2013年10月31日木曜日

『地ひらくー石原莞爾と昭和の夢』


地ひらく〈上〉―石原莞爾と昭和の夢 (文春文庫) 』福田和也 文春文庫 上下

石原莞爾の『最終戦争論』は中公文庫で読んだが、満州事変の作戦行動そのものと、最後は彼の本来の意図を離れた大陸政策が太平洋戦争までに至ると伝えられる経緯を把握するために、彼の伝記かあるいは彼を分析した本を読もうと考えて選択した1冊。

結論から書いてしまえば凄い本だと思う。石原莞爾を書くためにその環境となる時代を描いているうちに、いつのまにか主客が転倒してしまい、本格的な「満州事変から太平洋戦争までを描いた歴史書」(著者は15年戦争という呼び方を嫌う)になってしまったのではないかと思う。

決めつけや登場人物の感じ方に対して強引さを感じるところもあるが、これだけの調べ物をこなしているところはまさに圧倒されてしまう。読破することが大変だったが、読後の充実感に後悔は無い。

石原莞爾は満州事変において前線派遣部隊の「独断専行」というまさに日本を太平洋戦争へと導いていく直接的な原因となる陸軍の性癖をつくってしまった。日中戦争勃発時に参謀本部作戦部長として戦火拡大を阻止しようと現地参謀を戒めた際に、「我々は満州事変時の閣下に習っているだけです」と哄笑されてしまうのであった。

しかし、石原はどれだけの影響力を時代に対して行使できたのだろうか。対米戦の起源として扱われる、総力戦のバッファ(戦争が戦争を養うと意味での)としての満州の存在とその確保という考えかたは、結局は少しだけ形を変え後輩の参謀本部系のエリート将校達によって受け継がれただけなのではないだろうか。言い換えれば違いがわかりにくかった。後に五族協和に石原が変身(変身したとは記述されていないが)しただけの話ではないのだろうか。要するに石原は喧伝されるほどの人物だったのだろうか?というのがこの本を読んでの私の素直な感想である。

それよりも著者は意識して経済的な側面も盛り込んだようだが、この時代の記述にしては物足りなさを感じてしまうのは、やはりこの本を石原の伝記としてではなく一般の歴史書として読み取ってしまったからだろうか。ごたごたと書いたがお奨めの一冊である。ただし手ごわいと思う。









大正の男 川上哲治


朝刊各紙の一面コラムは川上哲治さんへの追悼記事となっている。その中ではさすがは本家、読売の「編集手帳」が面白かった。西鉄の鉄腕稲尾投手が新人で日本シリーズにおいて初めて川上選手と対峙した時に、ついつい帽子をとってマウンドから2、3歩下り「よろしくおねがいします」と挨拶してしまったという話。川上選手が神様だったことがよくわかる逸話だ。

僕個人にとっての川上さんは、実はアニメ「巨人の星」のイメージのほうが実物よりも格段に強い。元巨人軍幻の3塁手である父星一徹が小さい飛雄馬に許した数少ない遊びのひとつに、長屋の壁に開いた小さな穴から外ににある木にボールをぶつけてまた同じ穴から部屋の中にもどして一人でキャッチボールをするというものがある。これはコントロールはいうまでもなく、相当に強い力で投げる必要がある。というか、物理学的にはもちろん不可能なんだろうけれども、ともかく飛雄馬を探したずねてきた川上さんが長屋の外でこれを目撃することになる。「くゎ、凄い」と。何しろスリットを抜ける量子のようにニュートン物理学を超越しているのだから。そして川上さんはあろうことかこの球をバットで壁の小さい穴に打ち返すのである。ラクダが針の穴を抜けるかのように。何でそこにバットがあったのかは謎だし、聞くのは野暮である。

長屋の部屋の中では卓袱台を挟んで星一家はちょっとしたパニックになっていた。こんなことができるのは、世界広しといえども「巨人軍の川上哲治しかいない」と父一徹が目をむき外に飛び出すが、そこには川上さんの後ろ姿だけがあったとさ。空はあるいは夕日に染まっていたのかもしれない。

