2013年5月10日金曜日

『坂の上の雲』と拙著との相違点ー1


これまで『坂の上の雲』と拙著『日露戦争、資金調達の戦い』との比較で、それぞれの資金調達における史実の捉え方の違いをどこにも書いていませんでした。僕としては、それは読者が発見してくれればよいことだと思っていたからです。ところが先日、とある宴席で昔の同僚が他の人に拙著と『坂の上の雲』との違いを説明する時に困っていたのを見かけたので、そろそろまとめておこうかと思ったのが以下です。

『坂の上の雲』といっても司馬遼太郎氏の小説(ここでは文春文庫版とします)とNHKで放映されたスペシャルドラマの2つがあります。

ここではまずは小説の方から見てみましょう。
小説版では遼陽の会戦に勝利したが、追撃のための砲弾が無かった話から、日本には金が無かったと、資金調達の話に繋がっていきます。

第四巻の161ページからです。

「国際社会というもののスクリーンに映った自分自身の像に、日本がはじめておどろいたのは、このときだったかもしれない。それが、ロンドンにおける公債応募の激減につながったとき、日本帝国の元老たちははじめて飛びあがるほどにおどろいた
日本には、金がない。
日露戦争が始まる直前に日本銀行が持っていた正貨(金貨)はわずかに・・・
(中略)
その公債募集について、日銀副総裁の高橋是清がロンドンで苦労をしていた。そこへ遼陽の敗報であった。これによってひとびとは日本の敗戦を見越し、いっせいに日本の公債を売るか手をひくかした。」

ロンドン市場の日本国債の市場価格をみる限り、遼陽の会戦では価格は大きく動いていません。また公債募集の時期でもありませんから「公債応募の激減」というのも違和感の残る記述です。この頃の日本公債はむしろ日本が再度の公債発行をおこなうというニュースで大きく売られたのです。それに古い元老達は開戦前から日本国債が暴落していましたのでその時点ですでにとびあがるほどおどろいていたのだろうと思います。なにしろ高橋是清の送別会の席では皆泣いてしまいましたからね。

163ページの最後、

「開戦直前にイタリアから回航して開戦後に戦列に加わった軍艦「日進」「春日」は代金さえろくに払えず、これをはらうについては日本政府はロンドンにおける公債募集に期待した。その公債募集の勝負どころは、遼陽で勝つことにかかっているというきわどさであった。」

第1回の資金調達は鴨緑江の戦いの勝利のおかげですから、これはもう完全に間違っています。また「日進」「春日」の代金支払問題は即金が条件だったゆえの事務的ミスが原因であって、支払困難というわけではありませんでした。このあたりは『高橋是清自伝』にも記述がありますから、何故司馬氏が自伝の記述を無視したのかについては謎ですが、多分話を盛り上げるため(エンターテイメント性)なのではないかと思います。

170ページ中頃

「ヤコブ・シフは個人としてロシア政府に金も貸した

司馬氏は証券引受業者と金貸しを混同してしまっているようです。クーン・ローブ商会の筆頭パートナーであるシフが個人でロシアに金を貸し出すというのは、常識的(金融の)にはありえませんし、もしそうしたとしても金額的にはたいしたものではありえません。公債を発行するから巨額の資金を融通できるのです。これはロスチャイルドでも同じことです。ユダヤの「金貸し」のイメージが独り歩きしています。小説ではこの後、ロシアによるユダヤ人迫害に言及し、明石大佐の逸話へと展開していきます。

基本的に司馬氏はロンドン市場における公債発行というテクニカルな行為が具体的に把握できていなかったし、また詳細に把握しようともしなかったのだと思います。氏にとって金融面での状況はそれほど(本文で触れているほどには)重要なイシューではなかったのでしょう。これは無理のないことだと思います。

結構長くなってしまったのでTVドラマの方は次回にしましょう。


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