週刊東洋経済、週刊金融財政事情、クーリエ・ジャポンといった感じなのです。その他にもWEBで読めるものに、HONZきんざいデジマガモーニングスター年末年始に読むべき6冊竹松俊一のランダム・ウォーカーやまもといちろうブログがあります。

さて、一般の投資家とかプロのファンドマネージャーとか書きましたが、日露戦争の本を書いている頃からTwitterを通じて個人株式投資家の方たちと交流するようになりました。新潮社のオフィシャル書評を書いていただいた藤野さんともその頃Twitterで知り合いました。東京、大阪のTwitter仲間と飲みにいったりもしています。一般の株式投資家の知識レベルはもちろんピンきりなのですが、最近は別にプロのファンドマネージャーとあまり変わらない、あるいは高みのレベルの人もたくさんいるんですね。そういうこともあって、この本を書くときのレベル設定を日興時代の優秀だった可愛い営業マン達においたのです。それよりも簡単なものを書く意味をあまり感じませんでした。それで題名は『投資家のための金融史』としたのです。言い換えれば僕の知り合いの投資家のための金融史。

昨年の12月ぐらいから新潮社の方から選書で出版しないかというお話を頂戴して、今度はターゲット読者層の普遍性から「賢い高校生」がわかるくらいのレベルがいいんじゃないかということになって、随分書きなおしました。正直言って、僕が賢い高校生では無かったので賢い高校生のレベルがわかりずらかったこともあり。。。今更ガタガタ言っても印刷物である本という結果になってしまっているので言い訳無用ですね。

もし将来に機会があれば、書き直したいところもあるし、リーマン・ショック周辺の追加などもやっていきたいと思っています。それまで書店の本棚に並べてくれていれば良いのですが。



追伸:朝日新聞 萱野稔人 書評委員が選ぶ「今年の3点


2013年12月26日木曜日

1919年1月15日の新聞を読んでいたら


所沢市観光協会HPより
(まさに雑文)
1919年1月15日の新聞を読んでいたら、フランス航空団41名が技術指導のために日本に到着している。正確に調べたら12日に長崎着、14日の朝に神戸港について、市内見学の後夜の急行列車で東京に向かっている。士官は1等の専用車両、下士官は2等で一般客に混じる。補修用品、整備工具などは軍曹1名を残しそのまま船で別途横浜へ。機体は別便で輸入されていた。

団長のフォール大佐はフランス陸軍砲兵大佐、所沢の航空公園に胸像が建っている。飛行機は未だ出現したばかりなので操縦経験者で大佐クラスは未だいなかったのだろう。空軍を初めて創ったのはロイヤル・エアフォースでこれが1918年4月1日のこと。追随する国は無かった。さすがはイギリス。

操縦指導は「猛者レフエブル少佐」と新聞は紹介している。今はWEBでWW1のエース・パイロットを検索できる。40名近くリストアップされているがレフエブルの名前は出てこない。だいいちマルセイユから神戸まで45日近くかかる。ということは出発は18年11月だからドイツとの休戦が成立した頃で、武装解除が完全になされていたわけではない。多分現役バリバリの戦闘機乗りでは無く、指導者としての猛者だったのだろうと推測。

何故フランスの指導なのかと言えば、当時はフランスの戦闘機ニューポールやスパッドは高性能でフランスは航空最先進国と思われていた。帝国陸軍は100機ほどフランスに発注、その御礼もかねて、またフランスはWW1で手薄になった東洋のフランス利権確保のために日本には良い顔しておきたかった。本当はもうひとつあるのだがこれは秘密。ついでにいえばルノー製の戦車、兵員輸送車なども最先端だった。それにドイツとは交戦状態にあって技術移入というわけにはいかなかったのだ。

因みに陸軍はこの前年にイタリアにも航空研修団を派遣している。陸軍がイタリアから買った飛行機はだいたいダメだった。フェラーリみたいにはいかなかったのだ。
後にマレー沖海戦で96式と1式陸攻がプリンス・オブ・ウェールズを沈めた頃、イギリスの机上演習では日本の飛行機はイタリア並、英国空軍の60%程度の戦力と評価されていた。つまり10機いても6機とカウントされた。

さて、話がそれまくったが航空団は所沢に落ち着いて帝国陸軍航空隊の基礎を築いてくれた。その評価は高かったのだった。彼らを神戸港で出迎えたのが児玉友雄陸軍少佐。陸軍省軍務局兼航空部事務官。長州人児玉源太郎の三男である。欧州大戦では観戦武官としてイギリス軍に参加している。

これも想像を巡らせると面白い。調べたわけではないのであくまで想像だけれども。児玉友雄は学習院中等部から陸軍士官学校14期へ、陸大22期の卒業。実はこれ以降の陸軍の主要人物は皆陸軍幼年学校卒となる。東條英機も学習院初等科にすすむが幼年学校に入る。幼年学校→陸士→陸大(天保銭)という閥ができるのだ。1919年のこの時期はまだ山県有朋が健在で長州閥がバリバリに跋扈していた。児玉は当然長州閥の期待の若手の人材だったに違いない。

欧州大戦が終わった後に欧州に派遣されるのが1921年10月27日のバーデン・バーデンの密約で有名な3名+おまけの1名。岡村寧次、小畑敏四郎(ロシア軍にちょっと参加)、永田鉄山(陸士16期)+東條英機(陸士17期)だ。彼らの密約とは長州閥打倒である。児玉友雄は多分目の仇だったのではないだろうか?と想像。ちなみに山県は翌22年2月に逝去する。

児玉友雄は中将昇進までは早かったが、そこからは閑職。38年には予備役にまわされている。山県が死んだ後、バーデンバーデン組は策謀して長州出身の陸軍大学合格者はゼロになってしまう。陸大を出なければ出世のしようもない。児玉友雄はそうした時代の流れに翻弄されたのだろうかと、妄想を巡らせた次第。文章で書くと長いが妄想は多分15秒ぐらい、調べるのに小一時間。著作のためには多分何にもならない。


2013年12月24日火曜日

FRB誕生100年


ポール・ウォーバーグ
日露戦争のファイナンスの講演会をしていていると、最後の質問コーナーで必ずといっていいほど登場してくるのが、ユダヤ人金融家ヤコブ・シフを巡るユダヤ人陰謀説である。金融史を少しかじった人であれば19世紀に欧州でおおいに繁栄したロスチャイルドが衰退した原因は、米国進出に出遅れたためであるというのはほとんど常識の世界なのだけれど、なまじ米国にロスチャイルドという名前の金融機関の名前が見当たらないので適当なユダヤ名を「ロスチャイルドの手先」としてしまう強引な主張はよくおみかけする。

日露戦争のファイナンスで活躍したクーン・ローブ商会のシフもそうで、「ロスチャイルドの手先ですよね、家も隣り合わせだったみたいだし」という質問を頂戴することになる。質問主は講習会の参加者の前でご本人の重厚な歴史知識をご披露したいらしい。拙著を読めばロスチャイルドの出した手紙の中に進境著しいウォーバーグやシフに対するやっかみ(とても手先だとは思えない)が書かれていたことを紹介してあるのだけれども、どうも赤い盾の影響が大きいのかもしれない。僕としては笑うわけにもいかないし、講習会がきまずい雰囲気にならないように苦労が絶えない。

第1次世界大戦のドイツの賠償案のひとつである「ドーズ案」、これはドイツの負担を軽減する処置だったのだけれども、当時台頭し始めたナチスは、米国からの借款が計画に含まれていたためにこれはゲルマン人を奴隷化する「ユダヤ金融資本の陰謀」だとした。しかしこの借款の主幹事はユダヤ嫌いで有名なモルガン銀行だったのでナチスは話の筋が通らなくなってしまった。そこで主張したのが「JPモルガンはもとの姓をモルゲンスターンというユダヤ人だった!」というものだ。癇癪持ちのジョン・ピアポント・モルガンがこれを聞いたらどうしたか、生きていなくて本当に良かった。

今朝の日経は「FRB誕生100年、メルツアー教授に聞く」。FRB創設の立役者はハンブルグのユダヤ系マーチャント・バンクであるウォーバーグ兄弟の中のポール・ウォーバーグ(ドイツ名パウル)である。FRB設立直前までドイツ国籍だったし、今も残っているけれど、ウォール・ストリートのすぐ近く、パインとウィリアム・ストリートの角にある22階建てのビルのクーン・ローブ商会で働いていた。彼の教育はドイツで受けたもので、英語のレポートもあまり得意では無かった。

