2014年3月6日木曜日

佐倉の民族博物館は面白いよ


真綿の原料は「絹」だということを知らない人も多いのではないだろうか。実は僕も最近まで知らなかった。「綿」の字にごまかされてはいけない。木綿(もめん)ではないのだ。しかしこう書くと木綿のことを太田裕美のハンカチーフ、都会の色に染まらないで欲しいコットンだと意識して書いているわけだが、この同じ文字もひとたび木綿(ゆう)と読めばこれはまたコットンとは限らないから難しい。様々な原材料が考えられるのだ。

今朝の日経朝刊社会面に「古墳時代の機織り姿」と題する6世紀後半の埴輪出土の興味深い記事が掲載されている。記事を読みながら色々なことを考えてしまった。
絹は弥生時代にはすでに日本に製法が伝わっているがコットンはインダス文明が原産地であって、唐の終わりから北宋時代にかけてやっと中国に到達した。日本では室町時代に栽培を開始している。だとすればこの埴輪の機織り機が結城紬の原型であるならば上流階級に対して絹を織っていたに違いない。庶民は麻や楮(こうぞ)であったわけだがこの織り機はどうなのだろうか?

林董 wikiより
話は飛ぶけれどこうした疑問に答えてくれる場所がある。僕は佐倉にある国立民族学博物館(ミンパク)によく行くのだ。これは佐倉城址の一角にあるし近くには旧武家屋敷もある。児玉源太郎が佐倉の連隊長だった当時の家の跡や幕末の医師松本良順の家、これはつまり実弟である元英国大使林董(ただす)の家でもある。佐倉という街は観光地としてはひとつひとつのインパクトは弱いと思うが、とても良い街だ。城址は桜の名所。もうじき良い季節がやってくる。おみやげは佐倉煎餅かいまだに木樽で発酵させているヤマニ味噌。僕はもう他の白味噌は使えなくなってしまった。


何の話だっけ?織り機の記事の話か。
週末に締め切り3つ。朝から余分なことを書くことに自虐的な快感を覚えてしまう。

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