各紙とも川上さんを昭和の人と書いている。1920年生まれといえば大正9年。僕の母親にいわせればこの年代の人は「大正の男」というのだそうだ。昭和男との違いは家ではよく着物をきていることだと。そういえば僕の亡くなったオヤジもそうだった。

ご冥福をお祈りします。

Porco

2013年10月25日金曜日

食材「偽装でなく誤表示」阪急阪神ホテルズ社長


食材「偽装でなく誤表示」阪急阪神ホテルズ社長

この事件を意図的な「偽装」ではなく、あくまで「誤表示」と主張するのであれば、事例の統計的なばらつきが必要だ。つまり安物を高く見せただけでは無く、高級食材を品位が劣位なものと誤表示した事例も少なくともいくつか必要なはずだ。

具体的にいえば車海老なのにブラック・タイガーと表示してしまったとか、国産うなぎなのに中国産うなぎと誤表示してしまったようなホテル側に不利に働いた事例だ。こうした事例が無い(発表されていない)以上、この件はホテルにとって経済的に有利なように行われた「意図的な偽装」であると判断せざるをえず、事件発覚後もあくまで「誤表示」と社長が主張するのは、この事件に対する「誤表示」であり「偽装」である。

社長は偽装を繰り返している。




『戦争の日本近現代史』加藤陽子 講談社現代新書


戦争の日本近現代史 (講談社現代新書) 東大式レッスン!征韓論から太平洋戦争まで』加藤陽子 

内容はこのタイトルのままなのだが、一体ぜんたい著者の意図する読者のうち誰が「東大式レッスン」という言葉に釣られてこの本を読むというのだろうか。これでは大学受験用の近現代史の参考書というイメージが先行してしまうのではないだろうか。受験生が読むと混乱する恐れがあると思う。

本当は、東大の加藤先生は学生に近現代史をどう教えているのかという内容であって、ここに書かれていることは高校教科書とはかなり異なったものとなっている。最新の(2002年当時の)近現代史の知見が書かれているのだろうと思う。断言できないのは僕が最新の知見に詳しくないからだ。

僕も日露戦争のファィナンスは出版するぐらい調べたので、この本の内容に一言いいたい部分もあるが、いやいや、それだけではなくてその他の部分でも何箇所かあるのだが、そんなことは実はどうでも良いことだ。この本は戦間期の様々な定番の歴史書を読む前に是非一読しておくべき本だと思う。

僕も含めて数十年前の山川の検定教科書を基本として歴史認識されている頭を一度整理しておく必要をこの本は感じさせるからだ。さすれば陸軍の石原莞爾だけではなく、同時期の海軍の加藤寛治をどう読めばよいのかとかのヒントを得られることになるだろう。

実はミラーの『オレンジ・プラン』を再読していて、途中で『マッキンダーの地政学』と『マハン海上権力史論』と基礎に戻ることになってしまった。中途半端に納得しだすとロクなことがないので、バイオリン式レッスンでいえばボウイングからのやり直しみたいなものだ。そうした時にオレンジ・プランの反対側の入門書として浮かびあがったのがこの東大式レッスンだったのである。読後頭の中がかなりすっきりした。


2013年10月21日月曜日

クールジャパン戦略のレポート 国立国会図書館


クールジャパン戦略の概要と論点 国立国会図書館 
調査と情報―ISSUE BRIEF― NUMBER 804(2013.10.18.) 
鈴木絢子

このレポートは非常にわかりやすく整理されている。クールジャパン関連の海外売上がリーマン・ショック以降に低迷しているグラフや、2002年から始まりこれまで打ち出された数々の関連する政策を表にまとめてある。

また、政府が関与するターゲティング・ポリシーの有効性が疑問視される根拠とともに、実はアメリカ、英国、フランス、オランダ、韓国等でも同様の政策が採られているこが紹介されている。一読推奨。

