2014年1月28日火曜日

永井一郎さんの出演作品群を見ていると


亡くなられた永井一郎さんの出演作品群を見ていると、つくづく人生って積み重ねだなと思わされる。

野球の選手ならヒット一本一本、学校の先生なら卒業生一人一人。でもそういったわかりやすい履歴もあれば表現しにくいものだってあるよね。控えの捕手で15年とかプレーしていると驚くほど打席数が少ない。何してたの?ときかれればバックアップってことだし、でも他球団から結構評価されていたりする。12球団しかなくて毎度試合に出れるのは1人だからね。人生の表現は様々だってことだ。

サラリーマンの履歴は表現しにくい。1992年課長、1997年副部長とか。これが高級官僚だと課長でもそれは日本国のその係を指し示していて迫力があるんだけれども、なんとかデリバティブ部副部長とか何とか開発課長とかもう既に跡形もない部署、ましてや金融業だと国内、外資問わず会社ごとなくっていたりするからね。講演会用の僕自身の略歴を頼まれて書いていると、これまで講演した人たちと比べて何と薄っぺらい経歴かと少し寂しい思いもしていたのだが、でも、こういうのを気にすることを後ろ向きの人生っていうのだろうね。こうした履歴達は紛れも無く今の僕に連綿と繋がっているのだから。

目標にしている人がいて、この人は物凄い勢いで本を読み、書評を書く。僕はその書評を読み、追いかけるように同じ本を購入して読むようにしている。でも、同じジャンルで仕事をしているわけではなく、僕は僕の都合でも大量の本を読まなければいけないので、どんどん未読の本がたまっていく。

でもひとつだけ僕には有利な点がある。それは年齢差だ。もちろん僕は既に充分ジジイなんだけれど、1年に150冊読めるとすれば、10年で1500冊になる。1500冊読了し、10年間色々なことを経験した後の僕ならきっと今のその人には勝てる。最近はそう思っている。10年後のその人には勝てないかもしれないけれどね。もっとも何をもって勝ちとするかは今後の人生の課題だね。


2014年1月27日月曜日

『金融の世界史』入学試験に使用


拙著『金融の世界史』第23話「『ベニスの商人の資本論』再考」がほぼ丸ごと京都産業大学の入学試験に使用されたのだそうで、使用許諾書と著作権料お支払いの案内が郵送で届いていました。同封されていた設問を見ると結構難しいことが書いてあるなと自分でも思ってしまった次第。

結論部分の最終センテンスだけををカットして、その部分を問う設問。
機会があれば見て下さい。

ありがたい話です。


家系ラーメン


僕が石川島播磨重工業磯子工場に新入社員として配属になった頃、1981年だと思うが会社の正門前(新杉田)においしいラーメン屋があると評判だった。吉村家という名のそのラーメン屋はラーメンだけのメニューで、海の家みたいな広い建物にいくつかブースがあり順番に座っていき、一定の人数に達するとまとめて麺の投入が始まる。かため、普通、やわらかめを指定する。運が悪くて客がしばらくこないとなかなか麺を茹で始めてくれなかった。そしてスープは脂大め、普通、少なめがあったように思う。今では一般的なこうした出来の指定も当時は珍しいものだった。

外には冷凍庫のコンテナーがあり冷凍豚骨がいっぱい入っていた。

店主は口数の多い人で、「俺のラーメン」という言い方が多くて、店員がミスをすると「俺のラーメンに何をするんだ!」みたいな怒り方が多かったと思う。大きな海苔が特徴だったが、あまりにも口うるさいので僕は好きではなかった。近所においしい街の中華料理屋があったのでそっちのタンメンばっかり食べていた。


その後TVを見ていたら帰国子女アナウンサーの走りである有賀さつきが店の取材でラーメンを食べてコメントすると、このおやじが「テメーなんかに俺のラーメンの何がわかるんだよ!」と悪態をついて有賀がうろたえるシーンがあった。相変わらずだなと思った。有賀はすし屋でも厚化粧ですしの味なんかわかるかと一喝されたりなかなか大変だったと思う。その後このおやじさんはTV出演で自分は大儲けしていると公言して脱税でやられていたと記憶。

今では家系ラーメンっていうんだね。たいしたものだ。僕もたまに食べるよ。店主はおとなしい人だけど。



2014年1月18日土曜日

カルフォルニア・ドリーミング


浅草ヨーロー堂さんのHPより
1月18日の深夜、NHKに南こうせつと伊勢正三が出演している。

昔「バイタリス・フォーク・ビレッジ」というラジオ番組があった。15分番組でこの後が同じく15分の「ナベサダとジャズ」でテーマソングは「シェィク」だった。これは何故かいまでも弾けるよ。

確か当時は渡辺貞夫カルテット。ギターが増尾好秋、ベースが鈴木良雄、ドラムスがつのだ☆ひろ。僕の大好きなジャズ・バンドというよりももっと一般的な人気を持っていた。

フォ―ク・ビレッジの方は毎月オーディションをやっていて、アマチュア・フォークの登竜門だった。中学生の僕はレコード屋でしかも500円月賦で買った4900円のギター(当時は街のレコード屋にギターやウクレレが吊るして売っていた)を持って相棒と男性デュオで駿河台にあった昔の日仏会館のオーディションに臨んだ。

