2013年8月7日水曜日

『日本陸軍終焉の真実』西浦進 読後感想文


昭和戦争史の証言 日本陸軍終焉の真実 (日経ビジネス人文庫) 』西浦進 

本屋で平積みされていたので、少し立ち読みしてから購入。今は戦間期の書籍を読んでいるところなので参考になるかもしれないと思って読み始めた。

著者は1901年生まれの帝国陸軍軍人、陸軍士官学校34期(恩賜)、陸軍大学校42期(首席)。陸軍士官学校同期の服部卓四郎および堀場一雄と並び「34期三羽烏」と称された。フランスへ外国事情研究中にスペイン内戦が発生、フランコ側の観戦武官として詳細なレポートを書いた。キャリアの殆どを陸軍省軍務局にて軍政に従事、東条英機の大臣秘書官を務めた。

本書は昭和22年に書かれ、内々に限定配布された「越し方の山々」がもとになっている。1980年に『昭和史の証言』原書房として公刊、今回はこの7月に文庫本化され、僕はそれを手にとったことになる。陸軍省エリート官僚の回想録である。

いくつか印象に残ったエピソードを、

  • 帝国陸軍では上司が全くの不勉強で、省内でも所管のことがよくわからず、若手が実務における意思決定していた。これが陸軍内の下克上を促した面がある。
  • 山県有朋逝去の際には陸軍大学入学試験の面接で長州出身者は全員落とされた。
  • 陸軍省内のデスク・ワークのエリートがいきなり前線部隊の高級指揮官となり赴任していく。実際の戦運びが上手なのかどうかはわからない。
  • 陸軍航空部隊は練度が低く、海軍の渡洋爆撃が行われた時には航空機の集結もおぼつかなかった。
  • 南仏進駐の際であっても対米戦の研究は行われていなかった。アメリカと戦いたくはない、イギリスとだけ戦いたい→シンガポールを攻める必要→南仏に進駐し航空基地設営の必要→米国による金融資産凍結。
  • ソビエトが終戦間際日ソ不可侵条約を破って攻め込んだ際に、彼らの言い訳とされた独ソ戦時の帝国陸軍による関特演も必然性がなかった。(不可侵条約がありながら日本はソ連が窮地にある時に国境付近で侵攻のための演習を行った、ドイツと挟み撃ちにしたい気持ちがあったからだ。従ってソ連に対して条約違反を声高に言えなくなった)

まだまだ沢山のエピソ―ド、予算の設定、官僚組織としての非効率、海軍との対立。小銃選定問題、戦闘機配備の実際。あきれるばかりである。本書は研究対象としてその価値を高く評価されているそうだ。「失敗の本質」とかが好きな方にはおすすめ。収穫は多かった。面白い本でした。


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