2014年3月25日火曜日

講演 日露戦争とロンドン金融市場


2014年2月4日にJSRI 公益財団法人日本証券経済研究所で行った講演会の動画がアップされています。恥ずかしながらリンクしておきます。


日露戦争とロンドン金融市場 動画


パワーポイントの資料もあります。

日露戦争とロンドン金融市場 資料


【ビジネスアイコラム】GDP、中国が米を追い抜く日は…


【ビジネスアイコラム】GDP、中国が米を追い抜く日は…
2014年3月24日掲載

 中国の全国人民代表大会(全人代)は5日に始まり13日に終了した。終了日に発表された1~2月の鉱工業生産や小売売上高は市場予測を下回るなど、ここのところ中国では弱い経済指標が相次いでいる。中国経済の低迷が中国を市場としていた新興国の成長予想に影をさし、株式市場においては新興国から米国を中心とする先進国市場に資金を還流させる大きな流れとなっている。ロシアによるウクライナ介入もこの動きに拍車をかけるだろう。しかしながら当の中国は今回の全人代においても2014年の成長率の目標を前年と同じく7.5%程度におくなど相変わらず強気な景気見通しを示しているが、はたしてこうした目標数値は実現可能なものなのだろうか。

 中国版シャドーバンキング問題やそれに関連して昨年発生したインターバンク市場での変調、また中国本土で発行された債券としては初となる太陽光発電関連メーカーの上海超日太陽能科技のデフォルトなどを根拠に中国経済の急激な崩壊を予想する声も一方ではあがっている。しかし中国では政府部門に資金があり豊富な外貨準備と相まって救済資金はふんだんにあるために銀行システムを発端とする短期的な崩壊リスクは考えにくいだろう。
 むしろ我々が知りたいのは中国の今後の長期的なトレンドである。日本が停滞している間にGDP(国内総生産)で追い抜き世界第2位となった中国は、このままのトレンドを維持してやがてアメリカを追い抜き世界に覇を唱えるのだろうか?

 考えてみれば昨今の日本の将来に対する漠然とした悲観論の背景には勢力を拡大する隣国中国があったし、またアジア各地で頻発する中国の領土拡張意欲に関する周辺国家との摩擦の根底には、中国自身の大国としての将来に対する漠然とした期待があるはずである。そしてそれは我々が武力を持っていなかっただけですでに1980年代に経験したものに似ている。

 津上俊哉氏の新刊『中国停滞の核心 (文春新書) 』では中国の今後の7%成長は困難であると指摘している。これを言い換えれば中国がGDPでアメリカを追い抜く日は仮にあるとしても2030年ではなく相当先延ばしになるということだ。

 氏は03年に『中国台頭』を著し、11年には『岐路に立つ中国』で転換点を指摘し、12年には『中国台頭の終焉』において「中国がGDPで米国を抜く日は来ない」と断言していた。

 氏の中国停滞の根拠は我々にもなじみ深い人口問題が基本である。中国では生産年齢人口はすでにピークアウトし、農村の抱えていた余剰労働力は解消して賃金の上昇が始まりだした。短期的に政府の財務状態が良好でも大国となるためには年金制度の整備も欠かせない、人口動態の問題はやがて現在の我々のように年金債務問題が国家財政をむしばむことになるだろう。昨年11月の3中総会(党中央委員会第3回全体会議)以降、習近平国家主席にはこれまでに見られないほどの権力の集中がはかられているようだ。だがそれは強い中国と同時に中国指導部の危機感も示しているのだろう。(作家 板谷敏彦)


2014年3月14日金曜日

為替レートと株価


日本と輸出相手国のシェアやインフレ格差を修正した実質実効為替レートは80年代後半のプラザ合意の頃を除くと2002年頃までだいたいはドル円とほぼ同じ動きをしていた。それは主な輸出先が米国だったからだ。しかし米国中心だった輸出先が中国を始めとするアジア諸国に重心が移り始めるとドル円とは次第に乖離するようになってきた。

この辺りの事情は一般社団法人日本貿易会HPのキッズ・コーナー:日本の主な貿易相手国がわかりやすいだろう。

実質実効レートは1円あたりで計算されているので円安円高時にはドル円と逆方向に動く。従ってグラフ化に際しては逆数をとって基準点を決めて比較しやすいように計算してある。



そして貿易相手国に大きな変化があったのだから日経平均の動きもドル円よりも実質実効為替レートと同じように動くようになってきた。実際の輸出を繁栄しているわけだから一理ある。相関係数を計算するまでもない。ジャパン円インデックスというものもあるけれど、実質実効為替レートは月次計算で発表も遅れるからトレードには適さないが全体像を把握するには重要だ。日経平均を語るときにドル円の10円の円安よりは人民元を中心とするアジア通貨の方が重要だったりするはずだ。


porco

2014年3月6日木曜日

佐倉の民族博物館は面白いよ


真綿の原料は「絹」だということを知らない人も多いのではないだろうか。実は僕も最近まで知らなかった。「綿」の字にごまかされてはいけない。木綿(もめん)ではないのだ。しかしこう書くと木綿のことを太田裕美のハンカチーフ、都会の色に染まらないで欲しいコットンだと意識して書いているわけだが、この同じ文字もひとたび木綿(ゆう)と読めばこれはまたコットンとは限らないから難しい。様々な原材料が考えられるのだ。

今朝の日経朝刊社会面に「古墳時代の機織り姿」と題する6世紀後半の埴輪出土の興味深い記事が掲載されている。記事を読みながら色々なことを考えてしまった。
絹は弥生時代にはすでに日本に製法が伝わっているがコットンはインダス文明が原産地であって、唐の終わりから北宋時代にかけてやっと中国に到達した。日本では室町時代に栽培を開始している。だとすればこの埴輪の機織り機が結城紬の原型であるならば上流階級に対して絹を織っていたに違いない。庶民は麻や楮(こうぞ)であったわけだがこの織り機はどうなのだろうか?

林董 wikiより
話は飛ぶけれどこうした疑問に答えてくれる場所がある。僕は佐倉にある国立民族学博物館(ミンパク)によく行くのだ。これは佐倉城址の一角にあるし近くには旧武家屋敷もある。児玉源太郎が佐倉の連隊長だった当時の家の跡や幕末の医師松本良順の家、これはつまり実弟である元英国大使林董(ただす)の家でもある。佐倉という街は観光地としてはひとつひとつのインパクトは弱いと思うが、とても良い街だ。城址は桜の名所。もうじき良い季節がやってくる。おみやげは佐倉煎餅かいまだに木樽で発酵させているヤマニ味噌。僕はもう他の白味噌は使えなくなってしまった。


何の話だっけ?織り機の記事の話か。
週末に締め切り3つ。朝から余分なことを書くことに自虐的な快感を覚えてしまう。