因みにポールはハンブルグのウォーバーグ商会のパートナーも兼ねていたし、バルチモア&オハイオ鉄道、ウェスチングハウス、ウェルス・ファーゴの取締役もしていたがFRBに移って公務員になるためにこうした実入りの良い仕事を全部辞めた。年収は50万ドルから1万2千ドルに下がってしまったそうだ。ポールはそこまでしてアメリカには中央銀行が必要だと信念を持っていたのだ。しかし問題はFRB誕生の1913年はドイツが世界を撹乱する第1次世界大戦勃発の前年だったことにあった。皮肉にもポールはユダヤ人であることよりも、ドイツ人であることが問題とされたのだ。

さて、今朝ポール・ウォーバーグをネットで検索してみると、あるわあるわユダヤ陰謀論。彼がロスチャイルドの手先ですと。どこまでロスチャイルドやねん。日本人は本当に「陰謀論」が好きですね。

2013年12月21日土曜日

「ドイツ艦隊大自沈」(原書房)


ダン・ファンデルバットの「ドイツ艦隊大自沈」(原書房)を読了。第1次世界大戦時のドイツ艦隊のノンフィクションである。

ツァイスの高性能レンズのおかげでドイツ海軍の照準は正確だった。単艦の戦闘能力ではロイヤル・ネイビーをも凌駕したが、ジュトランド沖海戦の後は両艦隊とも保全方針を取りほぼ無傷で残った。アイレイ・モルト、ハイランド・パークとスキャパの蒸溜所が見守る中で(本文とは関係ないけれど)ドイツの休戦に応じてオークニー諸島スカパ・フローに人質として抑留されたドイツ大艦隊の行方は? 

まあ、題名に自沈って書いてあるけどね。

それにしても信じられない。沈められた艦は74隻40万トン、貨幣価値で約4400万ポンド。この話が日本ではポピュラーではないのには様々な理由があるのだと思う。英語ではなくドイツ語の話だったとか、帝国海軍の都合とか。この本は絶版につき少々高そうに見えるが、間違いなくお買い得。名著である。


2013年12月18日水曜日

金融リテラシーについて


拙著『金融の世界史日本史』の「まえがき」をどうするか悩んでいた頃。(「まえがき」なのですが実は後で書いているのです)

編集者の方から日本人の金融リテラシーは低いので啓蒙の目的で書いたというような趣旨は当りさわりが無くてよいかもしれませんよといわました。確かにこの「リテラシーが低い」というのは金融に限らずいろいろな分野でも使えそうじゃありませんか。政治にしろ、法律にしろ、また最近は本が売れないそうですから文学リテラシーだって低いのではないでしょうか。「君は最近評判が悪いよ」といわれても困ってしまうことがあるように、このリテラシーが低いというのはどっちにしろ、当たっているようなので、あるいは自分の胸に手をあてて考えてみるとココロ当りがありそうで困ってしまいます。

さて、「日本人は金融リテラシーが低い」という話について書いたらと編集者からアドバイスを貰った時のことです。僕は彼にニーアル・ファーガソンの『マネー進化史』を読んだ?と聞き返しました。なぜならこのアメリカで働くイギリス人の歴史家が書いた本の冒頭にはこう書いてあるからです。

「この本の目的のひとつは、金融、とくに金融史になじみの薄い方のために、入門書の役割を果たすことだ。英語圏の圧倒的多数が、金融に関して無知であることはよく知られている。」

ここではアメリカのカード利用者の10人のうち4人までが月末払いを超過して延滞料を支払っているが、全体の29%の人がカードに延滞料の適用があることを知らないし、知っている人の3分の1は10%以下の金利だと思っていることが例示されています。

また、あるアンケートでは3分の2は「複利」を知らなかったし、半数は学校で金融については「あまり学ばなかった」、あるいは「まったく習わなかった」と答えているそうです。

高校生対象のアンケートでは18年間株式を保有していれば国債を保有するよりもリターンが高い可能性が極めて高いことを理解できた生徒は14%。累進課税がわかったのは23%。59%の生徒が年金と401kの違いがわからなかった。

ファーガソンはさらにイギリスはもっとひどいのだと説明しています。興味のある人は是非同書を読んで下さい。でも多分日本人の金融リテラシーが低いと考える時、僕らは英語圏の金融リテラシーが一番高いのだと勝手にイメージしていますよね。

金融の知識習得はどこの国でも難しい問題なのだと思います。

2013年12月10日火曜日

里芋とするめイカの葛煮


銀座五丁目の小料理屋「魚がし料理佃喜知」の主人は今は既に無い銀座の超老舗割烹「出井」で修行していたと聞くが、ここのちょっとした小料理は大衆的な店のつくりにかかわらず抜群に美味しい(最近は行ってないけれど)。

特に僕が好きなのは、里芋とするめイカの葛煮で、出汁に醤油と砂糖とみりんと酒で煮る、なんてことは為さそうな料理なのだが、いざ自分で作るとなると里芋を剥いたりイカを皮むきしてばらしたりと面倒臭いし、イカが硬くなったりとなかなか簡単なものじゃない。そうは問屋がおろさない。

でもこの時期は山形で芋煮会に供するそうだが、たまに皮むきした里芋が関東地方の八百屋にも流れてくる。そうなると僕の飲み助の血が騒ぐというか件の里芋とイカの葛煮をむしょうに作りたくなってしまうのだ。結局芋を全部使うので量が多すぎていつも余って捨てることになるのだけれども。

煮物のレシピはネットにたくさん出ているのであとは汁を煮詰めて葛で粘りを出すだけ。今は週末に作ったこれの余りを青森の田酒のお燗で一杯やっている。

イカとお燗。八代亜紀の「舟歌」では肴は炙ったイカだけれども、北海道の増毛で倍賞千恵子のやっている小料理屋はイカの煮付けだった。高倉健と降旗監督の「駅 Station」を観たくなってきたが終わりが午前0時をまわりそうなので止めておく。少し大人になった自分がいるということでいいのかな? 違うか。



2013年12月3日火曜日

【ビジネスアイコラム】「逆ざや」がようやく解消 過去の生保、高利回り運用の自信どこから?


【ビジネスアイコラム】生保、高利回り運用の自信どこから?  2013.12.3

 生命保険主要9社の20年来の「逆ざや」がようやく解消したそうだ。「逆ざや」とは生保が顧客から預かって運用している資金の利回りが契約時に提示した「予定利回り」に達せずに、約束よりも資金が不足している状態で、これまで生保が不足分を補填(ほてん)してきた。

 補填は主に死差益(統計上想定していたよりも実際に死亡する人が少なく支払いも少なかった)によって埋められてきたが、バブル時の6%近い高い「予定利回り」の契約などが満期によって減少したことが大きい。おかげで生保の資産運用全体の目標利回り自体が低下してきたのだ。

 では、バブル期とその後しばらくの間、生保は何故契約者に対して高い利回りを提示できたのだろうか? その運用に対する自信はどこからきたのだろうか?


 図は1949年5月からの日米株価のグラフである。縦軸には対数値を取ってあるので傾きは成長率である。生保の商品は期間が長いので株式市場の短期の上げ下げをあまり気にせずに長い期間を見通して投資していく。バブル当時にもっともありそうな株式の長期成長率は年率14.2%だったのだ。現在から見ればなんとも楽観的な見通しだが、短期はともかく長期では下がると予想する方が難しかったのである。

 さらに生保は長期投資となるためにインフレヘッジの観点から株式組み入れ比率を高く設定しており、日本の大企業各社の大株主上位には生命保険会社が並ぶことになった。これはある種の「お互い様」となり、筆者の若い頃には事務所内に「生保のセールス」がわらわらと営業活動していたものだ。新入社員は職場に同化するために知らぬ間に生保に加入していたものだった。特に財閥系の生保では株式組み入れポートフォリオに財閥グループへのバイアスがかかる。グループの盛衰が契約者数のみならず運用ポートフォリオの側面からも自社の命運を必要以上に左右する構造となっていたのだ。

 さて、現在の日経平均の最長の成長率の記録は年率7.1%。現実の日経平均の動きとは乖離(かいり)が大きいために、これで今後の予想をたてる人はまずいないだろう。しかし同時期のSP500は年率7.6%。現実の指数もこの成長率に沿って動いてきたのだ。米国の株式収益率の長期予測にはこの数字を使うのが合理的である。

(作家 板谷敏彦)

2013年11月28日木曜日

PEACEMAKERS MACMILLAN


マーガレット・マクミランの『ピースメイカーズ〈上〉―1919年パリ講話会議の群像  上下』を読んだ。原著"Peace Makers-Six Months That Changes The World"は2002年の英国ノンフィクションの最高の賞といわれるサミュエル・ジョンソン賞を受賞している。品質は折り紙付きと言えるだろう。

さて、ピースメーカーズとは第1次世界大戦の決着をつけるパリ講和会議に結集した五大国である米英仏伊日の代表者達の話なのだが、残念ながら日本代表は自国の利権以外にはあまりかかわらず、従って戦乱の欧州と距離のあった我が国はあまり発言する機会がなかった。そこでいつしか会議に呼ばれなくなり4カ国となるも、イタリア代表もあまり英語を解せず次第に阻害されていく。ジョークがわからないのだ。最後は米国ウィルソン大統領、英国ロイド・ジョージ首相、仏国クレマンソー首相の三名で戦後の欧州や中近東、バルカン半島などの国境線が確定されていくことになったのである。民族や宗教の塊を不自然に切り離していった。またフランスによる執拗な懲罰はドイツの底深い恨みを買うことになった。彼らは果たして本当にピースメーカーズだったのだろうか?

