2013年8月31日土曜日

「朝鮮銀行―ある円通貨圏の興亡」多田井喜生


朝鮮銀行―ある円通貨圏の興亡 (PHP新書) 」多田井喜生を読んだ。

多田井氏は元日本債券銀行の出身、同行の前身である朝鮮銀行の歴史調査を行う中で『朝鮮銀行史』東洋経済新報社、『大陸に渡った円の興亡、上下』(東洋経済新報社)など名著を残している。『朝鮮銀行史』をコンパクトにまとめたこの新書も内容はぎっしりと詰まっている。

多田井氏はその著作よりもむしろ2011年にNHKで放映された『圓(えん)の戦争』の方が有名かもしれない。満州事変から始まり日中戦争、太平洋戦争と日本はいかに軍資金を調達したのかの特集番組である。多田井氏はこの番組に登場して日本の軍資金捻出の秘密である「預け合」の説明をしている。

今年の春頃、週刊エコノミスト誌の編集者とお話をした時に多田井さんがお亡くなりになったことを聞いた。僕がもう少し早く一人前の作家になっていればお話を聞けたのにと残念でならなかった。

さて、NHKの番組を観た人は果たして「預け合」を理解できたのだろうか?実は、僕にはとうていそうは思えないのだ。今回、NHKオンデマンドでもう一度番組を観たが、番組で示された図ではとうてい理解できないはずだ。

多田井氏の著作群は、限りなく価値の高い名著であるが、元号と西暦が混在し、前後が交錯する傾向がある。新書なのに電車の中でついでに読むことは不可能なのである。

それと、多田井氏の本では扱っていないが、日中戦争の戦費が絡む話では「アヘン」の問題をどう扱うかというのは重大なテーマではないかと思う。もちろん不用意にこのテーマを扱うとアカデミックには辛いのかもしれないが、江口圭一さんの本は執拗に扱っている。このあたりももう少し勉強しておきたいと思っている。

2013年8月27日火曜日

『金融の世界史―バブルと戦争と株式市場』書評



拙著『金融の世界史: バブルと戦争と株式市場 (新潮選書) 』も発売から早くも3ヶ月が経過しました。すでに数多くの書評を頂戴しましたので、ここに整理しておきたいと思います。ウェブで読める書評にはリンクを張ってあります。



新潮社新潮選書HP 評者:藤野英人氏
「ココロとフトコロに聞く冒険の書」(新潮社『波』6月号)
「(略)世界の歴史が金融という観点でぎゅっと凝縮されている。少ない紙面の中にそれぞれの時代の金融の歴史が詰まっているので、行間にある思いがまたすごい。何よりも金融という業に対する愛情が深いのである。正確に誤解のないように丁寧に書かれている抑制的な文章がそれを引き立たせる。そしてそれを感知するのも、私が同様にこの金融業界に対する愛情がある故かもしれない。・・・」


週刊東洋経済 6月15日号
「人々を魅惑し続ける金融。その側面から世界史を眺めるとき、人間の欲望史としてとらえるか、英知の足跡としてとらえるかで、違った歴史が浮かび上がる。本書は後者に近いといっていいかもしれない。・・・・」(編集部)


週刊エコノミスト 7月2日号 WEBで読めますが有料です。
「(略)一般に経済史の本は2種類に分かれる。厳密だが読みにくい本と面白いが不正確な本である。本書は読みやすさと正確さのバランスがとれている。ビジネスマンの知的武装や大学教師の授業のネタ本として格好の素材である。」評者:高橋克秀 (メキシコ・ベラクルス大学客員教授)


日本経済新聞日曜版 6月30日
「(略)世界の金融市場が歴史的な危機のさなかにあるだけに、過去の歴史を知っておきたい」 (編集部)


日経ヴェリタス 7月1日号
読者カフェ この一冊「金融インフラの歴史分かりやすく」
「(略)若手金融マンや個人投資家が『歴史的背景を今まで知りたかったけど時間はないし、調べ方も分からなかった』と思いそうなテーマを網羅している。図表も豊富。出典付なので自分で調べたい時に役立つ」