おわりにの部分
「クールジャパン戦略は、今後拡大が期待される世界のクールジャパン関連市場において、海外需要を積極的に取り込むことで国内雇用を創出し、経済成長につなげようとするものである。しかし、コンテンツ産業の振興やクールジャパンの推進に関しては、2000年代から相次いで提言や政策がなされており、安倍内閣による成長戦略において改めてクールジャパンの推進が打ち出されたことは、これまでの成果が乏しいことの裏返しともとれる。
クールジャパン戦略の実行にあたっては、収益性や官民出資型ファンドの適切な運営、知的財産保護の問題等、課題も尐なくない。また、今後、クールジャパン戦略の政策効果を見極めるためには、クールジャパンの定義や産業の範囲を明確にした上で、信頼性の高い統計を整備する必要があるだろう。クールジャパン戦略による経済効果への期待が高まる中で、こうした課題に冷静に対処していくことが求められる。」


2013年10月20日日曜日

宝くじにまつわる金融リテラシー


「助けて!宝くじが全然売れないの!」 年末ジャンボ、7億円に…売り上げ減り増額

僕は別に「宝くじ屋」のまわしものではないけれど、皆がネットで「宝くじ」を買う行為を「金融リテラシーが無い」というものだから、俺も一緒になってボロクソに言おうって人は、これもやはりリテラシーが不足気味なのだと思う。

「愚か者に用意されている第二の税金」はまったく正しいのだけれど、宝くじは最初から税金分が控除されているために税金がかからないとも考えられる。

僕の知り合いの話で本当かどうかはわからないけれど、例えば昭和62年に仮に5億円の給料をまともに日本でもらうと所得税は約60%、個人住民税は16%で合計76%も天引きされていた。徹夜で銀座で接待して肝臓をボロボロにしてせっせと働いても取り分はたったの24%だったのだ。働きもしないで窓口で買うだけの宝くじが45%もくれるなんてまさに「ドリーム・ジャンボ」。

ただし買わなきゃ税金を余分に払う必要も無いのだけれどね。

昭和62年から最高税率は下がったけれど、来年は最高税率の見直しが入り4千万円超については45%になる。これにざっくり10%+αの住民税が加わる。ちなみに雑所得扱いのオプション売買ばかりする人は別に宝くじがそれほどアコギではないことがわかるだろう。

したがって推奨すべき「宝くじ屋」の戦略としては名前を「10億円宝くじ」にして課税扱いにすればいいのではないかな? 期待値は妥当な線まではねあがるし、それこそ「納税は仕方無い」と考える「金融リテラシー」の豊かな人がたくさんいると思う。

ただし買わなきゃ税金を余分に払う必要も無いのだけれどね。


2013年10月17日木曜日

ウォーレン・バッフェットがうたう


ウォーレン・バッフェットが昨日のFortune's Most Powerful Women Summit.で女優グレン・クローズの伴奏とコーラスを担当している。ウクレレ上手ですね。曲はThe Glory of Love、これは空手キッズで有名になった曲ではなくて、ベット・ミドラーの映画Beaches(邦題:フォーエバーフレンド)で小さかった頃と大人になってから再び歌われていた歌。

”この唄は昔からずっと歌ってきた唄なの。古い友達みたいなものね。でもね、知ってる?この唄の本当の意味がわかったのはつい最近のことなの....."

ちょっとマニアックなことをいうと、この映画の一番最初の曲である”Down by Under the boardwalk"の出だしのストラトキャスターのストロークの音が大好きだ。

いかんいかん。今回は映画じゃなくてバッフェットが主役だった。




追記
スメサースト先生からFBの方で、Glory of Loveならば、ポール・マッカトニーも歌ってるよとご指摘があった。なるほどグレン・クロースとバッフェットが選曲したのはこのためだったのだと納得。ちなみにギターはアンソニー・ウィルソン、ピアノはダイアナ・クラール。


2013年10月10日木曜日

『近代中国史 (ちくま新書) 』岡本隆司


近代中国史 (ちくま新書) 』岡本隆司

久々に人に是非読んで欲しいと薦めたくなった1冊。本としてすごくよく出来ている。

戦間期の日本とそれを取り巻くグローバルな状況を勉強していると、多くの書籍があるにもかかわらず、どうしても理解し難いのが満州を含む中国の状況である。

日清戦争を戦い下関条約のネゴシエーターでもあった李鴻章は清國のどのような立場の人間であるのか?

満州の張作霖は軍閥というが何故そんな閥があるのか?