読後の感想は一言「疲れた」。上下650ページほどだが近来希にみる疲労感。文章がどうのでは無く、内容自体が人を疲れさすのだ。誤解に自信過剰。そのくせに面白いのでやめられない。途中で気になる箇所が増えたので原書も購入。翻訳は丁寧にされていることもわかった。

トルコ代表のイスメスト・イメニュ。彼がお酒を飲んでいるシーン。下巻229ページ。
「夕方、トルコ人イスメストは緑色のシャルトルーズ酒を飲んでくつろいでいた。愚かにもアメリカ人の一人が彼に近づき、何を勘違いしたか生涯酒を飲まないと誓ったのである」

シャルトルーズはブランデーに何種類も薬草を足して再蒸留を繰り返した甘ったるいリキュール。アメリカ人やイギリス人、日本人もカクテルの材料以外では直接飲んだりしないが、欧州ではグランマエや甘ったるいリキュールは食後酒としてそのままちびちびと飲む人が多い。しかしこの翻訳では意味がわからない。

原文Paperback版464Page、
"In the evening the Turk took solace in his favourite green chartreuse;one of Americans who unwisely joined him swore off the drink for life."

これは真珠湾攻撃時の在日米国大使ジョセフ・C・グルーの自伝からの引用だ。彼も若手外交官として参加していた。残念ながらこっちの原文も意味がよくわからない。若いアメリカ人はお茶と間違えたような気もするが。

よく見ると日本語訳の方には後に「酒を飲んでいるとは思わなかったのだ」と補足をたしこんでくれている。良い翻訳だと思うがそれでも意味がよくわからない。なるほど、外国人との意思疎通はいかに困難であるか、外国人とは一体誰なのか、居住する地域なのか宗教か言語か?も含めてこの本は示唆するものが多い。すすめたいところだが読むのは大変だと思う。日本人にはね。

日本はこの時「Racial Equality」を平和の条文に入れようとしてウィルソン大統領に却下されている。知っていました? 南部出身のウィルソン大統領としては「黒人の召使達との良い思い出はたくさんもっていたが、だからといって同じ人間だとは思っていなかった」、「君らは五大国のひとつとしてこうして会議に出席できているのだからもう十分ではないか」、西海岸では日本人移民を排斥しようとしていた頃、こんな文言を入れては自国の選挙で勝てなくなってしまう。これはカナダ、オーストラリア代表も同じこと。




2013年11月21日木曜日

忘れられた戦争『第一次世界大戦』


ここのところ満州事変、日中戦争、太平洋戦争と戦間期の本を読み資料集めをしてきたが、やはりどうしてもその起点たる第一次世界大戦の部分が気になってしまう。日本の人物や事件だけを追いかけていると、戦場から離れていた分だけどうしてもこの部分が手薄になってしまう。日本はこの戦争で「総力戦」に目覚めて「石原莞爾の発想」というような流れだ。

日本は独軍の山東半島青島要塞を攻略し、その時始めて航空機を兵器として使った。この辺りは東宝が昔、加山雄三を使って映画化しているので知っている人も多いが、Uボート対策で駆逐艦隊を地中海に派遣したことはあまり知られていないだろう。知っていたからどうということも無いのだが、実はこの派遣の対価として日本とイギリス、フランスとの間には裏取引がなされていた。

第一次世界大戦 忘れられた戦争 (講談社学術文庫) 山上正太郎著 を読んだ

第1次世界大戦で何か良い本は無いかと尋ねられれば、定番の「リデル・ハート」とか「八月の砲声」とか、日本を中心に論じた山室信一氏の「複合戦争と総力戦の断層―日本にとっての第一次世界大戦 (レクチャー第一次世界大戦を考える) 」とかいわずに日本人にはこの本が一番いいと思う。少し赤っぽいが(共産主義にページを割いているのは書かれた時代を反映しているのだろうか)、面白いことに戦闘場面が一切ない戦争の本である。理知的で知りたいことをうまく整理してくれている。今という時代が歴史を織り成す数々の糸を束ねた断片であるとするならば、それらの同じような糸が過去に似たような文様を描いたことがある。日本人はもう少しこの戦争を知るべきだと思う。


2013年10月31日木曜日

『地ひらくー石原莞爾と昭和の夢』


地ひらく〈上〉―石原莞爾と昭和の夢 (文春文庫) 』福田和也 文春文庫 上下

石原莞爾の『最終戦争論』は中公文庫で読んだが、満州事変の作戦行動そのものと、最後は彼の本来の意図を離れた大陸政策が太平洋戦争までに至ると伝えられる経緯を把握するために、彼の伝記かあるいは彼を分析した本を読もうと考えて選択した1冊。

結論から書いてしまえば凄い本だと思う。石原莞爾を書くためにその環境となる時代を描いているうちに、いつのまにか主客が転倒してしまい、本格的な「満州事変から太平洋戦争までを描いた歴史書」(著者は15年戦争という呼び方を嫌う)になってしまったのではないかと思う。

決めつけや登場人物の感じ方に対して強引さを感じるところもあるが、これだけの調べ物をこなしているところはまさに圧倒されてしまう。読破することが大変だったが、読後の充実感に後悔は無い。

石原莞爾は満州事変において前線派遣部隊の「独断専行」というまさに日本を太平洋戦争へと導いていく直接的な原因となる陸軍の性癖をつくってしまった。日中戦争勃発時に参謀本部作戦部長として戦火拡大を阻止しようと現地参謀を戒めた際に、「我々は満州事変時の閣下に習っているだけです」と哄笑されてしまうのであった。

しかし、石原はどれだけの影響力を時代に対して行使できたのだろうか。対米戦の起源として扱われる、総力戦のバッファ(戦争が戦争を養うと意味での)としての満州の存在とその確保という考えかたは、結局は少しだけ形を変え後輩の参謀本部系のエリート将校達によって受け継がれただけなのではないだろうか。言い換えれば違いがわかりにくかった。後に五族協和に石原が変身(変身したとは記述されていないが)しただけの話ではないのだろうか。要するに石原は喧伝されるほどの人物だったのだろうか?というのがこの本を読んでの私の素直な感想である。

それよりも著者は意識して経済的な側面も盛り込んだようだが、この時代の記述にしては物足りなさを感じてしまうのは、やはりこの本を石原の伝記としてではなく一般の歴史書として読み取ってしまったからだろうか。ごたごたと書いたがお奨めの一冊である。ただし手ごわいと思う。









大正の男 川上哲治


朝刊各紙の一面コラムは川上哲治さんへの追悼記事となっている。その中ではさすがは本家、読売の「編集手帳」が面白かった。西鉄の鉄腕稲尾投手が新人で日本シリーズにおいて初めて川上選手と対峙した時に、ついつい帽子をとってマウンドから2、3歩下り「よろしくおねがいします」と挨拶してしまったという話。川上選手が神様だったことがよくわかる逸話だ。

僕個人にとっての川上さんは、実はアニメ「巨人の星」のイメージのほうが実物よりも格段に強い。元巨人軍幻の3塁手である父星一徹が小さい飛雄馬に許した数少ない遊びのひとつに、長屋の壁に開いた小さな穴から外ににある木にボールをぶつけてまた同じ穴から部屋の中にもどして一人でキャッチボールをするというものがある。これはコントロールはいうまでもなく、相当に強い力で投げる必要がある。というか、物理学的にはもちろん不可能なんだろうけれども、ともかく飛雄馬を探したずねてきた川上さんが長屋の外でこれを目撃することになる。「くゎ、凄い」と。何しろスリットを抜ける量子のようにニュートン物理学を超越しているのだから。そして川上さんはあろうことかこの球をバットで壁の小さい穴に打ち返すのである。ラクダが針の穴を抜けるかのように。何でそこにバットがあったのかは謎だし、聞くのは野暮である。

長屋の部屋の中では卓袱台を挟んで星一家はちょっとしたパニックになっていた。こんなことができるのは、世界広しといえども「巨人軍の川上哲治しかいない」と父一徹が目をむき外に飛び出すが、そこには川上さんの後ろ姿だけがあったとさ。空はあるいは夕日に染まっていたのかもしれない。