クーリエ・ジャポン8月号 今月の本棚
長期的な視点で市場が見えてくる。
「人類の歴史がいかに戦争とバブルによって彩られてきたかがよくわかる。アベノミクスに一喜一憂するのがバカらしくなる」


朝日新聞日曜版 8月4日
BOOK asahi.com
「古代バビロニアのハムラビ法典(すでに上限金利の決まりがあった!)から、現代のオプション取引まで、金融制度の発達史を描き出す一冊。」


HONZ 7月9日 
『金融の世界史』歴史はお金とともに 評者:高村和久氏
「本書は、金融の歴史を描いていながら、その時代の素直な生き方を描いているのが魅力である。著者は「金融史とはお金に形を変えた人間の欲望の歴史でもあります」と述べる。そして私には、その欲望が一種の希望に見えたのだ。」


きんざいデジマガ 8月21日
第11回「金融の世界史」評者:金融庁・監視委 大森泰人氏
「(略)それでもなお著者が期待するように、金融史を学べば、現実を必然として絶対視する誤謬からは解放される。少なくとも私はこの本を読み、歴史への認識がより客観的に矯正され、将来の多様な可能性への視野が広がったような気がした。官民を問わず金融に携わるすべての人にとって、備えておくべき常識のデータベースと位置づけられるだろう。」


週刊金融財政事情 9月2日
「経済と歴史をクロスオーバーさせて平易に語る好著」津上俊哉氏
「本書は平易に読めるが、啓発大な好著であり、是非一読をお勧めしたい」


追加:2014年1月12日

年末の週刊ダイヤモンド2013年経済書ではベスト第20位でした。
その他年末には各サイトでご紹介頂きました。

モーニングスター
年末年始に読むべき6冊
http://www.morningstar.co.jp/event/1312/ms5/holidays/books/index.html

やまもといちろうブログ
年始に読みたい3冊+プラスワン
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2013/12/3-2655.html

竹松俊一のランダム・ウォーカー
2013年のビジネス・経済書ベスト3
http://d.hatena.ne.jp/random_walk/20131229/p1


萱野稔人 書評委員が選ぶ「今年の3点」朝日新聞
http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013122900005.html








2013年8月22日木曜日

『上海ラプソディ―』和田妙子


上海ラプソディー―伝説の舞姫マヌエラ自伝 』和田妙子 ワック株式会社

日中戦争から太平洋戦争中の上海租界で、スパニッシュ舞踊の伝説の舞姫だった「マヌエラ」こと和田妙子の自伝。我々に身近なところでは、まだお腹の中のミッキー・カーチスも登場する(身近じゃないって?)。実に波瀾万丈な生涯である。

この自伝を読む前に佐野眞一『上海時間旅行―蘇る“オールド上海”の記憶 』(山川出版)を読んでおいて、さらにこれまで読んだ榎本泰子『上海』(中公新書)の知識と、中川牧三『101歳の人生』(講談社)、山口恵似子の小説『月下上海』(文藝春秋)を下地として読み始めたから、僕としては文字の上とは言え、すでに土地勘はかなりあった。

こうした自伝を読むと、あまり一般書では扱われていないような生活に密着した疑問点が出てくる。調べればわかることなのだが、言われなければ気がつかない。例えば通貨は、日本円、軍票、USドル、蒋介石中国の法幣、英ポンド、汪兆銘傀儡政権の儲備券、そして上海ドルが入り混じっていた。もちろん金の延べ棒も大活躍している。1USドル=21上海ドル。上海ドルは未だ記述された文章を見つけていないが、多分共同租界工部局が発行していた通貨だと思う。