辛亥革命によって清朝は滅亡したにも関わらず何故革命の成果が中国全土に及ばないのか?

日本は中国軍を圧倒したはずなのに何故蒋介石は重慶政府で維持しえたのか?

中国の持つ統治システムは我々が教科書から学んだ近代日本や、西洋的なものとは全く異質なのである。しかし異質なことは常々理解できてはいたものの、それが原理としてどのように異質であるのかを上手く説明したものがこれまでは無かったと思う。

この本は「唐宋変革」から始まり、科挙において特定の地位を獲得した一握りのエリートである「士」とその他の「庶」という階層構成が形成されたことを解説し、中央政府の統治は「士」のみ相手に行われ、「庶」は対象とはされなかった構造などを清国租税収入などから解き明かしていく。この構造は現代中国の一部の国営企業の納税が税収のほとんどを占めている状況や、都市の共産党幹部の大金持ちと今なお大多数を占める地方の貧民とのあきれるほど大きな経済格差の説明にも敷衍されるのである。

また金融史的には中国は昔から銀とのかかわりが強く、近代においても銀本位制度を採り続けたために、商品としての銀価格の変動に翻弄される姿や、地方は銅銭経済(銀銭二貨制)であったことから金銀比価の問題だけではなく、対銅価格の変動にも大きく影響を受けていたことなども説明されいて、金融関係者にとっては非常に興味深いところである。

中国関係の一般向け書籍はたくさん出版されているが、そうした本を読む前に取り敢えず読んでおきたい一冊である。






2013年10月6日日曜日

『太平洋の試練 真珠湾からミッドウェーまで上下』


アメリカではかなり話題となった本である。イアン・トールの『太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで 上 下』を読んだ。第2次世界大戦関連は映画、ノンフィクションとももれなく読んでいるつもりなので、大枠ではまったく新しい知見というものはとりたてて無いのだが、日本が開戦に至る経緯から真珠湾、チャーチルの葛藤、ドーリットル、珊瑚海、ミッドウェーと一連の物語に紡ぎ直したところに価値がある。

拙著『日露戦争、資金調達の戦い: 高橋是清と欧米バンカーたち (新潮選書) 』ではネットで20世紀初頭のタイムズが書斎で読め、当時のロンドン市場の日本公債価格の日足やその他の英文一次資料に直接アクセスできたことが本をこれまでにないユニークなものにしたが、この本もネットがなければ書けていない本だと思う。それだけに以前では考えられない柔軟なネットワークが活用され、つまり各国専門家の知見にアクセスして、これまでにないより公正でより正確な歴史書を書き上げられたのだと思う。細かい訳の不都合や間違いは改訂版で直せば済む程度のものであり、ミリタリー・オタクから見れば不満があるのかもしれないが、クオリティは高いと思う。

さて、大枠ではないところに、日本人にとって考えさせられるサブジェクトが準備されている。ひとつは『坂の上の雲』の秋山真之でお馴染みの世界中の海軍のバイブルであるマハンの『海上権力史論』の日本帝国海軍ドクトリンに与えた影響である。この本のようにすべての始まりに取り上げられるとこれまでのうかつさに考え直さざるを得ない。1冊本が書けるのではないだろうか。ふたつ目は、あまり触れたくはないのかしれないが名将山本五十六の再評価である。どうしてかというのは是非同書を読んで欲しいと思う。エンターテイメントとしても面白く読めるだろう。

米国出版時のWSJの書評は「われわれが負け犬だった時」。しかしこれはアメリカが不意打ちを食らって日本との戰爭を準備していなかった空白の時間の優位の話でしかない。

1940年法とそれの改訂であるTwo-Ocean Navy Act
航空母艦7隻、駆逐艦115隻、潜水艦43隻など合計133万トン(7割増)の艦艇建造、15、000機の航空機製造. これは帝国海軍(147万トン)と同じ規模分を当時の現状戦力に上乗せするというもの。