各紙とも川上さんを昭和の人と書いている。1920年生まれといえば大正9年。僕の母親にいわせればこの年代の人は「大正の男」というのだそうだ。昭和男との違いは家ではよく着物をきていることだと。そういえば僕の亡くなったオヤジもそうだった。

ご冥福をお祈りします。

Porco

2013年10月25日金曜日

食材「偽装でなく誤表示」阪急阪神ホテルズ社長


食材「偽装でなく誤表示」阪急阪神ホテルズ社長

この事件を意図的な「偽装」ではなく、あくまで「誤表示」と主張するのであれば、事例の統計的なばらつきが必要だ。つまり安物を高く見せただけでは無く、高級食材を品位が劣位なものと誤表示した事例も少なくともいくつか必要なはずだ。

具体的にいえば車海老なのにブラック・タイガーと表示してしまったとか、国産うなぎなのに中国産うなぎと誤表示してしまったようなホテル側に不利に働いた事例だ。こうした事例が無い(発表されていない)以上、この件はホテルにとって経済的に有利なように行われた「意図的な偽装」であると判断せざるをえず、事件発覚後もあくまで「誤表示」と社長が主張するのは、この事件に対する「誤表示」であり「偽装」である。

社長は偽装を繰り返している。




『戦争の日本近現代史』加藤陽子 講談社現代新書


戦争の日本近現代史 (講談社現代新書) 東大式レッスン!征韓論から太平洋戦争まで』加藤陽子 

内容はこのタイトルのままなのだが、一体ぜんたい著者の意図する読者のうち誰が「東大式レッスン」という言葉に釣られてこの本を読むというのだろうか。これでは大学受験用の近現代史の参考書というイメージが先行してしまうのではないだろうか。受験生が読むと混乱する恐れがあると思う。

本当は、東大の加藤先生は学生に近現代史をどう教えているのかという内容であって、ここに書かれていることは高校教科書とはかなり異なったものとなっている。最新の(2002年当時の)近現代史の知見が書かれているのだろうと思う。断言できないのは僕が最新の知見に詳しくないからだ。

僕も日露戦争のファィナンスは出版するぐらい調べたので、この本の内容に一言いいたい部分もあるが、いやいや、それだけではなくてその他の部分でも何箇所かあるのだが、そんなことは実はどうでも良いことだ。この本は戦間期の様々な定番の歴史書を読む前に是非一読しておくべき本だと思う。

僕も含めて数十年前の山川の検定教科書を基本として歴史認識されている頭を一度整理しておく必要をこの本は感じさせるからだ。さすれば陸軍の石原莞爾だけではなく、同時期の海軍の加藤寛治をどう読めばよいのかとかのヒントを得られることになるだろう。

実はミラーの『オレンジ・プラン』を再読していて、途中で『マッキンダーの地政学』と『マハン海上権力史論』と基礎に戻ることになってしまった。中途半端に納得しだすとロクなことがないので、バイオリン式レッスンでいえばボウイングからのやり直しみたいなものだ。そうした時にオレンジ・プランの反対側の入門書として浮かびあがったのがこの東大式レッスンだったのである。読後頭の中がかなりすっきりした。


2013年10月21日月曜日

クールジャパン戦略のレポート 国立国会図書館


クールジャパン戦略の概要と論点 国立国会図書館 
調査と情報―ISSUE BRIEF― NUMBER 804(2013.10.18.) 
鈴木絢子

このレポートは非常にわかりやすく整理されている。クールジャパン関連の海外売上がリーマン・ショック以降に低迷しているグラフや、2002年から始まりこれまで打ち出された数々の関連する政策を表にまとめてある。

また、政府が関与するターゲティング・ポリシーの有効性が疑問視される根拠とともに、実はアメリカ、英国、フランス、オランダ、韓国等でも同様の政策が採られているこが紹介されている。一読推奨。

おわりにの部分
「クールジャパン戦略は、今後拡大が期待される世界のクールジャパン関連市場において、海外需要を積極的に取り込むことで国内雇用を創出し、経済成長につなげようとするものである。しかし、コンテンツ産業の振興やクールジャパンの推進に関しては、2000年代から相次いで提言や政策がなされており、安倍内閣による成長戦略において改めてクールジャパンの推進が打ち出されたことは、これまでの成果が乏しいことの裏返しともとれる。
クールジャパン戦略の実行にあたっては、収益性や官民出資型ファンドの適切な運営、知的財産保護の問題等、課題も尐なくない。また、今後、クールジャパン戦略の政策効果を見極めるためには、クールジャパンの定義や産業の範囲を明確にした上で、信頼性の高い統計を整備する必要があるだろう。クールジャパン戦略による経済効果への期待が高まる中で、こうした課題に冷静に対処していくことが求められる。」


2013年10月20日日曜日

宝くじにまつわる金融リテラシー


「助けて!宝くじが全然売れないの!」 年末ジャンボ、7億円に…売り上げ減り増額

僕は別に「宝くじ屋」のまわしものではないけれど、皆がネットで「宝くじ」を買う行為を「金融リテラシーが無い」というものだから、俺も一緒になってボロクソに言おうって人は、これもやはりリテラシーが不足気味なのだと思う。

「愚か者に用意されている第二の税金」はまったく正しいのだけれど、宝くじは最初から税金分が控除されているために税金がかからないとも考えられる。

僕の知り合いの話で本当かどうかはわからないけれど、例えば昭和62年に仮に5億円の給料をまともに日本でもらうと所得税は約60%、個人住民税は16%で合計76%も天引きされていた。徹夜で銀座で接待して肝臓をボロボロにしてせっせと働いても取り分はたったの24%だったのだ。働きもしないで窓口で買うだけの宝くじが45%もくれるなんてまさに「ドリーム・ジャンボ」。

ただし買わなきゃ税金を余分に払う必要も無いのだけれどね。

昭和62年から最高税率は下がったけれど、来年は最高税率の見直しが入り4千万円超については45%になる。これにざっくり10%+αの住民税が加わる。ちなみに雑所得扱いのオプション売買ばかりする人は別に宝くじがそれほどアコギではないことがわかるだろう。

したがって推奨すべき「宝くじ屋」の戦略としては名前を「10億円宝くじ」にして課税扱いにすればいいのではないかな? 期待値は妥当な線まではねあがるし、それこそ「納税は仕方無い」と考える「金融リテラシー」の豊かな人がたくさんいると思う。

ただし買わなきゃ税金を余分に払う必要も無いのだけれどね。


2013年10月17日木曜日

ウォーレン・バッフェットがうたう


ウォーレン・バッフェットが昨日のFortune's Most Powerful Women Summit.で女優グレン・クローズの伴奏とコーラスを担当している。ウクレレ上手ですね。曲はThe Glory of Love、これは空手キッズで有名になった曲ではなくて、ベット・ミドラーの映画Beaches(邦題:フォーエバーフレンド)で小さかった頃と大人になってから再び歌われていた歌。

”この唄は昔からずっと歌ってきた唄なの。古い友達みたいなものね。でもね、知ってる?この唄の本当の意味がわかったのはつい最近のことなの....."

ちょっとマニアックなことをいうと、この映画の一番最初の曲である”Down by Under the boardwalk"の出だしのストラトキャスターのストロークの音が大好きだ。

いかんいかん。今回は映画じゃなくてバッフェットが主役だった。




追記
スメサースト先生からFBの方で、Glory of Loveならば、ポール・マッカトニーも歌ってるよとご指摘があった。なるほどグレン・クロースとバッフェットが選曲したのはこのためだったのだと納得。ちなみにギターはアンソニー・ウィルソン、ピアノはダイアナ・クラール。


2013年10月10日木曜日

『近代中国史 (ちくま新書) 』岡本隆司


近代中国史 (ちくま新書) 』岡本隆司

久々に人に是非読んで欲しいと薦めたくなった1冊。本としてすごくよく出来ている。

戦間期の日本とそれを取り巻くグローバルな状況を勉強していると、多くの書籍があるにもかかわらず、どうしても理解し難いのが満州を含む中国の状況である。

日清戦争を戦い下関条約のネゴシエーターでもあった李鴻章は清國のどのような立場の人間であるのか?

満州の張作霖は軍閥というが何故そんな閥があるのか?

辛亥革命によって清朝は滅亡したにも関わらず何故革命の成果が中国全土に及ばないのか?

日本は中国軍を圧倒したはずなのに何故蒋介石は重慶政府で維持しえたのか?