太平洋戦争開戦前は、日本租界の一般の日本人は英米による共同租界とフランス租界(実質は白系ロシア人と裕福なユダヤ人)には近づけなかった。日本人は中国人からも西洋人からも嫌われていたし、堂々と人種差別が行われていたのである。マヌエラは日本人の国籍を伏せてアメリカ人マネージャーの助力で共同租界とフランス租界で大活躍したのだった。

このマネージャーも、そして大戦開戦後に彼女を助けて後に結ばれるやたらと金まわりの良いW氏も、他の本によるとどちらもスパイなのだそうだ。もちろん彼女は人から指摘されるまでは知らなかった。この周辺はノンフィクションで面白い本が多数出版されている。

一方でクラッシックの中川さんとは交流が無かったようだ。彼女が自伝の中でしきりほめているバレーやオーケストラは日本人がサポートをしていたことを知らなかったようなのだ。 本土の日本人が芋のつるを食べていた時に、上海ではどんな食材でも入手できて、毎夜高級シャンパンを抜きまくっていたのだ。


2013年8月20日火曜日

小説『月下上海』山口恵以子


月下上海 』山口恵以子 文藝春秋社

本作は第20回松本清張賞受賞、「受賞者は食堂のおばちゃん」と、新聞・テレビで盛んに取り上げられた山口恵以子さん。今年6月22日の発売である。今回はキンドル版で読ませて頂いた。フォントの大きさの調整ができるので老眼の読者にはありがたい。用事の合間に読んで1日で読めた。5時間ぐらいかな。

今の僕は戦間期の上海情報が読書の目的となっているが、この本は昭和17年、つまり太平洋戦争もたけなわ、というよりも早くも行き詰まり始めた頃から戦後の少しの時期までがカバーされているサスペンス・ラブ・ロマンスだ。

最初は「大人の少女漫画家」という印象を受けたが、さすがに受賞作家。話にぐいぐいと引き込まれていく。特殊な才能だ。当時の上海の様子も仔細にわたるがくどくない。実によく調べてあるという印象である。ものすごく参考になった。「読み始めたら止まらない」と文藝春秋社の紹介には書いてあるが、まさにそのとおり。よく考えたら僕はがっちりとした骨格を持つ少女漫画を嫌いではなかった。

ヒロインがアラフォー、大人の恋愛に目覚めていつしか好きになってしまう男が56歳。なんだかひとごとでは無い設定なのも興味をもたらすし、アラフォーの女性が望む大人の50代に自分はなりきれているのか反省を促される。こういう読後感を持たせる以上本作はやはりラブ・ロマンスなのだ。ごたごた言わずに一言でいうならば「面白かった」。作者の意図もそうなんだろうと思う。


2013年8月19日月曜日

『101歳の人生をきく』 中川牧三+河合隼雄


101歳の人生をきく』 中川牧三+河合隼雄(講談社2004年)

この本も戦間期の上海の様子を知る目的のために読んだ本である。対談形式なので3時間もあれば読める。しかも格別に面白い。これまで僕が読んだどんな対談形式の本よりも、壮大で、ユニークでそして「すごすぎる」。大きな図書館にはおいてあるようだし、アマゾンを見ると新刊はもう無いが中古で安い本が出ているので最大級のお薦めをしたいと思う。

対談は心理学者の河合隼雄(1928~2007年:対談当時76歳)と音楽家中川牧三(1902~2008年3月19日:対談当時101歳)。この中川さんが、第2次世界大戦当時、陸軍報道部の将校として上海に赴任して、沈みがちな上海の音楽を盛り上げていたのだ。僕はそのことだけを知っていて、この本を読み始めたのだが、この人の経歴はすごすぎる。

あんまり書くとネタバレで面白くなくなるから遠慮するが、20代の時にシベリア鉄道のトーマス・クック特別車両で釜山からベルリンまで13日間かけて超豪華なシベリア横断旅行をしている。運賃は二人(近衛文麿の弟で指揮者の秀麿と同行)で21万円。当時米キロ19銭、豆腐一丁5銭、ビール大瓶37銭、どうでもいいなこんなこと、ともかくすごく高い。船だと40日かかったそうである。モスクワに着くと可愛いロシア人の女性が迎えに来て、秀麿さんはどこかへ消えていって2日ばかり帰ってこず、ホテルのロビーで2晩待たされた。

ドイツからイタリアへ、高名な音楽家との交流、戦前のアメリカでのレコーディング、「オペラ」を日本に持って帰れとの秀麿さんの命令。一人で? どうやって? 