練習ではサイモンとガーファンクルのスカボロフェアーなんかも歌っていたがオーディションということで慎重を期して曲目は「500マイル」にした。因みに往復の官製はがきで申しこみさえすればだれでもオーディションには行けた。

一つ前の共立女子大の4人グループともう一つ前のタンバリンを持った実践女子大の4人組はどちらも「カルフォルニア・ドリーミング」を歌い、参加バンドの3割ぐらいはこの曲が演目だった。おかげで審査員も参加者もこの曲を何回も何回も聞くことになった。僕なんかはこの時に歌詞を憶えてしまったのじゃないかと思うぐらいだ。All the leaves born...and the sky is blue...違うな。

一緒にカラオケに行ったことのある人はご存知だろうけれど、大変残念なことに僕は歌がうまくない。この時の審査員は小室等さんで何だか申し訳無さそうにデュオのバランスが悪いことを指摘していた。優しい人だったが中学生の僕にも彼が何をいいたいのかはハッキリわかった。因みに相方はその後プロの歌手になった。僕はそれ以降人前で歌をうたわなくなり小室さんがオマケのように付け足してくれた「ギターうまいね」というなぐさめの言葉にすがるようにジャズ・ギタリストを目指すことにした。つまり「バイタリス・フォーク・ビレッジ」から「ナベサダとジャズ」に鞍替えしたのだ。その後「カラオケ・システム」の普及とともに今では「もうやめてくれ」と言われても人前で歌い続ける自分を発見することになるのだった。

その頃は確か未だかぐや姫もデビュー前、高石ともや、岡林信康、森山良子。安田講堂はその翌年だったと思う。

P.S. 歌詞は「All the leaves are brown and the sky is gray」でした。

2014年1月17日金曜日

『金融の世界史』重版決定


『金融の世界史』は年末以来アマゾンで品切れ入荷時期未定の状態が続いていますが、一昨日『日露戦争、資金調達の戦い』とともに重版が決定しました。一週間以内に配本されると思います。両方とも四刷りになります。ご支援有難うございました。

Porco

2014年1月11日土曜日

【ビジネスアイコラム】思い切った留学制度の充実を


【ビジネスアイコラム】思い切った留学制度の充実を
2014.1.10

 明治時代の政治家である井上毅が文部大臣の頃だというから1893年あたりだろうか、日清戦争の1年前と随分と昔の話である。当時の日本も学生の語学力低下が大きな問題となっていたようだ。「高等学校では国語3に対して語学5の比率にもかかわらず語学の成績は、はなはだ不良である、さらに時とともに悪くなっていくというのが一般の定評である」とある。これに対して井上大臣は日本人教師による授業を減らし外国人教師を採用することで生の外国語と接する機会を増やす一方で教授法についても改善していくという対策をとった。

 さらに時代をすすめて1919年の第一次世界大戦のパリ講和会議。日本は戦勝国として五大国の一角に昇格し戦後処理と国際秩序の再構築に大国としての責務を負いながら、語学力のあるスタッフの人材不足から自国の権益以外の問題にはほとんど発言することができず、パリでは「サイレント・パートナー」と呼ばれてしまった。議論の輪に入れない日本人である。ここでも語学力不足は国家としての威信にかかわる問題として意識されることになった。日本人は昔から語学に課題があるのだ。

 さて、翻って現代の日本である。2010年のTOEFLの国別ランキングで日本は163カ国中135位であった。これはマレーシアやフィリピンはもちろん韓国、中国、モンゴルよりも下位にある。受験者の層の問題もあるのだろうが、言い訳の通用するような順位ではない。

 昨年4月には自民党の教育再生実行本部が英語教育に対して抜本的改革が必要だとして、英語教員自身の英語力の都道府県別公表や英語授業増などを提言。これに応えて12月に文部科学省は「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」を発表した。ここでは小学校英語教育の早期化や中学における「英語による授業」などを基本とする対策を提案している。どこかで聞いたような対策である。

 実は冒頭の話は外務、文部大臣を歴任した牧野伸顕の『回顧録』からの部分引用だが、その中で牧野は傾聴すべき意見を述べている。彼がいうには学生全員が実用的な語学を必要としているわけではない。ある者は卒業後には語学とは全く縁がなくなるであろうし、ある者は語学の知識を必要とするだろう。勉強に対する身の入り方が違うのだ。同じ教育を施し全体での実績をあげようとすることが困難の原因である。語学力のすべての出発点は彼我の個人間の接触に始まるのであり、国際間の交渉にしてもあくまで個人的な信用がその基礎となる。そうした国民と国民の直接の交渉が語学の必要性を生み出すのだというのである。つまり授業法の改善も大事だが、語学は手段であり、語学を必要とする人材を増やすことが肝要なのである。

 学問に限定せず、スポーツや音楽、美術、調理などでも結構だ。単純に国費留学生を大量に増やしてはどうだろうか。意思のある若者にはどんどん留学の機会を提供することが他言語とのコミュニケーションの必要性を生み出し、それが真剣な語学学習者を増やすことにつながるのだと思う。

(作家 板谷敏彦)