中国の持つ統治システムは我々が教科書から学んだ近代日本や、西洋的なものとは全く異質なのである。しかし異質なことは常々理解できてはいたものの、それが原理としてどのように異質であるのかを上手く説明したものがこれまでは無かったと思う。

この本は「唐宋変革」から始まり、科挙において特定の地位を獲得した一握りのエリートである「士」とその他の「庶」という階層構成が形成されたことを解説し、中央政府の統治は「士」のみ相手に行われ、「庶」は対象とはされなかった構造などを清国租税収入などから解き明かしていく。この構造は現代中国の一部の国営企業の納税が税収のほとんどを占めている状況や、都市の共産党幹部の大金持ちと今なお大多数を占める地方の貧民とのあきれるほど大きな経済格差の説明にも敷衍されるのである。

また金融史的には中国は昔から銀とのかかわりが強く、近代においても銀本位制度を採り続けたために、商品としての銀価格の変動に翻弄される姿や、地方は銅銭経済(銀銭二貨制)であったことから金銀比価の問題だけではなく、対銅価格の変動にも大きく影響を受けていたことなども説明されいて、金融関係者にとっては非常に興味深いところである。

中国関係の一般向け書籍はたくさん出版されているが、そうした本を読む前に取り敢えず読んでおきたい一冊である。






2013年10月6日日曜日

『太平洋の試練 真珠湾からミッドウェーまで上下』


アメリカではかなり話題となった本である。イアン・トールの『太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで 上 下』を読んだ。第2次世界大戦関連は映画、ノンフィクションとももれなく読んでいるつもりなので、大枠ではまったく新しい知見というものはとりたてて無いのだが、日本が開戦に至る経緯から真珠湾、チャーチルの葛藤、ドーリットル、珊瑚海、ミッドウェーと一連の物語に紡ぎ直したところに価値がある。

拙著『日露戦争、資金調達の戦い: 高橋是清と欧米バンカーたち (新潮選書) 』ではネットで20世紀初頭のタイムズが書斎で読め、当時のロンドン市場の日本公債価格の日足やその他の英文一次資料に直接アクセスできたことが本をこれまでにないユニークなものにしたが、この本もネットがなければ書けていない本だと思う。それだけに以前では考えられない柔軟なネットワークが活用され、つまり各国専門家の知見にアクセスして、これまでにないより公正でより正確な歴史書を書き上げられたのだと思う。細かい訳の不都合や間違いは改訂版で直せば済む程度のものであり、ミリタリー・オタクから見れば不満があるのかもしれないが、クオリティは高いと思う。

さて、大枠ではないところに、日本人にとって考えさせられるサブジェクトが準備されている。ひとつは『坂の上の雲』の秋山真之でお馴染みの世界中の海軍のバイブルであるマハンの『海上権力史論』の日本帝国海軍ドクトリンに与えた影響である。この本のようにすべての始まりに取り上げられるとこれまでのうかつさに考え直さざるを得ない。1冊本が書けるのではないだろうか。ふたつ目は、あまり触れたくはないのかしれないが名将山本五十六の再評価である。どうしてかというのは是非同書を読んで欲しいと思う。エンターテイメントとしても面白く読めるだろう。

米国出版時のWSJの書評は「われわれが負け犬だった時」。しかしこれはアメリカが不意打ちを食らって日本との戰爭を準備していなかった空白の時間の優位の話でしかない。

1940年法とそれの改訂であるTwo-Ocean Navy Act
航空母艦7隻、駆逐艦115隻、潜水艦43隻など合計133万トン(7割増)の艦艇建造、15、000機の航空機製造. これは帝国海軍(147万トン)と同じ規模分を当時の現状戦力に上乗せするというもの。

1941年12月、
ルーズベルト大統領は真珠湾攻撃後、上記にさらに上乗せして空母8隻、巡洋艦24隻、駆逐艦102隻、潜水艦54隻の建造を承認。

1942年1月、
海軍将官会議はルーズベルト案でも物たりぬと、戦艦34隻、空母24隻、巡洋戦艦12隻、巡洋艦104隻、駆逐艦379隻、潜水艦207隻の艦隊を構想。

彼我の戦力差(経済力の差)は最初から話にならなかった。

『第二次世界大戦 影の主役―勝利を実現した革新者たち』


ベストセラー『大国の興亡』の著者である、ポール・ケネディが書いた『第二次世界大戦 影の主役―勝利を実現した革新者たち 』を読んだ。こうした本はたいていの場合原題の方が本の内容がわかりやすい。”Engineers of Victory”が原題で、勝利に貢献した技術者達の話である。

戦勝の理由とは、例えば連合軍がドイツの有名なエニグマ暗号(英:ウルトラ)の解読に成功したことから終戦が3年早くなったというようには、因果関係を単純化することは適切ではない。そこには様々なテクノロジーの技術達成による複合的な要因があり、こうした貢献は英雄だけではなく組織のミドル層による達成にあったのだと主張する本である。つまり目立ちはしないが技術的革新を達成した地味な人たちに焦点をあてた本である。

テーマは5つあり、1)大西洋のロジスティック確保であり、Uボートの脅威の克服である。2)バトル・オブ・ブリテンから対ルフトバッフェ戦闘機部隊の克服。3)地空共同のドイツ軍電撃戦をいかに克服したか。4)ノルマンディー上陸作戦に関する技術的課題の克服。5)海軍建設大隊による南太平洋作戦の技術的課題の克服。からなっている。いずれも興味深いテーマである。

2)のケースの一部を紹介すると、1939年に始まった第2次世界大戦も、開戦4年目の43年に入ると様々な技術が達成されるようになったという仮説に対する根拠の一環として。例えばレシプロ戦闘機(プロペラ推進)の技術的最高峰であるP51ムスタング戦闘機の誕生場合がある。P51は当初英国空軍の依頼によって40年に米国ノースアメリカン社で設計が開始されたのだが、当初は米国GM系列のアリソン社のエンジンを積載していた。実際に戦闘に參加していないという状況は兵器の開発においても真剣味が相当に違うようで、当時のアメリカにはヨーロッパ水準の戦闘機が無かったのだそうだ。つまり当時のアメリカのP40程度では高性能のロールス・ロイス・エンジンのスピットファィヤやメルセデス・ベンツのメッサーシュミットにはとても対抗できなかった。GMのアリソン・エンジンは低性能だったのだ。

ところが送られてきたアリソンP51にたまたまロースルス・ロイスと関係のあるテスト・パイロットが搭乗し、エンジンを換装するとよいかもしれないと閃いて、色々とネマワシをしてロールス・ロイスのマリーン・エンジンを搭載してみると、これがとんでもない高性能機に変貌したのである。

エンジン換装後のP51はスピットファイアよりも機体重量が重いにもかかわらず燃費が良かった。また速度が早い上に燃料タンクを効率的に設置できる機体構造上の特質を持っていたために、長い航続距離が確保でき、爆撃隊の護衛戦闘機として理想的な機体となった。これが大きかった。当時は「頭上の敵機」でお馴染みの長距離ドイツ爆撃による爆撃隊大消耗の真最中であって、航続距離の関係で護衛戦闘機が同伴できないことが最大の問題点となっていた。そこでこのひらめきは連合軍による護衛付の長距離爆撃を容易にし、戦況に大きく影響をおよぼすことになった。

同じように同時期には船舶用各種レーダーが小型化され航空機や小型フリーゲートにまで搭載されるようになってドイツ軍のUボートを無力化した。Uボートの無力化が米国からの物資輸送をスムーズにして、航空機の保守部品維持など様々な問題点をクリアしていく原動力となる。そしてそれは欧州戦線の負担をやわらげ太平洋に力をシフトしていくける要因ともなっていく。イノベーションはかたまって発生しているのだ。これは戦中の技術的イノベーションの話である。

しかし43年というのはアメリカが41年12月に参戦してから2年目。本格的に予算を投入してから、プロジェクトが実るまでの話でもあるのだ。


2013年9月26日木曜日

『金融リスク管理を変えた 10大事件』


本の写真と価格だけを見ると、一見ヘビーで面倒臭そうなテーマの本に見えるかもしれないが、内容は学者の筆では無く、優秀な社内報告書のようにコンパクトで読み易い。

金融リスク管理を変えた10大事件 』藤井健司

私もここに扱われている10大事件にはかかわったり、あるいは振り回されたりした口だが、こうしてリスク管理者の目線から整理してもらって過去の事件を振り帰ってみると、「わかっていたつもりでいた」ことが改めて知見として身につくように感じられる。

特に最初は与信リスクだけだった銀行業務のリスクが、Market risk, Credit risk、Country risk, Credit concentration risk,Value at risk, Counter Party risk, Operational risk, Reputation risk, Systemic risk, Market liquidity risk, Wrong-way risk、Regal risk, Settlement riskと規制緩和や事件がある度に業務に関するリスクが増えてきた経緯は圧巻である。