2・26事件の頃は楽曲に「愛」だとか「恋」だとかの題名はすでに規制されるようになっていたのだとか。ダメな国だったんですね。終戦直後の京都のコンサート、資金に困っていたらGHQの担当者が米兵のためのコンサートを依頼。会場はガラガラだったのに定員分のチケット代を支払って援助してくれた話。

101歳でも年に10回はイタリアに行っているタフさ(イタリアにも家があるのだそうだが)、絶えることのない好奇心。真にグローバルな視点。音楽好きには是非読んで欲しい。因みにラフマニノフは銀行員みたいな人だったのだそうだ。わかるような気がする。


2013年8月16日金曜日

『上海―多国籍都市の百年』榎本泰子


上海 - 多国籍都市の百年 (中公新書) 』榎本泰子

戦間期の中国の状況を知りたくて、取り敢えず選んでみた1冊だ。2009年11月25日発行なので10年5月からの上海国際博覧会を意識した出版だったのだろう。

この本はアヘン戦争(1840~1842)後の南京条約によって開港させられた上海租界の歴史を、それに関わる主な民族別に縦割りし、中華人民共和国によって共産化されるまでを記述したものだ。

とても読み易くわくわくしながら読み終えた。

目次は以下の「」のようになっている。最初に租界を造った「イギリス人の野望」から始まり、第1次世界大戦以降経済的に伸長し、映画やジャズなど文化的にも大きく影響を与えた「アメリカ人の情熱」。この戦争とロシア革命において行き場のなくなった白系ロシア人達「ロシア人の悲哀」。共産主義から逃げてきた彼らは、やがて中華人民共和国によって再び共産主義に追われることになる。

後発組先進国「日本人の挑戦」、内山完造と魯迅の逸話、やがて占領者としての日本人、8月10日に日本がポツダム宣言を受諾すると噂が出た時点で、横暴な支配者として振る舞った一人の日本人官吏がユダヤ人達に囲まれ殴られた、その男は敬礼の姿勢で「ソーリー、ソーリー」と言って殴られていたのだそうだ。

そしてナチから逃れた「ユダヤ人の苦悩」、アメリカが移民を誰でも受け入れてくれたわけではない。ユダヤ人にとってのイスラエル建国の意味をあらためて知らされた。

そして最後が本来の住人である「中国人の意志」である。著者は音楽比較文化の専門家、日本人ダンサーに中国人バイオリニスト、上海で花咲いたオペラやオーケストラからジャズまで話題を交えながら読者を飽きさせることがない。また出典を丁寧につけてくれているので読みたい本が一気に増えてしまった。服部良一、中川牧三、和田妙子。

戦間期中国の特殊な場所である「上海」。その特殊さこそが当時の中国と国際社会の関わりをわかり易く教えてくれるのだ。

2013年8月13日火曜日

『秘話 陸軍登戸研究所の青春』


秘話 陸軍登戸研究所の青春 (講談社文庫) 』新多昭二

この本は陸軍登戸研究所関係の本を探していた時に入手しておいた本で、昨夜から読み始めた。

目次を見ると全部で時代順に六章あり、第一章が「登戸研究所の思い出」となっているので一章分だけ読めばいいなと思っていたのだが、気がつけばよほど面白かったのだろう、第六章「高度成長期を駆け抜ける」まで読了してしまった。