1941年12月、
ルーズベルト大統領は真珠湾攻撃後、上記にさらに上乗せして空母8隻、巡洋艦24隻、駆逐艦102隻、潜水艦54隻の建造を承認。

1942年1月、
海軍将官会議はルーズベルト案でも物たりぬと、戦艦34隻、空母24隻、巡洋戦艦12隻、巡洋艦104隻、駆逐艦379隻、潜水艦207隻の艦隊を構想。

彼我の戦力差(経済力の差)は最初から話にならなかった。

『第二次世界大戦 影の主役―勝利を実現した革新者たち』


ベストセラー『大国の興亡』の著者である、ポール・ケネディが書いた『第二次世界大戦 影の主役―勝利を実現した革新者たち 』を読んだ。こうした本はたいていの場合原題の方が本の内容がわかりやすい。”Engineers of Victory”が原題で、勝利に貢献した技術者達の話である。

戦勝の理由とは、例えば連合軍がドイツの有名なエニグマ暗号(英:ウルトラ)の解読に成功したことから終戦が3年早くなったというようには、因果関係を単純化することは適切ではない。そこには様々なテクノロジーの技術達成による複合的な要因があり、こうした貢献は英雄だけではなく組織のミドル層による達成にあったのだと主張する本である。つまり目立ちはしないが技術的革新を達成した地味な人たちに焦点をあてた本である。

テーマは5つあり、1)大西洋のロジスティック確保であり、Uボートの脅威の克服である。2)バトル・オブ・ブリテンから対ルフトバッフェ戦闘機部隊の克服。3)地空共同のドイツ軍電撃戦をいかに克服したか。4)ノルマンディー上陸作戦に関する技術的課題の克服。5)海軍建設大隊による南太平洋作戦の技術的課題の克服。からなっている。いずれも興味深いテーマである。

2)のケースの一部を紹介すると、1939年に始まった第2次世界大戦も、開戦4年目の43年に入ると様々な技術が達成されるようになったという仮説に対する根拠の一環として。例えばレシプロ戦闘機(プロペラ推進)の技術的最高峰であるP51ムスタング戦闘機の誕生場合がある。P51は当初英国空軍の依頼によって40年に米国ノースアメリカン社で設計が開始されたのだが、当初は米国GM系列のアリソン社のエンジンを積載していた。実際に戦闘に參加していないという状況は兵器の開発においても真剣味が相当に違うようで、当時のアメリカにはヨーロッパ水準の戦闘機が無かったのだそうだ。つまり当時のアメリカのP40程度では高性能のロールス・ロイス・エンジンのスピットファィヤやメルセデス・ベンツのメッサーシュミットにはとても対抗できなかった。GMのアリソン・エンジンは低性能だったのだ。

ところが送られてきたアリソンP51にたまたまロースルス・ロイスと関係のあるテスト・パイロットが搭乗し、エンジンを換装するとよいかもしれないと閃いて、色々とネマワシをしてロールス・ロイスのマリーン・エンジンを搭載してみると、これがとんでもない高性能機に変貌したのである。

エンジン換装後のP51はスピットファイアよりも機体重量が重いにもかかわらず燃費が良かった。また速度が早い上に燃料タンクを効率的に設置できる機体構造上の特質を持っていたために、長い航続距離が確保でき、爆撃隊の護衛戦闘機として理想的な機体となった。これが大きかった。当時は「頭上の敵機」でお馴染みの長距離ドイツ爆撃による爆撃隊大消耗の真最中であって、航続距離の関係で護衛戦闘機が同伴できないことが最大の問題点となっていた。そこでこのひらめきは連合軍による護衛付の長距離爆撃を容易にし、戦況に大きく影響をおよぼすことになった。

同じように同時期には船舶用各種レーダーが小型化され航空機や小型フリーゲートにまで搭載されるようになってドイツ軍のUボートを無力化した。Uボートの無力化が米国からの物資輸送をスムーズにして、航空機の保守部品維持など様々な問題点をクリアしていく原動力となる。そしてそれは欧州戦線の負担をやわらげ太平洋に力をシフトしていくける要因ともなっていく。イノベーションはかたまって発生しているのだ。これは戦中の技術的イノベーションの話である。

しかし43年というのはアメリカが41年12月に参戦してから2年目。本格的に予算を投入してから、プロジェクトが実るまでの話でもあるのだ。