目次をきんざいのWEBからコピーしておく、
●主要目次●   
序 章 「10大事件」と本書の構成   
1 伝統的な金融リスク管理/2 金融自由化と「現代」金融リスク管理/3 10大事件の発生と金融リスク管理─本書の構成   

第1章 ブラックマンデー【1987年】   
1 「ウォール街の10月の大虐殺」/2 事件の「犯人」─プログラム・トレーディングとポートフォリオ・インシュアランス/3 10月19日─「暗黒の月曜日」/4 事態の収拾─恐慌からの脱出/5 事件後の経緯/6 金融リスク管理への影響   

第2章 G30レポートとVaR革命【1993年】   
1 ニューヨーク連銀総裁の警告/2 デリバティブ取引市場の拡大/3 G30レポート/4 バーゼル委員会のデリバティブ管理ガイドライン/5 JPモルガンの「リスクメトリクス(R)」/6 BIS規制と市場リスク規制の導入/7 自己資本比率規制における「メニュー方式」/8 「VaR革命」と金融リスク管理への影響 
  
第3章 FRBショックとデリバティブ損失【1994年】   
1 「FRBショック」/2 金利上昇とデリバティブ損失/3 デリバティブ仕組取引/4 リスク経営の先駆者/5 デリバティブ損失とバンカーズ・トラスト銀行/6 レピュテーショナルリスク/7 米国カリフォルニア州オレンジ郡/8 金融リスク管理への影響──販売適合性とレピュテーショナルリスク  
 
第4章 ベアリングズ銀行と不正トレーダー【1995年】   
1 1995年2月最後の日曜日/2 シンガポール子会社の「裁定取引」/3 事件の発覚と「女王陛下の投資銀行」の破綻/4 事件の影響とイングランド銀行/5 民間金融機関の対応とさらなる不正トレーダー/6 「不正トレーダー」が金融リスク管理に与えた影響/7 その後の「不正トレーダー」たち  
 
第5章 ヘッジファンドLTCM破綻【1998年】   
1 1998年9月23日、ニューヨーク連銀/2 ロケット・ヘッジファンド/3 アジア通貨危機とファンドの転落/4 LTCMのデリバティブ・ポジション/5 「デリバティブの中央銀行」と市場流動性/6 LTCM後の金融市場とポジション処理/7 官民の対応/8 LTCM破綻が金融リスク管理に与えた影響 
  
第6章 バーゼルIIとオペレーショナルリスク【2001~2007年】   
1 バーゼルIIへの道のり/2 バーゼルIIの枠組み/3 バーゼルIIの内容─第一の柱/4 バーゼルIIの内容─第二の柱/5 バーゼルIIの内容─第三の柱/6 オペレーショナルリスク/7 金融リスク管理への影響 
  
第7章 NY同時多発テロとBCP【2001年】   
1 9月11日午前8時46分/2 ライフラインへの影響/3 金融市場への影響/4 金融機関の対応/5 金融リスク管理への影響─業務継続と災害復旧/6 BCPの策定/7 その後の危機事象とBCP 
  
第8章 サブプライムローン問題と証券化商品【2007年】   
1 パリバ・ショック/2 米国サブプライムローン/3 サブプライムローンと証券化商品/4 CDOからSIVへ─証券化仕組商品/5 「オリジネート・トゥ・ディストリビュート」ビジネスモデル/6 市場の反転と証券化仕組商品の崩落/7 資金調達市場への影響と金融危機への懸念/8 ノーザンロック銀行─140年ぶりの「取付け騒ぎ」/9 当局の対応/10 金融機関の損失とソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)/11 サブプライムローン問題─金融リスク管理への影響  
 
第9章 リーマンショックと金融危機からバーゼルIIIへ【2008年~】   
1 金融機関の流動性危機とベア・スターンズ証券/2 2008年秋の陣(1)─米GSE問題/3 2008年秋の陣(2)─リーマン・ブラザーズ証券破綻/4 2008年秋の陣(3)─AIG破綻とCDS取引/5 事態の収拾と公的資金注入/6 金融危機と実体経済への影響/7 国際政治での金融規制の潮流/8 バーゼルIII/9 各国規制と「逆グローバル化」/10 金融業界の対応/11 金融リスク管理への影響   

第10章 アルゴリズム取引と「フラッシュ・クラッシュ」【2010年】   
1 「フラッシュ・クラッシュ」/2 アルゴリズム取引/3 2010年5月6日/4 スタブ・クオート/5 市場の対応/6 フラッシュ・クラッシュが金融リスク管理に与える影響


『愛国・革命・民主』三谷博を読んで


我々日本人はいわゆる「日本人論」が大好きだ。ウィハブクワイトディファレントカルチャーコンペア―ウィズウェスタンカントリーズ、アズユーノウ。確かに中国という巨大な防波堤を対岸に持ち、地球の東の端で育まれた文明や文化には世界的に見て極めて特殊なものがあるに違いない。歴史学者アンドリュー・ゴードンの『日本の二〇〇年』には市場開放に対する抵抗にもこうした「特殊性」の言い訳が使われてきたとある。有名なところではスキー用具の関税撤廃が議論となった際に、「湿度の高い日本の雪は特殊だから外国のスキー板は日本には適さない」と説明した時にも発揮された。

我々はイエに縛られた「たこつぼの住人説」はすでに聞き飽きたが、日本のたどってきた歴史、例えば明治維新も実は世界に向けて普遍化できるのではないだろうか。

三谷博氏の『愛国・革命・民主:日本史から世界を考える (筑摩選書) 』を読んだ。サブタイトルには「近代日本史を補助線にして、世界と東アジアを理解する」とある。

愛国・革命・民主の3つのテーマを追求し我々の隣国との関係について考察していく中で、マルクス史観の再検討や社会科学の中での予測可能性について、あるいは直近の金融論のテーマである、経済はグローバルな相互依存がすすんでいるのに、政治的決定は国々が行い、これを批判する人々の想像力も国民国家に閉じ込めらていることについて話が及んでいく。これほど知的好奇心を喚起する書物は久しぶりだった。統治システムと外交問題にひとことある人にはおすすめ。何より面白い。


2013年8月31日土曜日

「朝鮮銀行―ある円通貨圏の興亡」多田井喜生


朝鮮銀行―ある円通貨圏の興亡 (PHP新書) 」多田井喜生を読んだ。

多田井氏は元日本債券銀行の出身、同行の前身である朝鮮銀行の歴史調査を行う中で『朝鮮銀行史』東洋経済新報社、『大陸に渡った円の興亡、上下』(東洋経済新報社)など名著を残している。『朝鮮銀行史』をコンパクトにまとめたこの新書も内容はぎっしりと詰まっている。

多田井氏はその著作よりもむしろ2011年にNHKで放映された『圓(えん)の戦争』の方が有名かもしれない。満州事変から始まり日中戦争、太平洋戦争と日本はいかに軍資金を調達したのかの特集番組である。多田井氏はこの番組に登場して日本の軍資金捻出の秘密である「預け合」の説明をしている。

今年の春頃、週刊エコノミスト誌の編集者とお話をした時に多田井さんがお亡くなりになったことを聞いた。僕がもう少し早く一人前の作家になっていればお話を聞けたのにと残念でならなかった。

さて、NHKの番組を観た人は果たして「預け合」を理解できたのだろうか?実は、僕にはとうていそうは思えないのだ。今回、NHKオンデマンドでもう一度番組を観たが、番組で示された図ではとうてい理解できないはずだ。

多田井氏の著作群は、限りなく価値の高い名著であるが、元号と西暦が混在し、前後が交錯する傾向がある。新書なのに電車の中でついでに読むことは不可能なのである。

それと、多田井氏の本では扱っていないが、日中戦争の戦費が絡む話では「アヘン」の問題をどう扱うかというのは重大なテーマではないかと思う。もちろん不用意にこのテーマを扱うとアカデミックには辛いのかもしれないが、江口圭一さんの本は執拗に扱っている。このあたりももう少し勉強しておきたいと思っている。

2013年8月27日火曜日

『金融の世界史―バブルと戦争と株式市場』書評



拙著『金融の世界史: バブルと戦争と株式市場 (新潮選書) 』も発売から早くも3ヶ月が経過しました。すでに数多くの書評を頂戴しましたので、ここに整理しておきたいと思います。ウェブで読める書評にはリンクを張ってあります。



新潮社新潮選書HP 評者:藤野英人氏
「ココロとフトコロに聞く冒険の書」(新潮社『波』6月号)
「(略)世界の歴史が金融という観点でぎゅっと凝縮されている。少ない紙面の中にそれぞれの時代の金融の歴史が詰まっているので、行間にある思いがまたすごい。何よりも金融という業に対する愛情が深いのである。正確に誤解のないように丁寧に書かれている抑制的な文章がそれを引き立たせる。そしてそれを感知するのも、私が同様にこの金融業界に対する愛情がある故かもしれない。・・・」