残念ながら登戸研究所関係の記述は限られているのだが、その他の観察が優れて面白い。例えば日米開戦が近づくと、著者の通う京都の中学校では英語教育が盛んになったそうだ。理由は南方など日本の将来の占領地区では英語が話せないと植民地管理ができないので、中学校レベルでは英語が重要だというのだ。著者が先生に「新聞に、英語は敵性言語だから使わないようにすべきだ、という人の意見が出ていましたよ」と先生にいうと、「それは脳味噌が粗雑な連中のいうことだ」と一蹴されている。

また開戦劈頭のシンガポール陥落の頃、ラジオ番組の解説で「日本はもう資源に困ることはない」とまことしやかに話している人もいたようだ。著者は色々な物や事象にたいする好奇心が人一倍強いので独特の観察眼で当時のことを解説してくれるのだ。徴兵制強化の様子も時系列でわかりやすいし、戦後の預金封鎖の説明もわかりやすい。というわけで最後まで楽しく読んでしまったのだった。

古代ローマのカエサルはルビコン川を渡る時「賽は投げられた」といったという。著者がいうに原語のラテン語では「Jacta alea est(ジャクタ・アレア・エスト)」、これを直訳すると単に「もう後には引けない」だそうでサイコロのほうは邦訳時の意訳なのだそうだ。う~ん。これは果たして名訳なのだろうか?お芝居にはいいかもしれませんね。



2013年8月12日月曜日

満州事変から日中戦争へ―シリーズ日本近現代史⑤


満州事変から日中戦争へ―シリーズ日本近現代史〈5〉 (岩波新書) 』加藤陽子、岩波新書

きちんとカウントしたわけではないが、この本が戦間期のまともな本を読んでいて一番引用の多い本ではないだろうか。満州問題であれば『キメラ―満洲国の肖像 (中公新書) 』である。

アマゾンの書評にもあるように、戦間期の基本的な流れを知らずにこの本を読むのは少々辛いだろうと思う。山川の『もういちど読む山川日本近代史』ぐらいを読んでおくと、ちょうど疑問に思ったポイントの深堀りができるのではないだろうか。

例えばいかなる理由で関東軍幕僚達は満蒙領有論を抱くようになったのか、石原莞爾の構想だけに頼るのでは不足だ。日露戦争以降の政治外交的には安定した満州経営の何が変わったのか。あるいは満蒙における日本の特殊権益とは何だったのか。ここでは3つの前提の崩壊が指摘されている。

その他にも満鉄警備用の戦力はそもそも条約で認められたものだったのか、というような基本的な問題は私自身も知らなかったし、当時の人達も既成の事として慮外の事であったのには少々驚かされた。と同時にさもありなんとも思った。

さらによくTV等で放映されるために、国際連盟脱退時の松岡洋右の演説は、私なども松岡のスタンドプレーかと認識していたが、実際には松岡は連盟脱退に至らぬように相当の努力していたことなども指摘されている。

つまりだ、この時期はメッシュを細かくして詳細を詰めていくと、全く違ったものが見えるほど複雑であることをあらためてめて認識させる本だと思う。

それにもう一つ感想がある。例えば高橋財政の本を読んでも、その前後に物凄く大きな外交上の事件が発生していることをついつい忘れがちだが、景気の悪さは様々な事象と連動している。例えば金輸出再禁止は1931年12月13日だが、日本は満州事変の真最中、日本軍がWW1後、世界初の都市爆撃(錦州)を敢行したのが同年10月8日。17日は十月事件、24日には国際連盟理事会は日本に対して撤兵勧告案を13対1で決定してる。そして第1次上海事変が32年1月28日なのである。

