2013年8月2日金曜日

『アクアラング』ジェスロ・タル


この話は年寄り特有の昔の自慢話なのか、あるいは僕が自分の恥を晒しているだけなのかはよくわかりませんが、ギターが弾けるぐらいで女の子にもてたいとかは、今となっては全然思わなくなってしまったことだけは確かです。昔はそんなことばかり考えていましたけれど。だから、どうだ俺はギターが弾けるんだぜ!なんて気持ちはまったくありませんが、ともかく僕は高校生の時、総武線沿線ではギター小僧達もあこがれた「三羽ガラス」と呼ばれる程のとってもテクニシャンなロック・ギタリストだった(らしい)のです。

先日出版社の方と仕事のメールのやりとりをしていたら、「ちょっと全く関係の無い話ですが」ということで、

「弊社には高校時代のPorcoさんを知っている人がおります。その人はHさん(今では有名な現役ギタリストで当時は別の高校に通っていた)のバンドでドラムを叩いたそうでKさんと言います。当時Hさんとともに『ギタリスト三羽ガラス』と呼ばれたPorcoさんのことをよく存じ上げているのだとか…。そして最近になってPorcoさんが本を出していたのを知ることになったのだそうです。余談まででした。」

この文章は。①Hさんというギタリストを憶えているか?、②その上でKさんというドラマーを憶えているか?という問いかけで書かれたものだろうと推測しました。でなければ何も問い合わせも無い、返事を要求しない変な文章です。そこで僕はこう返信しました。

「あの頃(ユーミンの出る1~2年ほど前)は今のようにロックをやるまともなバンドがあまりなくて、僕も高校生のバンドながら大学の学園祭からギャラ付きで呼ばれたりしていました。しかしそうした中で、高校生同士の中でもライバルがいましたが、どう見てもH君が一番上手くて、彼の家に遊びに行った時にモズライトのギターでエリック・クランプトンの『クロスロード』のフルコピーを聞かされた時には驚いたと同時に、この男には絶対にかなわないなと思った記憶があります。そしてそれが後に僕がギターをやめる決心をした理由でした。Hバンドは御社のKさんと、ボーカルのD(プロの歌手)さんがいたと思います。とてもなつかしい。よろしくお伝え下さい。」

すると仕事のメールに添えてこういう返事がきました。

「いただいたメールを、Kに見せたところ、『覚えていてくれたんだ!』と大いに感激しておりました。くれぐれもよろしくとも、申しつかっております……。」

そして僕はもうひとつだけK君に対する伝言を頼みました。

「ジェスロ・タルのアクアラングは今でも憶えているとお伝え下さい。」

しばらくして返信がきました。

「お伝えしたところKは『うーん』と唸りだし、涙ぐんでいる様子でした、私にはさっぱりわかりませんが」

当時はプレーヤーがまだまだ少なくて、そのくせ、みんなジミー・ペイジやジェフ・ベック、カルロス・サンタナになりたいからギターを弾く人間は多いのですが、一定レベルのベースやドラマー、ボーカルを集めるのは非常に難易度の高い仕事でした。そんな中でH君がやっとの思いで組成したバンドの、最初の演奏に選んだ曲が「アクアラング」だったのです。アマチュア・バンドがディ―プ・パープルやツェッペリンやグランド・ファンク・レイルロード、サンタナばっかりの頃に、こんな難しい曲を選んだのはH君の「僕は君らとは全然違う」というメッセージだったのだと思います。さぞかし練習は凄惨を極めたことでしょう。僕は強力なライバルの出現に意地悪くそして注意深く演奏を聞いていました。今でもH君の印象的な出だしのフレーズは鮮明に思い出せます。

そしてK君からは、直接長いメールが届きました。
社内資料で著者名に僕の名前を見た時に、すぐにあの時のギタリストだと思ったこと。でも年齢は一致したが出身大学で西の人だと思い込んで別人だと思ったこと。写真も太りすぎて面影もなかったこと。ところがしばらくして仕事の関係で僕の高校同級生のフランス文学者と話をした時に、「マジっすか!」となって仰天したこと。

と、まあこんな理由で今度飲みにいくことになりました。フランス文学者も混ぜて。それで、実はその時にK君に聞きたいことがあるのです。僕は「ギタリスト三羽ガラス」と呼ばれていたのを今日まで知らなかった。僕とH君はいいとして、残りのもう一人は一体誰なのか。とても気になります。もしもそれが「渡辺香津美」だったらK君のことを許してあげようかと思っています。ないか。

『アクアラング』ジェスロ・タル

 

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