週刊東洋経済 6月15日号
「人々を魅惑し続ける金融。その側面から世界史を眺めるとき、人間の欲望史としてとらえるか、英知の足跡としてとらえるかで、違った歴史が浮かび上がる。本書は後者に近いといっていいかもしれない。・・・・」(編集部)


週刊エコノミスト 7月2日号 WEBで読めますが有料です。
「(略)一般に経済史の本は2種類に分かれる。厳密だが読みにくい本と面白いが不正確な本である。本書は読みやすさと正確さのバランスがとれている。ビジネスマンの知的武装や大学教師の授業のネタ本として格好の素材である。」評者:高橋克秀 (メキシコ・ベラクルス大学客員教授)


日本経済新聞日曜版 6月30日
「(略)世界の金融市場が歴史的な危機のさなかにあるだけに、過去の歴史を知っておきたい」 (編集部)


日経ヴェリタス 7月1日号
読者カフェ この一冊「金融インフラの歴史分かりやすく」
「(略)若手金融マンや個人投資家が『歴史的背景を今まで知りたかったけど時間はないし、調べ方も分からなかった』と思いそうなテーマを網羅している。図表も豊富。出典付なので自分で調べたい時に役立つ」


クーリエ・ジャポン8月号 今月の本棚
長期的な視点で市場が見えてくる。
「人類の歴史がいかに戦争とバブルによって彩られてきたかがよくわかる。アベノミクスに一喜一憂するのがバカらしくなる」


朝日新聞日曜版 8月4日
BOOK asahi.com
「古代バビロニアのハムラビ法典(すでに上限金利の決まりがあった!)から、現代のオプション取引まで、金融制度の発達史を描き出す一冊。」


HONZ 7月9日 
『金融の世界史』歴史はお金とともに 評者:高村和久氏
「本書は、金融の歴史を描いていながら、その時代の素直な生き方を描いているのが魅力である。著者は「金融史とはお金に形を変えた人間の欲望の歴史でもあります」と述べる。そして私には、その欲望が一種の希望に見えたのだ。」


きんざいデジマガ 8月21日
第11回「金融の世界史」評者:金融庁・監視委 大森泰人氏
「(略)それでもなお著者が期待するように、金融史を学べば、現実を必然として絶対視する誤謬からは解放される。少なくとも私はこの本を読み、歴史への認識がより客観的に矯正され、将来の多様な可能性への視野が広がったような気がした。官民を問わず金融に携わるすべての人にとって、備えておくべき常識のデータベースと位置づけられるだろう。」


週刊金融財政事情 9月2日
「経済と歴史をクロスオーバーさせて平易に語る好著」津上俊哉氏
「本書は平易に読めるが、啓発大な好著であり、是非一読をお勧めしたい」


追加:2014年1月12日

年末の週刊ダイヤモンド2013年経済書ではベスト第20位でした。
その他年末には各サイトでご紹介頂きました。

モーニングスター
年末年始に読むべき6冊
http://www.morningstar.co.jp/event/1312/ms5/holidays/books/index.html

やまもといちろうブログ
年始に読みたい3冊+プラスワン
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2013/12/3-2655.html

竹松俊一のランダム・ウォーカー
2013年のビジネス・経済書ベスト3
http://d.hatena.ne.jp/random_walk/20131229/p1


萱野稔人 書評委員が選ぶ「今年の3点」朝日新聞
http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013122900005.html








2013年8月22日木曜日

『上海ラプソディ―』和田妙子


上海ラプソディー―伝説の舞姫マヌエラ自伝 』和田妙子 ワック株式会社

日中戦争から太平洋戦争中の上海租界で、スパニッシュ舞踊の伝説の舞姫だった「マヌエラ」こと和田妙子の自伝。我々に身近なところでは、まだお腹の中のミッキー・カーチスも登場する(身近じゃないって?)。実に波瀾万丈な生涯である。

この自伝を読む前に佐野眞一『上海時間旅行―蘇る“オールド上海”の記憶 』(山川出版)を読んでおいて、さらにこれまで読んだ榎本泰子『上海』(中公新書)の知識と、中川牧三『101歳の人生』(講談社)、山口恵似子の小説『月下上海』(文藝春秋)を下地として読み始めたから、僕としては文字の上とは言え、すでに土地勘はかなりあった。

こうした自伝を読むと、あまり一般書では扱われていないような生活に密着した疑問点が出てくる。調べればわかることなのだが、言われなければ気がつかない。例えば通貨は、日本円、軍票、USドル、蒋介石中国の法幣、英ポンド、汪兆銘傀儡政権の儲備券、そして上海ドルが入り混じっていた。もちろん金の延べ棒も大活躍している。1USドル=21上海ドル。上海ドルは未だ記述された文章を見つけていないが、多分共同租界工部局が発行していた通貨だと思う。

太平洋戦争開戦前は、日本租界の一般の日本人は英米による共同租界とフランス租界(実質は白系ロシア人と裕福なユダヤ人)には近づけなかった。日本人は中国人からも西洋人からも嫌われていたし、堂々と人種差別が行われていたのである。マヌエラは日本人の国籍を伏せてアメリカ人マネージャーの助力で共同租界とフランス租界で大活躍したのだった。

このマネージャーも、そして大戦開戦後に彼女を助けて後に結ばれるやたらと金まわりの良いW氏も、他の本によるとどちらもスパイなのだそうだ。もちろん彼女は人から指摘されるまでは知らなかった。この周辺はノンフィクションで面白い本が多数出版されている。

一方でクラッシックの中川さんとは交流が無かったようだ。彼女が自伝の中でしきりほめているバレーやオーケストラは日本人がサポートをしていたことを知らなかったようなのだ。 本土の日本人が芋のつるを食べていた時に、上海ではどんな食材でも入手できて、毎夜高級シャンパンを抜きまくっていたのだ。


2013年8月20日火曜日

小説『月下上海』山口恵以子


月下上海 』山口恵以子 文藝春秋社

本作は第20回松本清張賞受賞、「受賞者は食堂のおばちゃん」と、新聞・テレビで盛んに取り上げられた山口恵以子さん。今年6月22日の発売である。今回はキンドル版で読ませて頂いた。フォントの大きさの調整ができるので老眼の読者にはありがたい。用事の合間に読んで1日で読めた。5時間ぐらいかな。

今の僕は戦間期の上海情報が読書の目的となっているが、この本は昭和17年、つまり太平洋戦争もたけなわ、というよりも早くも行き詰まり始めた頃から戦後の少しの時期までがカバーされているサスペンス・ラブ・ロマンスだ。

最初は「大人の少女漫画家」という印象を受けたが、さすがに受賞作家。話にぐいぐいと引き込まれていく。特殊な才能だ。当時の上海の様子も仔細にわたるがくどくない。実によく調べてあるという印象である。ものすごく参考になった。「読み始めたら止まらない」と文藝春秋社の紹介には書いてあるが、まさにそのとおり。よく考えたら僕はがっちりとした骨格を持つ少女漫画を嫌いではなかった。

ヒロインがアラフォー、大人の恋愛に目覚めていつしか好きになってしまう男が56歳。なんだかひとごとでは無い設定なのも興味をもたらすし、アラフォーの女性が望む大人の50代に自分はなりきれているのか反省を促される。こういう読後感を持たせる以上本作はやはりラブ・ロマンスなのだ。ごたごた言わずに一言でいうならば「面白かった」。作者の意図もそうなんだろうと思う。


2013年8月19日月曜日

『101歳の人生をきく』 中川牧三+河合隼雄


101歳の人生をきく』 中川牧三+河合隼雄(講談社2004年)

この本も戦間期の上海の様子を知る目的のために読んだ本である。対談形式なので3時間もあれば読める。しかも格別に面白い。これまで僕が読んだどんな対談形式の本よりも、壮大で、ユニークでそして「すごすぎる」。大きな図書館にはおいてあるようだし、アマゾンを見ると新刊はもう無いが中古で安い本が出ているので最大級のお薦めをしたいと思う。

対談は心理学者の河合隼雄(1928~2007年:対談当時76歳)と音楽家中川牧三(1902~2008年3月19日:対談当時101歳)。この中川さんが、第2次世界大戦当時、陸軍報道部の将校として上海に赴任して、沈みがちな上海の音楽を盛り上げていたのだ。僕はそのことだけを知っていて、この本を読み始めたのだが、この人の経歴はすごすぎる。

あんまり書くとネタバレで面白くなくなるから遠慮するが、20代の時にシベリア鉄道のトーマス・クック特別車両で釜山からベルリンまで13日間かけて超豪華なシベリア横断旅行をしている。運賃は二人(近衛文麿の弟で指揮者の秀麿と同行)で21万円。当時米キロ19銭、豆腐一丁5銭、ビール大瓶37銭、どうでもいいなこんなこと、ともかくすごく高い。船だと40日かかったそうである。モスクワに着くと可愛いロシア人の女性が迎えに来て、秀麿さんはどこかへ消えていって2日ばかり帰ってこず、ホテルのロビーで2晩待たされた。

ドイツからイタリアへ、高名な音楽家との交流、戦前のアメリカでのレコーディング、「オペラ」を日本に持って帰れとの秀麿さんの命令。一人で? どうやって? 