満州を描いた山室氏の『キメラ―満洲国の肖像 (中公新書) 』、その前提である同氏の『複合戦争と総力戦の断層―日本にとっての第一次世界大戦 (レクチャー第一次世界大戦を考える) 』、江口氏の『新版 十五年戦争小史 』、松元氏の『「持たざる国」への道 - 「あの戦争」と大日本帝国の破綻 (中公文庫) 』、EHカーの『危機の二十年――理想と現実 (岩波文庫) 』、エドワード・ミラーの『オレンジ計画―アメリカの対日侵攻50年戦略 』その他もろもろ、と読み進めてきたけれども、ここからはもう少し深掘りした専門書を読んでいこうと思う。もちろん僕の場合、回転軸は金融・財政においておこうと考えているので、リース・ロスやあるいは、それ以前の米国主導の中国の銀本位制度、新四ヶ国借款辺りから始めるつもりだ。実はもう関連本は購入済みで山のように積んである。とりあえずは三谷太一郎『ウォール・ストリートと極東―政治における国際金融資本 』東京大学出版会から始めるつもりだ。


2013年8月7日水曜日

『日本陸軍終焉の真実』西浦進 読後感想文


昭和戦争史の証言 日本陸軍終焉の真実 (日経ビジネス人文庫) 』西浦進 

本屋で平積みされていたので、少し立ち読みしてから購入。今は戦間期の書籍を読んでいるところなので参考になるかもしれないと思って読み始めた。

著者は1901年生まれの帝国陸軍軍人、陸軍士官学校34期(恩賜)、陸軍大学校42期(首席)。陸軍士官学校同期の服部卓四郎および堀場一雄と並び「34期三羽烏」と称された。フランスへ外国事情研究中にスペイン内戦が発生、フランコ側の観戦武官として詳細なレポートを書いた。キャリアの殆どを陸軍省軍務局にて軍政に従事、東条英機の大臣秘書官を務めた。

本書は昭和22年に書かれ、内々に限定配布された「越し方の山々」がもとになっている。1980年に『昭和史の証言』原書房として公刊、今回はこの7月に文庫本化され、僕はそれを手にとったことになる。陸軍省エリート官僚の回想録である。

いくつか印象に残ったエピソードを、

  • 帝国陸軍では上司が全くの不勉強で、省内でも所管のことがよくわからず、若手が実務における意思決定していた。これが陸軍内の下克上を促した面がある。
  • 山県有朋逝去の際には陸軍大学入学試験の面接で長州出身者は全員落とされた。
  • 陸軍省内のデスク・ワークのエリートがいきなり前線部隊の高級指揮官となり赴任していく。実際の戦運びが上手なのかどうかはわからない。
  • 陸軍航空部隊は練度が低く、海軍の渡洋爆撃が行われた時には航空機の集結もおぼつかなかった。
  • 南仏進駐の際であっても対米戦の研究は行われていなかった。アメリカと戦いたくはない、イギリスとだけ戦いたい→シンガポールを攻める必要→南仏に進駐し航空基地設営の必要→米国による金融資産凍結。
  • ソビエトが終戦間際日ソ不可侵条約を破って攻め込んだ際に、彼らの言い訳とされた独ソ戦時の帝国陸軍による関特演も必然性がなかった。(不可侵条約がありながら日本はソ連が窮地にある時に国境付近で侵攻のための演習を行った、ドイツと挟み撃ちにしたい気持ちがあったからだ。従ってソ連に対して条約違反を声高に言えなくなった)

まだまだ沢山のエピソ―ド、予算の設定、官僚組織としての非効率、海軍との対立。小銃選定問題、戦闘機配備の実際。あきれるばかりである。本書は研究対象としてその価値を高く評価されているそうだ。「失敗の本質」とかが好きな方にはおすすめ。収穫は多かった。面白い本でした。


2013年8月5日月曜日

『持たざる国への道―あの戦争と大日本帝国の破綻』読書感想文


松元崇さんの『「持たざる国」への道 - 「あの戦争」と大日本帝国の破綻 (中公文庫) 』(2013/7/25刊)を読んだ。この本は2010年8月大蔵財務協会から発売された『高橋是清暗殺後の日本―持たざる国への道』の改訂版である。後者はすでに入手困難な本となり高いプレミアムがついていたので、一般の読者にはありがたい事だ。両者の比較では後者にあった第3部「明治憲法下の義務教育」が割愛され、全体の項目も変更が加えられている。いくつかの項目を読み比べてみたが、著者は多分全体を読み直し修正を加える作業をされたのだと思う。結構書きなおされている。

著者の松元崇さんはwikiによると飛び抜けのエリート財務官僚で現在も内閣府事務次官という要職にある。バリバリの現役官僚でありながら書をよく読み、『大恐慌を駆け抜けた男―高橋是清』、『山縣有朋の挫折――誰がための地方自治改革』を出版されている。私が『日露戦争、資金調達の戦い』を書いた折にも参考資料としておおいに活用させていただいた。

前置きが長くなったが上記の著者情報は大事だと思う。著者は財政のトップ・プロフェッショナルである。

私が『日露戦争~』を書いて以降、日中戦争から第2次世界大戦にかけての軍費や資金調達に関連した本を書いてくれとのリクエストを随分頂戴したが、その答えはこの松元さんの『持たざる国への道』の中にある。

高橋財政で好調だった日本経済は2・26事件とその翌年に発生した日華事変によって行き詰まっていく。占領地に傀儡政権をつくり、そこで採用した円元パー政策が中国人による裁定取引の対象となった話はよく知られているところだが、こうした軍部による経済原理を理解しない満州経営や華北経営が日本経済を次第にジリ貧に追いやり、ついには「持たざる国」としてしまう。そして国民はこの事実に気がつかず、窮乏を英米の対日政策のせいだと勘違いし、皮肉にも軍部を支持していくという間違いに陥いらせたのである。生半可では読めない本だが、「あの戦争」の戦費に対する疑問には答えてくれだろう。何よりわずか860円でこれほどの情報が買えるとは驚きである。


『終戦のエンペラー』感想


映画「終戦のエンペラー」を観てきました。結論からいうと大変気に入りました。オススメです。ジブリもいいけどこれもいい。ついでに「謎解きはディナーの後で」も面白そうだなと思っています。

この周辺は以前からかなり本を読んだりTVを見たりと予備知識を持っていましたから、今更新しい情報というものは無かったのですが、それにしても演出された「映画」というメディアで小柄で華奢な昭和天皇と大男のマッカーサー元帥が対面するシーンを見せられると、どうしても大和魂がよみがえるというか、パトリオティズムが沸き起こるというか、元帥が天皇を助けようとした動機が日本統治のための合理的な理由だけでは無かったことがうまく表現されていました。この感動は観てのお楽しみです。

昭和天皇を救う根拠を探す任にある日本通の准将ボナ・フェラーズと日本人女性とのフィクションの恋愛は余分なものだという意見も多いようですが、私にはくどさも感じられずほどよく抑制され、全体のストーリーを強化する上で重要だったと思います。それに「映画」を見る上で居心地がとても良かった。

ちなみに終戦の2ヶ月前である1945年6月の米国ギャラップ調査によると33%が昭和天皇の処刑を求め、17%が裁判を、11%が生涯における拘禁、9%が国外追放するべきであると回答するなど、天皇に対するアメリカ世論は極めて厳しかったことを付記しておきます。アメリカの政治家にとっては血祭りにあげたい動機で満ちていました。


2013年8月2日金曜日

『アクアラング』ジェスロ・タル


この話は年寄り特有の昔の自慢話なのか、あるいは僕が自分の恥を晒しているだけなのかはよくわかりませんが、ギターが弾けるぐらいで女の子にもてたいとかは、今となっては全然思わなくなってしまったことだけは確かです。昔はそんなことばかり考えていましたけれど。だから、どうだ俺はギターが弾けるんだぜ!なんて気持ちはまったくありませんが、ともかく僕は高校生の時、総武線沿線ではギター小僧達もあこがれた「三羽ガラス」と呼ばれる程のとってもテクニシャンなロック・ギタリストだった(らしい)のです。