2・26事件の頃は楽曲に「愛」だとか「恋」だとかの題名はすでに規制されるようになっていたのだとか。ダメな国だったんですね。終戦直後の京都のコンサート、資金に困っていたらGHQの担当者が米兵のためのコンサートを依頼。会場はガラガラだったのに定員分のチケット代を支払って援助してくれた話。

101歳でも年に10回はイタリアに行っているタフさ(イタリアにも家があるのだそうだが)、絶えることのない好奇心。真にグローバルな視点。音楽好きには是非読んで欲しい。因みにラフマニノフは銀行員みたいな人だったのだそうだ。わかるような気がする。


2013年8月16日金曜日

『上海―多国籍都市の百年』榎本泰子


上海 - 多国籍都市の百年 (中公新書) 』榎本泰子

戦間期の中国の状況を知りたくて、取り敢えず選んでみた1冊だ。2009年11月25日発行なので10年5月からの上海国際博覧会を意識した出版だったのだろう。

この本はアヘン戦争(1840~1842)後の南京条約によって開港させられた上海租界の歴史を、それに関わる主な民族別に縦割りし、中華人民共和国によって共産化されるまでを記述したものだ。

とても読み易くわくわくしながら読み終えた。

目次は以下の「」のようになっている。最初に租界を造った「イギリス人の野望」から始まり、第1次世界大戦以降経済的に伸長し、映画やジャズなど文化的にも大きく影響を与えた「アメリカ人の情熱」。この戦争とロシア革命において行き場のなくなった白系ロシア人達「ロシア人の悲哀」。共産主義から逃げてきた彼らは、やがて中華人民共和国によって再び共産主義に追われることになる。

後発組先進国「日本人の挑戦」、内山完造と魯迅の逸話、やがて占領者としての日本人、8月10日に日本がポツダム宣言を受諾すると噂が出た時点で、横暴な支配者として振る舞った一人の日本人官吏がユダヤ人達に囲まれ殴られた、その男は敬礼の姿勢で「ソーリー、ソーリー」と言って殴られていたのだそうだ。

そしてナチから逃れた「ユダヤ人の苦悩」、アメリカが移民を誰でも受け入れてくれたわけではない。ユダヤ人にとってのイスラエル建国の意味をあらためて知らされた。

そして最後が本来の住人である「中国人の意志」である。著者は音楽比較文化の専門家、日本人ダンサーに中国人バイオリニスト、上海で花咲いたオペラやオーケストラからジャズまで話題を交えながら読者を飽きさせることがない。また出典を丁寧につけてくれているので読みたい本が一気に増えてしまった。服部良一、中川牧三、和田妙子。

戦間期中国の特殊な場所である「上海」。その特殊さこそが当時の中国と国際社会の関わりをわかり易く教えてくれるのだ。

2013年8月13日火曜日

『秘話 陸軍登戸研究所の青春』


秘話 陸軍登戸研究所の青春 (講談社文庫) 』新多昭二

この本は陸軍登戸研究所関係の本を探していた時に入手しておいた本で、昨夜から読み始めた。

目次を見ると全部で時代順に六章あり、第一章が「登戸研究所の思い出」となっているので一章分だけ読めばいいなと思っていたのだが、気がつけばよほど面白かったのだろう、第六章「高度成長期を駆け抜ける」まで読了してしまった。

残念ながら登戸研究所関係の記述は限られているのだが、その他の観察が優れて面白い。例えば日米開戦が近づくと、著者の通う京都の中学校では英語教育が盛んになったそうだ。理由は南方など日本の将来の占領地区では英語が話せないと植民地管理ができないので、中学校レベルでは英語が重要だというのだ。著者が先生に「新聞に、英語は敵性言語だから使わないようにすべきだ、という人の意見が出ていましたよ」と先生にいうと、「それは脳味噌が粗雑な連中のいうことだ」と一蹴されている。

また開戦劈頭のシンガポール陥落の頃、ラジオ番組の解説で「日本はもう資源に困ることはない」とまことしやかに話している人もいたようだ。著者は色々な物や事象にたいする好奇心が人一倍強いので独特の観察眼で当時のことを解説してくれるのだ。徴兵制強化の様子も時系列でわかりやすいし、戦後の預金封鎖の説明もわかりやすい。というわけで最後まで楽しく読んでしまったのだった。

古代ローマのカエサルはルビコン川を渡る時「賽は投げられた」といったという。著者がいうに原語のラテン語では「Jacta alea est(ジャクタ・アレア・エスト)」、これを直訳すると単に「もう後には引けない」だそうでサイコロのほうは邦訳時の意訳なのだそうだ。う~ん。これは果たして名訳なのだろうか?お芝居にはいいかもしれませんね。



2013年8月12日月曜日

満州事変から日中戦争へ―シリーズ日本近現代史⑤


満州事変から日中戦争へ―シリーズ日本近現代史〈5〉 (岩波新書) 』加藤陽子、岩波新書

きちんとカウントしたわけではないが、この本が戦間期のまともな本を読んでいて一番引用の多い本ではないだろうか。満州問題であれば『キメラ―満洲国の肖像 (中公新書) 』である。

アマゾンの書評にもあるように、戦間期の基本的な流れを知らずにこの本を読むのは少々辛いだろうと思う。山川の『もういちど読む山川日本近代史』ぐらいを読んでおくと、ちょうど疑問に思ったポイントの深堀りができるのではないだろうか。

例えばいかなる理由で関東軍幕僚達は満蒙領有論を抱くようになったのか、石原莞爾の構想だけに頼るのでは不足だ。日露戦争以降の政治外交的には安定した満州経営の何が変わったのか。あるいは満蒙における日本の特殊権益とは何だったのか。ここでは3つの前提の崩壊が指摘されている。

その他にも満鉄警備用の戦力はそもそも条約で認められたものだったのか、というような基本的な問題は私自身も知らなかったし、当時の人達も既成の事として慮外の事であったのには少々驚かされた。と同時にさもありなんとも思った。

さらによくTV等で放映されるために、国際連盟脱退時の松岡洋右の演説は、私なども松岡のスタンドプレーかと認識していたが、実際には松岡は連盟脱退に至らぬように相当の努力していたことなども指摘されている。

つまりだ、この時期はメッシュを細かくして詳細を詰めていくと、全く違ったものが見えるほど複雑であることをあらためてめて認識させる本だと思う。

それにもう一つ感想がある。例えば高橋財政の本を読んでも、その前後に物凄く大きな外交上の事件が発生していることをついつい忘れがちだが、景気の悪さは様々な事象と連動している。例えば金輸出再禁止は1931年12月13日だが、日本は満州事変の真最中、日本軍がWW1後、世界初の都市爆撃(錦州)を敢行したのが同年10月8日。17日は十月事件、24日には国際連盟理事会は日本に対して撤兵勧告案を13対1で決定してる。そして第1次上海事変が32年1月28日なのである。

満州を描いた山室氏の『キメラ―満洲国の肖像 (中公新書) 』、その前提である同氏の『複合戦争と総力戦の断層―日本にとっての第一次世界大戦 (レクチャー第一次世界大戦を考える) 』、江口氏の『新版 十五年戦争小史 』、松元氏の『「持たざる国」への道 - 「あの戦争」と大日本帝国の破綻 (中公文庫) 』、EHカーの『危機の二十年――理想と現実 (岩波文庫) 』、エドワード・ミラーの『オレンジ計画―アメリカの対日侵攻50年戦略 』その他もろもろ、と読み進めてきたけれども、ここからはもう少し深掘りした専門書を読んでいこうと思う。もちろん僕の場合、回転軸は金融・財政においておこうと考えているので、リース・ロスやあるいは、それ以前の米国主導の中国の銀本位制度、新四ヶ国借款辺りから始めるつもりだ。実はもう関連本は購入済みで山のように積んである。とりあえずは三谷太一郎『ウォール・ストリートと極東―政治における国際金融資本 』東京大学出版会から始めるつもりだ。