先日出版社の方と仕事のメールのやりとりをしていたら、「ちょっと全く関係の無い話ですが」ということで、

「弊社には高校時代のPorcoさんを知っている人がおります。その人はHさん(今では有名な現役ギタリストで当時は別の高校に通っていた)のバンドでドラムを叩いたそうでKさんと言います。当時Hさんとともに『ギタリスト三羽ガラス』と呼ばれたPorcoさんのことをよく存じ上げているのだとか…。そして最近になってPorcoさんが本を出していたのを知ることになったのだそうです。余談まででした。」

この文章は。①Hさんというギタリストを憶えているか?、②その上でKさんというドラマーを憶えているか?という問いかけで書かれたものだろうと推測しました。でなければ何も問い合わせも無い、返事を要求しない変な文章です。そこで僕はこう返信しました。

「あの頃(ユーミンの出る1~2年ほど前)は今のようにロックをやるまともなバンドがあまりなくて、僕も高校生のバンドながら大学の学園祭からギャラ付きで呼ばれたりしていました。しかしそうした中で、高校生同士の中でもライバルがいましたが、どう見てもH君が一番上手くて、彼の家に遊びに行った時にモズライトのギターでエリック・クランプトンの『クロスロード』のフルコピーを聞かされた時には驚いたと同時に、この男には絶対にかなわないなと思った記憶があります。そしてそれが後に僕がギターをやめる決心をした理由でした。Hバンドは御社のKさんと、ボーカルのD(プロの歌手)さんがいたと思います。とてもなつかしい。よろしくお伝え下さい。」

すると仕事のメールに添えてこういう返事がきました。

「いただいたメールを、Kに見せたところ、『覚えていてくれたんだ!』と大いに感激しておりました。くれぐれもよろしくとも、申しつかっております……。」

そして僕はもうひとつだけK君に対する伝言を頼みました。

「ジェスロ・タルのアクアラングは今でも憶えているとお伝え下さい。」

しばらくして返信がきました。

「お伝えしたところKは『うーん』と唸りだし、涙ぐんでいる様子でした、私にはさっぱりわかりませんが」

当時はプレーヤーがまだまだ少なくて、そのくせ、みんなジミー・ペイジやジェフ・ベック、カルロス・サンタナになりたいからギターを弾く人間は多いのですが、一定レベルのベースやドラマー、ボーカルを集めるのは非常に難易度の高い仕事でした。そんな中でH君がやっとの思いで組成したバンドの、最初の演奏に選んだ曲が「アクアラング」だったのです。アマチュア・バンドがディ―プ・パープルやツェッペリンやグランド・ファンク・レイルロード、サンタナばっかりの頃に、こんな難しい曲を選んだのはH君の「僕は君らとは全然違う」というメッセージだったのだと思います。さぞかし練習は凄惨を極めたことでしょう。僕は強力なライバルの出現に意地悪くそして注意深く演奏を聞いていました。今でもH君の印象的な出だしのフレーズは鮮明に思い出せます。

そしてK君からは、直接長いメールが届きました。
社内資料で著者名に僕の名前を見た時に、すぐにあの時のギタリストだと思ったこと。でも年齢は一致したが出身大学で西の人だと思い込んで別人だと思ったこと。写真も太りすぎて面影もなかったこと。ところがしばらくして仕事の関係で僕の高校同級生のフランス文学者と話をした時に、「マジっすか!」となって仰天したこと。

と、まあこんな理由で今度飲みにいくことになりました。フランス文学者も混ぜて。それで、実はその時にK君に聞きたいことがあるのです。僕は「ギタリスト三羽ガラス」と呼ばれていたのを今日まで知らなかった。僕とH君はいいとして、残りのもう一人は一体誰なのか。とても気になります。もしもそれが「渡辺香津美」だったらK君のことを許してあげようかと思っています。ないか。

『アクアラング』ジェスロ・タル